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ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ;3

 軍警察本庁の真っ白い廊下を歩くキリシマとユウキ。探偵はすれ違う職員たちから警戒心に満ちた視線を向けられながらもポケットに両手を突っ込み、どこ吹く風で歩いていく。


「一体、何やらかしたの?」


 後ろを歩いていた助手が、隣に追いついて探偵に尋ねる。一方でこの不良娘は何故か、全く気にも留められないのだが……

 探偵は気障っぽく顔をしかめて首をすくめた。


「探偵ってのは、お上から嫌われるのも仕事のうちだぜ? ま、それだけ俺が凄腕ってこと……いででで!」


「その態度、腹立つ!」


 ユウキは得意になってぺらぺらと話すキリシマの耳を、ねじるように引っ張った。


「わかった、わかった、真面目にやるよ! ……はあ」


 解放された自らの耳をさすりながら、探偵はため息をついた。


「とは言っても、自分でも心当たりがありすぎて、どれが原因だか……」


「勘弁してよ……よくそんなので、軍警察に来ようって考えたものね」


 あきれ顔の不良娘に、探偵はニヤリと笑ってみせる。


「助手君は真面目なもんで、結構なこった」


「なんだ! やんのか、へぼ探偵!」


 ユウキは腕まくりして、握りこぶしを見せつける。


「ちょ、ちょっと、やめなさい! そういう事すると捕まるんだからな!」


 キリシマはが慌てて制止すると、助手は「ぐぐぐ……!」と悔しそうに歯ぎしりながら拳を引っ込めた。


「どんだけ俺が怪しくて……まあ、何だ、色々やらかしてたとしても、だ……それにしたって、はっきりとした証拠がなけりゃ軍警察だっておいそれとは動けないもんなの! むしろ、今の助手君のほうがやらかしそうになってんだからな!」


「……わかった」


 ユウキは短く言うと、キリシマを置いてずんずんと歩いていく。


「それじゃ、ヤボ用なんてさっさと終わらせて帰るよ!」


 探偵は突っ立ったまま、助手のスカジャンに刺繍された“羽の生えた白いサーベル・タイガー”をながめていた。


「言ってなかったけど、用があるのはこの部屋だぞ」


「早く言えっての!」


 探偵と助手は言い争いながら、“資料室”と書かれた札が提げられた部屋に入っていった。




 本棚とメモリチップの収納コンテナが並ぶ部屋の中、背を丸めた老人が大型コンピューターに向かい合っていた。 キーボードを叩いて無秩序とも思えるような文字列を打ち込みながら、画面を展開させていく。いくつものポップアップ・ウインドウが現れては消えた後、“機密秘匿:セキュリティレベル強化”の文字が現れて消えると、老人は「ほっ……」と息をつく。

 じきに“奴”も来るだろう。まあ、念のために、ね……


「よし、よし」


「邪魔するぞ、じーさん」


 後ろから飛んでくる声。老人が振り返ると、派手なスーツを纏った軽薄そうな男が戸口に立っていた。男は老人と目が合うと、ニヤッとして小さく右手を上げる。


「よっ!」


「邪魔してるとわかっとるなら、お前さんのために準備しとることを、ちっとは感謝してほしいもんじゃがなあ」


「準備? してんの?」


 探偵は全く意外そうな表情で首をかしげると、ずかずかと資料室にあがりこんだ。


「いつも共用データベースを、俺が勝手に使ってるだけだと思ってたんだが。じーさん、茶の一つも出さねえじゃん」


「ここはサ店じゃないぞ、やれやれ。それと……」


 データベース閲覧用の端末機前にどかりと腰を下ろすキリシマ。老人は呆れた声を投げた後、入り口でもじもじしている不良娘に気づいて目を丸くする。


「珍しいお客さんが来たもんだ。どうぞ、お入り」


「あっ、ありがとうございます」


 ユウキは借りてきたコンパニオン・パペットのようにぎこちない動きで室内に入ってきた。


「ここにある資料はニュース・チャンネルの記事やら、一般公開されたものばかりだからな。ま、市内の図書館と変わらんさ。そこの男のように、好きに調べてくれてかまわんよ」


 老人はポットを取ると、マグカップに模造麦茶を注ぎ入れながら新たな来訪者を見やった。ユウキは資料の量に圧倒された様子で入り口の前で固まり、天井まで伸びる資料棚を見上げている。


「わあ……」


「資料室は初めてだろう。ほら、これでも飲みなさい」


「ありがとう、ございます」


 ぎこちなく礼を言うと、不良娘はステンレス製のマグカップを受け取った。中を覗き込むと、深い褐色の液体が香ばしい湯気を立ち昇らせている。

 後ろを振り返ったキリシマが、不満そうに声をあげた。


「あっ! おい、じーさん、俺の分はないの?」


「あるわけないだろう、サ店じゃあるまいし」


「くっそー、なんだよもー」


「ふふふ……」


 探偵はぶうぶうと不満を垂れながら端末機に向き直った。

 マグを持ったまま、ユウキが小さく笑う。老人は笑っているユウキをしばらく見た後、思い出したように声をかけた。


「ところで、今日はどうしてここに?」


「ええっと、そっちの探偵さんの付き添いで……」


「そうかね」


 老人は自らも模造麦茶の入ったカップを傾けながら相槌をうつと、カップをデスクに置いた。


「もし手持無沙汰なら、D番の棚あたりを見ると面白いかもしれんな」


「D番……?」


「ほれ、あそこ」


 指さした先の棚を見やると、“D”とマークされた板が資料ファイルの間から顔を出している。


「大体30年前くらいかな、お前さんのお父さんについての記事もいくつもある」


「パパの……」


「あの頃のあいつはまあ、本当に凄いもんだった。今じゃ“ホトケ”なんて呼ばれとるがね、そりゃもう、オニ・デーモンもベソかいて逃げ出すんじゃないかって……」


 思い出に浸り、とりとめもなく話しはじめる老人。ユウキが上の空で聞き流しながら、資料ファイルの背表紙を見つめていると、端末機の画面とにらめっこしていたキリシマが叫んだ。


「ビンゴ!」


 ボーっとしていたユウキが驚いて跳びあがる。


「えっ、何、びんご?」


「大当たり、って意味らしいな。あいつしか使ってるの、聞いたことないけど。どういう意味なんじゃそれ?」


「俺も知らないよ! 旧文明の映像アーカイブで見て、カッコよかったから、使ってるだけでよ……」


 バツが悪そうにごにょごにょと言った後、探偵は誤魔化すように大きな声をあげる。


「そんなことより、だ! 助手君、これを見てくれ。20年前の記事なんだが……」


「へい、へい。で、どれ……?」


 ユウキは探偵と交代してイスに腰かけ、目の前の端末機に表示された文字を目で追った。




 “ミュータント連続殺人犯、ついに逮捕。” カガミハラ軍警察は聖誕祭翌日の本日、同組織・一般捜査課長のシシド某を殺人、殺人未遂、傷害、放火、公文書偽造、公務執行妨害等の疑いにより緊急逮捕したと発表した。シシド某には他に多数の余罪があると見られ、当局は尚も捜査を継続中。シシド容疑者は4年間に渡り、カガミハラ市内、ならびに周辺の複数のコロニーにおいて複数のミュータント市民への暴行・殺人を繰り返し、世間を騒がせてきた連続殺人犯“フリークスサイダー”の正体であると当局は見なしており、容疑者自身も大筋で容疑を認めているという。


 “ミュータントを標的に殺人事件を繰り返してきた“フリークスサイダー”、その正体は軍警察署の信望篤いベテラン刑事か。“

 “揺らぐ軍警察の信頼。当局は事件の全容を解明するため、今後も徹底的な捜査を続けると宣言。”

 “4年間に渡り、とめられなかった虐殺。背後にはミュータントへの根深い差別意識。”……


 画面に踊るおどろおどろしい文字列に顔をしかめ、ユウキは顔を上げた。


「これが、アオさんのお父さんと何の関係があるの?」


 言いかけたユウキは、ハッとして目を見開く。


「まさか、アオさんのお父さんって、この刑事……!」


「違う違う、そうじゃない!」


 キリシマ探偵は手をパタパタと振ると、端末機の画面をスクロールさせた。


「そそっかしいなあ! 続きがあるんだよ。ほら、読んでみな」


「うっさいなあ、紛らわしいんだよ!」


 助手は苛立って声をあげるが、すぐに切り替えて画面に視線を戻した。


「ええと……?」


 “残された幼い兄妹 わが身をかけて守った母” “フリークスサイダー”逮捕のきっかけとなったのは、彼が起こした最後の事件だった。

 幼いミュータントの兄妹を抱えながら、第7地区の、住民が退去して久しい廃ビルに住み着いていた、非ミュータントの若い母親。連続殺人鬼は、慎ましく暮らす母子を狙った。

 子どもたちを守ろうとした母親を手にかけた後、“フリークスサイダー”は証拠隠滅を兼ねて身動きがとれない子どもたちを殺害しようと廃ビルに火を放った。


「何て奴なの……」 


逃走を図った“フリークスサイダー”はしかし、周辺区域の見回りをしていた一般捜査課の巡査と、その協力者によって逮捕された。

 その後ビルは全焼したが、兄妹は救出されて無事だった。身寄りのない子どもたちはナカツガワ・コロニーにあるミュータント・コミュニティーに引き取られることとなった。

 “フリークスサイダー”逮捕に協力し、幼い兄妹の保護を申し出たミュータントの男性は3か月後、取材に応じ「彼らは共に、健康に暮らしている」と話した。「この数年間、“フリークスサイダー”に刺激を受けた模倣犯も、何人もいたに違いない。非ミュータントとミュータントの間には、大きな壁が存在する」と、男性は強い怒りを秘めながらも静かに語った……


「これ、って……!」


「そうだ。まさか、こんな大きな事件だったとは思わなかったけどな。お陰で、特定は楽だったが……」


 すっかり背筋を伸ばして記事のアーカイブを読み込む助手の後ろで、探偵が返す。


「この、保護された“幼い妹”が、今回の依頼人で間違いないだろうさ」


(続)

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