表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/248

シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:6

 オーサカ・セントラル南西部を守る城門、“スカイスクレイパー・ゲート”での手続きは、極めてあっさりとしたものだった。車を降りた一行が向かった窓口では、入境の際よりも輪をかけてやる気のない表情の係官が携帯端末でパズルゲーム・アプリに熱中していた。


「はァい、どうぞぉ……」


 係官はちらりとチドリたちを見やると熱意の欠片もない声であっさりと告げ、再び端末機に視線を戻す。肩透かしを食らった一行はぽかんとした表情で、ついさっき降りたばかりの駐車場に引き返した。

 後部座席で眠っていたアマネはドアが開く音に目を覚ます。


「えっ、もう終わったの? なんだか、すごくあっけないなあ……」


 大きく口を開け、あくびしながらアマネが言うと、レンジが首をすくめた。


「出境審査なんて、そんなもの……なんだけど、それにしたってなあ……」


「やる気がないっていうか、態度が悪いっていうか……入境した時とは違う意味で、嫌な感じだよ! オレとしちゃあ、あの役人の方が……」


「兄さん、気持ちはわからなくもないけど……」


 顔をしかめて舌を出すマダラをアオがたしなめる。ディレクターは申し訳なさそうな表情になりながら、額の汗をハンカチで拭いた。


「まあ、この先には海と旧文明の遺跡しかありませんからねえ。出境する人なんて滅多にいないでしょうし……」


 レンジは薄暗い地下駐車場を見回した。強化コンクリートの壁は所々がひび割れ、しみ出した地下水が模様を描いていた。アスファルトと埃の臭いをまとった湿っぽい空気が肌に纏わりつき、鼻腔を這い回る。

 漂ううらぶれた雰囲気に、一同の顔にはぼんやりとした不安の色が広がっていた。ディレクターは困った様子で「ええ……」「ああ……」と言葉を探している。


「それにしても、ここまで予定より早く着けたのはレンジさんのお陰ですよ! 入り組んだセントラル・コアの中央エリアを、あんなにスルスルと通り抜けられるだなんて。もしかして、以前セントラルにお住まいだったとか……」


 急に話を振られたレンジは首をすくめると、「ええ、まあ」と短く返す。


「そんなことより、早く出発しましょう。ゲートを抜けたら、目的地は近いんでしょう?」


 鼻をすすってそう言うと、ヘルメットを被ってハンドルに手をかけた。


 薄汚れたゲートを抜けると、淀んだ色の運河が無数に走る、錆びついた遺跡地帯が広がっていた。時折吹き抜けていくぬるい潮風が、ひび割れたアスファルトから生えだした灌木や雑草を揺らす。

 一行は運河沿いの道を走り出す。通り過ぎる建物はどれもそこかしこに穴が開き、人の気配はまるでなかった。時折、赤ん坊ほどの大きさの影が素早く走り去っていく。ミュータント化した動物だろうか。こちらに気づくとすぐに逃げ出す辺り、狂暴な肉食獣というわけではなさそうだった。


「この辺りには、本当に誰も住んでないんですね」


 ぐっすり眠って元気になったアマネが、後部座席の窓から外を見回しながら言う。


「海が近いですからね。今は潮位も低く、落ち着いてますが……」


「『潮位が上がると危険だってことですか?』」


 レンジが無線機越しに口を挟むと、ディレクターは車載スピーカーに向かってうなずいた。……務め人としての、長年の習性なのだろう。


「ええ、この辺りにも海棲モンスターがやって来ることがあります。海の生き物は狂暴ですからね。小型のモンスター魚”人喰いチヌ”でも、海の中では人間の敵う相手ではありませんから」


「ひいい……!」


 ディレクターの説明を聞きながら、ハンドルを握るマダラが真っ青になって震え出す。バンがフラフラと左右に揺れ、アオが小さく悲鳴をあげた。


「『そういえば、マダラってカナヅチだったっけ』」


「兄さん、ビワ・ベイにいった時に克服できたんじゃ……?」


「あの時は潜水服だったし、もっと安全な海だったろ!」


「まあ、まあ、危険な時期は一か月のうち、ほんの数日です。今は大きく潮が満ちる期間じゃありませんから……」


 恐れおののくマダラをなだめるように、ディレクターが声をかける。


「『それなら大丈夫、か? ……見えてきたぞ!』」


 バンから先行して走っていたレンジが声をあげる。崩れかけた町の中を進む道路の先に、円形の建物がぽつりと立っているのが見えた。

 オーサカ・セントラル・サイト南西部に位置する“オーサカ・コロッセオ”は旧文明期に建てられた、由緒ある円形闘技場だ。……と言っても建設当初にはあったドーム型の屋根は崩れ落ちて修理されることのないまま、瓦礫に囲まれた丸い外壁が雨と高潮に晒されて遺跡海岸に取り残されているのが現在の姿なのだが。


「照明関係は……コロッセオのシステムが生きてるから、そのまま使えそうだね。さすが、旧文明の技術はすごいもんだ! 音響とレコーディングは……やっぱり役に立たないか。まあ、元は競技場だったってことだし、期待してなかったけど。これは、ディレクターさんの持ってきた機材をちょいちょいと調整するとして、後は……」


 バンから降りると、すっかり“メカマン”の顔になっていたマダラは工具箱を片手に、コロッセオ内部を歩き回り始めた。目の前の仕事に熱中することで、海や水棲モンスターのことを頭から追い払おうというつもりのようだった。


「あのう、マダラ君」


 背中を丸めてコロッセオ内部のコントロール・パネルをいじり回しているマダラに、後ろからチドリが声をかける。


「舞台設営って、どれくらいに終わるかしら?」


「そうですねえ、借りてきた機材のセッティングもあるから、2、3時間は見てもらう必要がありますね。何とか、日が暮れる前にはリハを終えられるようにしますけど……」


 マダラが頭をかきながら答えると、チドリは微笑んだ。


「ありがとう、十分だわ。それじゃあ、私はディレクターさんとセットリストを打ち合わせておくから」


「そうしてもらえると助かります。こっちの準備ができたら、声をかけるんで。……アマネとレンジは、機材のセッティングを手伝ってくれない?」


「了解!」


 アマネが手を上げて応えるが、レンジは携帯端末の画面をじっと見つめていた。


「レンジ君、どうしたの?」


「ああ、いや、また後でな」


 レンジはぎこちなくアマネに返して、端末機をポケットに戻す。


「機材のセッティングだったな? 何からやったらいいのか、指示を頼む」


 ディレクターの持ち込んだ機材に自慢の“立体音響システム”を組み込み、設営を完了した頃には空がオレンジ色に染まり始めていた。コロッセオの外壁に取り付けられた照明装置から放たれる光を浴びて、チドリがコロッセオの中央に立つ。


「準備できたよチドリさん、いつでもいけます!」


「ありがとうマダラ君!」


 即席の音響ブースからマダラが叫ぶと、チドリは笑顔で手を振った。


「曲順通りで最後まで、通してみるからタイムキープをお願い。……それじゃ、リハーサルいくわよ!」


 チドリの声を受けて、照明が切り替わる。スピーカーから流れはじめた曲に合わせてあふれ出す歌声を聴きながら、レンジはコロッセオの壁にもたれかかり、夕焼け空に浮かぶ雲を見上げていた。

 オレンジ色の空を、銀色の矢が走り抜けていく。


「ナイチンゲール!」


 ぴりり、とさえずるような作動音をあげながら、機械仕掛けの小鳥がレンジの肩に舞い降りた。


「マスター、ただいま戻りました」


「どうだった、辺りの様子は?」


 白磁色の小鳥はぴりり、と鳴きながら首をかしげる。


「周囲に不審者は確認できませんでした。大型の野生動物の姿も、現時点では……」


「ありがとう。それじゃやっぱり、狙いは“本番”か……」


「レンジ君!」


 温めたレーションパックを手にしたアマネが声をかける。


「晩御飯の準備できたって、アオちゃんが。プロの料理人はすごいね! 保存食のレーションパックでも、ちょっと工夫するだけでこんなにおいしくなるんだもん……うん、なかなかいけるよ、これ!」


「なんだ、もう食べてるのか」


 キューブ状の栄養食をフォークで突き刺し、口に入れながら言うアマネを見て、レンジは小さく笑った。


「それじゃあ、俺もいただくよ。……だが、その前に相談したいことがあってな」


「相談? チドリさんたちも呼んだ方が……」


「いや、今のところはいい」


 レンジは携帯端末を取り出し、弟から届いていたメッセージを表示して見せた。


「下手に話を大きくして、チドリさんに余計な心配はさせたくないからな」


(続)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ