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ボトム オブ ピット、ライク デヴィルズ ネスト:3

地下の秘密工場に現れた、黒づくめの殺戮者……!

 威嚇射撃の軟質カーボン弾が、逃げる男の足元に突き刺さった。


「止まりなさい!」


「ひいいい!」


 男は振り返らず、一目散に廊下を走る。銃を構えながら追いかけるのは、ダークグレーの装甲を纏った警備員たちだった。ゴーグルとマスクで顔を隠した警備員が、フイゴのように空気が漏れる音の混ざった声で呼びかける。


「抵抗しなければ、これ以上撃ちません!」


「嫌だね! ……うひゃああ!」


 破れかぶれに叫びながら、男は一直線の廊下を走り続けた。再び放たれた銃弾が、逃げる男のサイバネ義腕を掠める。


「次は背中を撃つ。止まりなさい!」


「嫌だって言ってんだろうが、畜生!」


 義腕の男は振り向くと、喚くように声をあげながら角を曲がる。どこかに隠れるところはないかと再び前を向こうとした時、爪先が柔らかいものに引っかかり、勢い余ってすっ転んだ。


「ぐえっ! うわああああ! ……ぐえっ!」


 水溜まりの上を滑り、転んだ勢いのまま廊下を転がっていく。壁にぶつかるまで転がり続け、背中をしたたか打ちつけると男は間抜けな声をあげて止まった。


「いてて、やべ……」


 致命的なタイムロス! 男は痛む背中や腰をさすりながら、慌てて立ち上がった。

 生ぬるい感触がこびりついた両手に視線を落とすと、掌にはべったりと血糊がこびりついている。


「……くそ!」


 振り返ると、血溜まりの中に横たわる研究者たちの姿が目に飛び込んでくる。白衣は血に染まり、完全にこと切れた研究者たちはぴくりとも動かない。

 この近くにも、“アレ”がいるのか……!


「これは……?」


「何が起こった!」


 角を曲がり、追いかけてきた警備員たちも惨状を前にして固まっていた。銃口を逃亡者に向けたまま、リーダー格の警備員がインカムに呼びかける。


「本部! 本部! 緊急事態発生、至急応答せよ! ……本部?」


「どうした?」


「わからない、本部に連絡がつかない……」


「……本当だ! どうなってるんだ、一体?」


「落ち着け、緊急対応マニュアルの通りに行動するんだ!」


 取り乱す警備員たちを見ながら、義腕の男は静かに後ずさりを始めた。


「待て! 貴様は逮捕する!」


 リーダー格の警備員が逃げようとした男を捕まえて、後ろ手にして素早く縛り上げた。そのままがっしりと掴まれて銃口を突きつけられると、逮捕された男は必死にもがいて両脚をばたつかせた。


「くそったれ!」


「抵抗は無駄だ。貴様には産業スパイの疑いがかけられている。詳しい話は、詰所で聞かせてもらおう」


 冷徹に言い放つ警備員の威圧も構わず、男は喚いた。


「こんなことやってる場合じゃいんだ、早く逃げないと! ……ほら、あれ!」


「見えすいた真似を……」


 あきれながらリーダー格の警備員が振り返った時、目の前に黒い装甲服の人物が立っていた。


「何っ!」


 咄嗟に男を拘束していた手を離し、ホルスターに伸ばす。ハンドガンのグリップを掴むが、銃を引き抜く前に侵入者は動いていた。至近距離から放たれた貫手が、ゴーグルとマスクで覆われた警備員の顔面を打ち抜く。

 超硬質の指先によってカーボン繊維とセラミック素材がえぐり抜かれ、細切れになって飛び散った。警備員は叫び声を出す間もなかった。全身の関節を突っ張らせて緊張させた後、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。


「ひいいいっ!」


 捕まっていた男は両手を後ろに縛られたまま、バランスを崩しながらその場を逃れる。

 もはや産業スパイのことなど構っていられなくなった警備員たちは、マガジンを入れ替えていた。暴徒鎮圧用の軟質カーボン弾から、殺傷性の高い金属弾へ。そして黒い装甲服の侵入者に向けて、一斉に銃を構えた。


「撃て、撃て!」




 真っ白い廊下に響き続ける銃声。駆けつけたレンジは床に転がる数人の死体を見て足を止めた。


「あれは……!」


 ぬいぐるみ型ドローン、“ドット”はレンジの頭の上から飛び降りると、血みどろになった死体を見てぴょん、と大きくとびはねる。


「ひえっ、死んでる! ねえ、どうなってるの? メカヘッド先輩!」


「『わからない。見たところ、このプラントで働く研究者と、警備員みたいだが。もしかしてコレが、“彼”の言っていた緊急事態なのか……?』」


 インカム越しのメカヘッドも困惑した声で返した。死体を踏みつけるのも構わずに、生き残った警備員たちは手にした銃を撃ち続けている。


「とにかく、何が起きているのか知らないことには、手の出しようが……」


「あっ!」


 ドットが叫ぶ。警備員の一人が銃を落とし、床に崩れ落ちた。その後ろに立っていた黒い人影を見ると、レンジは無言のまま走り出した。


「レンジ!」


 銀色のバックル、“ライトニングドライバー”を取り出すと自らの丹田に押し当てる。バックルの両横から銀色のベルトが飛び出して、レンジの腰に巻き付いた。

 ベルト中央についた大きなレバーに拳を打ち下ろし、レバーをおろしながら叫ぶ。


「変身!」


「『OK! Let's get charging!』」


 ベルトから威勢のいい人工音声が返す。立体音響システムによって電光のようなエレキギターが響き、雷鳴のようなエレキベースが轟いた。

 黒い装甲服の人物は、既に次の警備員に近づいていた。両手で首を掴むと、力を込めて捻り上げる。ぶつり、と鈍い音を立てながら首をねじ切った。恐ろしいほどの膂力!


「『ONE……TWO……THREE……』」


 音楽に合わせてベルトがカウントを続けるのを聞きながら、レンジは走った。ベルトから迸った電光が全身にまとわりつく。


「やめろおおおおおおお!」


「『……Maximum!』」


 叫びながら拳を振りかぶった時、ベルトの人工音声がカウントの完了を告げた。レンジの全身を黒いインナースーツが覆い、鈍く輝く銀色の装甲がその上から張り付いていく。

 銀色の籠手が装着された拳を振り抜くと、黒い装甲服の殺戮者は自らねじ切った警備員の頭部を目の前にかざした。


「ぐうっ……!」


 レンジは歯を食いしばった。パワーアシストにより勢いを増した拳が、警備員の頭を吹き飛ばす寸前で軌道を変える。


「『“Striker Rai-Den”, charged up!』」


 腰のベルトが、変身完了を告げる。

 黒い装甲服の人物は、倒れ込むように自らの拳を抑え込んだストライカー雷電を冷ややかに見下ろしていた。


「フン。こんなところで会うとはな、“ストライカー雷電”」


 警備員の頭が無造作に放り捨てられると、コロコロと転がって雷電の足元に転がった。レンジは顔を上げ、ヘルメットのバイザー越しに黒い装甲服の人物を睨みつけていた。

 相対する殺戮者も、ヘルメットに覆われた顔を雷電に向ける。“X”と“Y”の形に見える、左右非対称のレンズ型バイザーが鋭い光を放った。


「お前は……あの時の!」


「『間違いない、年末にカガミハラに侵入してきた、ブラフマーの傭兵だ! 気をつけろ、雷電!』」


「オオオオ!」


 メカヘッドの警告を待たずに、雷電は走り出した。全身に電光をまといながら拳を放つ。


「オラアッ! オラアアッ!」


 大きくのけぞって一撃目をかわすと、殺戮者は左腕を振り抜いた。ワイヤーによってつながっている左手が手首から勢いよく飛んでいく。黒尽くめの傭兵は、全身をサイバネ義体に置き換えているのだ!


「フンッ!」


 転がっていた首無しの死体を掴むと、左腕のワイヤーを一気に巻き取る。警備兵の体で雷電の二撃目を受け止めると、黒尽くめのエージェントは大きく後ろに飛びのいた。

 寒々しい照明灯の下、真っ白な廊下の中央で雷電とサイバネ傭兵が向かい合う。


「また仕事の邪魔をするつもりか、“ストライカー雷電”」


「てめえの仕事なんざ興味はない。ただ、目の前で殺しをするのなら、それを止めるだけだ!」


「殺し? ……ハハハ、ハハハハハ!」


 雷電の言葉を聞き、サイバネ傭兵は大きな声をあげて笑う。


「何がおかしい?」


「どうやら、このプラントの正体が分かっていないようだったので、つい、な。……こんなクソみたいなカスどもの掃き溜めまでやって来たのだから、それぐらい知っているものだと思っていたんだがな! ククク……!」


「何だと」


 サイバネ傭兵は笑いをこらえながら、雷電に指を突きつける。


「もとより貴様はターゲットでもなんでもない。私も貴様の事は捨て置くことにしよう。私を止めようというのなら、いくらでも追いかけてくるがいい。貴様がヒーローだと言うのならこのプラントの正体を知った時、どうするか……少しは面白いことになりそうだ! クク、ハハハハ!」


「こいつ! 待て……!」


 雷電が駆けだそうとした時、サイバネ傭兵は腰に括り付けていた発煙筒を放り投げた。黒い煙幕がもうもうと上がる中、サイバネ兵は高笑いをしながら消えていく。排煙装置によって煙が吸い取られた後には、死体の山が転がっているだけだった。


「畜生、逃げられたか……」


「『どうする雷電、あの傭兵は明らかに君を挑発していたが』」


 インカム越しに尋ねるメカヘッドの声に、雷電は首を横に振った。


「気になることはたくさんあるけど……まずは人を探すのが先だろ」


「『ああ、しかしこんな状況になっているとはなあ』」


 普段通りの冷静な調子に戻っている雷電に心強さと僅かな不安を感じながら、つとめて普段通りの調子を保ちながらメカヘッドは続けた。


「『彼は“ヤバいことになった”とだけ言っていたが、これでは生きているかどうか……』」


「生きてるよ!」


 雷電の足元に転がってきたドットが、ぴょんぴょんと跳ねながら言う。


「何だって?」


「メカヘッド先輩の通信ログを解析して、相手の通話信号をマークしておいたんだ。回線が切れた後も、信号はこのプラントの中で動いてる」


「『さすがマダラ君だな! それで、“彼”は今、どこに?』」


「うーん……正確な位置はわからないから、こちらから通話回線を開いちゃおう! なるべく隠密に進めていこうと思ってたけど、こんな状況だったら話は別だ!」


「そうだな、頼むよ」


「OK、いくよ!」


 ドットのボディから“ピッ、ピッ、ピッ……”と通話回線を呼び出す音が鳴る。しばらくすると、部屋の隅に重なった死体の下から僅かな震動音が聞こえてきた。


「わっ、わっ! どうなってんだ、これ! くそ! おい、ちょっと!」


 そして慌てふためく声。雷電が近づいて死体をどかすと、両手を後ろに縛り上げられた男が尻ポケットに入れた端末に手を伸ばそうと、必死にもがいているのが見えた。


「お前は……」


「あ、あははは、は……」


 困惑する雷電の声に気づくと男は顔を上げ、ばつが悪そうなごまかし笑いを浮かべるのだった。


(続)

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