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シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:7

遺跡海原を背に、歌姫のステージが幕を開ける。


失敗できない大舞台、歌声の行方は如何に……?

 早朝のひんやりとした潮風が、おろされたシャッターの隙間から入り込んでくる。コーティング剤が剥がれ落ち、強化コンクリートの壁面がむき出しになった、“コロッセオ”の廊下。足元から這いあがってくる冷気に、レンジはぶるり、と体を震わせた。


「寒っ……」


 誰に言うでもなくアマネが呟き、手に持っていた紙コップを傾けて模造コーヒーをすする。口からふわりと、白い息が漏れた。


「ふう……」


「そろそろ、時間だぞ」


 携帯端末の画面を見ながらレンジが短く告げると、コップを手にしたままのアマネが目を丸くしてレンジの顔を見ていた。


「緊張してるんだ」


「そりゃあ、まあ……でも、何でそう思ったんだ?」


 居心地が悪そうにレンジが顔をしかめると、アマネは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「さっきから何度も何度も、時間を気にして見てたから。いつもより落ち着かないなあ、って……」


「ボディガードなんて初めてだからな。敵がどうやって来るかもわからないし……それより、チドリ義姉さんが落ち着いてるのが意外というか……」


 レンジは肩をすくめると携帯端末から目を離し、振り返ってもごもごと言う。普段のペースを失ってやや冷静さを欠いたレンジの顔を見て、アマネは「ぷふっ……!」と小さくふきだした。


「ね? 私が言った通りでしょ?」


「確かに、チドリ義姉さんに早く話をした方がいいってのは、正解だったよ。それにしたって、肝が据わり過ぎだろう……」


 ため息交じりで漏らすレンジを見て、アマネは楽しそうに笑った。


「ふふふ、それだけ私たちが信頼されてる、って事でしょ?」


「“私たち”……って、マジカルハートの正体を、バラしてるわけじゃないよな……?」


「バラしてはないけどさぁ、信頼……っていうの? チドリさんも言ってたじゃない、『雷電とマジカルハートが守ってくれるから、安心して歌えます』って! ピンチになったら、絶対に駆けつけてくれる、的な……そういう風には思ってくれてると思うんだよねぇ!」


 楽しそうに言うアマネの顔を見て、レンジは自らの眉間を指で押さえた。


「何となく、正体がバレてるって事じゃないか。チドリ義姉さんなら、大丈夫だろうけどさ……」


「それに、早めに相談したから、マダラだって秘密兵器を作ってくれたわけじゃない。新しいプログラムを組むって言ってたけど、どんなものなんだろう……?」


 アマネが相変わらずヘラヘラと笑っている一方、レンジは深くため息をついた。


「あいつがあんなに楽しそうに笑いながら言うってのは、どうにも怪しいんだよな」


「怪しい? 失敗するかも、ってこと?」


「いや、あいつの事だから、ヘマはしないだろう。でも何か、とんでもない事をやらかしそうでな……」


 首を振ってレンジがアマネに返した時、手に持っていた携帯端末が鋭いビープ音を鳴らした。スピーカー通話で回線が開く。画面には“マダラ”の名前が表示されていた。


「『レンジ、アマネ、そろそろスタンバイを頼む』」


「了解」


「『……それとレンジ、そっちの話は、ばっちり聞こえてるんだからな』」


「それなら話が早い。何を仕込んだんだ、お前?」


 わずかに不満の響きを含んだ声でマダラが付け足すように言うと、レンジも疑いを含んだ声でやり返す。自他ともに認める天才メカニックは、「フフフ……!」と楽しそうな笑い声を漏らした。


「『それこそ今回の仕事にぴったりの、素晴らしいプログラムさ! 本当は実動テストをしたかったけど時間がなかったし、もちろん使わないに越したことはないけど……まあ、楽しみにしておいてよ!』」


「その言い方、全くもって信用できねえ……」


「『基本的にはこれまでの機能を拡張するタイプのプログラムだから、そんなに変なことにはならないさ。……そんなことより、早く変身を済ませちゃってよ。もう本当に、中継が始まる時間だからさ!』」


「わかってるさ。……いくぞ!」


「うん!」


 レンジがレバーのついた銀色のバックル、“ライトニングドライバー”を取り出して呼びかけると、紙コップを床に置いたアマネも銀色に光るペンライト型の小筒、“マジカルチャーム”を握ってうなずいた。

 二人はシャッターに正対する。レンジがバックルを自らのへその下、丹田に押し付けると、“ライトニングドライバー”の両横から銀色のベルトが飛び出して腰に巻き付いた。握りこぶしを作って、叩きつけるようにバックルのレバーを引き下ろす。


「変身!」


「『OK! Let's get charging!』」


 ベルトから人工音声が応えて叫び、エレキギターとベースが雷鳴のように響き渡る。

 アマネも“マジカルチャーム”を高く掲げていた。


「“輝く夏のときめくドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」


 起動のための“音声コマンド”を叫ぶと、“マジカルチャーム”が薄青色の光を放った。華やかでポップな音楽が立体音響で響き渡り、轟くギター・ベースと即興のセッションを奏で始める。


「『ONE……TWO……THREE……』」


 “ライトニングドライバー”が音楽に合わせてカウントを続けている。「『Maximum!』」とカウント完了を告げると、レンジの全身を黒いインナー・スーツが、そしてすぐさま、銀色に輝く装甲が包み込んだ。

 アマネの全身を包んでいた薄青色の光も凝縮し、紺色のボディスーツと白い胴衣を形作る。“マジカルチャーム”も薄青色に染まり、長く伸びて細身の剣になっていた。


 音楽が終わった時には鈍い銀色に輝く装甲スーツのヒーローと、光のスカートを纏った魔法少女が、シャッターの前に立っていた。


「『“Striker Rai-Den”, charged up!』」


 ストライカー雷電のベルトが変身完了を宣言すると、マジカルハートは剣を構えて名乗りをあげた。


「“嵐を砕く光の大波! マジカルハート・マギセイラー!”」


 カラーコンタクトレンズで隠していた、本来の金銀妖瞳がきらりと輝く。名乗りと大見得に呼応するように、室内に薄青色の爆炎が噴きあがった……立体映像の。“オート大見得機能”によってポーズをとっていたマジカルハート・マギセイラーは、げんなりしたように「あーあ」と声を漏らす。


「毎回体が勝手に動いて、声が出て、周りで爆発が起きるの、本当に勘弁してほしいんだけど……」


「その気持ち、よくわかるよ……シャッターが上がるぞ」


 同情していた雷電がモーターの音に気が付くと、魔法少女も気を取り直して杖を構える。コロッセオの内側に繋がる通用口のシャッターがゆっくりと上がり、白いスモークが廊下に漏れだし始めていた。




「『そろそろ、本番入ります! 120秒前です……!』」


 “オーサカ・コロッセオ”の中央、艶やかな赤いドレスを纏ったチドリは本番が始まるのを待っていた。海から立ち昇る朝もやとスモーク・マシンによる煙が混ざり合い、視界が白く包まれる中、ディレクターの声がインカムに届く。

 ひどく緊張した声で中途半端に長い時間からカウントを始めたのを聞いて、チドリは思わずくすりと笑ってしまった。


「『音響と照明も、準備できてます!』」


 先にカウントを始めたディレクターに驚き、音響ブースのマダラも慌てて通話回線に報告した。


「『……チドリさん、大丈夫?』」


 クスクス笑う声に気づいたマダラが声をかけると、チドリは笑いを押さえながら「ごめんなさい」と小声で謝る。


「ディレクターさんが緊張してるのが、なんだかおかしくなっちゃって。おかげで緊張はほぐれたわ。……大丈夫、私もいつでもいけます」


「『90秒前です……!』」


 すっかり頭が真っ白になった様子のディレクターは、無心になって機械的なカウントを続けている。チドリとマダラのやりとりも上の空のようだった。


「『それならいいけど……雷電もマジカルハートも、いつでも助けに入れるようにスタンバってるからね!』」


「ええ。頼りにしてます。だから、私も思い切り歌えるわ」


「『チドリさん……』」


「『60秒前! 照明、準備をお願いします! ええと、最初の場面は……“ピン”と、足元灯りが……ええっと……』」


 取り乱した様子で舞台進行を確認し始めたディレクターの声を聞いて、マダラは苦笑いした。


「『あはは……ディレクター、照明の操作はこちらでやります。キューは確認した通りに。キッカケもこっちで出しながら動かしていくんで、落ち着いて』」


「『ありがとうマダラ君! すう、はあ……あと、30秒だ!』」


 ディレクターは礼を言い、深呼吸するとカウントを続ける。


「『それじゃあチドリさん、こっちはこれから手が離せなくなるけど……頑張って!』」


「ええ、ありがとう。……ディレクターさんも、頑張ってきます」


「『はい! お願いします! ……15秒前! 10、9……』」


 ディレクターがカウントを続ける。舞台中央のもやが晴れると、背後には錆びついた煙突が所々から突き出した、オーサカ・ベイの遺跡海原。さざ波が這うくすんだ水面を、朝焼けがオレンジ色に染めあげている。

 コロッセオ内の大型スピーカーから音楽が流れ出すと、チドリは朝陽を浴びながら立ち上がった。足元が照明で白く光り、上からはスポットライトが、オレンジ色に染まる歌姫の姿をより鮮明に浮かびあげる。

 上空にホバリングしていた撮影ドローンが、ゆっくりと目の前に舞い降りた。イントロダクションが終わると、歌姫はカメラレンズに微笑みかけ、リズムに合わせて歌い出した。


 一曲目は視聴者の心をつかむように、力強いボーカルのロック。二曲目は女性らしい華やかさと可愛らしさを強調したポップス。そして三曲目は、一気にしっとりとしたバラード……。

 朝もやが晴れていく。オレンジから白へ、ゆっくりと変わっていく陽光を浴び、少しずつ色を変えていく遺跡海原を背景に、歌姫は艶やかな声を高らかに響かせていった。


「『よし、よし……いい感じです、いい感じですよ、チドリさん……!』」


 ディレクターの興奮した声が、内部用の通話回線に漏れる。音響ブースに詰めて、機材のインジケータをチェックしていたマダラは、インカム越しに入ってくるディレクターの声に小さく笑った。


「順調ですね。一度始まったら、音響も照明もオートで切り替わるようにロジックを組んでますから……」


「『ええ、後は見守るだけ、ですね』」


 ディレクターはホッとした声で返す。チドリとディレクターが打ち合わせ、練り上げたセットリスト。普段の歌謡ショーに比べると決して長くはない持ち時間を最大限生かせるように組まれた、変幻自在のレパートリー。

 あらゆるジャンルを歌いこなすチドリの魅力を引き出すものになったと、裏方たちは確信していた。


「そうですね、このまま最後まで、無事に進めば……」


 楽しそうにすら見える表情で、チドリは朗々と歌い続けている。中継カメラをモニターしている画面を見ながらマダラが呟いた時、作業卓の上に置いていた携帯端末が激しく震えはじめた。

 鳴り続けるビープ音。端末機を起動すると、“WARNING!”の赤い文字が大きく画面に表示された。上空から警戒を続けていたナイチンゲールが、緊急回線を開いたのだった。


「『マダラさん、侵入者です!』」


「ナイチンゲール! バリケードは?」


 マダラが尋ねると、中継カメラをモニターしていた画面が暗転した。すぐにモニターが復帰すると画面が分割され、右半分にコロッセオの白地図が表示されている。ナイチンゲールが回線を利用して、モニターをハッキングしたようだった。白地図には赤い光点が、チカチカと点滅していた。


「『各所のバリケードに、数人ずつ取りついています……一斉に爆破されました! ステージに侵入されます!』」




「ようやく着いた……ああ……」


 白いバイクから降り立つと、コウジはぐったりとしてハンドルにもたれかかる。朝陽を浴びて白く輝く“オーサカ・コロッセオ遺跡”は、徹夜でバイクを走らせた彼の目を大いにくらませていた。


「本当だよ! クソボウズが迷子になるもんだから、こんなに時間かかっちまって……」


 小型スクーターに乗ったタカツキのママが口を尖らす。アゲハはスクーターの荷台に座り、しっかりと女主人の背中にしがみついたまま船をこいでいた。


「悪かったな、こっちに来るのは初めてなんだよ……それにしたって、そのスクーターでよく俺のバイクに着いてきたよな……」


「オーサカのおばちゃんを舐めんじゃないよ。こっちは禁酒してから、ますます調子がいいのさ!」


「ホント、どんな体してんだか……ええい!」


 ママが胸を張るのを横目で見てボソッと呟いた後、コウジは気合を入れなおすように自らの頬をドライビンググローブではたいた。


「とにかく、コロッセオに着いたんだ! 中はどうなってるかわからないけど、まずは兄さんたちに合流しなきゃ!」


 叫び声をあげた瞬間、コロッセオ遺跡の中からドン、ドンと鈍い音が散発的に響く。コウジとママは目を見張り、寝ぼけていたアゲハも目を覚ました。


「えっ! 何? 爆発?」


「……建物の中だ!」


 コウジが叫んだ時、タカツキのママはスクーターを降りて走り出していた。


「行くよ、クソボウズ!」


「あっ、くそ、待てよババア!」


(続)

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