スピンオフ2:オーサカ;シークレット ガーデン:2
傭兵は帰らずの"秘境"、迷宮密林遺跡"プラム・ガーデン"に赴く……!
大荷物を背負って、隠れ家のようなねぐらを出る。賃料の安いアパルトメントの前は、一日中陽の当たらぬ裏路地だった。
壁には崩した字の落書き。道の端には捨てられたまま雨に濡れ、風に晒されて干からびた紙屑。花吹雪のように散らばる、粗製電子ドラックのメモリチップ。そして乾いた吐瀉物。黒い義体の傭兵はゴミに目もくれず、海の底のような路地を歩き始めた。
暗い道を抜けた先、現れたのは銀色の街並み。整然と並んだビルの群れの、鏡のように磨かれた窓ガラスが朝焼けを浴びて照り返すオレンジ色の光が視覚センサに突き刺さる。イクシスはセンサの感度を合わせるために、一寸立ち止まった。
道行く人はまばらだったが、路地裏から姿を現した全身義体を見た人々はあからさまに視線を反らしながら通り過ぎていく。
「ふん……」
イクシスはため息とともに人口声帯から低い唸り声をはきだすと、掃除の行き届いた早朝のビル街を大股で進んでいった。
「全ての文明が崩壊するに至った“最後の世界大戦”によって、この町も瓦礫の山と化した。それでも周りから生き残りが集まって、この町はオーサカ・セントラル・サイトとして建て直された……」
窓に切り取られた黒い空の下、ビルの灯りが砂粒のように光っている。椅子に腰かけて背もたれに身体を預けたまま、全身義体の傭兵は首を動かして夜景を見ながら呟くように言った。義体の腕を分解し、配線をいじっていた技師が手をとめて顔を上げる。
「ええっ、そこから話をするのぉ?」
「プラム・ガーデンのことを知りたいと言ったのはあんただろう。聞きたいのか、聞きたくないのか……どっちでもいいが、さっさと手を動かせ」
「わかったわよう。あたしもさっさと帰ってシャンプーしたいし……」
スキンヘッドのツワブキ技師は口を尖らせてぶつぶつ言いながら、巨体を縮めるように丸くなって作業を再開する。
「それで、オーサカ・セントラルの成り立ちとプラム・ガーデン遺跡に、どんな関係があるのよ?」
「結局、話を聞きたいのか……」
「あんなに中途半端で切られたら、気になってしかたないじゃない。他に気が紛れるものもないしね~、イクシスちゃんは音楽を聴きたくないっていうし……」
「ふん……」
イクシスは小さく息を漏らすと、天井を見上げて説明をはじめた。
「この町に人が集まったのは、旧時代の大型ジェネレータが生きていたからだ。集まった人々は瓦礫になった遺跡の上に、新しい町を作った。防壁に守られた町に更に人が集まって町は更に大きくなり、防壁の外に暮らす人も出始めた」
「それが、今の“セントラル・コア”と周りの“コロニー・ベルト”ってわけね。……んで、結局、それがプラム・ガーデンとどんな関係があるのよ?」
辛抱できずに口を挟む技師の言葉を聞き流しながら、傭兵は話し続ける。
「これだけの人々が暮らすためのエネルギー、食糧、その他原料に水……あらゆるものを供給する旧時代の大型ジェネレータは未だに動き続けている。文明崩壊後に作られたセントラル・コアの町の中に、未だに遺跡として残っている。複数あるジェネレータのうちにはヒトの管理下にあるものもあるが、ジェネレータ本体には立ち入れない物も、まだある」
「その一つが、プラム・ガーデン……」
「そうだ。あまりに複雑な内部構造のために手つかずのまま壁で囲まれ、コア市内に隔離されたまま放置されてジャングルと化している。力づくで解体されないのは、この遺跡が水を溜めて浄化し、セントラル市内の全域に供給するジェネレータの役割を担っているからだ」
「プラム・ガーデンが街中に残っている理由はわかったわ。でも、なんでそんなに詳しいのよあなた……」
「ふん……」
技師から問われると、傭兵はいつものように黙り込んではぐらかした。ツワブキは「まー、いーんだけどね~、別に……」と言って作業を続ける。
「うーん……それで、何でそれが“秘境”みたいに言われてるのよ? ちょっとずつでも探検していけば、遺跡の中の事はわかっていくんじゃない? ……できたわよ、イクシスちゃん」
上腕部分の外装パーツを取り付け、確認をすませてから技師が声をかける。イクシスは「ああ……」とだけ答えて椅子から立ち上がった。
チューンアップされた義肢の感触を確かめるように、手をじっと見つめながら指を動かす。
「仕込みパーツと指の稼働を両立できるように、配線を組み替えてみたわ。どうかしら?」
「悪くない」
「ちょっとお! あなたが注文したユニットを腕の中に収めるのに、すっげえ苦労したんだからね!」
「すまんな」
傭兵が小さく謝ると、技師は「まあ、いいけどね」とためいき混じりで返す。
「ええと、それで、何の話だったかしら……?」
「遺跡の中が知られていない理由」
額に指を当てて考え込むツワブキを見ながら、イクシスがぼそりと言う。道具類を放り込んだ工具箱の蓋を閉じると、技師は両手を叩いた。
「あっ、それ!」
「毎年、調査自体はやっているらしい」
イクシスは話しながらツワブキに背を向け、棚の中を漁りはじめた。
「調査隊が戻ってきたことはないがな。要するに完全な捨て駒、万が一当たれば儲けものの宝くじみたいなもんだ」
「ええっ、それじゃあ、なんで今回は……?」
青ざめた顔のツワブキ技師が尋ねる。傭兵は棚の中から大口径の仕込み銃ユニットを取り出して振り返った。
「調査隊の中に紛れ込んでいたそうだ。セントラル防衛軍の、お偉いさんの息子がな。例の依頼書も、安否の確認を求めているのはその男一人だけだったろう」
「言われてみれば、そうだったような……って、ちょっとイクシスちゃん、何持ってるの、それ?」
「これか? ほら」
手にした銃ユニットを、無造作に突き出す。銃というよりもちょっとした火砲のような大筒に、ツワブキは目を丸くしていた。
「よく持ってたわね、そんなの。そりゃあ、モンスター用の特製弾を撃つには、それくらい要るけどさぁ……」
「これを、もう片方の腕パーツに仕込んで欲しい」
イクシスの言葉に技師はまん丸に開いた目をぱちくりさせ、携帯端末画面の時刻表示と蓋を閉じた道具箱を見てから、再び目の前の傭兵を見つめた。
「今から?」
「今からやってくれ。明日の朝一で現場に向かうからな」
「えーえ、ええと……」
決断的に答えるクライアントから目は離さなかったものの、技師は口の中をモニョモニョ動かしている。いくら気心の知れた相手でも、自分自身の力量不足を白状するのはプライドが許し難いのだった。
「んんんっ……こんなごっついの、仕込んでもあたしの腕じゃ、一発撃てるようにするだけで精一杯よ? 反動をころしきれないから、あなたの腕がダメになっちゃう」
「ライフル銃は別に持っていくから、このユニットでは一発、撃てるだけでいい。“奥の手”ってやつだ。……頼む」
「わかったわよ、仕方ないわねえ……」
技師はテーブルの上に置いた道具箱の蓋を開くと、傭兵から受け取った仕込み銃ユニットを丁寧に受け取った。
夕陽のように燃える朝陽を浴びながら、黒尽くめの傭兵はオーサカの町を行く。市域の中枢部に近づくに連れ、職場に向かう人々の流れは次第に増えていった。
密集体勢を取りながら互いに無関心を装う人の群れ。その中にあって周囲から距離を取られ、全身サイバネの傭兵は歩き続けた。
朝焼けのオレンジが白んだ光に変わったころ、イクシスは巨大な筒のような、ドラム缶のような建屋の前にたどり着いていた。セントラル・コア街区のブロックを丸ごと一つ覆うようなくすんだ銀色の壁が、視界一面に広がっている。
周囲にバリケードはないが、建屋の周りにたむろする人の姿はない。通り過ぎる勤め人たちも、このエリアを通り過ぎることを避けているようだった。銀色に輝くオーサカ・セントラル・サイトの町の中、取り残されたように静まり返った“穴”……それが“プラム・ガーデン遺跡”。
イクシスは腰に提げていた携帯端末を取ると、保存していた依頼書に目を通す。
「ふむ……」
遺跡に入るために必要な手続きなどはないらしい。壁面に備えつけられた梯子を上り、壁を越えて中に入ればよい、ということだった。
顔を上げる。壁をなぞるように視線を這わせると、銀色の壁から小さな背びれのように突き出した梯子が、空に向かって一直線に伸びていた。
「あれか」
梯子の前までやって来た傭兵は壁の天辺に目を凝らす。梯子の終着点を確認すると、右腕を空に向かって突き出した。風がやんでいるのは幸いだった。
腕に意識を集中させる。右腕の奥に仕込んでいたスイッチを押す感覚を探し……掴んだ。標的は上空の、ちいさな金属の輪。狙いを定めて、スイッチを入れる。
「ムッ……!」
手首から先が発射され、ワイヤーの尾を引きながら一直線に飛び出した。壁の天辺めがけて飛んでいき、梯子の終着点をがっしりと掴む。
「よし」
手首が固定されたことをたしかめると、イクシスは右腕に仕込んだウインチを起動してワイヤーを一気に巻き取りはじめた。
勢いよくサイバネ義体が持ち上がり、壁の上を垂直方向に駆け上がり始めた。大荷物を背負いながら走り続け、一気に壁の上にのぼるとワイヤーを命綱代わりにして、するりするりと壁の向こう側へと降りていった。
壁の内側に顔を出し、視覚センサに入ってきたのは一面の緑だった。大きく張り出した樹々の枝が地面を覆い、若葉をいっぱいに茂らせている。
イクシスは枝の隙間をすり抜けて、プラム・ガーデン遺跡の大地に着地した。柔らかい土の感触。壁を越えて降りてきた割に地面が近く感じるのは、壁の中に大量の土が堆積しているからだろう。
端末機を起動すると、“No Signal”の文字が大きく表示される。
「やっぱりか」
遺跡内部に入ると妨害電波によって、一切の通信ができなくなる……まことしやかな都市伝説の一部には、真実も混ざっているようだった。だからこそ人びとはこの遺跡を恐れ、ある種の“聖域”を奉るように市街地の片隅に置いているのだろう。
携帯端末を腰に戻すと、イクシスは周囲を見回した。物音もなく、枝葉を揺らす風もなく、深い森は黒々とした陰を落としながら奥に続いている。
わずかな異変、手がかりも逃すまいと、イクシスは緊張の糸を周囲に張り巡らせた。
小さな息遣いが聞こえる。こちらに向けられる視線を感じる。確かに、こちらを見ている。殺意というほどの強さも、悪意というほどの刺々しさもないが、明らかにこちらを警戒するものが、この森の中にいる。
その気配は自分自身のように、殺戮と破壊を生業にする者のそれではなかった。あの忌々しい“ヒーロー”どものような、人を守ろうと身を投げ出していく者のそれでもない。もっと臆病で、自らが生き延びるために全力を懸ける、そんな……
「ふん……」
黒い傭兵は思考を切り替えると、”X”と”Y”の形をしたアイ・バイザーを赤く光らせる。自らの全身に仕込んだ得物に意識を巡らせ、周囲への警戒を続けながら、静まり返った森の中に足を踏み入れていった。
(続)