フィスト オブ クルーエル ビースト;5
鈍い銀色の装甲に被われたバイクが自動運転で走り込んできて、急ブレーキをかけて停まった。頭上に浮いていたドローンが吸い込まれるように装甲の隙間に入り込み、充電を始める。
雷電はよろめきながらバイクにまたがった。ハンドルの中央に取りつけられた画面に、“充電中”を示す絵文字と、“広域通信・受信”の文字が映し出された。ヘルメットの中から、凛とした声が呼びかけてくる。
「『こちらアマネ。タチバナ保安官、並びにストライカー雷電、応答願います』」
アマネの運転するトラックは、オールド・チュウオー・ラインを逸れた荒れ野の道を、猛然とした勢いで駆け抜けていた。車体に貼り付けられた、かすれかけた“ナカツガワ・コロニー”の市章が激しく揺れる。助手席ではマダラが振り回されながらも、シートにしがみついて電子工作を続けていた。
助手席の前には小さなコンテナが繋がれたタブレット端末が置かれている。画面には“広域通信・発信”と表示されていた。画面が“広域通信・通話”に切り替わる。車内のスピーカーがザリザリと音を立てた。
「『こちらタチバナ。軍警察の証人を乗せてナカツガワに向かってる。アマネ殿はどうか?』」
アマネはハンドルを握りながら答えた。
「こちらアマネ。組み立て作業を続けるマダラを乗せて、カガミハラ方面に向かっています」
運転し、しゃべりながらタブレットの画面に手を伸ばす。車体がブレて跳ね上がり、マダラが「うおうっ!」と声をあげるが、ドライバーは速度を落とさず作業を続けた。画面が切り替わって等間隔の同心円が描かれる。中央に一つ、周囲に二つの光点が置かれた。
「こちらからも、タチバナ保安官と雷電の位置を確認しました。作業が終わり次第、雷電に合流します。雷電も状況の報告をお願いします」
「『了解。こちら雷電、暴走ミュータントは一度正気に戻ったが再び暴走。今はオールド・チュウオー・ラインを追跡中だ。……見えてきた!』」
鈍い銀色に輝く装甲バイクが、オールド・チュウオー・ラインを貫くように走る。行く手には青灰色の獣が跳ね、四肢で瓦礫を飛び越えながら駆けていた。
「待て! ……待て!」
石を撥ね飛ばしながら雷電がミュータントの横につける。“26号”はバイクに巻き上げられた瓦礫を受け、赤い眼球だけを動かして雷電を見たが、すぐに前方に視線を移した。
「この……!」
ミュータントに合わせて速度を落とし、“サンダーイーグル”の横っ腹を押し付け、抑え込む。
「あああああ!」
“26号”は叫び声をあげながらバイクを押し返し、尚も瓦礫の道を走り続けた。
「くっ……!」
「『雷電、大丈夫か? 状況報告を頼む』」
タチバナからの声に、雷電は前方と側面を気にしながら答えた。
「今、脱走したミュータントと並走してます! バイクで抑えようとしてますが、パワーが足りません!」
「『これはますます、ジェネレーションギャップが必要だな』」
「『ジェネレートギアね!』」
通信機の向こうで言い間違えたタチバナに、マダラが叫ぶ。雷電は部下とやりあうタチバナに声をかけた。
「……おやっさん、ホソノ博士と話せますか?」
ゴソゴソと音がした後、むっつりした声が返ってきた。
「『……はい、何でしょう?』」
「博士、ミュータントの、彼の暴走をとめたいんです」
ホソノ博士は特に気持ちが動いた様子もなく、「はあ……?」と相づちを打つ。
「『放っておけばとまりますよ』」
「えっ?」
「『暴走に肉体が追い付かなくなるのです。このままいけば……そうですね、夕方頃には限界を迎えて、肉体が崩壊するかと』」
老博士は事も無げに言う。
「……そうじゃないんだ!」
「おおおおおおおお!」
雄叫びをあげて走るミュータントと競り合いながら、レンジが叫んだ。
「さっき一瞬、彼が正気に戻ったんだ! 研究室では暴走をコントロールしていたんでしょう? どうすれば、彼をとめられるんです?」
「『……研究室では、ある種の香り成分を使って精神を安定するように条件付けをしていました。……ただ、アンプルは“26号”の首につけていた非常用以外、全て研究室で廃棄されてしまったので……亡くなった妻が好いていた香り、というくらいで、化学式はわかるのですが……』」
もごもご言うホソノ博士の返事を吹き飛ばすように、アマネが声をあげる。
「『香水だ! それなら、カガミハラで買えるんじゃない?』」
「『きっとそうなんだと思うが、私にはよくわかなくて……』」
「『タチバナさんとレンジ君は、何かわかる?』」
「俺にもよくわからないけど、すごく甘い香りがしたな」
雷電が運転を続けながら返すと、タチバナも「ふーむ」と唸った。
「『それと、薄紫色をしていたような……すまん、アマネ殿はこれでわかるだろうか?』」
「『うーん、私もよくわからないんですけど……頼れそうな人に心当たりがあります! ちょっとカガミハラまで行ってきますね!』」
アマネの声の後、スピーカーから物がぶつかるような音が鳴り響いた。続いてマダラが悲鳴をあげる。
「『ブレーキかけるなら、前もって言ってくれよ!』」
「『ごめん、ごめん! それじゃ、私は行くから、完成したらマダラが雷電に届けてあげて!』」
「『おい! そんな、勝手に……!』」
勢いよく扉が開いてすぐさま閉じる音が、マダラの文句を遮った。
「『ああ、もう、行っちゃった! ……雷電、聞こえてただろうけど、こっちはこんな状況だ。アマネのツテは……正直、よくわからない。ジェネレートギアはもう少しで何とかなるから、それまで持ちこたえてくれ!』」
「『了解!』」
雷電は答えて、並走する青灰色のミュータントを見た。“26号”は速度を落とさず、再び眼を動かして雷電に視線を返した。「おおお……」と声を洩らしながら、瓦礫を乗り越えて駆け続ける。皮膚の裂け目から覗く筋肉は血のように赤々しく脈打って、四肢を突き動かしていた。
狂える獣に雷電を害する意思は見えなかった。ただひたすらオールド・チュウオー・ラインを走り、博士が乗るバンを追っていた。
「もう少し付き合うぞ、行けるところまで行ってみな……!」
アマネは急ブレーキでナカツガワ・コロニーのトラックを停めると、運転席から飛び降りた。走って後ろに回り込み、荷台に駆け上がる。扉を開けてロックを外し、愛用のスクーターに飛び乗るや、エンジンを吹かせて荷台から飛び出した。
「気をつけて!」
助手席から声をかけるマダラに手を上げて応えると、アマネは更に速度を上げて西に向かって走り去った。
荒れ野の道、断崖の道を抜け、崩れ落ちた遺跡でできた大橋を渡り、巡回判事は制限速度を大幅に超えて走り続けた。パステルブルーのスクーターは矢のように、昼下がりのカガミハラ・フォート・サイトの正門に突き刺さった。
急ブレーキをかけてアスファルトを焦がしながら停車すると、軍警察の守衛が駆け寄ってきた。アマネはやって来た守衛にIDカードを見せると、顔パス同然で市内に乗り入れた。
第1地区の官庁街を走らせながら、携帯端末を取り出す。カガミハラの都市回線が使えることを確かめると、アドレス帳を立ちあげて通話回線を開いた。
「……もしもし? 私、滝アマネと言います。店長さんとお話ししたいのですが……」
(続)