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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;18

 “ノブヒコ”と知り合いだという中年男が案内した先は、風化しかけ、ところどころが崩れ落ちたビルが立ち並ぶ第7地区の奥地。路面に散らばる瓦礫を乗り越えて、一行はかつてのタイフーンで半分以上が吹っ飛んだビルの前にたどり着いた。


「ここでさあ」


 ぼろぼろの板をつぎ当てて作ったような粗末な扉を開くと、墨溜めのような暗闇がぽっかりと口を開けていた。周囲の廃ビルよりも一層ひどい壊れぶりの建物を前にして、ユウキはあからさまに顔をしかめる。


「……本当に? ここに入らないといけないの?」


 疲れで重くなり始めた両足を励ましながら瓦礫の上を渡っていた探偵も、案内人と助手に追いついていた。「ふう……」とひと息ついた後、キリシマは目の前の廃ビルを見やると「ほう」と声を漏らす。


「いや、これはなかなか……」


 一階の窓という窓には抜け目なく板が打ち付けられ、唯一と思われる入口は廃材を組み合わせて貼り合わせることで、固く閉ざされているように偽装されている。周囲に散らばった瓦礫は、侵入者を遠ざけるには極めて有効だろう。扉の開け閉めに干渉しないように、入り口の周囲だけはぽっかりとひらけているあたり、丁寧なものだ。


「あんたがやったのか、これ?」


「へ? 何の事です……?」


 キリシマが尋ねると、案内人はぽかんとして相手を見ていた。探偵はぼさぼさの頭を無造作に掻く。


「あー……まあ、いいや。気にしないでくれ。それじゃ、中に入るぞ」


 小型マグ・ライトで足元を照らしながら室内に侵入すると、埃まみれになったガラクタがそこかしこに転がっているのが見える。


「階段を上がって、上の階です。ついてきてください」


 案内人は勝手知ったる様子で、無造作に暗闇の中に入っていく。探偵と助手はライトの光を頼りに、中年男の背中を追いかけた。


 手すりを頼りに真っ暗な階段をのぼっていく。踊り場をいくつか通り過ぎて鉄の扉を開くと、薄汚れた廊下がぼんやりと、浮かび上がるように見えてきた。徹底的に窓を塞いでいるのは一階だけで、上層階は外からの光が射しこんでいるようだった。


「ここです。……おおーい、ノブヒコさーん、起きてるー? 入るよー!」


 案内人はノックもせずに扉を開けると、室内に呼びかけた。数秒も待たずに、探偵と助手に振り返る。


「ま、大丈夫でしょう。どうぞ……」


「いいのかな……?」


 戸惑い、ためらうユウキがキリシマをちらりと見やる。


「いいんだろう。入るぞ」


「あっ、ちょっと待って……!」


 埃っぽさはあるものの、窓から外の光が充分に射しこむ部屋だった。恐らくスクラップから拾い集めてきたのだろう、様々な種類のガラスが継ぎはぎになって張り合わされたさまは、旧文明の遺跡で時たま見かけるモザイクタイルのようだった。

 そのため、外の景色は確かめようがない……けれども歩いてきた階段の長さから考えれば、2階や3階では済まされない高さだろう。

 壁際には恐らく、ビルが放棄された頃から生き残っているであろう錆びたロッカーが並んでいる。つるりとした床材にはいくつも傷が走っていた。部屋の隅には、小型のミール・ジェネレータ―とバイオマス発電機、そして旧式の空調機が置かれている。生活するためにごくごく最低限のものはある、というところか。

 そして部屋の中央の、晩春の陽光が照らす床に横たわっていたのは、ひどく湿り気を帯びたフトン・マットレス。掛けられたワタ入りのカケ・フトン・シーツが、もこりと膨らんでいる。


「ノブヒコさん、ほら、起きなよー!」


 案内人の男は大声で呼ばわりながら、勢いよくシーツを引き剥がした。


「ノブヒコさん、もうお昼だぜ! 昨日は、やってなかったんだろ? そろそろ起きなって!」


 “やってない”というのは、間違いなくドラッグの事だろう。シーツの下で丸くなっていたものは、億劫そうにもぞもぞと動いた。


「う、ううーん……」


「おーい! 起きなよ、お客さんだよ!」


「ああ、客……?」


 よれよれとした小汚い布の塊は、だるそうな声をあげた。白髪交じりのもじゃもじゃ頭が持ち上がってくる。フケの絡んだ前髪の向こうに、虚ろな両目が覗いていた。


「いるわけないだろ、そんなの。さっさと、帰ってくれよ……」


 そう言って、再びシーツを被ろうとする。


「おいおい、ちょっと待てよ、話を……」


 案内人が呼びかけ、起こそうとする間もなくユウキが手を伸ばしていた。埃と垢に怯むこともなくシーツをはがし取り、再び眠ろうとしていた男の胸倉を容赦なく掴んで起き上がらせた。


「間違いじゃない。客だよ、おっさん」


「な、何するんだ? 何なんだね、いったい……!」


 死んだように丸くなっていた男は、目の前の娘が発する気迫に押されて思わず叫ぶ。探偵がすかさず声をかけた。


「失礼しました。カゲヤマ・ノブヒコさんですね」


 男はハッとして呼びかけた相手を見る。前髪の向こうの目はすっかり覚醒して、まん丸に見開かれていた。


「なっ……なんで、私の名前を……?」


「あなたのお子さん方から依頼を受けて参った者です。『私たちを捨てた父親が今どうしているのか、調べて欲しい』という……」


 探偵は胸ポケットからメイシ・カードを取り出し、ユウキに釣り上げられている男の目の前に突きつけながら告げる。ノブヒコと数年来の付き合いだった中年男は、目を白黒させて話を聞いていた。


「えっ、どういうことだよノブヒコさん! 奥さんも、子どもたちも亡くしたって言ってたのによう……!」


「それは、その……私も、妻と一緒に、とっくに死んでるものだと……だが、その、ええ……?」


 噛みつくように詰め寄る中年男。ノブヒコはユウキの気迫にたじろぎ、友人から詰問されてたじろぎながらも、心はキリシマ探偵の言葉に引き寄せられているようだった。


「子どもたちは、生きているのか? 二人とも?」


「ええ、生きてますよ。二人ともしっかり育って、とても立派に」


 探偵が答えると、ノブヒコの頬を二筋の涙が伝う。ユウキが思わず、胸倉をつかんでいた両手を離した。


「おっさん……」


「よかった。よかった……」


「ああ、よかったよなあ!」


 フトン・マットレスの上に両膝をついて、さめざめと涙を流すノブヒコ。友人の男も、野太い声をあげながらもらい泣きしている。


「よかった、ようやく見つかって……」


 ユウキがほっと息をつきながら、男泣きする二人の父親を見下ろしていた。探偵も男たちを見下ろしている。……こちらは少し、険のある眼差しで。


「さて、これからどうするか、だな」


「どうするって、おっさんをアオさんのとこに連れて行けばいいんじゃ……?」


 助手の言葉を受けて、キリシマは首を横に振った。


「そう、簡単に行くもんじゃ……」


 コツリ。


 小石か何かが蹴飛ばされたのか、壁に当たって鳴らす僅かな物音。 探偵は戸口を睨みつけながら、咄嗟に叫んだ。


「気をつけろ!」


 刹那、乾いた破裂音が響く。探偵は案内人を、ユウキはノブヒコを引っつかんで、慌てて左右の壁に張り付いた。


「クソッ! つけられてたのか……!」


 破裂音は続いていた。放たれた弾丸の多くは窓枠をくぐって空へと消えていくが、幾らかは壁に突き刺さって穴を空けている。


「それに、銃まで持ってんのかよ! ……助手君、そっちはどうだ! ケガは?」


「あたしは無事!」


 反対側の壁に張り付いていたユウキが、呼びかけに応えて叫ぶ。


「でも、おっさんが……!」


 ノブヒコの脇腹に、赤い染みが広がっている。男の額には玉のような汗が浮かんでいた。


「大丈夫だ、致命傷じゃない。多分、かすっただけだ……」


「でも、すごい血が出てるじゃん! このままだとまずいよ……!」


 不良娘は勢いよく広がる染みを見て声を震わせる。


「ハハ! ハハハッ! 当タッタ! 当タッタァ! ドウダ、ソノママダト男ハ死ヌゾ! モチロン、ソノ後デ、オ前ラモ死ヌ! ハハハ! ハッハッハッハ……!」


 闇雲に放たれる弾丸の雨の向こうから、ボイスチェンジャーによってひずんだ高笑いが響く。


「ソレトモ、飛ビ出シテキテオ前ラガ先ニ蜂ノ巣ニナルカ? ……アア、窓カラ逃ゲヨウトシテモ無駄ダゼ! 外ハ仲間ガ囲ンデルンダカラナア! アハハハ、ハッハッハッハ……!」


「キリシマさん、どうしよう!」


 ユウキが珍しく、切羽詰まった声をあげる。探偵は銃弾の雨を見やりながら、サイバネ義腕の左手に意識を集中していた。


 できるかできないか、一発勝負……けど、やるしかない。今、ここで!


 ポケットの中に手を突っ込んで、イチジョーから渡された小箱を探る。蓋を開けると、中に仕込まれていたボタンを指先で押し込んだ。

 こいつは、緊急通報装置だろう。こんな窮地も見越していた手際には、頭が下がる思いだ。でも、これで心置きなくバクチに出られるというものだ……!


 息を吐く。携えてきた蝙蝠傘を右腰に当てる。


 中年男をその場に残して、探偵はじりじりと壁際を進んでいった。侵入者に気取られない間合い、ギリギリの死角まで、息をひそめて迫る……開け放たれた扉の陰、ここだ。

 サイバネ義腕の左手を傘の柄に添えると、キリシマは扉の外に向けて、大声を張り上げた。


「いい加減、ハッタリは見苦しいぞ! どうせお前ひとりだけなんだろ、このボイチェン野郎!」


(続)

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