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ティアーズ オブ フェイスレス キラー;8

 テーブルの上に置かれたモニターに、大写しになったサイバーウェア職人がこちらをぎょろりと睨む。


「『……とにかくだ、ここで話した事は一切のオフレコで頼むぞ。結局、ウチに都合の悪いネタしか出なかったんだからな!』」


「『いいんですか? こんなひどい事件、告発すれば、もっと明るいところに戻ることだって……』」


「『なんだと』」


 画面の向こうから投げられるアマネの言葉に、老人のどんぐり眼がますます大きく見開かれた。


「『このお店、探すのに苦労しました。私が教えられたアドレスはヒサヤ・ブロードウェイのものでしたから』」


「『それは……』」


「『こんなところで隠れるように店を開いているのは、“ウィスパー・マスク”の一件があったからでしょう? なら……』」


 推理を披露し続けるアマネの声。図星をさされ、言われるがままになっていた老職人は、我慢ならぬとひざを叩いた。


「『調子に乗るんじゃねえ! やっぱり、てめえはただのドタワケだ! ……帰れ!』」


 怒り狂った顔が迫り、画像全体が激しく揺れた……と思うと、ぷつりと映像データが途切れる。その後もしばらくの間、マダラとメカヘッドは二人そろって腕を組み、真っ黒になったモニターを見つめていた。


「『どうですか、メカヘッド巡査曹長。マダラ君も?』」


「どうも、こうも……」


 モニターの横に置かれた携帯端末機から、得意そうなアマネの声が呼びかける。メカヘッド巡査曹長は首をすくめた。


「巡回判事殿は、カウンセリングのセミナーを受講したほうがよろしいのでは?」


「『ちょっと! どういうことです、それ?』」


「仕方ないでしょ。結局、サイバーウェア職人さんを怒らせちゃったんだし。はっきりした証拠も見つからなかったんだし……」


「『ううっ、それは……』」


 呆れた声でマダラも口を挟むと、アマネは悔しそうに唸った。


「まあ、よくもあんなところに突入して、映像データで証言を残してきたもんだと感心しますけどねぇ。……監視カメラやセンサー類を見つけ出してうまくやり過ごす、ナイチンゲールさんの働きによるものが大きいんでしょうけど。それに、隠れていた店の場所を探し当てたのも、あなたではないんでしょう?」


「『はい、そうです……』」


 メカヘッドの助け舟は、フォローになってるんだか、なっていないんだか。アマネはしょんぼりした声で返す。


「『しかし、“さいばあうゑあ施術院”の情報を得て、調査の方向付けをおこなったのは間違いなくアマネさんの功績です』」


「『ううう、ナイチンゲールだけが味方だよう……!』」


 通話端末の向こう側で、巡回判事がAIに泣きついている。駄々をこねるような声に耐えかねて、メカヘッドは自らの機械頭をコツコツと指でつついた。


「あー、まあ、別に我々も、巡回判事殿の調査にただ、ケチをつけたくてやっているわけではなくて、ですなあ……」


「そう、こっちでも“決め手”がなくてね。アマネが見つけた手がかりが、役に立つんじゃないか、って期待しすぎちゃったんだよね」


「『そうなの?』」


「その通りです。巡回判事殿、今度は我々の捜査報告も聞いていただきたい」


 メカヘッドの声に、アマネは「こほん!」と咳払いして気を取り直した。


「『わかりました。それでは、捜査状況の報告をお願いします』」


 これまで殺されてきたのは、執政官の秘書、企業監査官、物流管理官、市場取引監督者、高等税務官、法務官、技術官僚……ナゴヤ・セントラルの経済と市場取引、そして産業に関わる者が多かった。 また、殺された保安官は非合法取引シンジケート“ブラフマー”との関わりが深く、要注意観察対象である、という証言が、保安局の内部監査資料から見つかった。非合法な薬品や映像データなど、“ブラフマー”の商品を受け取る代わりに、何らかの便宜を図っていたものと思われる……


「『なるほど、彼らは“ブラフマー”の協力者だったり、何かしらの“秘密”を知っていた可能性がある、という事ですね』」


 アマネはすっかりいつもの調子を取り戻し、凛とした声を報告を終えたメカヘッドに返した。


「ええ。そして、その“秘密”を知られているままでは具合が悪くなって、口封じに殺されていった……と考えられるのではないか、と我々は推測したのです」


「ただ、こちらで調べられたのは、そこまでなんだ。“ブラフマー”が裏で何をやっていたのか、執政官や法務官、高等税務官みたいな超エリートまで関わってる、“秘密”って何なのか……」


 マダラはそう言いかけて、きゅっと両目を閉じる。


「考えてみたら、恐ろしくなってきたなぁ……凄腕の殺し屋にこれだけ立て続けに依頼を出せるなんて、どれだけのカネを持ってる相手なんだろ」


「なに、本人が持ってなくても、いくらでもやりようはあるさ。会社や組織に裏帳簿を作って、そこからカネを引っ張り出してくる、とかね。それにしたって大変な金額のカネを動かしてるんだから、よっぽどの事態なんだが」


「『“殺し”の動機にも、“マスカレード”の正体にも“ブラフマー”が関わっていそうな感じなんですけどね……』」


「しかしそれ以上、核心に迫る情報が得られないことがもどかしいですな。役に立たなければ尻尾どころか、足だろうが胴体だろうが容赦なく切り捨てるのが連中のやり方、とはいえ……」


 アマネとメカヘッドが通話回線越しに、互いに「うーむ……」と唸り合っているのを後目に、マダラはディスプレイ付きの端末機を操作しはじめた。


「それでもこっちは、今できることをやるしかない。……レンジなら、そう言いそうな気がする」


 腕を組んで固まっていたメカヘッドは、マダラの言葉に「ふふ」と小さく笑う。


「そうだね。そして連中のやり方は、いつか必ずぼろが出る。これまで、我々はそうやって“ブラフマー”の連中とやり合ってきたんだ。今回も粘り強く、やってやろうじゃないか。……ところで、レンジ君はどうしたんだ?」


「それが、昨日から連絡がつかないんですよ。どうもケータイの調子が悪いみたいで……ナイチンゲールは、何か知らない?」


「『存じ上げません。私はマスターの行動を、逐一監視しているわけではございませんので』」


 携帯端末機から返ってくるナイチンゲールの言葉は、普段通りの調子ながらも棘のあるものだった。


「『やっぱり怒ってるでしょ、ナイチンゲール』」


 メカヘッドは芝居がかった調子で両手を上げてみせる。


「やれやれ。痴話ゲンカなら、オフの日にやっていただきたいものだがね」


「『繰り返し申し上げますが、そのような機能は搭載されておりません』」


「ああ、ふ……」


 安宿から這い出したレンジは大きな口を開けて欠伸しながら、薄暗い路地の天井を見上げた。白、黄、ピンク……蛍光色の光の筋が周囲を走り抜けていく。立体音響であちらこちらから聞こえてくるコマーシャル・ソングに映像広告。昨夜とさほど変わらぬ景色。


 すり切れたライダースーツ・ジャケットのポケットから携帯端末を取り出す。時刻表示は、午前10時。地下積層都市ナゴヤ・セントラル・サイトの、竪穴の吹き抜けから離れた区画は陽光も射さず、企業共同体が提供する公告の灯りが街を照らしていた。 昨日は殺人現場が見つかったために野次馬が集まった高級クラブも一晩明けると、すっかり普段通りの寂れた路地の中に埋もれている。


 特に連絡が来ないまま、また1日を過ごしてしまった。そろそろ、こちらからコンタクトを取った方がいいだろうか……


「あれ?」


 通話回路を開こうとしたが、端末機は操作を受け付けなかった。通話機能以外は問題なく使えるというのに。


「うーん、どうしたもんかな……」


 いつの間にか、ナイチンゲールともはぐれてしまっていた。こうなってしまったら仕方ない。特に成果も得られなかったし、この辺りで諦めて、そろそろ保安局本部に戻ろうか……などとレンジが考え始めた時、


「おーい、おにいさーん!」


 元気の良い声が、後ろから飛んでくる。 振り返ると、先日一緒に“ステーション”の繁華街でデートした少女……ナナが大きく手を振りながら、こちらに走ってきたのだった。


(続)

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