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スピンオフ2:オーサカ;シークレット ガーデン:4

迷宮密林遺跡の沈黙を破る、"バケモノ"の咆哮!


激突! 死闘! バーリトゥード!

「GAAAAAaaah!」


 身の毛もよだつ雄たけびをあげながら突っ込んできたのは、視界を遮る鉄塊のような巨体。大きく裂けた口から乱食いの犬歯を剥きだす、異相の巨人だった。

 所々の骨格に歪みがあるものの、二つの腕と二本の脚。ヒト型に近いミュータントが、壁を突き抜けて現れたのだった。崩れた瓦礫が降り注ぎ、足元に散乱する白骨に降り注ぐ。

 イクシスは咄嗟に、その場から飛びのいた。人の頭ほどもある拳が振り下ろされてアスファルトがめくり上げられ、粉砕されて飛び散った。


「このッ……」


 銃を構える。引鉄に指をかけようとした時には、既に“バケモノ”は目の前に迫っていた。外敵を捕らえようと腕を伸ばす。拡げたネットのような掌は視界を覆わんばかりの大きさだったが、イクシスは足を踏み込むと、指の間をすり抜けて跳び上がった。

 怪物の頭を踏みつける。鉄筋が入った柱を蹴りつけるような、重い感触。すぐさま左右から襲い掛かる両腕。

 サイバネ傭兵は怪物の頭を踏み台に再び跳ねる。更に高く、遠く。放物線を描きながら空中で蜻蛉を切り、反転しながら対獣ライフルを構えていた。


「URRrrrrrr……UGAHHh、"9cmkOOOOHh”!」


 怪物も追いかけようと足を踏み込む。大音声で喚きながら跳びあがるが、集中を高めるイクシスには、その動きはスローモーションのようだった。

 おぞましい叫び声も耳に入らない。このまま弾丸が出なければ、強靭な腕が義体を鷲掴みにするだろうか……そんな思考が一瞬浮かんでは、思考の遠景へとフェードアウトしていく。その時は、その時だ。

 狙いを定め、しかるべき位置に至り、引鉄を引く。一連の動作を果たすこと、それ以外は全て些事に過ぎない。


「そこ」


 視覚センサが焦点を合わせるのは前方に張り出した頭、大顎を備えた頭蓋の中央部。踏み切りの勢いのまま飛ぶ義体が、放物線の頂上に至る。地面には、カプセル型のコンテナ。頭を真下に、脚を真上に向け、空中で逆立ちになったイクシスはライフル銃の引鉄に指をかけた。引く。

 “バケモノ”の眉間に突き刺さる超大口径弾。空中のイクシスは、反動を“もろ”に受けて吹っ飛んでいた。衝撃に身を任せて飛ばされながらコンテナを飛び越え、転がりながら着地した。


「GYAAHhhhhhh! ……”eqtZqc`OOOH”!」


 背後で叫ぶ声。コンテナが紙切れのように引き裂かれ、無傷の怪物が吼えながら突っ込んでくる。射抜いたはずの頭部に外傷はなく、怒り狂った両目が赤い光を放っていた。


「なら……!」


 再び対獣ライフルを構える。真っ直ぐに走ってくる“バケモノ”の胸郭に狙いを定めてトリガーを引くと、放たれた弾丸は狙いを過たずに突き刺さり……自らの圧力に押しつぶされて、怪物の足元に転がった。

 無傷のミュータントは留まる素振りも見せなかった。尚も雄たけびをあげながら、何食わぬ様子でイクシスめがけて走り続ける。


「“バケモノ”、か。……クソ!」


 サイバネ傭兵は構えていたライフルを収めるとミュータント怪人に背を向けて、廃墟になった街に向かって走りだした。




 一際大きな廃墟のビルに駆け込む。がらんとした内部は壁に仕切られ階段が入り組んでいた。迷宮のような空間に、乾いた足音が響く。


「”jw! Jw、bk7\4!”」


 静まり返った空気はすぐにぶち壊された。背後から追いかけてくるミュータントの雄たけび、そして壁が崩れ落ちる鈍い音と地面を揺らす衝撃。怪物はこちらの足音を聞きつけて、壁を突き破りながら一目散に駆けてくるのだった。


「しつこい……!」


 壁が突き崩され、現れた大口が大音声で叫ぶ。殴りつける剛腕をかわしながら、イクシスは走り続けた。目の前に現れた階段を駆け上り、上へ、上へ。

 薄暗い室内を飛び出すと、光とともに視覚センサに飛び込んできたのは、複雑に入り組んだ空中歩道だった。歩道は所々が腐食し、地上から這いあがってきたツタに締め付けられている。


「"6j5qa、it`xue"……!」


 背後に迫る怪物の唸り声。イクシスはためらわずに、空中歩道の上を駆けだした。

 大きなループに無数の分岐が生え、空中回廊と化した歩道橋群を走る二つの影。響く足音に、錆びかけた橋脚がきしむ。

 サイバネ傭兵の逃げ足が僅かに鈍る、その瞬間に伸ばされたミュータントの指先が、イクシスの背嚢にかけられた。布が引き裂かれ、中身が空中歩道の上にぶちまけられた。丸い塊が次々と怪物の足元に転がる。吹っ飛び、膝をついたイクシスを見て、異相のミュータントは笑い声のような雄たけびを上げた。


「GAAhhh! "b;w`60lq`AAAAAAHh"!」


「何言ってるかわからんが……」


 イクシスはうずくまった姿勢のまま、対獣ライフルを構えていた。


「これで終わりだ」


 トリガーを引くと飛び出した弾丸が怪物の足元をすり抜け、転がっていた丸い塊……手榴弾に突き刺さった。炸裂した手榴弾は周囲の弾を巻き添えにして、巨大な爆炎となってミュータントを包む。猛烈な爆風は空中歩道を吹き飛ばして大穴を開け、ミュータントは地上へと落下した。アスファルトを、鈍い音が打つ。


「"h`h`h`、eqe! /a’ha’eqec`OOOHh"!」


 しかし、ミュータントはまだ動いていた。怒り狂って喚き声をあげ、ひび割れてできたクレーターの中から立ち上がる。すぐに駆けだそうとするが、激しい衝撃を受けた直後で動きが僅かに鈍っていた。


「……フン!」


 空中歩道の大穴から見下ろすサイバネ傭兵は、その隙を見逃さなかった。大腿部の収納から取り出した単分子カッターを、ダーツよろしく放り投げる。

 分子と分子の間を切り裂く究極の刃はミュータントの生体装甲をやすやすと穿ち、足の甲に突き刺さった。


「GYAaaaaAH! "uyw`、uyw` uyq`9OOOOOHh"!」


「逃がさん」


 更に第二投。反対側の足を射抜き、ミュータントはその場に縫い付けられる。叫び声をあげる怪物の頭上から、銀色の薄刃が次々と襲い掛かった。


「"eqe! Eqe9OOOHh! qr:w、q`;tqr:w"!」


 降り注ぐ白い刃の雨。流れ落ちる赤い血の雫。

 腕を、脚を、肩を、背をカッターが引き裂く。悲鳴をあげるミュータントの頭蓋に、イクシスは再び狙いを定めていた。


「どれだけ面の皮が固くても、こいつには耐えられまい」


 とどめとばかりにナイフを放とうと腕を振り上げた時、意識の外から飛んできた物が右腕に直撃した。


「なに!」


 取り落とした単分子カッターが床に落ち、陽光を反射してきらりと輝いている。その隣に転がっているのは粗末な造りの、一本の矢。サイバネティクス義体を射抜くほどの殺傷力はない。だが……


「何処だ……」


 大して飛ぶとも思えぬ不揃いな矢羽根。射程距離は長くないはずだ。イクシスは周囲を見回した。

 空中歩道の横まで伸びて枝を茂らせた樹の中に小さく動く人影。唇を噛み締め、青い顔をした少年が、矢をつがえた弓を構えていた。

 怯えながらも真っすぐに、こちらを見つめる瞳。少年の視線と、“X”と“Y”の形をしたアイ・バイザーが発する、赤い光線が交錯する。イクシスは新しい単分子カッターを取り出して、右手に握り込んでいた。

 侵入者に気づかれたことを悟った少年は、弓を下ろして叫ぶ。


「"6,5a’y、i:`w! f7h"!」


「GAAAAAaaHh!」


「何!」


 少年の叫び声を聞き、怪物は応えるように吼えた。両足に深く突き刺さった単分子カッターを引き抜くと、血を流しながら走り去っていく。呼吸を止めたまま、目を大きく見開いていた少年も、怪物が逃げ去ったのを見届けると樹から飛び降りた。


「お前……」


 イクシスは少年の視線を浴びたまま、凍り付いたようにその場に突っ立っていた。

 そうだ、あの目だ。


 私は確かに、あの眼差しを受けていた。/僕は確かに、あの眼差しを向けていた。




「……まったく、引火性のガスが残っていたとはな。ひどい目にあった」


 不機嫌そうな、しわがれたガラガラ声が耳に響く。目に入るのは埃っぽい研究施設の一室。何に使うかもわからない精密機器に、何が起こっているのかもわからないインジケータの光が灯っている。旧文明時代の遺物が、今も生きているのだ。


「しかし、遺跡設備が生きておったのは運が良かったな。せっかく買った奴隷を、無駄死にさせるところだったわ。どれどれ、うまくいくかな……」


 ぶつくさと言う声を聴きながら、横になった“僕”の身体は動かなかった。わずかに動くのは、乾き始めた眼球だけだ。

 動きが鈍り始めた目玉を動かす。視線を向けると、老人が丸い背中をこちらに向けて作業を続けているのが見えた。小さな背中の向こうに見えるのは、炭化して細くなった脚。


「よしよし、大方はまだ生きておるな。……だが、潰れている部分もあるな。どうしたものか。再生治療槽もないし、ううむ……そうじゃ!」


 老人は全身火傷を負って横たわっている“妹”の前で何やら慌ただしく資料をめくっていたが、急に大きな声をあげて両手を叩いた。


「兄貴の分を、ちょっと使えばいい! あっちはもう手遅れだと思って、あきらめておったが……これならうまくいくじゃろう。何せ双子だし、拒絶反応も起こりゃあせんて。きっと……」


 老人の背中が視界から消えた……かと思うと、目の前に老人の顔が大写しになっていた。


「ほう、まだ生きておるのか。まあ、どうせ助からんのじゃからな。悪く思うなよ」


 僕たち双子の“持ち主”である老学者は、底の見えない真っ黒な瞳で横たわる僕を見下ろしていた。

 温かさとか、穏やかさといった感情が一切見えない黒い、黒い瞳。吸い込まれるように、視界全てが黒く染まっていく。


「おお、おお! ちょうどいい! 妹の脳みその、欠けた部分にぴったりと収まるなあ!」


 パズルがそろったように、無邪気に笑う老人の声が、耳の中に響いていた。




「ぐうううう……っ!」


 イクシスは気が付くと、カッターの柄を粉々に握りつぶしていた。破片を放り捨てると、自らの頭に両手を当てる。深く深呼吸をすると、脳殻の中で暴れていた思考の渦が少しずつ収まっていくのが感じられた。


「……フン」


 顔を上げる。監視者の視線は、もうない。恐らくは先ほど弓ひいた少年だったのだろう。

 天頂に上りきった太陽が迷宮樹海遺跡の奥底に白い光を落とし、空中回廊の絡み合った影を大地に浮かび上がらせていた。そしてアスファルトの地面に点々と続く、赤黒い血の痕跡。


「フン……」


 イクシスは空中回廊に散らばった荷物をまとめ直すと大穴から飛び降り、血の痕を辿って歩き始めた。


(続)

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