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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;4

 探偵が調べ上げた資料に全て目を通すと、新人助手は深く息を吐き出した。


「ふう……」


「おっ、読み終わったか」


 資料室を管理する老人と談笑していた探偵が、助手の背中に声をかける。


「それじゃあ、次いくぞ」


「次?」


 ユウキが立ち上がって振り返ると、キリシマは資料をダウンロードしたメモリチップを、メイン・コンピューターから抜き取っていた。


「手がかりは手に入った。後は、足を使って稼ぐのさ。……んじゃ、じーさん、また来るぜ」


 ひらひらと手を振りながら資料室を後にする探偵。老人はあきれ顔で肩をすくめた。


「やれやれ、ここはサ店じゃないんだがなぁ」


「あの……!」


 ユウキはおずおずと、マグカップを老人に返す。


「ありがとう、ございました」


「ああ、またおいで」


 老人の笑顔に見送られて資料室を出ると、ユウキは先を行くキリシマの背中を追いかけた。




 軍警察本庁の建物から出ると既に陽は中天を大きく過ぎ、足元に落ちる影は数倍ほどの長さに引き伸ばされていた。


「それで、どこに行くっていうんだよ?」


 新人助手は先を行く探偵の背中に呼びかける。長く伸びた影が設えものの革靴に届いた時、探偵は足を止めて振り返った。


「助手君、我々の目的は何だい?」


「えっ?」


「依頼人の父親を探すことだ。母親じゃあない。“フリークスサイダー”事件のショッキングな記事で頭がいっぱいになっていると思うが……」


「ああ?」


 きょとんとしていたユウキは、キリシマの余計な一言に声を荒げる。


「やんのかテメエ! それぐらい覚えてたっての!」


「それならいいんだ、それなら!」


「……へぼ探偵がよ!」


 キリシマが拝むような身振り手振りでなだめると、不良娘は振りかぶっていた拳を下ろした。探偵は息をつくと、すぐに気を取り直して話し始める。


「それじゃあ、状況を整理しようか。依頼人の話によると、彼女の父親はミュータントの子どもたちを産んだ妻……依頼人の母親を子どもたち諸共、家から追い出した。それが今から、20年前の話だ。そのすぐ後、母親は亡くなっている、と」


「おう」


「今日の調査で、母親が亡くなった経緯がわかった。それは思ったよりも大きな事件で、軍警察の資料室にも報道各社の記事が残っていたほどだ」


「うん……」


 事件の記事が脳裡に浮かんだのだろう。挑戦的な態度で相槌を打っていたユウキが、ここにきて神妙な顔でうなずいた。


「……冷静に事実を確認していくのも、調査に必要なことだぜ?」


「わかってるよ……それで?」


 多少棘が抜けた調子で助手が尋ねる。キリシマ探偵はスーツの胸ポケットから、小さな手帳を取り出していた。


「わかったことをまずはリストアップするんだ。交代で言っていくぞ」


「えっ、アタシも?」


「当たり前だろ、助手なんだから。じゃあ一つ目……」


「ちょ、ちょっと待てよ……!」


 戸惑う新人助手を気にせず、探偵はノートに走り書きながら続けて言う。


「“依頼人の母親は、父親から追い出されたその年の内に亡くなった”……はい、助手君」


「えっと、アオさんはその時に、ナカツガワに引き取られた……とか、そういう事でいいの?」


 探偵は助手の発言をメモに取りながらうなずいた。


「勿論。それで……“この事件を詳しく取材し、調査した新聞社がある”ということもわかった。事件の詳細は、一旦省こう。“依頼人の父親を探す”って目的からは離れていくからな。さて助手君、ここから分かる、次の手は何だい?」


「何だ? ……って、父親の事は、結局分からなかったじゃないか」


「そうだな。俺たちがアクセスできるような、公的に記録に残された資料から、父親の情報にはたどり着けないことが分かった」


 ユウキは得意そうに話すキリシマに、白い目を向ける。


「物は言いようだよな」


「できないことが分かるってのも大事なことさ。それに、母親のことを調べる手がかりは、なくなったわけじゃない」


「あっ、そうか、新聞社!」


 ひらめいて声をあげた助手に、探偵は手にしていたペンの先を向けた。


「そういうことだ。じゃあ助手君、母親が殺された事件について、最も役に立ちそうな情報を得られそうな新聞社は、どこだろうね?」


 ユウキには、すぐに思い浮かぶ記事がある。アオたち兄弟とその母親に寄り添って書かれた、あの記事……!


「それは勿論! あの……ええと……?」


 参ったな、どの新聞社の出した記事だったか、なんて考えもつかなかった。キリシマはニヤリと笑う。


「新聞社はカガミハラ・コミュニティ・プレス、記事を書いたのはサワイって記者だそうだ。探偵なら新聞社の名前だけじゃなく、書いた記者の名前も覚えておくもんだぜ」


「ぐぐぐ……!」


 悔しそうに歯ぎしりするユウキを後目にキリシマはメモを手繰り、書きとめていた出版社のアドレスを確かめた。


「ふーむ、聞いたことのない新聞社だけど……アポを取る時間も惜しい。早速、行ってみるとしようか」


 探偵と助手は並んで、淡い紅色に染まり始めたオフィス街を歩き始めた。オレンジ色に燃えるようなビルから、仕事を終えた人々が吐き出されてくる。

 住宅街の第5地区めざして歩く人の波をかいくぐりながら、キリシマとユウキは第1地区の奥へ、奥へと足を踏み入れた。




 整然と並ぶビルの裏、湿ったアスファルトの臭いが漂う薄暗い路地を歩く。見上げるとビルの隙間から覗く空は燃えるようなオレンジに染まっていた。周囲に、人の気配はない。


「書いてあったアドレスは、この辺りなんだけどな……お!」


 メモを見ながら歩いていたキリシマが、立ち止まって声をあげる。


「第1地区、第7ブロックの4番地……ここだ!」


「ここ?」


 周囲を見回しながら歩いていたユウキが、疑わしそうに言葉を返した。


「何もないけど……?」


「えっ? いや、そんな……」


 キリシマは慌ててメモから顔を上げ、周囲を見回した。視界に飛び込んできたのは薄汚れた壁に、地下のバイオマス発電プラントへと廃棄物を送りこむダストシュート・ボックス。そして板を打ちつけられ厳重に封印された、旧いオフィスビル。 テナント名を記した銘板はすっかり古ぼけていたが、かろうじて“カガミハラ・コミュニティ・プレス”の文字を読み取ることはできた。探偵は頭を抱える。


「クソ、やっぱりか! 道理で、聞いたことない名前だと思った……」


 うなだれる探偵。助手は板目の隙間から廃ビルの中を覗き込もうとしたが、真っ暗な室内の様子を確かめることはできなかった。その代わりに、鼻腔に侵入して気管を脅かす埃、そして広がるカビの臭い……


「うげっ! ゲホッ、ゴホッ! エホッ! ……ヒューッ、ヒューッ!」


 ユウキは激しく咳込んだ後、両目に涙を溜めながら息を整えている。


「ヒューッ、ヒューッ……なんなのこれ、すっごい埃!」


「会社が潰れて、もう、随分経つんだろう」


 すっかり落ち込んでいたキリシマは何とか持ち直した様子で呟き、取材メモを閉じた。


「聞いたことのない新聞社の名前だったし、想像できない話じゃなかったさ」


「それで、どうするんだよ、これから?」


 夜闇に包まれ始めた路地の中、ユウキが腕を組んでキリシマを見やる。


「これも、“分からないことが分かった”で済む話かよ」


「いやいやまさか! ……といっても、今日はもう、どうしようもないのは確かだ」


 探偵はそう言うと、芝居がかった身振りで肩をすくめた。


「助手君、思い出してみたまえ。“フリークサイダー事件”について、記事を出していた新聞社はここだけじゃない」


「そりゃ、そうだけど……」


 なんとも、果てのない話だ。ユウキはだだっ広い荒野に置き去りにされ、立ち尽くすような気持ちになっていた。一方のキリシマは何てことないような風情で、静かに笑っている。


「一つ目がダメなら二つ目、三つ目……探偵ってのはそうやって、徹底的に足を使って洗っていくものさ。続きは、明日以降にな」


「わかった……」


「さて、帰るぞ、退勤、たいきーん!」


 探偵は気楽そうな声を上げて両手を打つ。金属塊を叩くような鈍い音が、ぺち、ぺちと路地裏に響いた。


「助手君ちの、門限に引っかからないうちにな!」


「この……!」


 不良娘は握りしめたげんこつを、探偵の後頭部に叩きつけた。


(続)

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