ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;15
路上生活の長かった中年男は、首をひねりながらも探偵の携帯端末を受け取った。
「けどなあ、こんな格好で会ったことがないからなあ。知り合いだったとしても、自信ないですよ、俺……」
ぶつくさと言いながらも端末機の画像を拡大し、顔の造形を検めていく。
「どうかなあ、こんな顔の人、うーん、うーん……あっ!」
「何か、わかったのか?」
探偵がずい、と顔を近づける。中年男は「いや、そこまで自信があるわけじゃないんですけどね……」と言い訳しながら、携帯端末機を相手に返した。
「顔のパーツがなんとなく、よく食い物を持って行ってやってるおっさんに似てるような気がして……でも、違うような気もするしなあ……」
「今は、どんな情報でもいい! 手がかりが欲しいんだ。その男ってのは、どんな奴なんだ?」
「そうですねえ、俺は5年ちょい前位からここに住んでるんですけど、おっさんはそれよりずっと前から、この街に住んでるみたいで……」
中年男はしどろもどろになりながらも説明を続ける。
「もちろん、こんなきれいな恰好もしてないですよ? いつもビルの中で横になってて、全然動かなくて……でも、なんか放っておけなくてねえ。奥さんと、まだ小さかったお子さんをなくして、この街に来たって聞いて……他人事だと思えなくてねえ。……俺も、カミさんに愛想尽かされて、この街に着いてから、会えなくなっちまって……うう!」
話しているうちにこみ上げてくるものがあったのか、中年男は「おおーん!」と情けなく声をあげ、男泣きに泣き始めた。
ターゲットの男の事情は、調査した中で聞いてきた話とはちょっと違うんだよなあ……と内心思いながらも、探偵は口に出さなかった。
「なるほど……」
勿体つけて、心得たようにうなずくキリシマの横で、ユウキはあきれ顔で息を吐き出す。
「とにかく、その人のところに案内してよ。連中に見つかる前に!」
ビルの隙間に、挟まれるように建てられたあばら家の扉が開く。案内役を買って出た男が顔を出した。
「ついてきてください。そんなに離れてないですよ」
そう言って中年男が歩きはじめる。キリシマ探偵はその後ろに続いて歩きはじめ……背後から近づいてくる微かなエンジン音に気づいた。
「危ない!」
咄嗟に目の前の男に義腕の左腕を伸ばし、抱え込むようにしながら飛びのいた。
「……グエッ!」
廃ビルの壁にしたたか打ち付けられて、中年男が情けない声で呻く。改造されたバイクが爆音をあげながら、2人が立っていた地点を駆け抜けていった。
「バイクに轢かれるよりはマシだろ!」
キリシマは中年男に言い放つと、掴んでいた腕を放り捨てた。
「ちょっと引っ込んでろ! 助手君も! ケガしたくなかったらな!」
ユウキにも注意を促しながら身構える。周囲を取り巻くのは、改造バイクに跨った若者の集団……!
「クソ、待ち伏せしてやがったか……!」
獣が一斉に吠え立てるように、エンジンがけたたましく吹かされる。探偵は震える脚を生身の右手で押さえつけ、サイバネの左腕に意識を集中させた。
「その人数なら、バイクで突っ込むのもできないだろ! 来いよ、バイクから降りて、かかって来やがれってんだ!」
「ンだとコラァーッ!」
「ヤんのかオラァ!」
キリシマの挑発に、若者たちがざわめく。
「……潰す」
怒りに我を忘れた一人の若者がバイクから飛び降りた。剣呑とした光が宿った両目が、探偵を見据えている。
「ぶっ殺してやるよ……!」
周囲よりも頭一つ飛び出た巨躯。手にした太い鉄パイプを振り抜くと、空気が唸り声をあげて切り裂かれた。若者は鉄パイプを振り上げると、雄たけびをあげながら駆けだした。
「オオオオオオオッ!」
若者の眼中には、既に目の前の探偵しか入っていなかった。周囲の暴徒たちは、巻き添えを恐れて静観を決め込んでいる。
「オオオオオアアアアアッ!」
先陣を切った若者は轟くような叫び声をあげながら、大上段に振りかぶった鉄パイプを叩きつける。 探偵は歯を食いしばりながら、鋼鉄の左腕をかざした。
鈍い音。肩の骨が軋み、背中の筋肉に震えが走る。だが……
探偵は踏ん張り、その場に持ちこたえていた。目の前の相手が立っていることに気づくと若者は我に返る。
「なんだ、と……!」
追撃するか、距離を取るか。一瞬の躊躇い。突き崩すなら、ここしかない!
「“コピー・エイプ”!」
「なっ……!」
サイバー・ウェアの音声コマンドを叫ぶと、サイバネ義腕が唸りをあげる。電光を一筋残しながら横薙ぎに振り抜かれ……若者は迎え撃つ間も、避ける間もなく吹っ飛ばされた。
「ぎゃっ!」
巨体は勢いよく飛んでいき、突っ立っていたバイクに衝突して諸共に崩れ落ちた。暴徒たちが再びざわめく。……今度は蛮勇ではなく、戸惑いと怯えの色が滲み始めていた。
「なんだアイツ……!」
「マジかよ……!」
これ以上、こいつらをどうにかするための手があるわけじゃない。でも、今はハッタリでもいい! ここで、コイツらをどうにかしなくては……!
キリシマは両脚を踏ん張り、胸を張って周囲に睨みをきかせた。唯一の武器、サイバネ義手を高く掲げて構えて見せる。
「来いよガキども! いくらでも、相手になってやるよ!」
(続)