サンダーボルト ブレイク ストーム;2
「お前たち、持ち場に戻らずに何をやっておるかと訊いておるんだ! おまけに、ガキどもを野放しにしおって……!」
大人たちは青ざめ、視線を逸らして黙りこくっている。子どもたちも異様な空気に恐れをなして固まりついている。
五つ目の“工場長”は集まっていた従業員やその子どもたちを見回しながら、ますます苛立って声を荒げた。
「仕事の邪魔だ!」
「工場長」
手製のヘルメットを脱いだ“ヒーロー”が、赤い両目をまっすぐ工場長に向けていた。工場長は5つの目玉を大きく見開き、青年の顔をまじまじと見ていた。
「アカメ、お前何を……!」
「皆を集めたのは私です。子どもたちにも、気分転換が必要だと……」
あっけに取られていた工場長は、青年の言葉を聞いているうちに、再び怒りを燃え上がらせていた。
「そんなふざけた格好で! よりにもよって貴様が、工場全体の士気を下げるような真似をするのか!」
オニ・デーモンのごとき剣幕に脅されながらも、アカメは踏みとどまって工場長に言い返す。
「お言葉ですが、ここに集まっている人たちは皆、勤務シフトに入っていません。それに、子どもたちだって、仕事を邪魔してるわけじゃ……」
「うるさい!」
怒りが頂点に達した工場長は、怒鳴り声を張り上げた。
「俺のシマで、勝手なマネは許さんと言っているんだ!」
「父さん! そんな、無茶な……!」
「黙れ!」
アカメはうめくように言い返す。しかし、それは一層父親の怒りを燃え上がらせることになった。工場長は対重篤変異獣ライフルを構えてトリガーを引く。
乾いた炸裂音が響き……広場の端まで転がっていたドラム缶は、風船が割れるように弾け飛んだ。悲鳴をあげる子どもたち。
「貴様はそのカス共を躾ける側だと、何度言えばわかる!」
「僕は、そんな……」
アカメは言葉に詰まり、両手をきつく握りしめたまま、立ち尽くしている。泣いている子どもたち、そしてうなだれる労働者たち……工場長はまだ怒りが収まらない様子だったが、ひとまずは気がまぎれたようだった。不満そうな怒気を籠めながらも鼻を鳴らし、息子に背を向ける。
「ともかく、全員工場に戻れ! ガキどもはそれぞれの区画の、ガキ部屋に連れていけ! ……次はないからな!」
指示を怒鳴り散らして、大股で去っていく工場長。泣きじゃくる子どもたちを連れて、無言で去っていく大人たち。
去っていく背中から抗議の声が聞こえてくるようで、アカメは俯いた。その恨みは、直接的には工場長に向けられているものではあったけれども。
しかし、父親の言う通りだ。自分だって、管理者側なのだ。
がらんとした広場に一人取り残された青年は、無言で散らかした道具類を片付け始める。発煙装置をコンテナに放り込み、地面を這わせていたコードを巻き取りながら、青年の意識はぼんやりと宙を舞い、どこか遠くに向けられていた。
現状は、ただただひたすら、先延ばしにしているだけだ。人をまとめる責任を引き受けることも、父親の言いなりになるか逆らうかという葛藤に立ち向かうことも……
線路を規則正しく叩く車輪の音が、風に乗って耳に届く。青年はおや、と思って顔を上げた。今日は、“定期便”がやってくる日ではなかったはずだ……
灰色の工場群の向こう、黒い森と“町”の境界を区切る壁。その上に通された高架線を、黒い列車が走っていく。
青年は後片付けの手をとめて、普段よりも編成の短い、妙に急ぎ足の電車をぼんやりと見送っていた。列車が終着駅のホームに吸い込まれていった後で我に返る。
「いかん、いかん……」
巻いたコードをコンテナに放り込み、青年は再び後片付けに戻った。
真っ暗なトンネルの中、小さな安全灯が時折現れては、勢いよく通り過ぎていく。
勢い任せに飛び乗った貨物列車が走り出して、どれだけ経つだろうか。もはや今が昼かも、夜かもわからない。子どもたちはコンテナの隅で小さくなったまま、屋根のない天井からトンネルの暗闇を見ていた。
「ねえアキちゃん、どこに行くんだろう、あたし達?」
鱗肌の少女が不安そうに尋ねる。犬耳の少年は横一文字にぐっと結んでいた口を開いた。
「わからない。でも、今はバレないように、じっとしてなきゃダメだよリンちゃん」
「大丈夫かなあ。このデンシャって、悪い人が運転してるんでしょ?」
「大丈夫だよ!」
話しているうちにますます不安が高まっていく少女。少年も内心、いつ到着するのだろうか……と不安になりはじめていたのだった。けれども、自身の弱気も払いのけるように、ことさら強気で返す。
「こういう時のために、こっそりケータイを借りてきたんだから……」
暗い中、バックパックを漁って取り出したのは、タチバナ保安官の予備携帯端末。自信満々で起動させると、画面のライトが明るく光る。
「やった、これで……ああ!」
画面の隅にはっきりと表示される“圏外”の文字。各都市圏の通信ネットワーク外に出た時には、広域通信用の特殊端末を使わなければ通話回線を開くことができないのだが、そんなことを子ども達が知るはずもなかった。
「どうしよう、つながらないよ!」
「ええっ、じゃあ、誰も助けてくれないってこと……?」
鱗肌のリンが声を上げて泣きはじめる。
「そんな……アオ姉ちゃん! レンジ兄ちゃん! わああああん!」
「リンちゃん、泣くなよ! なんとかなるよ! なんとか……う、ううう」
犬耳のアキは少女を勇気づけようとしたが、結局自分自身の不安を抑えきれなくなってしまうのだった。すっかり希望をなくしたこどもたちが声を上げて泣いていると……アキが持っていたバックパックが、震えるようにブルブルっと動いた。
「わあっ!」
「よし、繋がった……んっ、暗い? アキ? リン? どうなってるんだこりゃ……おおい、2人とも! ちょっと、ここから出してくれないか?」
驚いて放り投げたバックパックから、子どもたちを呼ぶ声。思わず泣くのをやめたアキとリンは顔を見合わせ、慌ててバックパックをひっつかむ。中から取り出したのは、まん丸なオレンジ色のぬいぐるみ。
「おっ、ようやく外に出た? うーん、でも、なんだか暗いなあ……」
ぬいぐるみは可愛らしい人工音声でしゃべっている。両目をしばらくの間、ぐりぐりと動かし……そして、ぴたりと動きをとめた。
「よし、明度とピントの調整完了! さて。アキ、リン、言いたいことや訊きたいことは色々あるけど……まずは、無事が確認できたのがよかった。このぬいぐるみを荷物に入れてくれて、助かったよ」
子どもたちはポカンと目の前のぬいぐるみを見つめている。
「まさか、これって……」
「マダラ兄ちゃん……?」
「おっ、ボイチェンしてるのによくわかったな」
子どもたちが手を離すと、ぬいぐるみ……型ドローンは跳ねるようにコンテナの床面に降りた。胸を張るようにぽよん、ぽよんと跳ねるぬいぐるみ。
「さっきはアオやレンジに助けを求めてたけど、実際に真っ先に助けに来たのはオレだったんだぞう!」
「でも、生身じゃないし……ぬいぐるみの身体じゃあ、何もできないんじゃ……?」
「うっ、それは……でも! 君たちと連絡をつけることが、このぬいぐるみドローンの目的だからね。ドローンのマーキングを頼りにレンジとアマネが二人を迎えに来るからね。というわけで、役目は果たしたわけだ、うんうん」
マダラは早口で一人ごち、勝手に納得している。子どもたちが安心していいものか、呆れていいものか……と思いながら目の前のぬいぐるみを見ていると、突然視界が真っ白い光で満ちた。
「わっ、眩しい!」
「外に出たのか! 二人とも、見つからないように隠れて! ……こっちに来るんだ!」
強い光に目が眩む。薄目を開けながら、アキとリンはぬいぐるみの声がする方向に走った。ボール箱の中に潜り込み、分厚い銀色の遮光布に包まる。そのまま息をひそめていると列車はしばらく走った後……急ブレーキをかけて停まった。
怒鳴り声。何やら互いに言い合う、荒っぽい声。そして慌ただしい靴の音が遠ざかると、コンテナの外は不意に静まり返った。ぬいぐるみがもぞり、と動く。
「ひとまず、周りに人はいないみたいだ。今のうちに外に出よう」
(続)