シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:9
遺跡海原の向こうから、黒い波と共に迫り来るもの。
オーサカ・ベイサイド決戦、最終局面へ……!
「何が起きるっていうの……?」
突然映し出された海原の映像を見て、マギセイラーが困惑した声をあげた。
「『よく見て! 画面の真ん中!』」
マダラが声をあげる。画面の中央、ぼんやりと霞む海原の向こうの海面が、小山のように盛り上がっていた。
「『近づいてきてるんだ、何かが!』」
山のような黒い波は、驚くべきスピードで海岸に向けて迫っている。沖に突き出した旧文明の遺跡、水没したコンビナートの煙突群を呑み込みながら近づくにつれ、波頭が不規則にうねるのが見えてきた。
細かなうねりは黒いしぶきを散らしながら、舞い飛ぶ雲霞のようにざわめく。いや、あれは……
「バケモノ魚の群れか!」
レンジが叫んだ。黒光りする鱗に覆われた怪魚たちが群れをなし、先を争うように陸地めがけて突っ込んでくるのだ。
「『うん、あれは……人喰いチヌの群れだ! でも、どうして急に、こんな……?』」
「『マスター、マダラさん、解析結果が出ました。あのモンスター魚の群れは……』」
ナイチンゲールがレンジとマダラのやりとりに口を挟み、説明を始めた時、画面中央の黒い波が大きく弾けた。
AIは画面を停止させると、飛び散ったしぶきを一つ一つ処理して、消し去っていく。露わになったのは大きな口を開け、海水とともに人喰いチヌの群れを呑み込む大怪魚だった。
左右に張り出した頭。大きな口には鋭い牙が並ぶ。画面を見上げた者たちも、マダラもディレクターもあっけにとられて、怪物のように異様な風貌を見つめていた。ナイチンゲールの音声は、淡々と説明を続けていた。
「『オーサカ・セントラル防衛軍のデータベースと照合した結果、これはアンカーヘッドと呼ばれる大型魚類だと思われます。獲物を浅瀬まで一気に追い立てて、逃げ道をなくして捕食する、という狩りをおこなうと、データベースに書かれていました。人喰いチヌたちはより上位の捕食者に追われて、浅瀬に逃げてきているものかと』」
停止していた画面が再び動き出す。波の中に姿を消した大怪魚は獲物となる小魚(と言っても一匹一匹が人間と変わらぬほどの大きさなのだが!)たちを追い立て、自らが巻き起こす波の一部に取り込みながら、尚も海岸に近づいていた。
「『モンスター化した魚の群れは、間もなく海岸に近づきます。その際発生する高波はコロッセオ遺跡とその周辺を呑み込み、甚大な被害をもたらす可能性が高いでしょう。マギセイラーの防壁でも、防ぎ着ることは難しいかと』」
「『避難は間に合う?』」
「『……シミュレーションの結果、残り50秒以内にバンを出発させることができれば、可能です』」
「そんなの……」
マギセイラーは周囲を見回した。先ほど打ち倒した侵入者たちは電撃を纏った強打をしこたま浴びて気を失い、あるいは痛みにもだえて、コロッセオのあちらこちらに転がっている。
「全員避難するなんて、間に合わないよ!」
コウジとアゲハは、画面に映る大波を前にすっかり青ざめている。レンジは再び、銀色のベルト“ライトニングドライバー”を腰に巻き付けていた。
「“変身!”」
「『OK! Let`s get charging!』」
「兄さん?」
音楽と電光に包まれ、ストライカー雷電に変身したレンジを、弟が呼び止めた。
「何をするつもりだ?」
「ひとまず、でっかい魚を食い止める。一度起きた波を消すことはできないだろうが……少しはマシだろう。ナイチンゲール?」
「撃退に成功すれば、被害を20%ほど軽減できるものと思われます」
ストライカー雷電はAIの分析を聞いて、腰に提げていたメタリック・ブルーの円盤を取り出した。
「マシになるなら、やる価値はあるさ。“重装変身!”」
「『OK! Generate-Gear, setting up!』」
フォーム・チェンジの音声コマンドを叫ぶ。ベルトのバックラーを上げ下げすると、鈍い銀色の装甲は一瞬にしてメタリック・ブルーに染まっていた。全身を走るラインがぎらりと輝く。
「『“WATER-POWER form, starting up!”』」
装甲とジェット・パックを装備した大型バイクが自動操縦で走り込んでくると、フォーム・チェンジを完了したストライカー雷電・ウォーターパワーフォームの前に乗りつけた。
「いくらなんでも無茶だよ、あんなデカいの相手に……!」
するりとバイクにまたがった兄をコウジが呼び止めようとした時、大河のように深く、雄たけびのように力強いアルトの歌声が、コロッセオの中に響き渡った。
「何言ってんだいピイピイピイピイと! このウスノロの臆病者が! できるだけの事をやろうって言っている奴の足を引っ張ることしかできないのかい!」
タカツキのママが歌うようにリズムを刻みながら一喝する。コウジも雷電も、その場にいた他の者たちもぎょっとして、ミュータントの女主人に視線を向けた。
「実際に波がくるまで、まだ時間はあるだろう! 私らもほら、できることをやるんだ! のびてるボンクラどもをさっさとかき集めて避難させるよ!」
「はっ、はい!」
「クソ、わかったよ!」
「私もお手伝いします!」
アゲハとコウジが慌てて動き出すと、コロッセオの建物内で待機していたアオもとびだしてきた。二人がかりで倒れた傭兵を持ち上げるコウジたちを後目に、大きな両腕で数人の兵士たちをかき集め、ひょいと抱え上げると建物の中に引っ込んでいく。
「何だよ、あの怪力……」
「ぼさっとしてるんじゃないよクソボウズ!」
「うっせえババア! ひい、ひい……」
ぽかんとしていたコウジはママにののしられると、歯を食いしばって気絶した男を引っ張っていった。
「やれやれ……」
「ママ」
顔をしかめるタカツキの女主人に、チドリが微笑んだ。
「久しぶりに聴かせてもらいました。ママの歌を」
「よしなよ、こんなのはマトモな歌じゃないんだからさ。……それより、あたしらも手伝うよ。あの子らにあんな事を言った手前、ぼさっと見てるわけにはいかないからね」
「はい!」
チドリとママも倒れている傭兵を助けに走っていく。雷電は二人の背中を見送ると、水陸両用フォーム・チェンジした愛車の装甲バイク、“スプラッシュパフィン”のエンジンを吹かせた。バイオマス式と水動力式のツインエンジンが、力強いドラムロールを奏で始めた。
「雷電!」
走り出そうとする雷電を、マギセイラーが呼び止める。
「ここは、私が守る! ……だから、頑張って!」
「……ああ!」
雷電は軽く手を上げて応えると装甲バイクを遺跡海原に向けて、猛然と加速させた。
バイクの各部に仕込まれたジェット・パックによって、雷電は遺跡海原へと飛び出した。絡みつくように配管がまとわりついて錆びついた煙突群をすり抜け、海上を滑るように走りながら沖へ、沖へとひた走る。
「あれか……!」
小山のように見えていた波が、みるみるうちに近づいてきた。海面に飛び上がってきた人喰いチヌが、大きな口を開けて飛び掛かってくる。雷電は左手に一体化した丸盾、“ゲートバックラー”で怪魚を打ち払い、装甲バイクではね飛ばすと更に加速して、大波の中心に向かって突っ込んだ。
「オオオ……オラアッ!」
大波のど真ん中、大怪魚“アンカーヘッド”の頭に、タイヤを押し付けるようにバイクをぶちかます。強化コンクリートの塊にぶつかったような衝撃が全身に走るが、バイクを一口で喰らいそうな大きさの大怪魚はびくともせず、押し返すように泳ぎ続けた。
雷電は水流に巻き込まれた人喰いチヌたちをかき分けながら、水面から突き出したアンカーヘッドの頭に並走して水面を駆ける。うなりを上げる前輪を何度も押し当てるが、大怪魚は構わずに泳ぎ続けた。
「くそ、とめられないのか!」
「『雷電! わかったよ、そいつの弱点!』」
通話回線を開いているマダラの声がヘルメットのスピーカーから響く。
「『そいつの頭は、電気信号をキャッチするセンサーになってるんだ! それで獲物を見つけて捕まえるんだけど、高圧電流には弱い!』」
「なるほど、そこに必殺技をぶちかましてやれば……!」
「『でも雷電、“ウォーターパワーフォーム”じゃ“サンダーストライク”は使えないよ!』」
「それなら……」
雷電は右手でバイクを操作しながら、左手で“ウォーターパワーフォーム”を解除した。
「こっちのフォームに戻って、やるだけだ!」
「『気を付けて! さっきまでの闘いで消費して、チャージし直してるけど必殺技は一発しか撃てないよ!』」
マダラが警告する。尚も走り続ける雷電のバイザーに、赤いターゲット・サイトが表示された。
「『こちらでターゲットの補足をサポートします、マスター』」
「ありがとう! それなら……一発で、決める!」
バイクで並走する雷電の姿が、海面をかき分けるアンカーヘッドの真っ黒な瞳に映る。全長10メートルを優に超える巨大魚も、ひたすら付きまとう装甲バイクが鬱陶しくなり始めたようだった。
体をくねらせ、波を起こして振り払おうとしていたアンカーヘッドはわずかに頭を下げたかと思うと、尻鰭をくねらせて海面から飛び出した。
その名にふさわしい、錨のように幅広の頭が海面に黒い影を落とす。大怪魚が自らの巨体で海上の装甲バイクを叩きつぶそうと舞い上がった時、車上の雷電もナイチンゲールのサポートを便りに、アンカーヘッドの頭部に狙いを定めていた。
「ハアッ!」
座席を踏み台にして、雷電が跳び上がる。全身を走るラインが青白く光った。握り込んだ拳は電光を纏って、激しく火花が飛び散った。
「“サンダーストライク”!」
「『Thunder Strike』」
必殺技発動の音声コマンドに、ベルトの人工音声が応える。火花はほとばしる稲妻となって、かち上げた拳と共に大怪魚の頭を貫いた。アンカーヘッドは鉄筋をねじ切ったような叫び声をあげて海面に落ちる。
太い柱のような水しぶきが上がると、大怪魚の起こした水流にとらわれていた人喰いチヌの群れは飛び散るように逃げ去った。
「『やった! ……わあっ!』」
マダラが興奮して叫んだ後、急に通話回線が閉じる。アンカーヘッドを足止めした後も走り続けていた高波が、ついに陸地に到達したようだった。
「マダラ! 無事でいてくれよ……!」
必殺技を放った雷電はナイチンゲールが操作した装甲バイクに拾われると、首を振ってハンドルを握り込んだ。
「こっちも、ひとの心配をしている場合じゃないな……!」
アンカーヘッドの起こした波紋が消えきらないまま、海面が不規則に波打つ。波をかき分けていた装甲バイクは、下から突き上げる衝撃によって海上に吹き飛んだ。
「クソ、この程度じゃ怒らせるだけか!」
雷電は“スプラッシュパフィン”のジェット・パックを全力で稼働させて体勢を立て直すと、跳び上がってきたアンカーヘッドをかわして着水した。怒り狂った大怪魚は空中でとんぼ返りすると、矢のような勢いで海の中に突き刺さった。海中に潜るとのたうつようにきりもみしながら泳ぎまくり、再び海面をかき回す。
「畜生、これじゃ陸に戻るどころか、もう一度必殺技を決めることもできやしない……!」
装甲バイクのハンドルにしがみつきながら雷電が唸るようにこぼしていると、ヘルメットのインカムから電子音が鳴り、通話回線が開いたことを告げた。
「『雷電!』」
「マギセイラー! そっちはどうなってる?」
ステージも内壁も、全てが水浸しになったオーサカ・コロッセオ遺跡。グラウンドの中央にただ一人、マギセイラーが仁王立ちになっていた。打ち上げられた人喰いチヌがコロッセオ内のそこかしこに転がり、全身をうねらせて激しくのたうっている。
「『そっちはどうなっている?』」
雷電に問いかけられると、うつむいていたマギセイラーは顔を上げてニヤリと笑う。
「やったよ! 光の壁は破られたし、コロッセオはびしょぬれになっちゃったけど……皆は、無事……!」
建物の陰からチドリたちが顔を出す。音響ブースに詰めていたマダラも、再び通話回線を開いた。
「『そういうことだ、安心してくれよ雷電。まあ、ものすごい高波が来た時には死ぬかと思ったけどね』」
「『そう言ってられるなら安心だな』」
「そういうこと。それで雷電、そっちは?」
マギセイラーは雷電が走り去っていった沖合を見やる。海面が激しくうねる中、芥子粒のようなものが波に激しく洗われているのが目に入った。
「『バケモノ魚を怒らせちまって、身動きが取れなくなってるんだ! 必殺技も打ち止め、そっちに戻るのも厳しい!』」
「ええっ! どうするの……?」
「『頼む! マギフラワーになって、ビームでこいつを打ちぬいてくれ! ……おおっと!』」
インカムからは雷電の声と、猛烈な衝撃によってマイクがもみくちゃにされる音が飛んできた。装甲バイクごと激しい水流に揉まれているらしかった。
「へ? 私が、この距離を? ……無理だよ、そんな!」
「『……それしか、手が……!』」
雷電の声が途切れがちになり、マギセイラーが途方に暮れていた時、ケーブルを咥えた白磁の小鳥が魔法少女の前に舞い降りた。ケーブルの端子を口から離すと、機械仕掛けの小鳥はぴりり、ぴりりと動作音を鳴らして首を傾げた。
「マジカルハート、私からもお願いします。足りないエネルギーはコロッセオの主電源から引き出します。長距離射撃の照準は、私がサポートします。ですから……」
「わかった、それなら……!」
魔法少女のボディスーツが光に包まれると、ピンク色のドレスに切り替わった。髪型もショートヘアから、三角帽子をかぶった長髪へ。
魔法少女“マギフラワー”へと変身を果たしたマジカルハートは、手にした杖に電源ケーブルの端子を接続した。
「“ブロッサムシューター”」
音声コマンドを入力すると、杖の先端にあしらわれた花飾りの花弁が大きく開いてビーム砲の銃身が露わになる。魔法少女は泡立つような波が暴れる沖合に銃口を向けて、杖をまっすぐに構えた。
「狙い撃つよ! ナイチンゲール、サポートをお願い!」
(続)