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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;16

 暴徒の群れが剣呑な空気を帯びる。若者たちは互いに示し合わすこともなく、次々と鉄馬から降り立った。手には鉄パイプにチェーン、釘を打ちつけた角材……ナイフがギラリと光るのも視界に飛び込んでくる。探偵は総身に力を籠め、身震いを抑え込んで叫んだ。


「かかってこいや! 群れなきゃ何も出来ねえザコどもがよ!」


 若者たちが押し合い、叫び声をあげながら駆けだした。……挑発に乗らなかったのではない。数人が怒りに我を忘れ、残りがそれに引きずられた、ただそれだけのこと。

 たった一つの武器しか持たないキリシマにとって、この上ない好機だったことは言うまでもない!


 サイバネ義腕の左拳を振り上げる。まだ動く。まだ。

 だから全力で、冷静に。逃げ出したい気持ちを押し殺して、狙うのは決定的な一打……!


 真正面から迫る、血に飢えたけだものの群れ。キリシマは両脚を踏ん張ると、声を震わせながらも音声コマンドを叫んだ。


「“コピー・エイプ”ッ!」


 モーター音が唸りをあげる。電光と共に振り抜かれた拳は暴徒たちを数人まとめて薙ぎ払い、後ろに続いていた若者たちもまとめて吹っ飛ばした。帯電していた脱落者に触れ、さらに後続の暴徒が痙攣しながら倒れ込む。


「クソッ、なんだよコイツ……!」


「やってられっかよ、こんな事!」


 あっさりと崩れ落ちた仲間たちを目の当たりにして、感電を免れた若者たちも次々と逃げ出していく。残っていたのはリーダー格と思われるツギハギマスクの男と、その取り巻きと思われる数人……。

 探偵は肺に溜まっていた空気の塊を吐き出すと歯を見せながら、引きつったように笑った。


「ハッ、ハハハ……! あとは、お前たちだけだな!」


「使エン連中ダナ……」


 ツギハギマスクの男はあからさまな舌打ちをすると、隣にいた若者の腕を掴んだ。


「ホラ、行ケ」


「ひっ……!」


 余程の負い目か、借りがあるのか。放り出された若者はたたらを踏みながら探偵の前に出ると、手にした鉄パイプを振り上げた。


「うわああああああっ!」


 鉄パイプを我武者羅に振り回しながら突っ込んでくる若者。キリシマは転がるように鉄パイプの打撃をすり抜けると、左の鉄拳を叩きこむ。


「はあっ!」


 “コピー・エイプ”の電撃拳を放つまでもない。サイバネ義腕が腹にめり込むと、暴徒は「えほっ」とえづいて、崩れ落ちるように倒れ込んだ。


「ハ、ハハ……!」


 キリシマの口元がわずかに歪む。やった、と思わず声を上げそうになった時、キリシマの顔面にブーツがめり込んだ。


「ぶっ……!」


 もんどりうって転げ回ろうとする探偵の頭を、ブーツを履いた足が容赦なく踏みつけて押さえつける。


「ぎゃあああ!」


 キリシマが悲鳴をあげる。仲間を犠牲にして標的を打ち据えたツギハギマスクの男は、暗視ゴーグルのレンズ越しに探偵を見下ろしていた。


「コレデ、終ワリダナ。マァ、残リノターゲットヲ見ツケ出スマデハ、生カシトイテヤルヨ……」


「こ……の、やろおおお……!」


 ボイスチェンジャーによってひずんだ、気だるそうな声。キリシマは傷だらけになりながらも歯を食いしばると、鋼鉄の左手を路面のアスファルトに叩きつけた。


「やあっ!」


「グッ! コイツ……!」


 全身を跳ね上げて、ツギハギマスクを弾き飛ばす。探偵は素早く身構え、左腕を振りかぶった。緊張か高揚か、痛みは感じない。感じている暇はない!


「“コピー・エイプ”!」


 音声コマンドを叫ぶと共に、走る電光! オリジナルとは比べるべくもないが、それでも充分に迅く、鋭く、容赦のない一撃……!


 しかし、電撃を帯びた拳は振り抜かれて宙を切った。


「あっ」


 キリシマが声を漏らす。大きく飛びのいて身をかわしていたツギハギマスクは、すぐさま探偵に再接近していた。キリシマの右腕を掴み、逆方向に捻り上げる。


「あががががが!」


「飽キモセズニ、同ジコトノ繰リ返シ……モロバレナンダヨ、ソレシカ能ガナイコトハ」


 ツギハギマスクは探偵の身動きを封じながら、ため息交じりの声を漏らす。


「サテ、モウ一人ハドコニヤッタ?」


「ぎ、ぎぎ……!」


 関節を極めながら尋問するマスクの男。キリシマが歯を食いしばると、締めあげる手を一層強めた。


「があああっ!」


「右手モ、サイバネニシタッテイインダゼ……?」


「それでも、言うわけには……ああああああああ!」


 必死に抵抗するキリシマの右肩が外され、壊されんばかりにねじられた時、ビルの谷間のあばら家から飛び出す人影があった。


「待たれい!」


 太く、響き渡る声で呼ばわるのは、灰色の肌の老人。口を真一文字に引き絞り、磨き上げた黒曜石のような両眼は鋭く強い光を放ちながらツギハギマスクを見据えていた。


「何ダ……?」


「貴様らの振る舞い、目に余る」


 老人は背筋を伸ばし、マスク男の正面に立つ。腰には、孫娘から贈られたという模造刀。しかし気迫は真剣そのもの、試合う前の武人の如き相貌だった。


「このイワハダ、容赦はせんぞ……!」


 ツギハギマスクの男は「ハン……」と鼻で笑う。


「生言ッテンジャネエヨジジイ。容赦シネェ奴ハ、ワザワザ正面カラ来ネエンダヨ……!」


 締め上げていた探偵を放り捨てる。右腕を極められたキリシマはただでさえ重い左腕にバランスを取られ、潰れたカエルのような声を漏らしながら路面に倒れ込んだ。


「ぐえっ!」


「……オ前ラ!」


 マスクの男が叫ぶ。残っていた暴徒たちがそれぞれの得物を構えて、ツギハギ老を取り囲んだ。


「カッコツケノボケジジイニ、身ノ程ヲ教エテヤリナ!」


 若者たちは叫び声をあげて老人に打ちかかる。しかしイワハダ老は、誰よりも疾かった。


 次の瞬間には暴徒たちは意識を失い、次々とその場に倒れ伏せていった。


「ナンダト……!」


 イワハダ老が模造刀を鞘に納める。その剣はまさしく、“電磁抜刀”と称される程の技前であった。


「ふーむ、ちょっとはスカッとしたわい」


 老人はまるで準備運動を終えた後のように両肩やら首やらを回しながら言う。そして再び、鋭い眼光をツギハギマスクに向けた。


「さて、次はお前さんだ。言っとくが、ワシは同じ手をつかってお前さんを斬るぞ」


 模造刀に手をかけながらマスクの男ににじり寄る。すでに両の眼光は鋭く、マスクの男を貫いていた。


「どうだね、正々堂々正面から、というのがわしのやり方でな」


「グッ……!」


 ツギハギマスクは歯ぎしりするように唸ると、じり……と後ずさる。


「さて、それでは正面から、このひと太刀を受けていただくとしようか……」


 模造刀に手をかける。その途端、鳴り響くサイレンの音。

 引き絞られていた緊張の糸が、プツリと音をたてて切れたようだった。


「む……?」


「クッ……チクショウメ!」


 マスクの男は舌打ちすると、するりと身をひるがえして逃げ去った。アスファルトに転がっていたキリシマが「ふう……」とため息をつく。


「助かった……ありがとうございます、イワハダさん」


「いや、わしは通報したわけじゃないんだがのう」


 ちゃっかり模造刀をあばら家の中に放り込んでいたイワハダが返す。キリシマはよろめきながら立ち上がると、サイバネ義手に力を籠めて、外された右腕を肩につなぎ直した。


「ぐっ! ……痛てて。さて、何が起きてんだ……?」


 死屍累々の修羅場の中、闘いを終えた二人が周囲を見回していると、赤と青の回転灯が目に入った。拡声器による音声が、周囲に響き渡る。


「『こちらはカガミハラ軍警察です。そこの若者たち、争いをやめなさい。繰り返します。こちらはカガミハラ軍警察です。そこの若者たち、争いを……あれ?』」


 灰色に白い帯の入った、軍警察のパトロール・カーがやって来た。キリシマとイワハダ老の前に停車すると、助手席の扉が開く。胡麻塩頭の小柄な男が、転がり出るように車を降りてきた。


「えっと、もう終わってる、のかな……?」


 路面に転がる若者たちを見回した後、人の良さそうな顔が困ったような笑みを浮かべている。

 サイレンの音を聞きつけて、あばら家の戸から顔を出していたユウキが思わず声をあげた。


「パパ!」


(続)

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