ティアーズ オブ フェイスレス キラー;12
薄暗い路地に、激しく鳴り響くロックンロール。ベルトから流れる音楽にのって、人工音声がカウントをはじめた。
「『One!』」
「うおおおお!」
銀色のベルトを腰に巻き、ライダースーツ・ジャケット姿のレンジはサイバネ傭兵めがけて突っ込んだ。 傭兵は”X”と“Y”を象ったアイ・バイザーを赤く光らせながら、生身の男に向かって銃を構える。躊躇いなく引鉄をひいた。 ベルトの人工音声はカウントを続ける。
「『Two!』」
撃ちだされた弾丸は真っ直ぐ飛んでいく。しかし鈍い銀色の装甲がレンジの脚にまとわりつくように現れ、襲い来る弾丸を跳ね飛ばした。
「『Three!』」
サイバネ傭兵は銃を構える手をそのままに、連続して銃弾を放つ。 五月雨撃たれた弾丸はレンジの腕を、腹を、腰を、そして頭をめがけて次々に飛んでいき……その全てが、次々に展開する鈍い銀色の装甲に防がれた。エレキ・ギターに合いの手を入れるように、鋭い金属音が連続して響く。
「『……Maximum!』」
ベルトがカウントを終えた時には、サイバネ傭兵の目の前には鈍い銀色の装甲スーツが迫っていた。人工音声は高らかに、ヒーローの変身完了を宣言する。
「『”Striker Rai-Den”, charged up!』」
装甲スーツを纏ったヒーロー、ストライカー雷電は既に、右の拳を引き絞っていた。サイバネ傭兵の前に躍り出ると、叫び声と共に拳を振り抜いた。
「ウオオ……ラアッ!」
装甲スーツに電光が走る。
「グッ……!」
稲妻の如き一撃を打ち込まれ、サイバネ傭兵が吹っ飛んだ。背後の塀に背中から突っ込み、ブロック状の建材をバラバラにして突き崩す。 砂埃が巻き上がる中、間髪入れずに黒い影が飛び出した。赤い光の尾を引きながら、サイバネ傭兵が雷電に殴りかかる。
「ハアッ!」
黒い拳を、雷電の銀色の腕甲が受け止めた。イクシスは勢いのまま、続けざまに拳を放つ。
「フン……フッ、ハアッ!」
「クソ、この……」
重い打撃が装甲に響く。雷電は連撃を受けながら、相手の動きをうかがっていた。 もちろん、旧文明のオーバーテクノロジー遺物が用いられた雷電スーツは、それだけで大きなダメージを受けるわけではない。しかし…… サイバネ仕掛けの黒い拳の中に銀色の光がちらつくのを、雷電は見逃さなかった。傭兵の拳が、わずかに振りかぶる軌道をずらす。
「オラアッ!」
雷電は傭兵の腕を弾いた。黒い掌から放たれたのは、銀色の仕込み針。 弾道をずらされた暗器は呆然と崩れ落ちたままの“ナナ”への狙いを大きく逸らされて、地下回廊の天井に突き刺さった。
「やらせねえよ!」
サイバネ傭兵は身をひるがえし、距離をとって雷電に身構える。
「何故その女を庇う、ストライカー雷電?」
「何故って……人が殺されそうになってるのを、放っておけるわけないだろ!」
雷電が啖呵を切ると、傭兵は呆れたように「フン……」とため息をついた。
「“それ”は、数えきれないほどのニンゲンを殺しているのだがな……」
「えっ」
相手が動揺した隙を狙って、傭兵は再び仕込み針を放つ。雷電は混乱しながらも腕を振り抜き、“ナナ”に向けられた暗器を払い落とした。
「フン、この程度では引っかからない、か」
「どういうことだよ、“ナナ”が人殺しだって? ……オラアッ!」
雷電は尋ねながらも、仕込み針を放った直後のサイバネ傭兵に殴りかかる。
「質問するか殴るか、どちらかにしたらどうだ……フンッ!」
軽口を返しながらも、傭兵は電光をまとう拳を受け流した。距離を取り、雷電の打撃をかわしながら傭兵は言葉を続ける。
「どうもこうもない。その女は“ブラフマー”から依頼を受けてターゲットを始末する暗殺者……」
「いや、そんな、嘘! 私は、“ナナ”……いいえ! 嘘じゃない!」
冷ややかに言い放つ傭兵の言葉を聞きながら、血にまみれた少女は細かく震えだした。道端にうずくまり、頭を抱えて叫ぶ。
「その女こそが顔の無い殺人鬼、通称“マスカレード”だ」
「私、私は……あああああああああ!」
錯乱して悲鳴をあげる少女に、レンジはちらりと視線を向ける。
「“ナナ”……!」
その瞬間を、逃さぬサイバネ傭兵ではなかった。左手を腰部に這わせると、義体の装甲に仕込まれた収納スペースからカード型の拳銃を抜き出した。瞬きもせぬ間に、銃口を“ナナ”に向けていた。
「クッ……!」
雷電が気づく。このままでは間に合わない、と即座に判断した雷電は、必殺技を放つための音声コマンドを叫んでいた。
「サンダーストライク!」
鈍い銀色の装甲スーツを走るラインが青白い光を放つ。高圧電流をまとい、限界まで筋力増強された右足が路面を踏み抜き、雷電の体が宙を舞った。 雷電は勢いのままに宙を跳び、猛然と傭兵に突っ込んだ。電撃を纏ったままの右足が傭兵の腕を捉え、義体の二の腕を真っ二つに叩き折った。握られていた拳銃が床に転がる。 拳銃を踏み抜いてヒーローが着地すると、ベルトの人工音声が応えた。
「『Thunder Strike』」
「全く、油断も隙も無いな……!」
片腕を失った傭兵が苛立った声を漏らしながら雷電を睨む。
「油断なんてしてないだろ、てめえ……」
レンジもバイザー越しに傭兵を睨みながら身構えた。
「『……Discharged!』」
雷電スーツの人口音声が、電力の消耗が激しいことを警告している。サイバネ傭兵は人工音声の警告を聞き、「フ……!」と微かに鼻で笑った。
「貴様を追い込めたのだから、腕の一本を使った甲斐があるというものだ」
「クソ、まだやれるぜ、こっちは……!」
「ほう……?」
雷電が言い返すと、傭兵は残された左腕を振り回した。次々に放たれる仕込み針。もちろん、狙いは“ナナ”だ。雷電は必死に打払う。
「クッソ……この!」
「ハハハ! 守るものがあるというのは不自由なものだな、ストライカー雷電!」
防戦を強いられるストライカー雷電。これ以上、スーツのエネルギーをむやみに消費するわけにはいけなかった。 サイバネ傭兵は、くつくつと笑いながら暗器を放ち続ける。まるで無尽蔵と思えるほどに。 地下の町では、グレネードや毒ガスの所持や使用が厳しく制限されている。仕方なく持ち込んだ大量の仕込み針が、却って功を奏したのだった。
「きりがない……!」
「ああ、こちらはまだ、いくらでもやれる……けれど、あまり我慢比べを続けるつもりはないのでな」
サイバネ傭兵は飛びのいて、大きく距離を取った。 装甲の隙間に左手を突っ込むと、薄紙のようなナイフを抜き出す。あらゆるものを切り裂く、使い捨ての刃……単分子カッターだ!
「ヒト二人くらいなら貫通するだろう……」
“ナナ”と雷電を射線に捉え、傭兵がナイフを構えた。
駆け寄ろうにも間に合わない。一か八か、二発目の必殺技に賭けるしかないか……!
「サンダー……!」
雷電が音声コマンドを叫びかけた時、一筋の白い矢が顔を掠めるように走り抜けた。白い矢は翼を広げ、傭兵に衝突する。
「グッ!」
思いがけない一撃に傭兵はバランスを崩す。白い矢は機械仕掛けの小鳥になって傭兵を蹴りつけると、左手からナイフを奪い去った。
「何……?」
「お探ししました、マスター」
単分子カッターを掴んだまま、機械仕掛けの小鳥は翼を広げてレンジの目の前に舞い降りる。
「ですが、ナイスタイミング、というものですね?」
「まあ、そうだけど……いったい、今までどこに行ってたんだ、ナイチンゲール?」
「それは……個人的な事情です」
雷電の腕に止まった“ナイチンゲール”は、ぴりり、と作動音をあげて首を傾けた。
「なんだよ、それ……」
「それよりも……マスター、“マスカレード”の正体がようやく分かりました」
機械仕掛けの小鳥は首をくるり、と動かして路地の隅を見やる。雷電も一緒に視線を向けた。
「ああ。彼女が……“マスカレード”……」
“ナナ”はゆらりと起き上がり、ぼんやりとした視線を宙に泳がせていた。指先が細かく震えている。力なく開いた口からは、意志がうかがえないような声が漏れ出していた。
「あ、ああ……」
「“ナナ”、君は、一体……?」
「あ?」
レンジが呼びかけると、“ナナ”は大きく開いた目を雷電に向けた。瞳の中でサイバーウェアの赤い光が幾筋も流れている。ウィスパー・マスクが搭載者の意志に反して、視界に入った者を走査しているのだった。 “疑念”、“不安”、“心配”……強い感情の動きを確認。……“対象の危険度:大”! 対象個体確認……“識別名:レンジ”! ……“レンジ”!
「あああああ! 見ないで! 私を……見ないで!」
“マスカレード”は両手で顔を覆い、布を引き裂くような声で叫んだ。
「待て……!」
レンジの制止を聞かず、顔無しの暗殺者は驚くべき跳躍力で崩れた塀を跳び越える。そのまま振り向きもせず、地下回廊の暗闇へと消えていった。
(続)