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スピンオフ2:オーサカ;シークレット ガーデン:6

地下空間に突如、現れた乱入者!


迷宮密林遺跡"プラム・ガーデン"を巡る冒険と死闘も、いよいよ決着……!

「手筈通りだ、デケえバケモノを囲め!」


 リーダー格だと思われるゴーグルの男が叫ぶと、数人の兵士たちが一斉に動き出した。ナイフを構えていたイクシスを後目に手負いのミュータントを取り囲むと、一斉に自動小銃の引鉄をひく。


「GAAAAAAAAAAAaaaaAh……!」


 イクシスが持ち込んだ対獣ライフルも跳ね返していたミュータントも、全身に負った傷に弾丸の嵐を浴びると苦痛の声を漏らす。

 指示役の男は銃撃に加わらず、爆破された入口の前で仁王立ちしていたが、異形のミュータントが床に崩れ落ちるのを見ると愉快そうに笑い声をあげた。


「ハハハ、やった! よくやった!」


 高みの見物を決め込んでいた男は広間に足を踏み入れると、立ち並んだ粗雑な小屋を見回した。


「こんなところに隠れてやがったんだな、これまで散々手こずらせやがって! ……お前たち、生き残り共も始末しろ! 一人残らずな!」


 グレーの軍装に身を包んだ兵士たちは広間の中に散らばっていく。小屋に向かって引鉄をひくと、乾いた破裂音の中で隠れ潜んでいた戦士たちの悲鳴が聞こえてきた。


「いい気味だぜバケモノども! ハハハ! ハッハッハッハ……!」


 兵士たちはひたすら、自動小銃を撃ち続けていた。

 指示役の男は子どものように笑っている。そのまま広間を制圧するかと思った時、広間に獣の遠吠えのような、奇妙な笛の音が大音量で響き渡った。


「何だ!」


 ハチの巣になった小屋や柱の影から、生き残っていた戦士たちが一斉に顔を出す。構えた弓を引き絞り、兵士たちに矢を射かけはじめた。


「ぐっ……」


 肩や脚に矢を受けた兵士は銃を取り落とすと、悲鳴も上げずにその場に倒れ込む。


「くそ、毒矢か!」


 指示役の男は背負っていた機械部品の大荷物を組み立てながら、兵士たちに怒鳴る。


「お前たち、ボサッとすんな! やられる前にぶち殺せ!」


 無数の戦士たちが仕掛けた反転攻勢と強力な毒矢の威力に、形勢はあっという間に逆転していった。

 銃弾を受けて倒れる戦士の後ろから次の戦士が現れ、銃を構えていた兵士を毒矢で射抜く。攻め込んできたオーサカ・セントラル防衛軍の兵士たちは、次々と射殺されて倒れていった。


「クソ、どいつもこいつも役に立たねえなあ!」


 指示役の男は吐き捨てるように言うと、組み上がった大筒を構える。


「全部パアになっちまうから、使いたくなかったんだがよ……」


 引鉄をひくと、オレンジ色の炎がゆるいカーブを描きながら、勢いよく飛び出した。

 小屋が、兵士と戦士の亡骸が、生き残った戦士たちが燃え上がる。炎にまとわりつかれて悲鳴をあげる戦士を見ながら、男は笑い声をあげた。


「あーあ、燃えちまった! ハハハ……アッハハハ! ハハハハハハ!」


 照り返す火が、ゴーグルをオレンジ色に染めている。すっかり傍観者となってその場に突っ立っていたイクシスは、子どものように笑いながら火炎放射器を振り回す男をじっと見ていた。


「あんたは……」


「あん? ……ああ!」


 話しかけられたことに気が付いて、指示役の男はサイバネ義体に振り返る。


「お前、防衛軍の奴だろ。所属と階級は? こんなとこに飛ばされてくるなんて、ろくな階級じゃねえだろうけど!」


 ぺらぺらとまくし立てる男を見ながら、イクシスは聴覚センサに意識を集中していた。


「まぁいいや、とにかくよくやった! 全部焼けちまったけど、防衛軍の生き残りも遺跡に住み着いたバケモノどもも全部、スッキリできたんで結果オーライ、ってとこだ! お前も一人でいたってことは、他の奴らはくたばったんだな? そっちの方が、取り分が増えるから丁度いいや! ……んで、幾らぐらい欲しいんだ?」


 指示役の男は、気持ちよさそうにしゃべり続ける。イクシスを仲間……というよりも部下に引き込むつもりのようだった。無言で話を聞いていた傭兵は、「フン」とため息を漏らして首を横に振った。


「いらん。それに私は、防衛軍じゃない」


「ああ?」


 イクシスの物言いに“反抗的な臭い”を感じ取ったようで、指示役の男はざらついた調子で訊き返す。サイバネ義体の傭兵は相手の苛立ちを聞き流しながら話を続けた。


「だったら何だってんだよテメエ!」


「私の仕事は君の安否確認をすることだ。スドー伍長」


「テメエ、何者だ……何で俺のことを……?」


 名前を言い当てられたスドーはゴーグルを外すと、イクシスのアイ・バイザーを睨みつける。イクシスは威圧的な視線を正面から受け止めながら、自らの人差し指を突きつけかえした。


「軍から提供されていた音声サンプルと声紋が一致した。私は軍から依頼を受け、」


「ふざけんな!」


 説明しようと話し始めたイクシスを遮って、スドーは怒鳴り声をあげる。


「オヤジの差し金かよ! 俺を連れ戻すつもりだな!」


「救出は要件に入ってないが……」


 傭兵がぼそりと訂正するが、怒り狂ってわめく伍長の耳には入っていないようだった。


「クソがよ! もうちょっとで、この遺跡を全部俺のものにできるってのによ! ここで戻ったら全部パアじゃねえか! ちくしょう、いつもいつも俺の事をコケにしやがって!」


「WRrrrrrrh……」


「うわっ!」


 ここにはいない相手に怒り続けるスドーの足元に倒れていたミュータントがわずかに身じろぎ、低くうなった。スドーは慌てて跳び上がり、手負いのミュータントから大きく距離を取る。


「何だよ! まだ生きてるじゃねえかそいつ! ……おい、お前! 早くとどめをさせよ!」


 スドー伍長は火炎放射器を構えると、突っ立っているイクシスに向かって喚いた。

 サイバネ傭兵は足元を見やる。苦痛に呻く異形の“怪物”は倒れ伏したまま、起き上がることはできないようだった。


「十分無力化している。現状はこれ以上、手を出すメリットはない。私の仕事ではない」


「ふざけんなよ! 俺の命令が聞けないってのか!」


「貴様の命令を聞く義務はない」


「使えねえなあこの野郎……!」


 にべもなく言葉を切って捨てるイクシスに腹を立て、スドーは火炎放射器の砲口を突きつけた。


「丁度いい、テメエもまとめて、焼き殺してやるよ!」


 背後では小屋を焼きながら、炎が燃え広がり始めている。遺跡の壁からはノイズにひずみ、ひしゃげたようなアラームの音が響いていた。

 イクシスは、火炎放射器を見つめる。脳内にあふれ出すイメージ。炎……熱……肉を焼く臭い……。そして視界を塗りつぶすオレンジ、赤、黒。


「“7/w”!」


 高い声が響いた。黒い煤をかぶった少年が、必死になって“怪物”の前に転がり込んできたのだった。


「“6,5a’y6、b\xuew`”!」


 少年は倒れ伏すミュータントの前に、両手を大きく広げて立ちふさがった。


「何だあこのガキ、テメエも邪魔しやがって!」


 スドーは奥歯をギリリと嚙みしめると、火炎放射器の引鉄に指をかける。


「まとめて丸焼きにしてやる!」


 大筒から噴き出す炎に飲み込まれる二つの影、そのイメージが過去の幻影と重なり合う。“私”を炎から逃がそうとした兄、“僕”を炎から助け出そうとした妹……

 二つの記憶が重なり合ってフラッシュバックする。


「……ハアッ!」


 イクシスは記憶を振り払うように走り出していた。ひと脚で火炎放射器を構える男の前に踏み込む。

 スドー伍長の目を丸くしている顔、瞬間に固まった指先。火炎放射が火を吹く前に、極細の単分子カッターが砲身を半分に裂き、そのまま燃料供給ノズルも切り裂いていた。


「なっ……えっ……?」


 慌ててカチカチと引鉄をいじるが、上半分が吹き飛ばされた火炎放射器から炎が噴き出されるはずもなかった。自慢の武器を滅多切りにされたことに気づくと、スドーは悲鳴をあげて火炎放射器の残骸を放り捨てる。


「ひゃあああ! 何してくれてんだよテメエエ!」


 怒り狂って叫ぶスドー伍長の目の前で、“X”と“Y”のアイ・バイザーが赤い光を放っていた。


「ひっ!」


 至近距離に迫るサイバネ傭兵の圧を浴び、丸腰の伍長は短く叫んで床に座り込む。最後の仕事を終えてポッキリと折れた単分子ナイフを放り捨てると、イクシスはスドーを見下ろした。


「言っただろう、私の仕事は貴様の安否確認だけだ、と」


「ど、どういう事だよ? 助けてくれるんじゃなかったのか!」


 わめくスドーの首に、サイバネ仕掛けの右手が添えられる。金属とセラミックのひやりとした感触に、スドー伍長は身震いした。


「ひ、ひい……」


「極論を言えば、貴様がどうなろうと私の仕事には何の関係もない……」


 イクシスはそう言いながら身をかがめ、伍長の首にかけられたドッグタグを引きちぎる。


「こいつさえ持ち帰ればいいのだから。これで、私の仕事は完了だ」


 言いながら大腿部のハッチを開いて、分捕ったドッグタグを放り込む。その隙にスドーはよろよろと立ち上がり、脚をもつれさせながら出口目指して走り出した。


「う、うわあああああああああ!」


 サイバネ傭兵は逃げる伍長に向けて、左手を伸ばす。肘から先のパーツを外すと、大口径の銃口が露わになった。


「ああ、一つ忘れていた」


 重く鈍い炸裂音。対獣ライフル用の大口径弾が発射され、逃げる伍長の脚を撃ち抜いた。弾丸は二本の脚を貫通し、男の両膝から下は弾けるように消し飛んだ。


「ぎゃあああああああああああああああ!」


 吹っ飛んで地に伏せ、痛みに悶えて叫び声をあげるスドー。イクシスは左腕の仕込み銃から黒い煙をたなびかせながら、転げまわる男を見下ろした。


「タグがある以上、貴様に戻られると何かと都合が悪くてな。貴様に恨みがあるわけではないが、ここに残ってもらおう」


 淡々と告げると、さっさと出口に向かって歩き出す。


「後のことは、生き残った連中が世話してくれるだろう。じゃあな」


「待ってくれ! おい、助けて!」


 スドー伍長は必死に叫ぶが、一仕事終えたサイバネ傭兵は振り返ることなく階段を上り、上階に消えていった。


「助けて! 助けてくれ、頼む! ……わぷっ!」


 仰向けのままもがき、わめき続けるスドーの顔に濁った水が降りかかる。天井に仕込まれていたスプリンクラーが起動し、室内の炎を消し始めたのだった。スドーはうつ伏せの姿勢になると、両腕を使って必死に這いはじめる。


「ひい、ひい……ひっ!」


 ウジ虫のように、ゆっくりと進む男の視界に影がさす。恐る恐る顔を上げると、生き残った戦士たちがスドーの周囲を取り囲んでいたのだった。


「た、助けてくれ! 死にたくない! オレは、こんなところで……!」


 プラム・ガーデン遺跡の地下。スプリンクラーによる散水が雨のように降り続く室内に男の断末魔が響き、長く尾を引いてから消えていった。




 長く狭い階段を上ると、真っ白な朝の光が視覚センサを狂わせる。サイバネ義体の傭兵は立ち止まり、センサの調整を済ませてから地上へと顔を出した。

 目に飛び込んでくるのは、青々とした若葉の色。そして緑に埋もれた遺跡の壁。

 空を見上げる。どうやら丸一晩地下遺跡の中をさまよい、闘いに明け暮れていたようだった。


「フン……」


 帰りの道筋は覚えている。さっさとおさらばするとしよう……と歩き始めたとき、目の前の樹の下に、小さな人影が立っていた。


「お前は」


 異形のミュータントと一緒にいた少年が、イクシスをじっと見つめている。

 サイバネ傭兵が素知らぬ風で歩いていくのを見ると、少年は慌てて腰に提げたポーチに手を突っ込む。粗末な布の袋から抜き出された手には木陰の中でも目を引くような黄緑色の光を放つ、大きな結晶体が握られていた。


「“3lt`s4。b;”……!」


 少年はサイバネ義体の傭兵に駆け寄ると、手にしていた結晶体を差し出した。


「“qtomk、3:`.。[7zo]mxt`dwqto、3uqim7hiqztm”……」


「いらん」


 必死に言う少年にイクシスは短く告げると、さっさと歩きだそうとする。


「“jZw”!」


 慌てて追いかけようと少年が走り出すと、サイバネ傭兵は素早く振り返った。

 銃身のように硬く冷たい人差し指を額に突き当てられ、制止された少年は身体を固めて立ち止まる。


「“vZ”……!」


「次はない。いいな」


 青くなって震える少年をその場に残すと、イクシスは振り返ることなく森の中の道を歩き去って行った。


 手負いのミュータントが、足を引きずりながら少年の隣にやってくると、二人はそっと手をつないだ。少年は宝物をポーチに戻すと、首に掛けた骨笛を口に当てる。

 黒いサイバネ義体の背中が小さくなり、やがて見えなくなるまで、骨笛の柔らかく高い音が森の中に響く。

 その音色は幼い獣が大人の真似をして、精一杯の背伸びをして放った遠吠えに似ていた。


(続)

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