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スピンオフ2:オーサカ;シークレット ガーデン:5

全身義体のサイバネ傭兵、ついに迷宮密林遺跡の最奥地へと足を踏み入れる……!

 プラム・ガーデン中心域、森の中に埋もれたビル群の下には、蟻の巣のように入り組んだ地下空間が広がっていた。

 最深部に眠る大型ジェネレータから供給され続けるエネルギーによって、遺跡内は昼とも夜ともつかぬ灯りに照らされている。

 ひび割れた壁から生えだして、遺跡の壁にまとわりつくのは極太の樹根。にじみ出す地下水が淀んだ水溜まりをつくり、毒々しい光を放つ泥状のコケが水垢を食むようにまとわりついている。

 浸食と崩落によっていっそう複雑になった地下迷宮を、大小二つの影が息を切らせながら駆け抜けていった。水を飲んでいた大ネズミが物音を聞くや顔を上げ、のたうつ根の隙間に潜り込む。


「“f#、f#”……」


 少年はカーテン状に垂れ下がる木の根をすり抜けると、階段を転がるように駆け下りた。両手をついて階下に着地すると、息を切らせたまま立ち上がる。


「“f#、2$”……」


 目の前に広がるのは、太い円柱が並ぶ大広間。柱の間を埋めるように立ち並ぶのは崩れ落ちた遺跡の壁を張り合わせ、ムシロのような布が被せられた、いかにも急ごしらえの粗末な小屋。そして隠れ潜む人々の息遣い。柱の影から、小屋の影から少年一人を取り囲み、突き刺さるように向けられるいくつもの視線。

 少年は息を吐き出し、また大きく吸い込むと、首に提げていた骨製の笛を吹き鳴らす。獣の仔が親を呼ぶような柔らかい、高い音が広間に響くと、物陰から大人たちが一斉に飛び出してきた。


「“2`d`q`Zqt、-`4r`”!」


「“[7zo]t`gqkt? tr`f”?」


「“[smq`axj]fs`4ux;qkq`”?」


 少年を取り囲み、言葉を浴びせかけるのは武器を持った男や女。いずれも弓や手槍を携え、両目には剣呑な光が宿っている。戦士たちの迫力に少年は固唾を飲み込むが、握りしめていた拳から人差し指を立て、頭上にかざしてみせた。


「“[7zo]、d`’ue。wgf、vsl”……!」


 少年の発した言葉に、殺気立っていた戦士たちは目を丸くしている。


「“[7zo]d`’ue、Zw”……?」


「“s`4e4bs”……?」


 先ほどとは打って変わってこちらの話に聞き耳を立てている大人たちの顔を見回しながら、少年はこの機会を逃すまい、とばかりにまくし立てた。


「“wzw`w`gq、rb`hz9e7zq`”! “[smq`axj]m:t`dw.”!」


 身振り手振りで話す少年の言葉に、戦士たちはすっかり聴き入っている。少年は話し続けながら、木の根のカーテン……戦士たちの“隠し扉”の向こうにいる“怪物”のことを気遣っていた。


「“[smq`axj]f、csw`nfl6dw.。q`to、ejk4ai”……!」


「WVOOOOOOOaaaAAAAAAh!」


 少年が大人たちに訴えようとしていた時、“隠し扉”の向こうから悲鳴のような雄たけびが轟いた。そして重い物がぶつかり合うような鈍い音、空気を震わせる破裂音。

 岩のような大きな塊が二つ、もつれ合いながら階段を転がり落ちてくる。少年も、戦士たちも慌てて身構えた時には、二つの塊は激しい音を立てながら円柱の大広間に姿を現したのだった。

 金属の塊が、全身を切り裂かれて血を流している筋肉の塊に殴りかかる。少年が叫んだ。


「“6,5a’y”!」


 筋肉の塊、手負いの怪物はサイバネ傭兵が振るっていた対獣ライフルの銃座を打払うと、少年の声に応えるように吼える。


「……UvWWOOOooooaaaAAOh!」


 遺跡の壁も揺らすほどの雄たけびと共に、傷付いた生体装甲が回復し、さらに刺々しく成長しはじめる。対峙するサイバネ傭兵……イクシスは対獣ライフルをあっさり放り投げた。


「フン……!」


 “怪物”と距離を取りながら、素早く広間の中に視覚センサを走らせる。

 周囲には遺跡由来の素材で構成された建築物。そしてこちらを警戒し、鋭い敵意と武器を向けながら取り囲む、無数の視線……目の前の怪物が唸り声をあげた。


「Wrrrrrr……!」


 どうやらこいつらの“急所”に、図らずも足を踏み入れてしまったらしい。

 見渡す限り現地人どもの領域。こちらの“仕事”の手がかりはなさそうだ。もはや深入りする価値はないが……しかし、おいそれと帰してはくれなさそうだった。


「仕方ない、か……」


 背嚢に仕込んでいたサインペンほどのスティックを抜き出す。左手に2、右手に2。そしてそれぞれの手から1本ずつを、腰のハードポイントに取り付けた。


「なら……こいつだ」


 両手に構えたスティックから、極細の刃が飛び出す。刃渡りは、ほぼグリップと同じか。貧相な得物を構える傭兵に、怪物は大きく口を開いて牙を剥きだした。


「GAaaaaaAHh!」


 傭兵が手にしたナイフよりも遥かに太い牙を突き出しながら、"怪物"が駆ける。四輪車を思わせる勢いで迫る、鋼の如き筋肉の塊。

 イクシスはするりと身をかわすと、切り返して突っ込んできた"怪物"めがけて、極細の棒のようなナイフをかざすように突き出した。

 視界の端に現れた極薄の刃先が鋭く光るのに気づいて、"怪物"はたたらを踏みながら急制動をかける。刃が肩先を掠めると、生体装甲から生え出した棘があっさりと切り飛ばされた。傭兵が構えるのは医療用メスを改造した、特注の単分子ナイフ!


「Grrrruh…… GAAAAAaAh!」


 傷口から滲む鮮血。ミュータント化した怪物は唸り声をあげながら、恐るべき切れ味のナイフを睨みつけた。


「“[smq`axj]! ……hc”!」


 闘いを見守っていた戦士の一人が、構えた弓に矢をつがえた。サイバネ傭兵に狙いを定めて弓を引き絞るのを見て、少年が慌てて叫ぶ。


「“q`/q`、6d`xy”!」


 静止しようとする少年にも構わずにイクシスの背中に狙いをさだめて、弓を引く戦士はニヤリと口角を上げた。


「……”ho5”!」


 握り込んでいた手を離す。放たれた矢は真っ直ぐに飛び、サイバネ義体の背中の装甲に命中すると、金属質の音を立てて弾け飛んだ。傭兵の義体は、僅かに白い傷がついただけだった。


「“gtue、q`s”……!」


 自慢の一矢を弾き返され、戦士は立ち尽くしたまま声を漏らす。"怪物"と向かい合っていたイクシスは「ふん」と小さく息を吐くと、刃が欠けた単分子ナイフを軽く振り抜いた。

 グリップから外れた刃先が勢いよく飛んでいき、戦士の右肩に突き刺さる。肩を貫通した刃は背後の円柱に突き立てられた。


「GYAaaaaah! “eqe! fr`dw、qr:wh;”……!」


 柱に釘付けになった男は悲鳴をあげてもがく。少年や周囲の戦士たちが助け下ろした時には、闘いを見守っていた戦士たちは蜘蛛の子を散らすように、円柱や小屋の陰に身を隠していた。

 少年たちも慌てて、柱の陰に飛び込んだ。


「フン……」


 小さく息を吐いたイクシスがナイフのグリップを構え直すと、新たな極細の刃が飛び出した。


「邪魔者がいないのはいいことだ……私も、もうこの場には用はないから、このままおさらばしたいところだが……」


「GrrrrrrrUAaaaahhhhh……!」


 "怪物"はイクシスを睨みつけながら、低い唸り声をあげる。


「おいそれとは帰してくれないようだな……!」


「GwAAAaOooooooh!」


 激しい雄叫びをあげて、異形のミュータントが駆けだした。

 対する傭兵はゆるりとナイフを構える。


「AAAAah!」


 叩きつけられる拳をかわすと、丸太のごとき腕に細身のナイフを沿わせるように当てた。“怪物”の生体装甲が薄紙のように裂け、血の雫が散る。

 単分子構造の刃は振りかぶることも、力を籠めることも不要。ただ触れた者を分子レベルで引き裂く、使い捨てにして必殺の一閃。

 イクシスがそのまま肉を断とうと刃を押し込もうとした時、ミュータントは地を蹴って飛びのいた。


「何!」


「WAaah!」


 “怪物”は腕から血を流しながらも傭兵の周囲を回り込み、死角から殴りかかった。イクシスは素早く振り返って身をかわすが、真横から飛んできた拳はナイフの腹を掠め、えぐり取るように刃をへし折った。


「大した腕だな」


 傭兵は怪物と距離をとりながら、両手のナイフから新しい刃を伸ばした。

 どうやらこのバケモノは、一度きり、一方向のみへの斬撃に特化した単分子刃の弱点を既に理解しているらしい。


「フン……」


 先ほどよりも刃先に殺気を込めるイクシスの構えに、ミュータントも歯をむき出して唸る。


「Wrrrrrrrrh……!」


「だが……まだだ、いくぞ!」


「WVAAAaSHAAAaaaaaah!」


 双刃を手に、傭兵が走る。ミュータントも両拳を握りしめると割れるような雄たけびをあげ、床板を踏んで走り出した。

 筋肉の塊が殴りかかり、サイバネ義体が身をかわす。

 単分子の刃による一閃を、ミュータントがすり抜ける。

 僅かに削がれ、切り飛ばされる生体装甲の棘。排出される、使い捨てられた極薄の刃先。互いに直接のぶつかり合いを避けながら、両者は猛然と組み合い続けた。

 イクシスは刃を次々と捨てながらミュータントを切り裂き続ける。ついに両手のナイフに仕込んでいた刃を使い切ると、腰にストックしていた予備を抜き出した。


「しぶとい奴め……!」


 拳を打つ、かわす。ナイフが切る。拳を打つ、かわす、ナイフが切る。

 繰り返すたびにミュータントの全身に血がにじむ。床には欠け、折れた薄刃のナイフが散らばって白銀の光を散らす。

 必殺の刃を生体装甲一重でかわし、“怪物”は乱食いの牙を噛み締めながら拳を振るい続けた。

 イクシスも迂闊に攻め手を変えることもできず、嵐のような攻勢を受け続けていた。ミュータントが勢いよく拳で薙ぎ払うと、ナイフの刃先がへし折れた。グリップを握り込むが、「カチリ」と軽い音がするのみで新しい刃は出ない。


「く……!」


「VWWWAAAAAAAAAAAaaaaaAah!」


 全ての刃を使い切ったことに気づき、ミュータントは勝ち誇ったように大音声で吼えた。そして無防備になった侵入者を真正面から殴りつける。左前腕の装甲が、拳の形にへしゃげた。


「クソが!」


 サイバネ傭兵は、悪態をつきながら後ずさる。“怪物”はとどめをさそうと、振りかぶった拳を叩きこもうとした時、


「なんて、な」


 イクシスは背負っていた背嚢を脱ぎ捨て、目の前に放り投げた。ミュータントの拳が命中すると、背嚢は衝撃と閃光を放ちながら弾け飛んだ……仕込んでいたフラッシュ・バンだ!


「GYAaaaaa!」


 “怪物”が叫ぶ。僅かに生まれた隙をついて、イクシスは大きく踏み込んだ。その手には、先ほど刃を使い切ったはずの単分子ナイフが握られている。

 ナイフを握り込むと、残っていた刃が飛び出した。ミュータントの足元から肩先に向けて、大きく斜めに切り上げる。獲物から血しぶきが飛ぶと、イクシスは大きく飛びのいた。

 “X”と“Y”のアイ・バイザーを赤く光らせながら、サイバネ傭兵は目の前の“怪物”を睨みつけた。


「フン……今のは、急所を捉えたと思ったんだが」


 床に広がる血だまりと、ごろりと転がった丸太のごとき左腕。ミュータントは閃光による目くらましの中、自らの左腕のひじから先を犠牲にして致命傷を逃れていたのだった。


「Wrrrrrrr……WaaaaAAAAAah!」


 ミュータントが唸り、吼える。生体装甲に走る無数の切り傷から、白い湯気が噴き出し始めた。左腕も止血し、傷口が震えるようにうごめいて再生を始めている。


「まだやるってのか、こっちは持ってきた道具を全部使いきったというのに……」


 イクシスは呆れたような声で呟きながら、血にまみれたナイフの刃先を放り捨てた。

 手負いの獣と対峙しながらナイフを構える。今度こそ正真正銘、最後の一振りとなった単分子刃がグリップから飛び出した。


「仕方ない、こちらも“仕事”を失敗するわけにはいかんからな」


 "怪物"が拳を振り上げ、イクシスがナイフを構える。両者がぶつかり合おうとした時、円柱の広間を覆い隠していた樹根のカーテンが木っ端微塵に弾け飛んだ。


「は?」


「VWrrrrr……!」


 粉々になった木の根が、対峙していた二人の顔に降りかかる。

 “隠し扉”を爆破し、円柱と小屋が並ぶ広間に押し入ってきたのは、青みを帯びたグレーの軍服に身を包んだ集団……オーサカ・セントラル防衛軍の兵士たちだった。


(続)

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