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ティアーズ オブ フェイスレス キラー;18

 “イセワン重工”の社屋前に、回転灯をつけたスポーツカーと大型バイクが停まる。

 車から飛びおりた二つの人影が建物に侵入しようとした時、城壁のような“イセワン重工”の社屋から警備員たちが駆け出してきた。


「とまってください! そこの二人、とまってください!」


 警備員のリーダーらしき男が、叫びながら近づいてくる。まさに会社の敷地に入ろうとする一歩手前で、メカヘッドは立ち止まった。


「いやー、すみませんねえ、そこから先は私有地ですので…… ええと、その、お約束はいただいておりますでしょうかね」


 柱のような巨体に防弾装具を巻き付けた警備員のリーダーが、ぺこぺこしながら二人の前に立ちふさがった。オオス・テンプルで時折発掘されるセブンゴッズ・イコンに描かれる神々もかくや、というにこやかな表情だが、目が全く笑っていない。

 メカヘッドは動じなかった。芝居じみた身振りで取り出した自らのIDカードを、警備員の眼前に突き出して見せる。


「ナゴヤ・セントラル防衛軍カガミハラ分隊、軍警察庁所属の“メカヘッド”巡査曹長です」


「はあ……えっ、でも、管轄……?」


 警備員が戸惑っていると、メカヘッドはこれを好機と捲し立てた。


「いえ、我々はそちらの社内で捜査を行っております滝アマネ巡回判事と協力体制をとっておりまして。巡回判事からの支援要請を受けて応援として参った次第でございましてはい」


 レンジはメカヘッドの口から溢れるように垂れ流される出鱈目に呆れながら、口出しせずに黙っていた。


 まあ、全部が全部、嘘っぱちってわけでもないんだよな。そこが、この人の厄介なところなんだけど……


 ざわつく警備員たち。何人かは、腰に携えた電磁警棒に手を伸ばしていた。空気が剣呑な緊張感を帯びる中、メカヘッドはへらへらしながら説明を続ける。


「なにぶん、緊急事態なので正式な令状も出ていない状態なのですが、申し訳ありません。失礼しますよ」


 踏み込もうとする機械頭の前に、筋肉だるまの太い柱が立ちふさがる。


「困りますよ、令状もなしなんて。巡回判事さん? から捜査を受けているなんて、聞いてないですし。だいたい、捜査といっても……」


 警備員の目の前で、メカヘッドは自分の携帯端末を取り出した。端末を操作しながら空を見上げる。


「ナイチンゲール君、ドローンの映像を、コレに同期してくれないか?」


「かしこまりました。しばらくお待ちください……」


 上空を舞う機械仕掛けの小鳥がぴりり、ぴりりとさえずる。

 警備員たちは思わず空を見上げていたが、ほどなくして端末機から轟く発砲音に驚いて視線を戻した。小さな画面の中を縦横無尽に飛び回る人影、壁やら調度に突き刺さる銃弾。


「これは……!」


「間違いない、ウチの社内だ……」


「どこの部屋だ、一体……?」


 画面をのぞき込んだ警備員たちが、口々につぶやく。やがて、一人が大きな声で叫んだ。


「役員室……シドウ常務の部屋だ!」


 その声を聞いて警備員のリーダーは、メカヘッドたちからそっぽを向くとインカムにボソボソと話しかける。


「……はい、はい! わかりました、至急確認に向かいます。……巡査曹長さん」


「はい、いかがでした?」


 警備員の顔からは、仮面のような微笑みがすっかり剝がれていた。メカヘッドは相変わらず、平然とした調子で返す。


「そちらの画面に映されている部屋には、警備部から連絡が取れない状況のようです。映像が本物かどうか、我々には判断がつきません。なので……只今から、確認に向かいます」


 警備員のリーダーは姿勢を正すと、メカヘッドに向かって敬礼する。


「緊急性の高い案件と判断しました。ご同行をお願いします。どうぞ、こちらに……」


 リーダーが歩き出すと、警備員たちは左右に道を開けた。メカヘッドとレンジを包囲するように警備員が隊列を組み、一行は“イセワン重工”の社内に足を踏み入れた。




 陶製の壺が割れ、金属製のスツールが吹っ飛ぶ。銃弾の雨が降る中、黒い影が走る。


「待ちなさい、待って……このぉっ!」


 叫びながら影を追いかける魔法少女。手にしたハンマーを振り抜くと、壁に大きな穴が開いた。

 嵐のような惨状をみせる室内に、場違いなほど和やかなチャイムの音が響く。


「『役員室のシドウ常務、確認したい事がございます。至急、内線通話に応答してください。役員室のシドウ常務……』」


 機械的に繰り返される呼び出し音声を聞きながら、マジカルハート・マギランタンがイクシスに向かって叫ぶ。


「サイバネさん、今度は何やったの?」


「知らん」


 機関拳銃で弾丸をまき散らしながら、面倒くさそうにサイバネ傭兵が答えた。


「そこの常務が何かしたんじゃないか?」


 部屋の隅から「もうだめだぁ、俺はもう、おしまいだぁ……」と情けなく嘆く声が聞こえてくる。内密に事を済ませたかったシドウ常務にとって、このアナウンスは何よりも恐ろしい宣告だった。


「そんなことより、いい加減“マスカレード”を抑えろ」


「あら、一人でなんとかできるんじゃなかったの?」


「そんな事、言った覚えはない! くそ、手ごたえがおかしい……!」


 発砲を続けながら、苛立った声を漏らすイクシス。急遽付け替えた義腕によって生まれたコンマ以下の“ラグ”は、大きな負荷となって傭兵にのしかかり始めていた。

 引き金がカチリ、と軽い音を立てる。


「弾切れか……!」


 機関拳銃から空になったマガジンを放り出す。新しいマガジンを取り出そうとした時、髪を振り乱した“マスカレード”がイクシスに飛び掛かった。


「sHhaaaaaah!」


「危ない!」


 マギセイラーが駆け寄ろうとしたが、“マスカレード”はそれよりも早かった。

 イクシスの正面に突っ込むと、“筋力強化”がかかった右腕でサイバネ義体を殴り飛ばす。傭兵は機関拳銃を取り落とし、役員室の床を転がった。


「ガッ……!」


「サイバネさん!」


「AAAAaaaaaaaH!」


 とどめをさそうと追いかける“マスカレード”。

 床に倒れたイクシスめがけて拳を振り上げ、叩きつけようとした時、役員室の扉が開いた。黒い人影が、開いた扉から飛び込んでくる。


「やめろ!」


 ライダースーツ・ジャケットを纏った人影は勢いのままに“マスカレード”の横っ腹めがけてとびつく。“マスカレード”はバランスを崩し、二つの影はもつれながら床を転がった。


「もう、やめるんだ……“ナナ”!」


 ライダースーツ・ジャケットの男……レンジが叫ぶと、“マスカレード”はバネのように身をよじり、跳ね上がって距離をとった。


「Ya……ヤメテ……Aaa……」


 ボロボロになった声帯を震わせる“マスカレード”。

 レンジは身構えながら、真っすぐ相手を見据えていた。


「俺は、君をとめに来たんだ」


「ヤメテ……ヤメテ、れんじ君! れんじ君、れんじ君れんじ君れんじ君れんじ君れんじ君……」


 “マスカレード”は自らの顔を両手で押さえ、苦しそうに身をよじる。うなされているようなうわごとは、やがて悲痛な叫びに変わっていった。


「……れんじ君! れんじ、れんじ! アアアアアアアAaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAh!」


 絶叫しながらレンジに狙いを定め、飛び掛かろうとする“マスカレード”。


「マスター!」


 ぴり、ぴりり。ナイチンゲールが開きっぱなしの扉から飛び込んできて、レンジの左手首に突き刺さる。機械仕掛けの小鳥は白い光を放ち……光が粒子となって消え去った後には、白磁色の腕輪に変形して左手首に巻き付いていた。

 青年の腰には、銀色の大きなベルト。バックルから突き出た大きなレバーに握り拳を叩きつけて引き下げ、すぐさま引き上げると、レンジは叫んだ。


「“重奏変身”!」


(続)

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