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ボトム オブ ピット、ライク デヴィルズ ネスト:5

サイバネ義腕の"内通者"、"ヘイズ"登場!

「奴がこのプラントに来たのは数日前だ。急に、どこからともなくやって来て……」


 雷電が手を離すと、床にぺたりと座り込んだ“ヘイズ”はぽつりぽつりと話し始める。


「それからプラントの中で、職員たちを殺し始めた。助けは来ない。入り口も監視されていて、逃げようとした職員は全て殺されて……」


「『なるほど、君の言っていた緊急事態というのは、あの傭兵のことだったんだな』」


「ええと、ええ、はあ……」


 メカヘッドの相づちに、“ヘイズ”は意外そうに眼を見開きながらもモゴモゴと答えた。


「あの、その……皆さんはご存じなんですか、あの真っ黒な奴の事?」


「まあその、ご存じというか何というか」


「『安心してくれ、“ヘイズ”。“ストライカー雷電”はあの傭兵との交戦経験もあるからね』」


 得意そうに説明するメカヘッドの声に、ヘルメットを脱いでいたレンジは顔をしかめた。


「ちょっと、メカヘッド先輩! 安請け合いは……」


「えっ、それって……あいつを何とかできる、って事ですか!」


 それまでしょぼしょぼと話をしていた“ヘイズ”が、勢いよく顔を上げる。レンジは思わず、希望の糸に縋りつくような男から視線を逸らした。


「約束は、できない。この前も、奴が好き放題するのはとめられなかったし……」


「『でも、一番大事なものは守り通しただろう? あいつは負け惜しみを言ってたけど、実質的には君の勝ちさ』」


「それは、そうなのかな……」


 メカヘッドが励ますように返す。レンジは納得できない様子だったが、“ヘイズ”はごくりと固唾を飲む。


「それなら……頼む! 俺を、プラントの奥に連れて行ってくれ」


 作業着の男は立ち上がると、両手の拳を握りしめながらレンジに頭を下げた。


「はあ?」


 レンジはぽかんとして、“ヘイズ”の後頭部を見下ろしている。“ドット”がぴょんぴょんと跳ねて、レンジの頭に飛び乗った。


「どういう事? 逃げようとしてたんじゃないの?」


「やり残した、事があるんだ。俺一人じゃどうにもできないと思ってた……けど、あんたに助けてもらえれば……」


 内通者の男は顔を上げる。先ほどまで怯え切っていた両目には、強い光が宿っていた。


「この通りだ、頼む!」


 そう言って再び頭を下げる。レンジは「ふうむ……」とため息をつくと、ヘルメットのバイザーを下ろした。


「雷電!」


「放っておけないさ、俺だって。どんな事情があってもな。……メカヘッド先輩も、それでいいか?」


「『ひとまず“ヘイズ”を保護できたし、こちらとしては問題ないよ。“ブラフマー”の弱みを握るネタにもなりそうだし』」


「よし、それじゃあ……」


 雷電は照明灯に照らされた廊下を見やる。周囲には既に人の気配はなく、寒々しい白い光に照らされた廊下は延々と奥まで続いていた。


「行くか。ん……?」


 歩き出そうとした時、床に転がっていた警備員の頭がゆらりと動く。起き上がり小法師のように左右に揺れながら向きを変え、雷電を見上げると両目がぴかっと光った。


「うわあっ!」


 雷電は声をあげ、思わず後ろに飛びのく。


「何だこれ!」


 もぎり取られて胴から切り離された首は何かしゃべるように、カタカタと動き続けていた。雷電スーツのヘルメットから落ちたドットが、ころころと転がりながら動く生首に近づいていく。


「何をする気だ!」


「ちょっと待っててよ。ふむ、ふむ……」


 ドットは口から出した作業アームを警備員の顔に当てる。そのまま医者が触診するように、生首をペタペタと触り続けた。


「わかったよ、雷電。彼は全身をサイバネに置き換えてるんだ。……カガミハラを襲ってきた奴らと同じだよ」


「何だって? それなら、こいつらは、みんな……」


 雷電は床に積み重なった死体を見やる。明らかに生身の人間である研究者以外は……顔面を潰された警備員たちは全て、肉体をサイバネティクス義体に置き換えられていたのだった。




 機材と水槽が並ぶ研究室の中を、黒い影が走る。追いかけて響く銃声が、照明灯と水槽を次々に撃ち抜いた。降り注ぐガラスの破片、床にこぼれる試薬。


「ぐえっ」


 そして短い断末魔と床に倒れ伏す、白衣の研究者。


「くそ、一人やられた!」


「職員の避難を急げ!」


 警備員たちが叫ぶが、逃げ場のない研究室の中で職員は次々に襲われていく。木の葉のように薄いナイフの刃が白く光り、研究者たちを切り裂いた。心臓を貫かれて血を噴き出す者、腹を切り裂かれて苦痛に呻く者……


「俺たちは頭さえ無事ならいいんだ! だから撃て! 撃ち続けろ! ……がっ!」


 叫んでいた警備員の首が、単分子ナイフで切り飛ばされた。ヘルメットを被った生首……彼の持つ唯一の“肉体”は宙を舞い、再び振り抜かれたナイフによって真っ二つに切り裂かれた。

 両断された頭部は、細かい部品と脳髄を保存するための液体を散らしながら床を転がっていく。


「無駄だ」


 サイバネ義体の傭兵は、同じくサイバネ義体だった警備員のボディを冷ややかに見下ろした。負荷に耐え切れず真っ二つに折れたナイフを放り捨てると太腿の収納スペースから新しいナイフを抜き出して、構える。


「優先順位が低いだけだ、貴様らは」


「くそ、やれ! 奴を……お!」


 警備員が銃を構える前に、サイバネ傭兵は目の前に迫っていた。二人が視線を合わせた途端、傭兵の貫手が警備員の顔面に突き刺さった。それは、全身を交換可能なサイバネ義体を即死させる、最も有効な方法。

 脳殻パックに収められた脳髄ごと頭部を粉砕すると、コントロールを失ったサイバネ義体が両手足を引きつらせた。

 警備員の義体が崩れ落ち始めた時、周囲の銃口が一斉に火を吹いた。


「……フン!」


 サイバネ傭兵は義体の腕を掴むと力任せに振り回し、取り囲んでいた敵たちの体勢を崩す。そのまま義体を放り捨てると、勢いよく走り出した。

 目の前に立つ一人からサブマシンガンを奪い取ると大上段に銃床を振り下ろし、ヘルメットごと頭蓋を叩き潰す。すぐさま振り返ったときには、手にした銃は次の獲物に向けられていた。


「遅い」


 引き金を引くと連続して放たれる弾丸が、銃を構え直そうとしていた警備員たちの脳殻を次々に撃ち抜いた。一人、二人、三人……と撃ち倒すと、弾を吐き出し終えたサブマシンガンがカチカチと音を立てる。

 弾切れになった傭兵に向かって、生き残りの警備兵が叫び声をあげながら突っ込んできた。


「わああああ!」


「しつこい!」


 サイバネ傭兵は警備兵の顔面に銃を投げつけた。たたらを踏んで立ち止まった相手の顔面を貫手で破壊すると、素早く振り向いて単分子ナイフを投げる。

 白い刃は宙を飛び、傭兵の背後に忍び寄っていた警備員の頭を真っ二つに切り裂いて壁に突き刺さった。


「この単分子ナイフは使い捨てだから、なるべく無駄遣いはしたくないんだがな」


 サイバネ傭兵は不満そうな声で呟きながら、死体と資材が散乱した室内を見回す。


「さて……ん?」


 生き残りはもういないか、と研究室の中を検めようとしたサイバネ傭兵の聴覚センサーに、廊下から室内に向かって激しい足音が迫ってくるのが聞こえてきた。


「くそ、またあいつか……」


「オオオオオオオオ!」


 サイバネ傭兵がナイフを構えて振り返った時、研究室の扉が外側から勢いよく吹き飛んだ。飛んでくる扉から身をかわした傭兵めがけて、鈍い銀色の影が迸る電光の尾を引きながら飛び掛かってくる。


「オラアアアアアッ!」


 火花を散らす拳が飛び、傭兵が手にかざしたナイフを真っ二つにして、そのまま黒い装甲に突き刺さる。サイバネ傭兵は全身をよじり、バネのように飛んで研究室の奥に逃れた。


「 “ストライカー雷電”!」


「オラ、オラッ、オラアアアッ!」


 雷電は続けざまに拳を放つ。電光をまとった打撃が三発、四発と撃ちこまれ、傭兵は体勢を崩しながら攻撃を避け続けた。


「くっ……! また仕事の邪魔をするつもりか!」


 サイバネ傭兵は体勢を立て直しながら勢いよく蹴り上げる。雷電は距離を取って蹴りをかわすと、再び拳を構えた。


「放っておけるかよ、人殺しをする奴を!」


「ほう……」


 傭兵は雷電の後ろで様子を窺っていた“ヘイズ”と、その手に抱えられた警備兵の頭を一瞥する。視線に気づいた“ヘイズ”は、「ひっ!」と短く叫んで体を縮こまらせた。


「こいつらが使い捨てのオモチャだってことは、もう知っていると思ったが」


「“使い捨て”……それって、もしかして……!」


 転がりながら雷電の後を追いかけてきたドットが、傭兵の冷ややかな言葉を聞いてぶるりと震える。


「な、なんだよ! お、おおおお前だって、サイバネ人形じゃねえかよお!」


「は?」


 “ヘイズ”がムキになって言い返すと、サイバネ傭兵は殺気を放って威嚇した。威圧された作業着の男は、部屋の隅の物陰に飛び込んで丸くなっている。


「ひいいいい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


「フン……こんな出来損ない共と一緒にされるのは業腹だが、まあいい」


 傭兵は肩をすくめると“ヘイズ”を捨て置いて、再び雷電に向き直った。”X”と“Y”の形に似たアイ・バイザーが赤い光を放つ。

 雷電も全身の装甲に走るラインを光らせ、電光を散らしながら傭兵を睨んでいた。


「それに、警備のサイバネ兵だけじゃない、生身の人間だって……!」


 床に倒れ伏す、白衣を着た研究者たち。死体からは赤い血が流れ出して白衣を染め、床にぶちまけられた試薬と混ざり合って淀んだ色の水溜まりをつくっている。


「人間! こいつらか……ハハハ! ハハハハハ……!」


 サイバネ傭兵は雷電の声を聞いて大笑した。タガが外れたような、世の全てへの恨みと嘲りをドロドロになるまで煮詰めて、ぶちまけたような底知れない悪意が、人口声帯による声の中に渦巻いていた。

 ひとしきり声をあげて笑った後、傭兵は尚もクツクツと含み笑いを漏らしながら雷電に人差し指を突きつける。


「こいつらには、そんな価値はない!」


「なんだと!」


「人を騙し、ミュータントを切り売りの食い物にしてきた! 何の悪気もなくな! ……“ストライカー雷電”! こいつらはお前にとって最も軽蔑すべき、“人の皮を被った悪魔”なんだよ!」


(続)

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