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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;12

 およそぞっとしない指示と、ヒラ社員が持つにはあまりにも大きな権限。青年は部長からの指示を忠実に守り、数分遅れて“工員詰所”を後にした。それから……その日の事は、よく覚えていない。


 翌日も青年は、自分がオートマトンにでもなったような心持だった。何となく、社員たちの輪に加わることに躊躇いがあり、作業機械の点検業務を積極的に引き受けた。 立ち並ぶ作業オートマトンを念入りに検査した後、オートメーション区画の薄暗がりから抜け出し、青白い光が煌々と照らすオフィス区画へ。ちょうど、昼の休憩時間だった。同僚たちの楽しそうな声が聞こえてくる。 監視カメラドローンが、ついと頭上を通り過ぎていく。青年は社員用通話端末をポケットの上から押さえつけた。


 とてもじゃないが、昼食をとろうなどと考えられるような気分じゃなかった。皆、大なり小なり、こんな事をさせられていて、それでも平気な素振りをしてるんだろうか? それとも、自分だけが……?


 胸につかえているような、作業の指示。早く済ませてしまおうと思い、青年は食堂に向かう人の流れに逆らって一人歩く。 自らの作業ブースに戻ると、人の気配のないオフィスで社用タブレット端末を立ち上げた。携帯端末に表示される文字列を入力すると……画面が切り替わった。 黒い背景に表示される“Authorized”の文字。社内情報のデータベースや個人の勤務状況、各種社内手続きの申請フォームの他に、これまで見たこともなかったようなメニューがずらりと並んでいる。青年はごくり、と固唾を飲むと、社内データベースにアクセスした。


「あった、“編集”。これかな……?」


 恐る恐る画面に触れると、“第2会議室、午前11:00”、“第3会議室、午後3:00”などのラベルが貼られた映像アーカイブ・データが一覧になって現れた。データを辿っていった先で見つけたのは、“正面エントランス、午前10:30”の表示。……まちがいない、これだ。 青年は作業メニューの“削除”と書かれたパネルを押した。アーカイブされていたデータはあっさりと、何もなかったかのように消え去った。


「はあ……」


 作業画面を切り替えると、青年はため息をついた。指示を受けた作業は、さっさと終わらせた。これで後は自分自身が、今日の出来事を忘れてしまえばいいだけだ…… 青年は端末機をログアウトする前に、ふとデータベースの操作画面を選んでいた。このまま何もなし、というのはなんとも居心地が悪い。青年は検索欄に“ノブヒコ”と打ち込んでいた。


「……あった、“カゲヤマ・ノブヒコ”」


 カゲヤマ・ノブヒコ。事業プロジェクト課、事業協力プロジェクトの元主任。在任中は外部事業所との技術協力・コラボレート事業の推進に取り組む。当社の“ブラフマー”への参入、技術交流プロジェクトに多大な貢献を果たす。18年前、心身衰弱を理由に早期退社。それ以降はOBとして、社内保健事業部の健康維持プログラムを受けながら療養中…… 顔写真も表示される。少し神経質そうな緊張が口元にあるものの、堀の深い、整った顔立ちの男性だった。撮影日時の表記から判断するに、“心身衰弱”と診断される直前に撮影されたものだろうが、まだまだ若い。年齢は40歳そこそこだろうか。


「この人が、“ターゲット”……?」


 青年はデータをメモリスティックに保存しながら、思わずつぶやいていた。 その時、タブレット端末に”WARNING!”の文字が点滅しながら表示される。


「わっ!」


 思わずタブレットを放り出す。続けざまに、デスクの上の社員用通話端末が呼び出し音を鳴らした。相手も見ずに、慌てて通話回線を開く。


「はっ、はい!」


「『お疲れ様だね、君』」


 呼び出してきたのは、例の部長だった。底知れない猫なで声による上辺ばかりの労いに、青年の背筋が凍り付く。部長は言葉を続ける。


「『仕事が早くて結構だが、君……余計なものを、見てしまったようだね?』」


 部長の声に、青年は牙を剥くような白い歯を思い出していた。喰われる……そんな恐怖感に襲われながら、青年は自らの拳を握りしめていた。


「なんで、なんですか……?」


「『うん、なんだって?』」


「なんで、この“ノブヒコ”って人を、その……!」


「『それを他所に知られたら困るからなんだよ! 分からないかなぁ、君は?』」


 部長は怒鳴るように声を荒げて、青年の問いかけをねじ伏せた。相手が怯んだと見るや、部長は「えへん!」とわざとらしく咳払いする。


「『とにかく、これで君を野放しにできなくなった。悪いが今日から、本社の医務室に“入院”してもらうことになる。……なあに、我慢してもらうのは数日のことだよ。“元凶”を始末すれば、もう証拠は何もない。君も気にせず、世間に何と言いふらしても構わなくなるんだからね』」


 空恐ろしい響きを帯びながら、楽しそうな声音で話し続ける部長。青年は無言のままタブレットからメモリスティックを抜き取り、胸ポケットに収める。 それを、天井の監視カメラが捉えていた。


「『……だから、そのメモリスティックはこちらで処分させてもらおう!』」


 部長が再び声を荒げる。青年は立ち上がり、両脚の震えを抑えながら通話口に叫んだ。


「……断ります!」


「『貴様ァ!』」


 銅鑼を鳴らすような声を合図に、アラームの音が室内に響く。セキュリティガード用の小型オートマトンが、蠢く虫のように次々と現れた。一体がレーザーサイトから光を放ち……青年の腕を貫く!


「ぎゃっ!」


 鋭い痛みに声を上げ、よろめきながら青年は部屋を飛び出した。


 大丈夫、社内に配備されたオートマトンは全て、非殺傷設定がなされているはず。そんなことより……早く脱出しなければ!


 廊下にもアラームが響いている。侵入者の存在を警告するアナウンスが響いているが……さすがに問題を大っぴらにしたくはないのだろう。青年を名指しで告発することはなかった。 社員たちは驚き、戸惑って固まっている。……本当だろうか?


 あるいは、誰が“造反者”なのか、息を殺して互いに監視しあっているのではないか……?


 頭上を飛び、廊下を這い回るオートマトンたち。こちらは躊躇いなく、青年を狙いにくるだろう。青年は我武者羅に走る。途中、オートマトンのレーザーが後ろから飛んできたが、構わずに走り続け、とうとう非常出口の扉を開けると、転がるように外に出た。


「はあ、はあ……!」


 社屋の外は、普段通りの街並みが広がっている。


 ここでは、まだ危ない。なんとか、人目のあるところまで逃げなければ……!


 青年は足をひきずりながら、カガミハラ市街の中心部に向かって走り出した。




 探偵とその助手は、翌日もカガミハラ市街地を駆けまわっていた。 “レイジュ電工”の取材がほとんど成果なく終わり、結局残された手がかりはひび割れたビルが立ち並ぶ開発中断エリア、第7地区。


「あのォー、ちょーッといいっすかねえ……?」


 探偵は雨風を避けてビルの陰で横になっている浮浪者を見つけては、一人ひとりに声をかけていた。


「人を探してましてね……」


 ファーストフード店だったと思われる廃墟の中、キリシマ探偵は横になっている浮浪者に声をかける。うつろな目で天井を見上げている男は、探偵に視線を合わせようともしない。 キリシマは構わず、声をかけ続けた。


「どんな人かっていうと、そのォ……俺にもよくわかってないんですけど……多分、20年くらい前にここで暮らしていた女の人の旦那さんでしてね、名前も顔もわかってなくて、えーッと、話せることがそれくらいしかないんですけどね……」


「へぼ探偵」


 廃墟の入り口から、生意気な若い娘の声が飛んできた。派手なスカジャンを着た金髪の娘が、戸口にもたれて腕を組んでいる。


「そんな質問で、答えられるわけないじゃん。だいたい、20年前からここに居たようには見えないんだけど、その人……」


「そりゃ、そうかもしれないが……“ショットガンは乱射するに限る”んだぜ、助手君」


「言いたいことは分からなくもないけど、もうちょっとやり方ってもんが……」


 反抗的な探偵の助手……ユウキがあきれたようにため息をつく。探偵が反論しようとした時、けたたましいエンジンの音が廃墟の外から轟いた。


「えっ、何?」


 思わず外に出ようとする助手の腕を引っ張って、探偵は物陰に身をひそめる。


「隠れろ!」


「……きゃっ!」


 声を潜めて抗議する不良娘。探偵は崩れかけた戸口から、そっと顔を出した。 改造されたバイクが何台も、ドラムロールのような低音を響かせながらたむろしている。鉄馬を駆るのは口元を布で隠したり、ゴーグルで目元を隠したり……といった、怪しい風貌の若者たちだった。


「何だ、あいつら……?」


 キリシマがつぶやくと、続いて顔を出したユウキが口を開く。


「浮浪者狩りだよ」


「浮浪者狩り?」


「そう、不良共がつるんで、浮浪者を虐めて遊んでるの。一人ひとりは、どうってことないんだけど、あんなにいると……」


「ちょっと厄介、か?」


「まあ、ね。それにしても、何人かで群れるもんだけど、あんなに沢山集まってるのは珍しい……」


 ユウキが説明していると、キリシマの携帯端末がブルブルと震え出した。


「すまん、助手君、デンワが……」


 端末を取り出すと、見たことがない番号が通知欄に表示されていた。


「もしもし?」


「『もしもし……』」


 歯を食いしばるような痛々しい声が、回線の向こうから飛んでくる。


「『昨日、“レイジュ電工”に取材しにきた、探偵さんですか……?』」


「ええと、そうです。探偵のキリシマですが」


「『よかった、繋がって……』」


 探偵が答えると、苦しそうな男はホッとした声を漏らした。


「『私です、“レイジュ電工”でお二人とお話した……!』」


「ああ、あの時の! ごめんなさい、すっかり印象が違って聞こえたので」


「『……ははは、ちょっと、ヘマやっちゃいましてね』」


 “レイジュ電工”の若手社員は苦しそうな声で笑った。


「ヘマ? 大丈夫ですか?」


「『ええ、いや、ちょっと非殺傷レーザーで全身を撃たれたってだけですから。そんなことより……』」


 若手社員の青年は自らの痛みに歯を食いしばりながら、必死になって話を続ける。


「『気をつけてください! 狙われているのは、お二人の方なんです!』」


(続)

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