スピンオフ2:オーサカ;シークレット ガーデン:1
スピンオフ第二弾
今回は「文明崩壊した世界で、サイバネ傭兵が暴れまくる話」です……!
暗闇の中に現れ、瞬く間に広がって視界を覆う赤、赤、赤。
ぼろきれのような衣服は、あふれ出す炎が揺れながら近づいた途端に燃え上がった。燃え移った火は這い回るように全身に広がり、両腕を、顔を焼く。
黒い煙。赤く染まり、ゆがむ視界。息苦しさを感じながら、焼け焦げて黒ずんだ腕を必死に伸ばす。
炎に焼かれ、煙で燻された肺が締め付けられるように痛む。けれどもわずかに残った酸素を取り込んで、声の出ない喉で叫んでいた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん……!」
真っ赤な視界の中で目の前に立つのは、全身が崩れかけた人影。髪も肌も焼け焦げて真っ黒になっている中、ゴーグルに守られた目が、こちらをじっと見ていた。
「しくじりおって! この役立たず共が……!」
遠くからしわがれた叫ぶ声が聞こえてくる。言い返すこともなく、伸ばした手が届くこともなく、炎に包まれた身体は床に崩れ落ちた。
全身に鋭く短い衝撃が走り、脳髄が再起動する。急速に電気信号が走り抜け、感覚センサの“門”が開いていく。
聴覚センサに飛び込んできたのは、ひしゃげたブラスの音とうなるようなベースのつぶやき。場末のバーの雑然とした空気までそのまま運んできそうなジャズの音色。
カメラアイを起動する。天井が、壁がオレンジ色に染まっている。夕陽がビル街の隙間を縫って射しこみ、西向きの部屋を満たしているのだった。
右半身をスクラップにされて、はいずり回るようにオーサカ・セントラルにたどり着いたのは真夜中だった。どうやらほとんど丸一日、意識が戻らなかったらしい。
首を動かすと目に入ってきたのはコンクリートを打ちっぱなしにした壁と、ライフルにショットガンにサブマシンガン……フックに掛けられた数挺の銃。その下には個人用の弾薬庫と、薬品類を保管するための冷蔵庫。
ざっと見回したが無くなっているものはなく、突然現れた不審物もない。見慣れた自室の景色だった。視界の端にもぞもぞと動く、黒い丸い大きなもの以外は。
「騒音を消せ、ツワブキ」
「あら、言うじゃない、イクシスちゃん!」
言い返す、野太い声。艶やかな光沢を放つ黒い物……ぴちぴちに張ったスラックスに包まれた尻が持ち上がると、太い胸郭と逞しい両腕を持った大男が振り返る。
「遺跡掘りの子に獲ってきてもらった旧時代の音源なのよ! 当時の空気を味わえる、貴っ重~な逸品なのに、分かってないわねえ~!」
ツワブキ、と呼ばれた男は陽気な声で返しながらニッカリと笑う。剃り上げた頭と、剥きだした白い歯が光を浴びて輝いた。ベッドの上に横たわっていた全身義体の傭兵は頭を振って起き上がる。
「興味ないな。止めなければ、ケータイごと潰す」
「ちょっと! もう……相変わらず、冗談が通じないんだからっ!」
右手で握りこぶしをつくって見せるイクシスにツワブキは慌てて声をあげながら、テーブルの上に置いていた携帯端末の音楽を止めた。
「これでいいかしら? ……あら」
傭兵が自らの拳をじっと見つめているのに気付いて、大男の表情が和らぐ。
「どう? 新しい腕と脚は? 最近壊したばっかりだったから、パーツのセッティングをちょっとだけ見直してみたのよ。これまでよりも最大出力も上がってるはずだし、何よりパワーブーストが前よりも早くなるように、新しい回路を試してみたんだけど……」
「ああ」
イクシスはベッドから出ると立ち上がり、左右の足で床を踏みしめる。意識とのラグやノイズはない。技師は色々と講釈を垂れているが、いつも通りの満足のいく仕上がりだった。
「悪くはない」
「ちょっとお、もっと他にないわけ? 最新のパーツを元のボディに合わせるために相当頑張ったのよ、それ! この部屋に一式運び込むのだって、どれだけ苦労したかっ! アタシ、ケータイより重いものを持ったことがないのに……」
「よく言う」
巨漢のサイバネ技師が口を尖らせて文句を言うと、イクシスは素知らぬ様子で首をぐるりと回した。
「出張リペアもサービスの範囲内だ。その分はカネを払う。今回も、それで充分だろう」
短く言い放ってテーブルの上の端末機を手に取る義体の傭兵に、スキンヘッドの技師は芝居がかった身振りで両手を上げて肩をすくめた。
「イクシスちゃんは払いがいいから、アタシはそれでもいーんだけどね……」
「何?」
振り返ったイクシスに、差し出されたのは白い封筒。少しかすれ気味のインクで“オーサカ独立傭兵組會”の文字がスタンプされている。
「何だ、これは」
「組合の偉い人たちがうるさいのよ。イクシスちゃんは聞いてない?」
「知らんな」
封筒を受け取ろうともせずに突っ立っているイクシスを見て、ツワブキはため息をついた。
「でしょうね。あなた、アドレスを登録すらしていないんだもの」
「アドレス登録は任意のはずだが」
イクシスは素知らぬ風に、しれっと言い放つ。
「それは、よその地方から来た傭兵にも仕事を受けてもらうためにやってるだけよ。セントラル・コアの市内に暮らしてる傭兵は登録するものなの、普通はね」
「そうか」
あっさりと聞き流そうとするサイバネ傭兵の胸に、スキンヘッドの技師は手にした封筒を押し当てる。
「だ、か、ら、私がメッセンジャー役をすることになったんじゃない」
「すまんな」
傭兵は封筒を持った技師の手をそっと持つと、相手の胸に当てるようにして封筒を返した。ツワブキは頬を赤らめる。
「あらっ……!」
「捨てておいてくれ、それ」
「……ちょっとおおおおお! 何考えてんの、アホなの?」
イクシスの態度に腹を立て、ツワブキは封筒を握りしめた。“オーサカ独立傭兵組會”の文字がぐしゃりと潰れる。
「あなたほんっとうにな~んにも聞いてないのねっ! ねえイクシスちゃん、組合での自分の評判とか、聞いたことないの?」
「知らんが……それがどうかしたのか?」
「ど~したもこ~したもないわよっ!」
スキンヘッドのサイバネ技師は食らいつくような勢いで、そっぽを向こうとするクライアントに張り付いてまくしたてた。
「組合の回す仕事は受けないしっ!」
「旨味がなさすぎる」
「組合のヒアリングはバックレるしっ!」
「任意だと聞いた」
「同業者ともまともに話もしないしっ!」
「する必要があるのか?」
「たまにボロッボロになって帰って来るし……!」
「出張リペアサービスを受けるのは、これでまだ2回目のはずだが」
クレームをことごとく切って捨てるイクシスに、ツワブキのスキンヘッドがてっぺんまで真っ赤になる。
「うぎぎぎっ! ……とにかく! 組合からも同業者からも、評判最悪なのよあなたっ! 組合を隠れ蓑にして裏で非合法な仕事を受けてるとか、仕事のためなら同業者でも一般人でも容赦なく手に掛けるとか……」
「どちらも事実だからな」
ツワブキは目の前で仁王立ちしている傭兵の、“X”と“Y”の形をしたアイ・バイザーをぽかんとした顔で見つめていたが、両手で自らの頬を張って気を取り直す。
「ちょっとお! ……まあ、言いわ。それで、組合からお仕事の紹介状を預かってきてるのよ。依頼を受けないと、ペナルティーがあるって。いいこと、イクシスちゃん! 除籍にでもなってブラックリストに入ったら、他の地方でも仕事が受けられなくなるんだからね!」
「ふん……」
ツワブキからしわくちゃになった封筒を受け取ると、イクシスは不満そうに声を漏らしながらシワを伸ばした。開封すると、同じくシワのついた数枚つづりの書類束が顔を出す。
スキンヘッドの技師はわくわくした様子で、傭兵の背後から書類をのぞきこんだ。
「ねえねえ、どんな依頼なの?」
「守秘義務があるだろうが」
「何よう、あなたが注文してきた武器や仕込み道具で、どんなことやってるか大体わかっちゃうんだから! もちろん誰にも言いふらさないからさあ……組合が直々に指名して回してくるなんて、どんなお仕事なわけ? 組合の持ってきたお仕事だし、おっきなモンスターを狩るとか、盗賊グループの摘発を手伝うとか……」
「遺跡漁りだ」
紙面を斜め読みすると、イクシスは苦虫をかみつぶしたような声で告げた。
「遺跡漁り……宝探し? 仕事をこなすためにはなんでもやるって評判の、最凶最悪の傭兵のあなたが?」
「私は仕事をこなしてるだけだ。それに、ただの遺跡漁りじゃない。遺跡に潜って、人探しをして来い……だと」
技師の言葉に不機嫌そうに返しながら、イクシスは弾薬庫の扉を開いた。大口径銃弾を取り出して、テーブルの上に並べていく。
「その割には、ずいぶんごっつい弾を出してるじゃないの」
鈍い金属音をたてながらテーブルに置かれたのは狂暴な変異生物、通称“モンスター”を狩るために軍が使用する特製弾。なぜ一般の傭兵が所有しているか、分からないほどの代物だ。
「これじゃ足りないだろう」
「人探しの割には剣呑ねえ」
「私も、人探し“程度”の依頼で死にたくはないからな」
「……どういうこと?」
イクシスは振り返ると、独立傭兵組合から送られてきた依頼書をツワブキに突きつけた。
「目的地を見てみろ」
「プラム・ガーデン遺跡? ……ええええええっ!」
依頼書の表紙に書かれた地名を読み上げると、ツワブキ技師は真っ青な顔になって書類束をひったくった。目をまん丸に見開いて、書類束をパラパラとめくる。
「あんただって、名前くらい聞いたことあるだろう」
「聞いたこともあるも、都市伝説だとばっかり思ってきたけど……えっ、やっぱりホントに? ホントにあの地下迷宮の、プラム・ガーデン……?」
「間違いなく、な。生きて帰ってきたものがほとんどいない、オーサカ・セントラル・コア唯一の秘境……」
モンスター狩り用の大口径銃を銃架から下ろしながら返した。
「だから、これだけじゃまだ足りない。あんたにも追加で色々注文するから、しばらくそれでも読んで、待っていてくれ。……遺跡漁りの人探しとはいえ、失敗するつもりはないからな」
(続)