サンダーボルト ブレイク ストーム;1
灰色の雲が立ち込める空と、深緑色の海。そして、深く暗い森。
巨大な内湾を挟んでナゴヤ・セントラル・サイトと向かい合う半島は、付け根に残るヨッカイチ大遺跡群を除けば海岸線の近くまで森が生い茂り、文明の痕跡を見つけるのも困難な土地が続いている。
黒々とした森を切り倒し、海に面してわずかに拓けた土地に、直方体の建物が並んでいた。町と呼ぶには生活感がない、整然とし過ぎている家並み。しかしどの建物も草臥れて壁の所々に亀裂が走り、薄汚い染みが滲みだすように広がっている。巡らされた配管は絶え間なく吹き付ける潮風によって錆びついていた。
重いハンマーが打ち付けられるような金属質の音がどこか遠くから、一定間隔で響いてくる。遠くで、低く唸るモーターの音。そして鼻をつく異臭。……どこかで狩ってきた獲物を解体しているのだろう。町の周囲を囲む森は、製品の材料や従業員の食糧を確保するための狩り場であり……そして、住民たちを町に縛り付けるための不可視の壁でもあった。
工場地帯の一角、放棄された工場建屋の裏手に、子どもたちが集まっていた。長い角を生やした子、何本も腕を生やした子、大きな頭にいくつもの顔がついている子、赤い肌の子に、青い肌の子、そして緑色の肌の子……それぞれが千差万別の容貌を備えていたが、共通することがあった。……皆、ミュータントだったのだ。
「ねえ、まだー?」
人垣の最前列に陣取っていた四本脚の男の子が、そわそわと体を揺らしながら声をあげる。他の子どもたちも、不満そうな声を漏らしていた。
「ごめんごめん、ちょっと待ってな……」
子どもたちと向かい合って立つのは、赤い目の青年。謝りながら周囲を見回して確かめる。左右一基ずつ、地面に転がしたスピーカー……よし。足元のスモークマシンと、物陰に隠した衣装も……よし!
腰に巻かれた銀色のベルトに手を沿わせる。指先はやがて大きなバックルに。そして、そこに取り付けられたレバーに行き当たると、青年は高く声をあげた。
「待たせたな! いくぞ……“変身”!」
そう言いながら、ベルトのレバーを引き下げる。同時に反対側の手はズボンのポケットに潜りこみ、携帯端末を素早く操作していた。
仕込んでいたスピーカーからエレキギターの音色が迸り、地を這うようなベースが唸りをあげる。音楽にのって、合成音声が叫んだ。
「『OK, Let`s get charging!』」
足元のスイッチを踏むと、スモークマシンから白い煙が勢いよく噴き出した。青年は煙に紛れて、隣に積んでいたドラム缶の陰に飛び込む。
「『ONE!』」
「ワン!」
激しいロックの旋律にのって、人工音声がカウントを続ける。すっかり観客となった子どもたちも、声を合わせて一緒にカウントしていた。
青年はその間に、大急ぎで衣装を換えはじめる。
「『TWO!』」
「ツー!」
私服を脱ぎ捨てると、黒いインナースーツが露わになる。青年は、ボール箱の中に仕込んでいた銀色の外装パーツを全身に取り付けていった。
「『TRHEE!』」
「スリー!」
「『……Maximum!』」
人工音声が、カウントの終了を告げる。流れ続ける音楽も、最高潮に達していた。青年は銀色のヘルメットを被り、メットに仕込んだ小型端末機の起動を確認すると、積まれたドラム缶の陰から飛び出した。 音楽が終わるタイミングに合わせて、スモークマシンのスイッチを切る。煙が晴れた中に、銀色の装甲スーツに身を纏ったヒーローが立っていた。人工音声が高らかに、変身完了を宣言する。
「『“STRIKER Rai-Den”, Charged up!』」
「ストライカー雷電!」
「やったー! 雷電だ!」
子どもたちが口々に歓声を上げると、“ストライカー雷電”は親指を立てて見せた。
「皆、応援ありがとう! 今日も“電光石火で、カタをつけるぜ”! ……ふんっ!」
ヒーローは“決め台詞”を叫ぶと、足元に張った糸を踏み抜いた。這わせていた糸の先に括り付けていた突っ張り棒が引き抜かれ、隣に建っている工場廃墟の屋上から、ドラム缶が転がり落ちてくる。
「くそ、ディーゼル帝国の罠か……とうっ!」
大きく跳んでドラム缶を避ける“ストライカー雷電”。
「だが、俺は負けない!」
背後に建つ壁に走り寄ると、壁に手をかける素振りをしながら、仕込んでいたスイッチを押した。“ストライカー雷電”の目の前に、勢いよく落ちてくる黒い人影……それは前もって仕込んでいたハリボテの案山子だった。
けれども正体が見破られない内は、子どもたちに悲鳴をあげさせるには充分な代物だ。ヒーローはすぐさま叫ぶ。
「くそ、ディーゼル帝国め! “サンダーストライク”!」
“ストライカー雷電”が叫びながら殴りつける。案山子は内側に仕込んでいたかんしゃく玉によって「ぱん!」と乾いた音を立てて、小さく弾け飛んだ。
すかさず、ヘルメットに仕込んだ端末機を操作する。人工音声が“必殺技”を使ったことを告げた。
「『Thunder Strike』」
「……よし! さあ、子どもたち、これで万事解決だ!」
“ヒーロー”が再び親指を立てると、子どもたちは口々に歓声を上げる。
「やったー!」
「かっこいい!」
「雷電ーっ!」
湧き上がる拍手。 様子を見に来た数人の大人たちも、一緒に拍手を送っていた。
「アカメ君、なかなかうまいもんじゃないか!」
「いいぞ、いいぞ!」
「アハハ、どうも……」
装甲スーツを着た青年は急に増えた観客に少し驚きながらも、手を振って歓声に応える。
「アンコール、アンコール!」
「ええっと、どうしようかな……」
ギャラリーたちが拍子を取る。さてどうしようか、今回の“仕込み”は全て使い切ってしまったところだし……と考え込みながら青年が立ち尽くしていた時、
ぱあん
乾いた炸裂音が響き渡った。賑わいながらも和やかだった空気が、一瞬で凍り付く。
青年は背筋が凍り付くような心地を覚えながらも、素早く周囲を見回した。
良かった、子どもたちの中にも、大人の中にも、撃たれた人はいない……! その時、野太いガラガラ声が響いた。
「お前たち、何をやっとるんだ!」
大人たちに、銃声を聞いた瞬間以上の緊張感が走る。青年は慌てて、怒鳴り声が飛んできた方向を見やった。
「工場長……!」
「何をやっとるんだと聞いている!」
ツナギの上からタクティカルベストを装備した五つ目の男が、対重篤変異獣ライフルを天に向かって構えながら仁王立ちしている。
男は血走った5つの目をぐりぐりと動かし、居並ぶ一同に睨みをきかせていたのだった。
(続)