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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;7

 老記者は、探偵と助手に深々と頭を下げる。


「私がやりたかった……いや、違うな、あきらめようとしていたことを思い出させてくれて、ありがとうございます。それに、気がかりだったその後の事を教えてくださって、ありがとう」


「そんな、顔を上げてください!」


 キリシマが大いに恐縮して返した。


「他のところでは知ることができなかった当時のことを丁寧に話してくださって、こちらの方がありがたい限りですよ。……それに、あなたの気持ちも。この話を聞けば、彼らもきっと喜ぶでしょう。依頼内容とは少し外れますが、調査報告書に入れ込ませてもらいますね」


「それは勿論、構いませんとも。……あっ」


 何かをひらめいたのか、サワイ記者が声を上げる。両目が見開かれ、大きな目玉がこぼれ落ちそうになっていた。


「どうしました?」


「第7地区を取材しているうちに、ミュータントの方数人と知り合いになっていましてね、その中の一人は事件当時、現場の近くにいたと聞いています。彼らに話を聞くことができれば……。ただ、どこに住んでいるかは知りませんでしたし、今もそこにいるかどうかは……」


「ううむ……」


 自信のなさそうなサワイに相槌を打って、キリシマも唸る。老記者と探偵の話を聞いていたユウキが指を立てて、「はい、はい!」と声をあげた。


「ミュータントの人なら、わかるかも!」


「そうか、“止まり木”のお客さんかもしれない……!」


 助手の言葉に、探偵は希望を見出して声をあげた。


「それで、どんな人なんです?」


「ええと、そうですね。灰色の、石のように固い肌を持った男性でした」


 老記者は額に指を当て、記憶を手繰り寄せながら話す。


「当時もずいぶん高齢のようだったので、今はお元気かどうか。確か、お名前は……ええと……」


「イワハダじいちゃんだ!」


 ユウキが大きく目を見開いて叫んだ。


「その人なら、アタシ知ってる! ほら、せっちゃんの、おじいちゃん!」


「えっ? ……ああ、あの!」


 助手につつかれて、探偵は声を上げる。せっちゃん。身体の大半が灰色の外骨格に覆われ、2本の“副腕”を備えた、ミュータントの娘。“止まり木”の女給にして、店のギタリストだ。……そういえば、彼女とはあまり話をしたことがなかったな。オドオドしていて、臆病と言うか内気というか、今一つ印象の薄い娘だった。……いや、まあ、彼女のことは、今はどうでもいい。


「助手君よ、よく知ってたな」


「せっちゃんとは仲がいいからね。何回か遊びに行ったこともあるし、家の場所、わかるよ」


「そんなに仲いいの! あの娘と?」


 意外そうに声をあげる探偵を、不良娘は不満そうに睨みつけた。


「何が言いたいんだよ?」


「いや、あんなに大人しそうな子と助手君が仲がいいってのが意外だったから、つい……。ほら、あの子ってさ、目が合うだけでピューって、どっかに逃げてっちゃうだろ?」


「えっ、別に、そんな事……あ」


 言いかけたユウキは、途中で黙った。もしかしてせっちゃん、まだ男の人は苦手なのかな……?


「えっ、何? まさか俺、何かやっちゃってた?」


「いーや、別に? へぼ探偵が見るからに怪しいから、距離とってるだけなんじゃねえの?」


「怪しいって、助手君よ、いくらなんでもそんな言い方は……」


 軽口を叩く不良娘は、探偵の抗議を軽く聞き流してさっさと歩き始めた。


「それじゃ、さっさと行くぞ」


「あっ、おい! ちょっと、待ちなさいよ! ……ありがとうございます、サワイさん。失礼します」


 探偵も慌てて後を追う。


「ははは……さて、と」


 老記者は笑いながら二人を見送った後、手元に残された記事を見やった。


「礼を言うのは、こちらの方ですよ」


 やりたいことがある、というのは嬉しいものだ。老記者の全身には、第一線で駆けまわっていた頃さながらの気迫が満ちていた。

 20年前に取り逃し、正体を掴めぬまま垂れ込めている暗雲の正体を、今度こそ見極めてみせる……!


「……さて、それじゃあ私も、動きだすとしようか」


 両目を燃えるように輝かせながら、老記者は楽しそうに笑っていた。




 翌朝。探偵と助手はカガミハラ市街地の端へと足を踏み入れていた。

 第7地区は、地区とは名ばかりの開発中断区域。かつて市街地だったそこにはひび割れ、ところどころが傾いだ廃ビルの群れが雨ざらしになったまま立ち並び、ひび割れたアスファルトからは緑が生え出し、道端には不法投棄された粗大ごみが個々の輪郭を崩しながらも積み重なり、山になっている。一般の市民が立ち入ることはほとんどない、町の死骸だった。……そして、ここはその中でも奥の奥。

 埃と砂が混ざり合った、不快な微粒子を含んだビル風が吹き抜け、探偵の鼻腔に潜り込んできた。


「……へくしょい! へくしょい! へっくしょい!」


「うわっ、きたねえな」


「仕方ないだろ、すっげえ埃っぽいんだもん」


 嫌そうに顔をしかめる不良娘に言い返しながら、キリシマはポケットから出した鼻紙で鼻をかんだ。


「ふう、参ったなこりゃ……ん?」


 クリアになった嗅覚をすえたような異臭に刺激され、探偵は周囲を見回す。


「何か、変な臭いがする……死体? いや、ちょっと違うような……」


「ああ、それなら……」


 一緒になって街を見回していた不良娘の視線が、廃ビルの陰に注がれた。


「ほら、あそこ」


「えっ? ……あ」


 探偵も助手の視線を追うと、ズダ袋のような暗灰色の塊が横たわっているのが目についた。砂のような白い粉にまみれた布の塊にはモップのような毛玉がくっついていて……もぞりと動くと、黒ずんだ人の顔が上を向いた。横たわっていたのは、浮浪者……


「そこそこいるよ、ここには」


 すっかり慣れているようで、事もなげにユウキが言う。


「この町に来て、初めて見た……」


「街中だと、軍警察が見回りしてるからな。それに、よっぽどの理由でも無けりゃ、この町じゃ食いっぱぐれないよ。町には共用のミール・ジェネレータがあるし、軍に入れば、いくらでも仕事があるし。……もちろん、ミュータントじゃなければ、の話だけどな」


「まあ、そりゃ、そうだよな……あれ、でも、あの人……ミュータントじゃなくない?」


 起きてるんだか寝ているんだか、焦点の定まらぬ目を見開いたまま、男は空を見上げて横たわっていた。垢まみれの顔に黒ずんだ手足、見るも異様な風体ではあるが……非ミュータントのように見える。


「だから言ったろ、よっぽどな理由があるって……クスリだよ、クスリ」


 こちらの気配を感じていないわけではないだろうが、それでもなお浮浪者は横になったままだった。起き上がろうとしない男から目を反らし、声のトーンを下げながらユウキが言う。あけすけに大声で言うのは、さすがに気が咎める様子だった。


「くすり」


 探偵は目を丸くして、助手の言葉を繰り返した。


「……でも、病院に行けば治療プログラムとかあるんじゃ……?」


 ユウキはうんざりしたようにため息をつく。


「だから、治療したくねえの、ここの人たちは。鎮静剤とか痛み止めとか……そこから入って、ヤクにハマって街の暮らしを全部放り出した連中が、軍警察から逃げてこの辺で暮らしてるんだって」


「マジかよ……えっ、助手君、えらい慣れてるけど、こんなところにちょこちょこ来てんの? 大丈夫、治安?」


「大丈夫だよ、連中がヤッてんの、ダウナー系だから。よっぽどなことが無けりゃ、ずーっと横になってて動かねーくらい。最近じゃあ、“止まり木”のママが中心になって炊き出しとかやってるらしいよ」


「そうか、そんなことまで……」


「この辺りにいるのはミュータントのヒトか、動かないジャンキーくらいなもんだよ。……んじゃ、イワハダじいちゃんのウチに行くぞ」


 世話になっているバーの女主人の、意外な側面にキリシマはすっかり感心していた。探偵がうんうんとうなずいているのを後目に、助手はさっさと地区の奥へと歩いていく。


「わかったよ。……お、置いてかないでくれよ!」


 異様な雰囲気に身をすくめていたキリシマは背中を丸めながら、大股でずんずんと進むユウキの背中を追いかけた。


(続)

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