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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;11

 訪問者……探偵とその助手を名乗る二人連れが去り、その二人の背中がビルの陰に隠れて見えなくなるのを確かめると、レイジュ電工の技術部長は大きく伸びをした。


「う、うーむ! ……さて」


 首に提げていた携帯端末を手に取ると、室内の監視カメラから届けられた画像が次々に表示される。訪問者たちの後ろ姿、頭上から見下ろす写真、そして表情のわずかな揺らぎまでわかるほど高画質な、正面から捉えた一枚。

 部長は手早く数枚の画像を保存すると、端末機をポケットに仕舞いこんだ。振り返ると、成すすべなく状況を見守っていた若手社員が、ぼんやりと突っ立っている。


「えー、っと……」


 部長は話しかけようと思い、言葉を投げ……


「まあいいや、君」


 思い出すことを早々に放棄した。遥か高位にいる相手からの呼びかけに、若手社員は跳ね上がるように直立姿勢を取る。


「はっ、はい!」


「さっきのアポの件、社内記録から消しといて」


「えっ?」


 若手社員は思わず声をあげてしまった。

 消す? ……記録自体から? いいのか、そんなことして? でも、取材を受けたのは部長本人だしなあ……そもそも、できるのか、そんなこと?


「おいおい、なんだいその態度は? 君の“上”は、部下にそんな態度を取らせるような教育をしているのかね……?」


 部長は目を細め、白い歯を見せている。……しかし、わずかにのぞく両眼はぎらつくような光を帯び、並んだ歯は暴力的な力に満ちていた。


「ひっ! ……いえ、その、あの……」


「ふうむ? ……ふむ」


 震えあがり、しどろもどろになっている若手社員を冷徹に見据えていた部長は、しばらくすると息を吐き出し、剣呑な気配を引っ込めた。


「そうか、何もしらないんだな、君は。……じゃあ、社内記録の作業する前に、もう一件付き合いなさい」


「えっ? は、はい……」


 拒否権などあるはずもない。若手社員は言われるがまま、さっさと歩きだす部長の後ろについて、社屋の中を歩き始めた。




 工場を兼ねたレイジュ電工本社ビルは、第1地区のひと区画よりも遥かに広い敷地面積を誇っていた。従業員がひっきりなしに行き来する有人作業区は充分な光量の照明に照らされていたが、オートマトンが中心の無人作業区は光量がぐっと落ちる。


「君は入社して何年だっけ? 3年?」


「に、2年です」


 作業機械が稼働し、歯ぎしりのような金属音を響かせる。寒々しい薄明りの中、センサーライトの赤い光点が散る。男たちは蛍光素材のテープで縁取られた非常通路を、前後に連なって歩いていた。


「そうか。仕事には慣れたかね?」


「はい、係長や先輩に、よくしてもらっていて……」


「そうかね、そうかね。それはいい。やはり、同じ職場の仲間同士、協力しなくてはね……」


 部長は大股で歩き続けながら、鷹揚な調子で返した。


「そう。我々の会社は一つの家族、お互いを守り、共に助け合い、協力し合う大切な仲間だ。その精神は何よりも大事だし、どんな時にも忘れてはいけない……」


 薄暗い廊下に響く、二つの足音。部長の声は低く、底知れない響きを帯びていた。


「我々は幸運にも、この貴重な共同体の成員になることができた。だから、我々にはこのコミュニティを守るため、できる限りのことをしなければならない……」


 部長は立ち止まった。工場棟の最も奥、赤い非常灯に照らされた扉の上には“工員詰所”と“非常用連絡口”のプレートが並んで提げられている。


「いい機会だ。遅かれ早かれ、君にも必要になる事だし、それならここで、知ってもらおうと思ってね」


 ドアノブに手をかける。扉がわずかに動くと、隙間から白い光が漏れ出していた。


「……さあ、入りなさい」


 部長に促されるまま、共に扉をくぐる。足を踏み入れた先は……驚くほどこざっぱりとした一室だった。天井には、真っ白い蛍光灯。折り畳み式のテーブルが二列、等間隔に並べられ、それぞれにパイプ椅子が添えられている。部屋の奥には“非常用連絡口”と書かれたプレートが提げられた、大きな金属の扉。 列の中ほどに一人、黒いマスクを被った男が座っていた。黒いブーツを履いた両脚を組み、目の前のテーブルの上に投げ出している。


「やあ、お待たせ」


 部長が小さく手を上げ、気安い調子で声をかけるとマスクの男も顔を上げた。


「……ドモ」


 ノイズの混じった、くぐもった声。ボイスチェンジャーをかけているようだった。

 マスクは軍の払い下げ品である暗視ゴーグルやガスマスクを貼り合わせて作られた手製品のようで、継ぎはぎの隙間から、虚ろな片目が覗いている。恐らく素顔を隠すためだけに、あり合わせのもので拵えたのだろう。


「あれ、今日も一人?」


「当タリ前ダロウ」


 覆面の男は脚を床に戻すと再びパイプ椅子にふんぞり返り、大儀そうに答えた。


「使イ捨テル連中ヲ、イチイチ連レテ来ル訳ガナイ」


 部長はわざとらしい調子で「ああ!」と声をあげながら、ポン、と両手を叩く。


「そうね、自分の取り分が減っちゃうからね、内容を知らせすぎたら。ま、こっちとしても、君一人と取引する方が楽でいいんだがね」


「フン……」


 図星を突かれた様子の覆面男はそっぽを向き……部長の後ろに隠れていた若手社員に気が付いた。


「ソッチノ奴ハ……?」


「彼? まあ、研修みたいなものだよ。私一人がこの仕事の担当を続けるわけにはいかないからね。君みたいに、個人経営でやっているわけじゃない。同じ社の仲間同士、助け合わないとね!」


「ソウカ……」


 軽くあしらうような、気のない返事。

 新入社員は二人の決して穏やかならざるやり取りを見守っているだけだった……が、途中で覆面の男から視線を向けられていることに気づいた。とはいっても片目だけなので、表情を読み取ることはできなかったが……


 軍、企業、そして独立傭兵(という名の、実質はフリーの賞金稼ぎ)……この町では、働き口に困ることはほとんどない。だが、それは“まっとうに暮らしている真人間”に限定された話で……

 目の前にいるこの男は、そんな生き方を選ぼうにも選べないのか、そもそも選ぶ気のない人間なのだろう。


 だとしたらこの視線は……嫉妬?


「トンダ貧乏クジダナ、アンタモ」


「……えっ?」


 覆面の男は、若手社員に向けて声をかけていたのだった。ボイスチェンジャーによって歪んだ声には、哀れみとも、軽蔑ともとれる響きが混ざっているようだった。

 青年が思わず訊き返そうとした時、覆面の悪漢は部長に向き直っていた。どうやら、こちらの返答を聞くつもりはないようだ。


「……ソレデ、要件ハ?」


「ああ、そうね」


 部長が携帯端末を操作すると、覆面男のジャケットから低い震動音が響く。


「この前話していた案件、確定でよろしく。追加ターゲットは、この二人ね」


「了解」


 悪漢はポケットから携帯端末を取り出すと、探偵と助手の顔写真に目を通す。


「ノブヒコヲ探シテ、ソノ途中デ、コノ2人ニ遭ッタラ始末スレバイイ……トイウ事ダナ?」


「まあねえ、それでいい。今のところ、ウチとノブヒコとの関わりは、奴らにバレてないはずなんだけど……ちょっとは脅したほうがいいかもしれないから、もうちょっと積極的にいってもらってもいいかもな。その分、成功報酬は出すからね」


「ワカッタ」


 短く言うと覆面男は立ち上がる。


「くれぐれも、簡単に捕まってくれるなよ?」


 気安い調子で部長が声をかけるが、悪漢は返事もなく“非常用連絡口”から去って行った。

 自分たちが入ってきたのとは反対側の扉が音を立てて閉じられると、青年は両肩に張り詰めていた緊張を解いて「はあ……」と息を漏らす。部長は普段通りの様子で、目を細めた笑顔を顔面に貼り付けている。


「はい、交渉は終わりだ」


「部長、今のって……」


「君、言っただろう、我が社は一つの家族。一つの共同体だ。不用意な噂を流しかねない危険分子は、即ち我が社の敵でしかない。そして敵を排除するためには、多少乱暴な処置を取ることも必要というわけだ。もちろん、我々の手を汚さない、”クリーン”なやり方でね……」


 部長は両の目玉をギラリと光らせながら、演説するように話し続ける。


「今回の会談記録を削除する必要があることも、分かってくれたね?」


「は、は……いえ、その……」


 ”ノブヒコ”って誰なんですか? 結局、訪ねてきた彼らの、何が問題だったんです?

 頭に疑問を浮かべながらも青年はすっかり固まり、震えあがっていた。部長は若手社員の顔色をしばらく観察した後、纏っていた剣呑な空気を引っ込めてポンと手を打った。


「ああ、そうか! 社内データベースを編集するやり方を知らなかったっけ」


 携帯端末を取り出し、何やら手早く操作する……と、すぐに若手のポケットから呼び出し音が鳴った。


「見てみたまえ、ほら」


 言われるままにポケットから携帯端末を取り出し、画面を見ると……部長からのメッセージが届いていた。内容は、無秩序に見える文字の羅列……


「ぶ、部長、これは……?」


「アクセスキーだよ。データベースの。それ、君専用のやつだから」


 部長はそう言うと、若手の顔も見ずにきびすを返した。


「私は先に戻ってるから、君はちょっと、時間をずらして持ち場に戻りたまえよ。周りから何か言われたら、私が適当に言っておくから。……それじゃ、君の仕事っぷりはしっかり見せてもらうからね。よろしく頼むよ」


「は、はい……」


 薄暗い廊下へと吸い込まれていくように消えていく部長を見送ると、青年は再び自らの携帯端末に視線を戻す。社内データベースへのアクセスキーが表示された携帯端末はこれまでよりも重く、ずしりと掌にのしかかっているように感じられた。


(続)

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