ティアーズ オブ フェイスレス キラー;16
サイバネ義体の傭兵、イクシスは“X”と“Y”を象ったアイ・バイザーを赤く光らせて、オレンジ色の魔法少女を見つめていた。そして、不機嫌そうに人工声帯を「フン」と鳴らす。
「断る。……"ストライカー雷電"には既に言っているはずだが?」
「でも、"マスカレード"が何をしてくるかわからないし、2人がかりでやった方が確実なんじゃ」
「私の仕事は"マスカレード"を始末することだ。お前たちとは違う」
食い下がるマギランタンを、一言ですぱりと切り捨てる。それでも、と食い下がろうとする魔法少女に、イクシスはずい、と顔を近づけた。
「だいたい、それなら"ストライカー雷電"を使えばいいだろう」
「それは……雷電は、ちょっとお休みよ」
答えに困った様子の魔法少女を見て、サイバネ傭兵は肩をすくめた。
「腑抜けたか」
「ちがう!」
思わず声を上げた後、マギランタンは拳を握りしめてイクシスを睨む。
「私がやる、って言ったの。あなたも、やり合うんなら私が相手になるんだから、覚悟してよね!」
「フム……」
イクシスはわずかに首を傾げた後、品定めをするようにマジカルハート・マギランタンに近づいた。散歩するような足取りで、一歩、二歩……
「……何?」
マギランタンが思わず後ずさろうとした時、イクシスは三歩目を踏み込んでいた。……乾いた破裂音と共に。
「えっ? えっ?」
右手に構えるのは、白煙がたなびくオートマチック・ハンドガン。脚部装甲のスリットから銃を抜き、引鉄をひいていたのだった。目にも留まらぬクイック・ドロウ!
「何を……?」
魔法少女が不可視の銃弾を目で追おうと振り返ろうとする前に、イクシスは床を蹴って走り出していた。マギランタンに迫りながら、灰色の拳を振りかぶる。
「わっ、ちょっと! 待って……!」
慌てて避けようとするマギランタン。イクシスはためらわずに突っ走り、目の前に向かって強化セラミック製の拳を振り抜いた。
軽い、けれども鈍い音が響く。大きな塊が部屋の隅に吹っ飛んでいった。
「ひゃっ! 何? なんなの?」
傭兵に殴り飛ばされたのは、ぼろ布をまとった女だった。頬は痩せこけ、四肢の筋肉は不自然なほど隆起して不気味に脈打っている。振り乱した髪の間から覗く両目は、爛々と輝いていた。
「Shrrr……!」
食いしばった歯と歯の間から漏れる息は鋭く、異様な響きを発している。それは鎌首をもたげる、蛇の威嚇音に似ていた。
「ひいい、助けてくれえ!」
常務は情けない声を上げ、重役室の隅に片付けられていた机の下に潜り込む。
「あれは、"マスカレード"だ!」
マギランタンの問いに答えると、イクシスは走り出す。走りながら次々と銃弾を放つが、“マスカレード”は四つ這いになりそうなほどの前傾姿勢で、襲い来る弾幕を潜り抜けながら、ターゲットの常務を目指して駆けだした。 サイバネ仕掛けの傭兵は「フン」と不満そうに人工声帯を鳴らすと、ハンドガンのマガジンを取り替えながら叫ぶ。
「さっさと動け、"ストライカー雷電"の代わりに働くのならな!」
ナゴヤ・セントラル保安局本部。“マスカレード連続殺人事件”の非公式捜査本部は、マギランタンの闘いをモニターするオペレーション・ルームになっていた。
「『さっさと動け……!』」
「『言われなくても!』」
スピーカーから、マギランタンとイクシスが言い合う声。大型スクリーンには、“イセワン重工”での三つ巴の闘いが、ドローンに中継されて映し出されていた。 五月雨撃たれる銃弾をかいくぐり、常務の隠れる机に突っ込もうとする“マスカレード”。マギランタンが飛び出して、長柄のハンマーで突進を受け止めた。
「『行かせないよ、この……!』」
“マスカレード”の背後に回り込んでいたイクシスがハンドガンの照準をこちらに合わせているのに気付くと、マギランタンは“マスカレード”を吹っ飛ばした。
「『ちょっと! 殺す気?』」
「『貴様はこの程度では死なん』」
銃の構えを解いていたイクシスは言い返すと、再び“マスカレード”に照準を合わせた。次々と放たれた銃弾をすり抜けながら、“マスカレード”が走る。
「『アレをなんとかするなら、撃つしかないだろう』」
「『でも……ヒギシャを殺されちゃ困るのよ、こっちは!』」
スクリーンの正面に立っていたメカヘッドが、機械頭のセンサー・ライトを緑色に光らせた。重症を負ったサイバーウェア職人を病院に送り届け、安全を確認した後、ようやく戻ってくることができたのだった。
「やれやれ、なんとか共闘体制にもっていくことはできた、か……」
メカヘッドのつぶやきを聞いて、小型スクリーンとにらめっこしていたマダラが顔を上げる。
「共闘って言えるんですかね、これ?」
「ま、後ろから撃たれないだけやりやすいってもんだよ」
「今、マジカルハートごと撃たれそうになっていたような……」
「そんなことより、だ」
不満混じりのマダラの声を聞き流し、メカヘッドもマダラが見ている画面をのぞき込んだ。
「マジカルハートのエネルギー残量はどうだい?」
「消費の少ないマギランタン・ドレスだから、ずいぶんマシですよ。この調子なら。まだ2、3時間は持つでしょう」
マダラはそう言った後、自らの頭に手を当てた。
「ただ、決め手に欠けるんですよね。マギランタンの使えるエモノは隙が多いものばかりなので……それに、相手も……」
「うーん……」
二人は一緒にため息をつくと、大型スクリーンを見やった。銃弾の雨の中をかいくぐり、ハンマーの打撃にもひるまず、執拗に常務を狙って室内を這い回る“マスカレード”の姿は、あまりに人間離れしていた。
「彼女は、その……ただの人間なのか? その、サイバネを入れてるとか……?」
「サイバネは入ってないですね。何度かスキャンしてみましたが……」
マダラが手元の端末を操作すると、画面に次々と文字が浮かび上がる。
「彼女にインストールされているサイバーウェアのリストです。オレでもわかる、定番のソフトを書きだしただけなんで、実際はもっと沢山入っているかもしれませんが……」
「ええと、記憶力補助、筋力強化、瞬発力強化、心肺能力強化、集中力向上、皮膚感覚鋭敏化、聴力強化、視力強化、痛覚緩和、ハッキング対策ファイアウォール……」
それぞれのウェア名に添えられた機能の説明に一通り目を通してから、メカヘッドは顔を上げた。
「……多くない?」
「普通、多く入れる人でも3、4本くらいらしいです」
「やっぱり、多いんだな」
「ええ。多分、“マスカレード”として活動するためにどんどん入れていったんでしょう。似た機能があるウェアがいくつも入ってたり、してますからね」
マダラはそう言いながら、サイバーウェアのリストを下までスクロールしていった。リストの最下端にたどり着くと、画面表示を閉じる。
「俺にはよくわからないんだが、サイバーウェアの入れすぎってどうなんだい? 身体に負担がかかるとか……?」
メカヘッドに尋ねられると、マダラは「オレも専門外なんですけど」と断りを入れてから話し始めた。
「身体能力を高めるタイプのサイバーウェアは、脳の中にある“リミッター”を解除したり、体が感じる痛みや疲労感、ストレス……負荷を一時的に感じなくさせることで、限界を超えた力を出させる……そんな仕組みだそうです。だから、使い過ぎたら……」
「なるほど。体にも脳にも、相当な負担がかかる、と」
「ええ。ただ、“マスカレード”の場合はそれだけではないんじゃないかと、思うんです」
「どういうことだい?」
メカヘッドの問いを受けて、マダラは端末を操作する。画面に表示されたのは、銃弾を避けながら壁を這い回る、“マスカレード”の映像だった。
「彼女の場合、ただ体が限界を迎えて壊れていくんじゃなくて、限界を超えた動きが可能になってしまっている。“ウィスパー・マスク”だけじゃなくて、サイバーウェア全般と相性が良かったんでしょう。これから、限界を超えた体や脳が自壊していくかどうかは分からないですが……」
「少なくとも今は、全身サイバネの兵士と同じように油断できない相手、ってことだね。……あの傭兵が言うように、射殺もやむを得ない、か……」
あきらめ混じりのメカヘッドのつぶやきに、マダラは拳を握りしめる。
「それでも、なんとか生きたまま逮捕しようってレンジも、ア……マジカルハートも頑張ってるんですから。オレたちも……」
メカヘッドは首を左右に振って、うつむきかけていた機械頭を上げた。
「そうだね。俺たちには、できることをやるしかない……そういえば、レンジは?」
マダラは映像データを閉じ、隣の部屋……資料庫を見やった。
「サイバネ職人さんの視覚データを、ずっと見続けてるみたいです。“マスカレード”をとめる手がかりがあるんじゃないか、って言って」
(続)