ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;13
「はあ?」
探偵は、突然の言葉に思わず声を上げた。助手もずい、と通話端末に顔を近づける。
「何? 何の話?」
「ちょっと待って! それで、誰に狙われてるんだ、俺たちが?」
「『それは……』」
硬質な破裂音が、鋭く耳に突き刺さる。廃墟の外、ショーウインドーに当てられていた樹脂パネルが叩き割られたのだった。ユウキが思わず悲鳴をあげる。
「きゃああ!」
助手の声を聞きつけ、戸口から室内を覗く覆面の男たち。探偵は左腕のサイバネ義手をかざして身構えた。サイバー・ウェアを経由して、義手のリミッターを解除する。ブーン……と低い起動音を立て、各部のセンサーライトが黄色い光を放った。助手を庇って立ち、探偵は侵入者たちに怒鳴った。
「なんだ、お前たちは!」
覆面達は、鉄パイプやチェーン、釘を打ちつけた角材……物騒な得物をそれぞれ手にして、乱れた靴音を鳴らしながら建物の中に押し入って来たのだった。
通話口の向こうでは手負いの青年が傷の痛みに呻きながらも、苦しそうな声で説明を続けている。
「『“レイジュ電工”が雇った始末屋です!』」
「始末屋ぁ?」
素っ頓狂な声をあげるキリシマ。
「なんだァ、テメェ……?」
「どこ見てんだよ、オラァ!」
「やんのかコラァ!」
無頼の若者たちは廃墟の中にいる探偵たちに目を付けた。口々に威嚇の声が飛ぶ中、外からノイズ交じりの歪んだ声が響く。
「ソノ二人組ダ! ヤレ!」
ボイスチェンジャーを通した声に命令されて、若者たちが走りだす。そのうちの一人、神経質そうな笑顔を貼り付けた小柄な男が、持っていた鉄パイプを大きく振りかぶる。
「アハハハハッ! 死ねやあっ!」
思い切り振り下ろされた得物を、鉄色のサイバネ義腕が受け止めた。細身のスーツに身を纏った義碗の男は衝撃にも動じず、岩のように動かない。動揺したのは襲撃者の方だった。
「なっ? ……何だぁ!」
相手が固まった隙をついて、探偵は動き出していた。武器は鉄の腕一つと、安物揃いのサイバー・ウェアだけ。だが……!
「やるっきゃねえんだ! “コピー・エイプ”!」
音声認識コマンドを叫ぶと、サイバネ義腕が唸る。各部を捻りながら鉄パイプをはねのけると、あっけに取られている暴徒の顎に鋼の裏拳が叩きこまれた。
「オラアアッ!」
プログラミングされた動作を正確に再現させるサイバー・ウェア、“コピー・エイプ”。動きを拝借した相手はもちろん……雷電纏う、鈍銀のヒーロー!
「ぎゃああ!」
いきり立って襲ってきた若者は悲鳴をあげて吹っ飛んだ。後ろに控えていた男に直撃すると、侵入者二人は揃って崩れ落ちた。周囲の暴徒たちに動揺が走る。
「クソ、なんだコイツは?」
「気をつけろ、サイバネ野郎だ!」
驚き、ざわめく暴徒たちに向かって、キリシマはサイバネ義腕を突き出した。
かかってこいや! “電光石火で、ケリをつけるぜ”……ってな!」
多勢に無勢。とはいえ狭い廃墟の中では、暴徒全員が一度に動けるわけでもない。
「“コピー・エイプ”! “コピー・エイプ”! ……ウオラアアアッ!」
探偵は音声コマンドを連呼しながら義腕を振り回す。連続して放たれる鋼鉄の拳が、次々に襲撃者を薙ぎ払った。その都度、生身の全身に衝撃が走る。……パワーアシスト・スーツを着た者の動きを再現しているのだ、尋常でない負荷がかかって当然だ。でも、ここで踏みとどまらなければ。
探偵は次々と顔を出した襲撃者たちを戸口の外に叩きだすと、廃墟の扉を閉じた。外から鈍器で、扉を激しく殴りつける音が響く。
キリシマは揺れる扉を抑えながら振り返り、固まっていたユウキに向かって叫んだ。
「助手君! 横になっているおっさんと一緒に、さっさと逃げるんだ!」
「えっ、ちょっと! ……どこに行ったらいいのよ?」
「裏口だ! 回り込まれないうちに、早く!」
キリシマの剣幕に、ユウキは慌てて動き出した。
「ほら、行くよ、おっさん!」
横になったまま動かない浮浪者を引っ張り上げ、引きずりながら店の裏手に向かう。
「ヘボ探偵も、早く!」
「わかってますって……いいから早く、先に外に出な!」
「もう! この……死ぬなよ、ヘボ探偵!」
背後で扉が開き、閉まる音を聴くと、探偵は深呼吸した。
「よーし……!」
扉から義腕を離すと、勢いよくドアが吹っ飛んだ。息を殺して戸口横の壁に張り付いていると、暴徒たちが次々と室内になだれ込んでくる。
「ぶっ殺すぞテメ―!」
「ふざけんなコラァ!」
血の気の多い若者たちは口々に怒鳴り声をあげ……そして人気のない室内に、あっけに取られて立ち尽くした。
「野郎、どこへ行きやがった……?」
大丈夫、まだ気づかれていない。ひりつく緊張感に、溜まったつばきを飲み込む。
俺はただの探偵だ。こんな修羅場、そう何度も体験したいわけじゃあない。だが……
キリシマは胸ポケットに手を伸ばすと、音を立てずに高照度マグ・ライトを取り出した。カガミハラ市内には、あらゆる武器の持ち込みは禁止されている。サイバネ義肢だって、戦闘用のものは許可なしでは身につけられない。
だから、身を守る手段は色々と工夫を凝らすものだ。
「どこ見てんだよ、俺はここだぜ!」
挑発的な声に、暴徒たちの視線が一気に集中する。部屋の隅に身をひそめていたキリシマはマグ・ライトを左手で握り、拳銃のように構えていた。
「喰らえ、“フルチャージ”だ!」
途端に放たれる、強烈な閃光。そして破裂するマグ・ライト。
“フルチャージ”は廉価で流通する、サイバネ義肢と連動するタイプのサイバー・ウェアだ。義肢の余剰電力を使って携帯端末などを急速充電するためのウェアだが、あまりに電力を食らうために役立たず扱いされていた代物だった。しかし、光量のあるマグ・ライトに限界を超えて電気を注げば……即席の閃光弾と化す!
「ぎゃああああ!」
白い光に眼球を焼かれた若者たちが、悲鳴をあげてのたうちまわっている。キリシマはマグ・ライトの破片を放り捨て、口の端を釣り上げた。
練り上げてきた“ワザ”がうまくハマるってのは、悪くないもんだ……!」
「ビンゴ! ……おっと、俺はそろそろ行くぜ。あばよ!」
キリシマは捨て台詞を残すと、倒れて悶える若者たちの手足を踏んづけながら、さっさと裏口に向かって歩いていく。
一方で扉を吹っ飛ばされ、開け放たれた戸口の向こうから、覆面の男が探偵の後ろ姿を凝視していた。
「マア、イイ。取リ分ガ減ラナクテ済ムダケダ……」
覆面の男は独り言つと、のたうち回る若者たちを置き去りにして廃墟の街を悠々と歩き去っていった。
キリシマは我武者羅に、第7地区の路地を走っていた。追っ手は来ない。義肢の充電は……問題ない。今は、まだ。
ポケットから携帯端末を取り出す。走り続けながら、先ほど通話回線を開いた相手……“レイジュ電工”の若手社員に、再び回線を開いた。
「もしもし? 生きてるか?」
“レイジュ電工”を追われた若手社員はキリシマ探偵に警告した後、足をもつれさせながらカガミハラの町を走り続けていた。そしてとうとう、市街の中心地にたどり着く。
道行く人が驚いて振り返るのにも構わず歩き続けた青年は、遂にアスファルトのひび割れにつまづいてバランスを崩した。両ひざを路面について項垂れた時、ポケットに入れていた私物の携帯端末が激しく震えだす。
「あっ……!」
よかった。見知った番号だった。青年は項垂れたまま、携帯端末を取り出した。
「……もしもし?」
通話回線越しに、こちらも余裕がない調子で探偵の声が飛んでくる。
「『もしもし、生きてるか? さっきは、撃たれたと聞いたけど』」
「ええ、何とか……」
レーザービームがかすめた腹が、脚が……青年の全身がズキズキと痛んだ。スーツも、ところどころが熱線を浴びて裂け、見るも無残な姿をさらしている。
「あなた方が、ウチの社に狙われていることを知って……理由を調べていたら、私まで狙われることになりまして。今は……なんとか、第2地区まで着いたところです」
「『そいつは良かった。早く、軍警察に行ったほうがいい。一切合切話して、保護してもらうんだ』」
青年は探偵の言葉を聞いて、よろよろと立ち上がる。
「軍警察に、ですか……?」
「『ああ、この町の軍警察は、企業の支配を受けずにやってるからな。きっと身の安全は保障してくれるだろうさ』」
「わかり、ました」
すっかり疲労の溜まった両足を引きずりながら、青年は再び歩き出す。思えば、朝食は喉を通らなかった。昼食も食べずに、ここまで水も飲まずに走り続けていたのだった。
全身に走るビーム火傷の、ひりつくような痛みも曖昧になってきた。意識が朦朧としていて、集中が持たない。視界は四隅が切りとられ、ぼんやりとした闇に覆われ始めていた。
「『……ところで、もう一つ知りたいんだが』」
「なんですか?」
「『何で俺たちが狙われることになったんだ?』」
「それは……」
探偵からの質問に、青年は首を振る。気を張って思考を巡らせることで、視界の欠落部分は少し小さくなったようだった。
散漫になりかけていた意識を集中させるためにも、話し相手がいるのは有難いものだ。
「わかりました。ご説明します……!」
(続)