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ボトム オブ ピット、ライク デヴィルズ ネスト:2

奈落の底に現れた、恐るべきモノ……!

 人が一人、四つん這いになってやっと通り抜けられるような四角い横穴。等間隔を保って下側に開いたスリットから白い光が射す。片腕をサイバネ義肢に換装した男が、じりじりと穴の中を進んでいた。

 予備倉庫に転がっていたミール・ジェネレータにゴミを突っ込み、最低限の水とカロリー源を精製する。その後は通風孔の奥に隠れ、外界に気を張りながら横になる……そんな生活を続けて、もう何日になるだろうか?


「ふう、ふう……ふ!」


 天井裏の通風孔に身をひそめた男は、廊下を歩く靴の音に気付いて息を止めた。気づかれぬように全身を強ばらせながら耳をそばだて、全身の毛を逆立てるように集中しながら足元を窺う。

 スリットから見えるのは、白衣の二人連れ。この“プラント”で勤務する研究者だろう。直接話をしたことはないが、どこかですれ違ったことがあるような気がする。


「……まだ見つかってないんだって?」


「ああ、そうらしいな。おかげでこんなモンまで配られてさ」


 男たちは軽い調子で愚痴をこぼしている。白衣のポケットから取り出されたテーザーガンを見つけて、隠れ潜む男は目を見開いた。


「おい、むやみに出すなよ! それ、リミッター外れてるんだから!」


「悪い悪い……」


 ふざけ半分でテーザーガンを見せつけていた男は、軽い調子で謝りながら電圧銃をポケットに戻す。


「それにしたって使い方の講習まで受けさせられてさ、この分はサービス残業なんだろ? こんな時間まで居残りさせられて、やってらんないよな!」


「それはそうなんだけど、仕方ないよ」


「まあなあ、ウチで扱ってるモノがモノだから、上がピリピリしてるのもわかるんだけどよ。まさか、産業スパイなんて! どうやって外とコンタクト取ったんだろう? 俺たちだって、もう1年以上地上に出てないってのにさ……」


「おい!」


 ペラペラとしゃべり続ける研究者に、もう一方の男が釘を刺す。


「口が軽すぎるぞ、お前! ……それにしたって、早く捕まってほしいよ」


 隠れ潜む男の背中に汗がにじむ。狭い通風孔の中で蒸れた臭いを感じ、口を「へ」の字に曲げながらも潜伏者はおしゃべりに耳を傾けていた。


「まあ、どれだけ武器を渡されて講習受けたって、俺たちにはどうにもならないからなあ」


「そういうことだ。お前ももらったオモチャでイキるんじゃなくて、ちゃんと警備員を呼べよ」


「わかってるよ。バージョンアップされた奴らも配備されたって話だし、性能を実際に見てみたいところで……ん?」


 軽口を叩き続けていた男が立ち止まる。


「どうした?」


「今、誰かがいたような……」


 天井裏の潜伏者も研究者の声を聞き、廊下の先を見やった。

 男たちが言っていた通り、今は“プラント”の稼働時間ではないのだろう。白衣の二人連れが足をとめると、廊下は不気味な静けさに包まれた。

 二人と、天井裏のもう一人の他に人の気配はない。


「なんだよ、誰もいないじゃないか」


「さっき、何か黒いものが通ったような気がしたんだがなあ」


「気にしすぎじゃないのか? 散々不審者の話をしてたから、幻覚でもみ」


 あきれたように言っていた男の言葉が、急に途切れる。


「えっ?」


 軽口を叩いていた男が振り返った時、隣に立っていた相棒が床に崩れ落ちた。倒れた研究者の胸から鮮血がにじみ出し、白衣を少しずつ赤く染め始めている。


「えっ、えっ、医療班! セキュリティ! あっ、こ、これ……!」


 男は驚きに我を忘れそうになりながらも、左右のポケットから携帯端末とテーザーガンを取り出した。テーザーガンのセーフティを外し、端末の通報アプリを立ち上げようとした時、目の前に黒い人影が立っていた。全身を黒い装甲に包んだ人影の、ゴーグルのような両目がギラリと光る。


「ひっ」


 研究者が小さな悲鳴を漏らした時には、既に黒い人物のナイフが胸に突き立てられていた。白衣の男は心臓をひと突きされ、叫び声をあげる間もなく倒れ込む。両手から取り落とした端末とテーザーガンが床に転がり、乾いた音を響かせた。


 黒尽くめの人物は倒れ伏す研究者たちを見下ろしている。通風孔に潜伏していた男は、固唾を飲んで、足元の殺害現場を見つめていた。

 自身の左手をサイバネ化した治療院で渡された、義肢のカタログを思い出す。あれは、全身用のサイバネ義体……!


「……フン」


 黒いサイバネ義体の殺害者は顔を上げ、周囲を見回すとわずかに息をもらしてから、悠々と廊下の暗闇へと消えていった。


「……はあ! ひい……」


 殺害者の姿が見えなくなると、隠れていた男は大きく息を吐き出す。床に広がる血だまりを見下ろしながら、男はしばらくの間、全身の震えが止まらなかった。


「どうなってるんだ、一体……?」




 山あいの要塞都市、“カガミハラ・フォート・サイト”から南へ。交通の要衝、地下に張り巡らされた大都市“ナゴヤ・セントラル・サイト”まで降りてから、街道を西へ。途中で山道を抜け、港湾都市“オーツ・ポート・サイト”の手前で街道筋から外れると、黒い大型バイクは打ち棄てられた遺跡地帯へと踏み入った。


「本当に、ここで合ってるのか? 人の気配もないけど……」


 バイクにまたがったレンジが、ヘルメットのインカムに向かって話しかける。


「『“彼”の指示した場所は、すぐ近くだ』」


 通話回線越しに答える、メカヘッドの声。バイクの後輪横に括り付けられた荷物がモゾモゾと動くと中に入っていたオレンジ色の丸いぬいぐるみが顔を出し、口を開いてしゃべりはじめた。


「ボクも通信データを見せてもらったよ。ログを辿ってみたけど、この近くから回線を開いたみたいだった。メカヘッド先輩の言う通りだと思うな」


「マダラもそう言うなら、まず間違いはないか」


 レンジが返すと、ぬいぐるみは不満そうに口を尖らせた。


「信用があるのは嬉しいけどさあ、この格好の時には“ドット”って呼んでほしいなあ。せっかく役になりきってるっていうのにさあ……」


「通話ドローンのガワをぬいぐるみにしてるだけじゃないか」


「雰囲気づくりって大事だろ!」


「『そろそろ目的地が近い。……二人とも、静かに頼むよ』」


 言い合っていたレンジとマダラ……の操作するドローンは、メカヘッドの注意を受けて黙り込んだ。


 バイクを降り、藪の中に隠したレンジはアスファルトの道を歩き、目印だと伝え聞いていた“セキガハラ畜産試験場”の看板前にやって来た。すっかり風化し、崩れ落ちた看板の先には、やはり所々が崩れた平屋造りの工場建屋が見える。アスファルトの道は本道から敷地内に入り、工場建屋へと続いていた。

 周囲に、相変わらず人の姿はない。山から吹き下ろす風が遺跡から生えだした草木を揺らす音が、そこかしこを這い回っていた。


「……ここか」


「人の姿はないけど気を付けて、レンジ! どこに監視カメラが仕掛けられてるか……むぎゅう!」


 レンジは頭の上に乗ってしゃべり続けるぬいぐるみ型ドローンを押さえつけた。まん丸な体に尾びれと小さな足がついた、いかにもファンシーな見かけのぬいぐるみ……それもおしゃべりで口が減らない奴だが長距離通信用のルーターを搭載しているため、連れてくるよりほかに仕方がない。


「ここから先は静かにしてろよ“丸いの”。……それで、メカヘッド先輩、目標にはどうやって潜入すれば?」


「『抜け道や、裏口からの侵入口があればよかったんだがなあ。残念だけど、そんなものはないみたいだ。内通者の“彼”にも時間がなかったみたいでね、内側からの手引きも期待できない……正面から突入してくれ』」


「はあ?」


 インカムから告げられるメカヘッドの言葉に、レンジは間の抜けた声で訊き返した。


「正気か?」


「『他に道はないからな、仕方ない。……この入口自体、地下に隠した“プラント”を偽装するためのものだ。見ての通り、人通りも全く無いし……』」


「いやいや、それでもセキュリティはかかってるだろう。監視カメラやセンサーもついてるだろうし……」


 驚き、難色を示すレンジの手を振りほどいて、自由になった“ドット”が目の前に飛び降りた。


「それなら、ボクの出番だね!」


「“丸いの”、何を……?」


「まあ、見ててよ…よいしょ、っと」


 ドットは丸い体をころころと転がして、“畜産試験場”の正面入り口に入り込んでいく。


「おい、何をやるつもりだ……?」


「へへへ……うん、見ててね……んべっ!」


 ぬいぐるみが口を開けると、中からコードの束を吐き出した。ドットは口の小さな作業アームを動かして、自らのコードを試験場入口のコンソールにつないでいく。


「ええと、この線をこっちと組み合わせて、これはあっちと繋いで……」


 独り言ちながらしばらくごそごそと作業していたかと思うと、オレンジ色のぬいぐるみは伸ばしていたコードを引っ込め、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「レンジ! やった! セキュリティの解除に成功したよ!」


 レンジは駆け寄って、転がっていたドットを拾い上げる。プシュ、と小さな空気が漏れる音がすると、錆びついてフレームも歪み、崩れかけているように見えた扉が音もたてずに動いた。

 扉を開けた先の空間には、目隠しするように積み上げられた段ボールの山。その向こうには、青白い照明に照らされてぬるりとしたツヤを放つ、白い廊下が伸びている。


「今解除できたセキュリティは、入り口周りの分だけだよ。奥がどうなってるのかは、まだわからない……」


「明らかに何かあるんだろう、この感じだとな。……行くぞ」


 レンジはそう返すとぬいぐるみ型ドローンを頭の上に乗せ、偽装されたプラントの中へと足を踏み入れた。


 打ち棄てられた遺跡地帯に偽装された“アケチ製薬”のプラントは、地下に向かって伸びているようだった。レンジとぬいぐるみドローンは廊下の先にある階段を降りて下の階へ。階下にも相変わらず真っ白な壁に囲まれた廊下が伸び、寒々とした照明が周囲を照らしている。


「『どうだい、人の気配は?』」


「ないな。今のところは」


 メカヘッドからの通信に、レンジは短く答える。足音を消して歩いているわけではないが、警報装置などの類が反応している素振りもない。辺りは不気味に静まり返っていた。


「ここまで何も反応がないなんて、逆に気持ちが悪いね」


「歩き回るには都合がいいが……ん?」


 辺りを見回しながら歩いていたレンジが立ち止まる。頭に乗っていたドットはバランスを崩して落っこちて、廊下にころりと転がった。


「ふみゅう! ……どうしたの、レンジ?」


 消毒薬のような鼻をつく匂いが漂う中に、わずかな違和感。覚えのある生臭さを嗅ぎ取って、レンジは眉間にしわを寄せる。


「血の臭い……」


「えっ? ……わっ!」


 遠くから微かに響く、乾いた破裂音。ドットは飛び跳ねて、レンジの肩から頭の上に飛び乗った。レンジは既に、早足で動き始めている。


「レンジ、今の!」


「ああ……行くぞ!」


(続)

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