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シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:8

歌姫の大舞台に、襲いくる侵入者たち。


ヒーローたちは歌姫を、そして彼女の歌を守りきれるのか……?

 ナイチンゲールの警告を受け、雷電とマギセイラーも動き出していた。上がりかけていたシャッターの下を潜り抜けて走ると、一息にコロッセオの中央へ。

 グラウンドの周囲を取り囲む観客席の壁が次々と弾け飛び、灰色の煙が噴きあがる中、歌姫は穏やかな表情を崩さずに歌い続けている。爆発を感知して、消火用スプリンクラーが展開した。グラウンドのそこかしこからシャワーのような水流が噴きあがり、舞台照明を浴びて虹色に輝く。

 ドレスも羽毛も、結い上げた髪を濡らして体に貼りつかせながら、チドリは尚も歌をやめなかった。立体音響装置がフル稼働し、中継映像から周囲の爆音がシャットアウトされる。人命の危険がなくとも、歌謡ショーを中断させては侵入者たちの思うつぼだ!


「マギセイラー!」


「うん! “展開”!」


 チドリの前にたどり着いた雷電が叫ぶ。追いついたマギセイラーが頷いて"音声コマンド"を叫ぶと、光のスカート大きく広がった。ナノマシンによる光の粒子はスプリンクラーによって巻き上げられた水滴を伝ってさらに広がり、歌い続けるチドリの周囲を包み込んで球形の膜を形作る。


「いけるよ!」


 光る水球に手をかざしたマギセイラーが、雷電に向かって叫ぶ。スタジアムの外周部から爆煙が消え去ると、黒尽くめの侵入者たちが一斉に駆け込んできた。

 無言でサブマシンガンを構えると、コロッセオ中央に立つ歌姫に向かって引鉄をひく。掃射された銃弾は光のヴェールに受け止められて、水流の中を走るナノマシンに分解された。それは船舶さえも包み込み、激流から守り抜く光の防壁。媒介となる水さえあれば展開可能な、魔法少女最強の“盾”。

 攻め手がわずかに緩まる。ならず者たちに戸惑いの色が広がっているのを見て、水球を展開し続けるマギセイラーはニヤリと笑った。


「やっちゃえ、雷電!」


「ああ!」


 雷電が黒尽くめの侵入者に向かって走り出そうと身構えた時、通話回線に小さく警告音が鳴った。間髪入れずにマダラが叫ぶ。


「『おっと! 秘密兵器、起動だよ!』」


「何?」


「『了解しました。パワードスーツ半自動操作機能:タイプ・ミュージカル、起動します』」


 マダラに応えて、ナイチンゲールがプログラムの起動を宣言する。困惑していた雷電のスーツは、自動操作によって勢いよく走り始めた。


「どういうことだ? ……ええい、くそ!」


 チドリの歌と音楽が、通話回線に乗ってヘルメットの中にあふれ出す。雷電スーツは音楽に合わせて、流れるように拳を突き出した。

 ハイテック・スーツのパワーアシストによって強烈な加速がついた雷電の動きに虚を突かれ、ぽかんとしていた半グレ傭兵は真正面から拳を受け、勢いよく吹っ飛ぶ。周囲の侵入者たちはワンテンポ遅れて一斉に雷電を警戒し、自動小銃を突きつけた。

 歌姫のショーは続く。曲は再び、激しいロックへ。突き刺さるようなビートに乗って、雷電スーツは次々と拳を放った。傭兵たちが乱射する銃弾を浴びるが歯牙にもかけない。雷電は電流を纏った拳で、次々に侵入者たちを打ち倒していった。


「なんだよォ! 化け物かよォ、こいつ! ……ガハアッ!」


「クソ、銃は効かねえ! やっちまえ!」


 自動小銃を構えた前衛たちが成すすべなく倒れると、後ろに控えていた傭兵たちは銃を捨て、単分子カッターを構えていた。雷電は音楽に合わせたリズムでステップを踏みながら、自らを取り囲む侵入者に向かって駆けだした。

 音楽に身を任せながら、流れるような動きで迫るナイフをかわす。チドリのシャウトに合わせた一撃を、傭兵のヘルメットに叩きこんだ。

 レンジはスーツの挙動に身を任せながら、リズムに乗る感覚を身につけ始めていた。


「なるほど、これが……!」


 極彩色をぶちまけたようなオーケストラの底に刻まれた、冷静沈着なドラムラインをなぞるようにステップを踏む。力強くうねるメロディラインに沿って、流れるように体を動かすとするりするりと敵の攻撃をすり抜けた。時折耳を打つフォーンのアクセント、“オカズ”に乗せて拳を放つ。


「『頼む、このままうまくいってくれ……!』」


 ライブ映像をモニターしていたディレクターが、両手を組んでつぶやいた。


「見える、体が動く! これが、チドリ義姉さんの歌……!」


 自動操作による体捌きを自らの意志でおこなうことができるようになると、雷電はますます軽々と、舞うように動き始めた。

 音楽に急かされることはない。むしろ自らがその流れに乗って“リズムを刻む”側になると体感時間は引き伸ばされ、がむしゃらに単分子カッターを振り回すならず者たちがゆっくりと動いているようにさえ、見えるようになっていた。


「遅い! いや……リズムが合ってない!」


 鈍い銀色の装甲に包まれた四肢に電光が走る。雷電は光の軌道を描きながら、次々と侵入者たちを打ち倒していった。


「畜生! ……けど、今の内に……!」


 雷電の攻勢から逃れた傭兵の一人が、水球に包まれたチドリに忍び寄る。


「どんなカラクリか知らんが、コレなら……!」


 取り出した単分子カッターの刃が白く光る。歌姫の後ろから光る水球に取りつき、ナイフを突き立てようとした時、


「グハッ……!」


 細見剣の刀身をしたたかに打ちつけられ、ナイフを落としてその場に倒れ込んだ。片手で剣を振り抜いたマギセイラーが、単分子カッターの刃をブーツで踏み抜く。


「やれやれ、油断も隙もない。でも、順調かな」


 目の前では音楽に乗りながら、雷電が踊るように敵たちを打ち倒していく。チドリの歌は続き、既に最後の曲に差し掛かっていた。

 カガミハラが誇る歌姫の大舞台、フィナーレにふさわしいビッグバンドの演奏に合わせて、堂々とした歌声が響く。


「『……げっ!』」


 音響ブースで進行表と機材を確認していたマダラが、潰れたような声を漏らした。既に侵入者の半分以上を打ち倒し、“迎撃”から“掃討”の様相を呈していた雷電が通話回線に呼びかける。


「マダラ! トラブルか?」


「『いや、今は大丈夫……なんだけど、この最後の曲、コーラスが入ってるのを見落としてたんだ、女性ボーカルの! このままだと自動操作機能で、アマ……マギセイラーがコーラスパートを歌うことになっちゃうよ!』」


「何だって!」


 “宿り木”のホールで耳にしたアマネの壊滅的な歌声を思い出し、雷電は闘い続けながら歯をかみしめた。


「『どうしよう! もう、時間がないよ!』」


「クソ、それじゃあ、今度こそ終わりだ……!」


「ちょっと二人とも? 私だって! やればできる……と、思う……多分……」


 深く絶望した声を漏らす二人にアマネはムスッとして口をとがらせるが、しかし彼女も自身の歌がうまくいくとは思えなかった。

 3人が言い合いになっている間に、曲の最終パートが近づいていた。楽器構成も増え、メロディは一層重厚になっていく。マギセイラーの体が自動操作により、強制的に息を吐き出した。

 軽い酸欠になり意識がわずかに飛びかけて、すぐさま深く吸い込んだ空気が一気に肺を満たした。声を出そうと声門が動き出した時、全身を動かす意識がふいにかき消えた。


 どういうこと、と声を出すこともできなかった。アマネの体は凍り付いたように固まると自らの制御を離れ、高らかに流れるような歌声が魔法少女の口からあふれ出した。


「『これは……うわっ! 自動操作機能をとっかかりにして、マギセイラーの体がハッキングされてる!』」


 マダラが頭を抱えて叫ぶ。しかし魔法少女の体を借りて出力されるコーラスはぴたりとチドリの歌声に寄り添い、共に高く飛び立つように響き合っていた。


「これは……」


 それまで祈るようにうつむいていたディレクターは、コーラスが耳に入るなりハッとして顔を上げた。


「いや……そんなはずはない! 別人のはずだ、けど……間違いない、この響き、声の伸び! それにこのハーモニーの美しさ、一体感……!」


 深いため息を漏らすと、ディレクターはスピーカーから流れ続ける二人の歌声に、深く聴き入っていた。


「これだ、私が聴きたかったものは……!」


 二人の歌声が響く中、雷電は最後の一人に拳を叩きこんだ。「ごふっ……」と肺に溜まっていた空気を吐き出して、黒尽くめの傭兵が崩れ落ちる。音楽が終わった時には放水も止んでいて、スプリンクラーの周囲に水溜まりができていた。

 潮風に吹き飛ばされる千切れ雲と青空を映し込む水面の上に立ち、チドリは撮影ドローンに向かって深々と頭を下げた。


「『はい、カット! 皆さん、お疲れ様でした!』」


 空中をホバリングする機体から、“撮影中”を表す赤いランプが消える。ディレクターの声がコロッセオ内のスピーカーから響いた。


「ふう……」


 チドリはため息をつき、コロッセオの中央から歩き出そうとして小さくよろめく。隣に立っていたマギセイラーが慌てて抱き留めた。


「大丈夫ですか!」


「ええ、ありがとう。やっぱり、緊張してたみたい。でも、大丈夫よ。ホッとして、ちょっと体の力が抜けちゃっただけだから」


「あの、歌、凄くよかったです!」


「ありがとう」


 マギセイラーがもじもじしながら言うと、抱きかかえられたままのチドリは穏やかに微笑んだ。


「あなたも、すごく良かったわよ。歌があんなに上手んだなんて知らなかったから、ちょっと驚いちゃった」


「いえ、その、あれは私じゃなくって……」


 真っ赤になって慌てる魔法少女を見て、変身を解除したレンジが首をすくめる。


「……ナイチンゲール」


 白磁色の小鳥が舞い降りると、レンジの頭の上にとまって首を傾げた。戦闘プログラムのオペレーションをしながら周囲を警戒し続けていた高性能AIはぴりり、ぴりりとさえずるような作動音をあげる。


「お疲れ様でした、マスター」


「最後のコーラス、お前だろ」


 レンジが見上げると、ナイチンゲールはぴょんぴょんと跳ねながらレンジの頭から飛び降り、肩を伝ってレンジの手の上に降り立った。


「……最も成功確率の高いプランを選んだだけです」


「それは、そうだろうが……まあ、いいけどな」


 しれっと言い放つナイチンゲールにレンジが白い目を向けていると、爆破されたコロッセオの連絡口から新たな人影が飛び出してきた。


「兄さん!」


 白いライダースーツの青年は脚をもつれさせながら、大急ぎでレンジの前に走り寄る。


「コウジ、追いついたのか」


「ああ、途中で道に迷って、間に合わなかったけど……ええと、その、お疲れ様」


「かっこよかったですよ、レンジお兄さん」


 後ろから追いついた黒いライダースーツの女性が、コウジに並んでレンジに微笑んだ。


「さっきまで一緒に見ていたコウジも、“兄さん、すごい……”って夢中になって見てて」


「あああアゲハッ!」


「だって、本当のことじゃない。もっと素直に、言ったらいいと思うんだけどなー」


「うううううるさい!」


 アゲハが楽しそうに言うと、コウジは真っ赤になって怒鳴った。黒白の二人が言い合っているのを見て、後ろに立っていた大柄の女性がため息をつく。


「やれやれ、この子たちは……」


「ママ!」


「えっ! 来ていたの?」


 レンジが目を丸くして声をあげると、気が付いたチドリも跳ね起きた。固まっている二人を見て、タカツキのミュータント・バー“宿り木”の女主人は、楽しそうにからからと笑った。


「ああ、色々あってね。あんたたちが気になってこのクソボウズと一緒に来てみたんだが……余計な心配だったようだね。むしろ、クソボウズの方が危なっかしくって! 見てらんないよ、全く」


「うるせえぞ、ババア!」


「ママ……」


 コウジとやり合っていたタカツキの女主人はチドリの視線に気づくと、柔らかく微笑んだ。


「チドリ、途中からだったけど、聴かせてもらったよ。ますます上手くなった。いい歌をうたうようになったね」


「はい……!」


 チドリは両目を潤ませて頷く。一際強い海風が吹き抜けて、深紅のドレスをはためかせた。


「『皆、お疲れ様。それじゃあ、撤収の段取りだ。なんだか急に天気が崩れそうだから、速めに片付けをしなきゃいけないんだけど……あれ?』」


 コロッセオの場内スピーカーでアナウンスしかけたマダラの声が途切れる。


「どうした、マダラ?」


「『いや、沖の方から高波? ……“何か”が来てるみたいなんだ。ナイチンゲール、解析を頼む』」


「了解しました」


 白磁の鳥はレンジの腕から飛び立つと、自らをコロッセオ内の保安管理システムに接続した。コロッセオの気象カメラがとらえた画像を解析し、再処理して音響ブースのマダラに送り返す。


「……解析データ、送ります」


「『これは……! どうしよう、早く逃げなきゃ!』」


「何があった?」


「『とにかくヤバいんだ! 映像を転送するよ!』」


 コロッセオの内壁に組み込まれていた巨大スクリーンが起動する。グラウンドに立っていた皆の視線が集まる中、スクリーンには遺跡海原の黒々とした海面が映し出された。


(続)

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