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フィスト オブ クルーエル ビースト;4

 ミュータントが叫びながら拳を振り回す。雷電は大きな身振りで乱打を避けて殴りかかるが間合いが遠く、失速した拳を掴まれた。


 青灰色の獣は掴んだ手を引っ張って相手を引き寄せ、殴り返そうと空いた手を振りかぶる。拳が振り抜かれる瞬間、雷電は大きく脚を回して蹴り返し、体をねじった反動で腕を振り払った。


 博士は二人の闘いを映し出すタブレットの画面を見ながら、ぼそりぼそりと話し始めた。


「息子はいわゆる、“重篤変異”を持ったミュータントで、産まれた時には手足もなく、全身が硬質化した皮膚に包まれていました。内臓も成長せず、そのままではすぐに死んでしまう状態でした。それで……」


「あんたが改造して、生き永らえさせてきたのか」


 隣で聞いていたクロキが口を挟む。


「はい。専門ではないのではじめは往生しましたが、この数年でずいぶん安定するようになりましたよ」


 自らの研究を語るホソノ博士の声の調子は少し明るくなり、顔にわずかな赤みがさしていた。運転を続けるタチバナは、再びバックミラーに視線を向けて老博士に声をかけた。


「しかし博士、彼のことを“26号”と呼んでいましたが、いったいどういう事です? 彼の以前にも、人造ミュータントの研究をしていたのでは?」


「いえ、人造ミュータントと呼べるものは彼だけですが……ああ! はい、そうですね」


 老博士は良心の呵責など感じさせぬ明るさで言う。


「あれは26番目なんです。この6、7回程でようやく、クローン胚も安定するようになりました」


 クロキの目の色が変わった。


「実の息子のクローンで実験を繰り返してきた、ってことか!」


「そうです。何とか内臓も揃って、手足も安定して生えるようになってきたところだったんですけどね。暴走の問題が想定以上に大きかったのが今後の課題です。次はもっと神経系を安定させる工夫が必要ですね……」


 話に熱が籠ってきたホソノ博士に、クロキ課長が噛みつくように迫る。


「貴様……! 息子を何だと思っている!」


 老博士はきょとんとして、怒り狂う刑事を見ていた。


「私は息子に、自由に動かせる身体をプレゼントしたいだけですが……?」


 強面のクロキ課長は、目を釣り上げて凄んだ。


「これでは、クローンを使い捨てる人形遊びではないか!」


「……ああ! 大丈夫です、ペルソナダビング用に脳波データのバックアップを取っていますから」


「なっ……!」


 言葉を失うクロキを気にせず、老博士は目を輝かせながら話を続ける。


「ペルソナダビングは全く他人の脳波データを被験体の脳に、それも急速に上書きするので、人格や記憶のデータを損なってしまいます。脳そのものにも深刻なダメージを与え、最終的に被験者を廃人に至らしめる、という致命的な問題がありました。しかし、それならば……と考えました。“同一の組織に”、“発達の順を追って、段階的に”データを書き込むことで、安定した人格の移植が可能になったのです」


 自らの専門分野に入り、ホソノ博士はいっそう言葉数多く、得意そうに話しだした。隣の席に座るクロキ課長は握り拳をきつく結び、微かに震えている。


「……クロキ課長、我々とは考えが違いすぎます。この場ではどうにもなりませんよ」


 タチバナはバックミラー越しに後部座席の二人を見てから、タブレットに視線を戻した。


「頼むぞ、雷電……」




 かつて商業施設だった廃墟に囲まれた四角い広場で、“26号”と雷電は向かい合っていた。数合撃ち合った後、叫びながら攻め立てるミュータントを、雷電が辛うじていなす。


 “26号”は電光を纏った雷電の攻撃をものともしなかった。赤熱しているかのような筋肉が張りつめ、青灰色の外皮を突き上げて荒れ狂う。獣は駆け、拳を振るい、雷電を弾き飛ばした。


「充電はどうなってる? ……くそ!」


 いつものようにレンジは話しかけたが、都市内回線頼みの通信装置では、打ち捨てられたイヌヤマ・ルインズからナカツガワ・コロニーのマダラに繋がるはずもなかった。レンジは毒づいて走り抜け、突っ込んでくるミュータントをやり過ごす。充電がどれほど残っているかわからない。必殺技が使えるかどうかも、心許なかった。


「やるしかないか……!」


 雷電は独りごち、ミュータントの前に躍り出た。攻勢に出ようとは思わない。狂える獣の双腕をすり抜ける。乱打をかわすことに専念し、“26号”を惹き付けて駆け出した。追撃の手が届かない間合いを保ちながら広場を抜け、廃墟のアーケードに走り込む。ひさしを支える列柱を縫うように走ると、小回りしながらすり抜ける動きにミュータントの勢いが削がれていった。


「うあああああ!」


 “26号”が叫び声をあげる。柱をかわしきれずに腕や肩をぶつけて、風化しかけた天井から塵を降らせた。雷電は足を踏み込んで立ち止まる。反転すると、追いかけてきた青灰色の獣に向かって跳び上がった。


「ここだ!」


 狙いはミュータントの頭上、アーケードの端に巻き上げられたシャッターだった。持ち手をつかんで引きずり下ろすと、重量の鉄のとばりが勢いよく落ちてきた。


「あ、があっ……!」




 シャッターが叩きつけられても尚、“26号”は無傷だった。しかし鉄の蛇腹に押さえつけられて動きがとまる、その瞬間を雷電は狙っていた。着地と共に腕を引き絞る。


「“サンダーストライク”!」


 必殺技を放つだけの充電が残っていなくても構わない。シャッターに圧されて頭を下げたミュータントに狙いを定め、拳を解き放った。


「『Thunder Strike』」


 ベルトの音声が応える。全身に走るラインが青白く光り、伸ばした右腕に電光が走った。電撃を纏った拳が、“26号”の頭を揺らす。首に巻かれたチョーカーが割れ、甘ったるい香りが吹き出した。


「これは……!」


 打撃の衝撃はシャッターも揺らした。ミュータントを大きく吹き飛ばし、ひび割れたコンクリート・タイルの上に転がした。


「『Discharged!』」


 ベルトの音声が、もはや必殺技を撃つだけのエネルギーを使いきったことを告げる。雷電は破れたシャッターをくぐって広間に出て、仰向けに倒れているミュータントに近づいた。


 筋肉の異様な膨張はおさまり、“26号”は地下の水槽に浮かんでいた姿に戻っていた。低くうめいて身じろぎするさまからは、獣のような狂暴さは感じられなかった。


「大丈夫か……?」


 顔を覗きこんで声をかけると、青年が目を開いた。


「あなたは……?」


「よかった、落ち着いたか」


 雷電は青年に手をさしのべる。


「俺は雷電、あんたは?」


 青年はうつむいて、差し出された手を押し留めた。


「ありがとう。……でも、ごめんなさい、もう持たない! ……あああああああ!」


 青年はのけ反って叫び声をあげる。青灰色の皮膚が裂け、赤く脈打つ筋肉が剥き出した。獣は跳ね上がって起き上がり、「おおお……」と声をあげて雷電を見た後、ホソノ博士が去ったナカツガワ・コロニーの方角に向けて駆け出した。


「待て! ……ぐっ!」


「『Empty!』」


 充電が底をついたことをベルトが告げる。生身以上に重たい体を引きずって、雷電は叫んだ。


「来い、“サンダーイーグル”!」


 水動力とバイオマスのツインエンジンの音が、応えるように轟いた。


(続)

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