シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:5
歌姫たちをつけ狙う影。環状防壁都市・オーサカに蠢く闇が動き出す……!
「お、おう……」
両目をぎらつかせてしゃべり続ける副代表に気圧された傭兵たち数人がうなずく。目を閉じて話を聞いていた男は「フン……!」と鼻で笑った。
「あんた本気かよ? 俺たちみたいなのに任せたら、ミュータント相手に手加減なんてできねえぞ?」
「勿論ですとも、どうなっても結構! それぐらいの方が却って、我々の必要性もアピールできるってものです!」
副代表はパチンと両手を合わせて話し続ける。
「あなた方はミュータントのナマイキな若い女どもを好きにいたぶれる! お互いにWin-Winってものだ! ……勿論、機密性の高い依頼です。本契約の契約金の他に、特別手当も出しますとも!」
「……まあ、俺は構わねえけどな。いかれてやがるぜあんた」
疑問を投げかけた男は深くため息をついて、再び壁にもたれた。
「本当に、ミュータント愛護団体かよ……」
「勿論、私は会の一員ですとも! ……けどねえ、使えないミコシ・モニュメントは要らないんですよ。いや、却って害になるんだ! 我々が活動を続ける為にはね! ハハハ、ハハハハ……!」
副代表はひとしきり笑うと、「では、詳しくは後程、専用アプリを使って指示しますので……」とだけ言い残して去っていった。ごろつきの傭兵たちも三々五々に解散し始める。
「ふん……」
首をぬるりと物陰に戻すと、タカツキのママは鼻を鳴らしたきり黙り込んだ。一緒に聴き耳を立てていたコウジとアゲハはすっかり青くなっている。
「コウジ、あれって!」
「兄さんたちだ……!」
「どうしよう、どうしよう……!」
「落ち着けよアゲハ! まずは兄さんたちに知らせなきゃ! ……でも、収録をキャンセルできるのか? 知らせて何が……いや、でも……」
取り乱すアゲハを説得しようとして、コウジも言葉に詰まった。知らせたところで所詮噂話程度、収録のスケジュールが変わることはないだろう。せめて途中からでも、録音しておけばよかった!
二人が額をつき合わせていると、“宿り木”の女主人はゆらり、と首をもたげた。
「行くよ」
「行くって……!」
アゲハが目を丸くしている。コウジは立ち上がりかけたママの腕を掴んだ。
「待てよババア」
「なんだい」
「場所は! わかってるのかよ、兄さんたちがどこに行くのか?」
タカツキのママは燃えるような目でコウジを睨む。
「そんなの……あの連中の誰かから、意地でも聞き出してやるさ」
「無茶だって! あいつら絶対、まともじゃないよ!」
「じゃあ、どうするってんだい! ただ知らせるだけじゃダメだって、あんただって言ったろう!」
「そうだけどさあ……!」
物陰でもみ合い言い合っている二人に覆いかぶさるように、黒い影が差す。
「……ひっ!」
おろおろしていたアゲハが、影の主を見て小さく悲鳴をあげた。コウジもタカツキのママも、凍り付いたように固まった。
「なっ……!」
目を丸くしたコウジが、わずかに声を漏らす。全身義体の上からコンバット・スーツと防弾装備を身につけた兵士が、三人が隠れる窪みの入り口をふさぐように、仁王立ちになっていたのだった。
タカツキの女主人はすぐさま、サイバネ義体兵の装備に目を走らせる。顔は……ソフトスキンなしで機械素体がむき出し。人口表情筋も動きは乏しく、表情は見えない。防具はばっちり。多分、防衛軍の兵士と同じものだ。武器は、今のところ見せてない。何か仕込み武器があるのか? わからないけど、ここでやり合うつもりはなさそう……に見える。ただの勘だがね!
「何だい、あんた……?」
ゆらりと鎌首をもたげながら、ママはサイバネ兵に向かい合った。義体の兵士は軟質金属製の唇を人工筋肉によってすぼめながら、セラミック製の黒い人差し指を顔の前に立てた。
「静かに。……まだ残っている奴がいる」
わずかに異音の混じる、人口声帯による平坦な声。サイバネ義体兵は小さく首を動かして周囲を警戒すると、胸ポケットからメイシ・カードのような大きさの紙片を取り出した。
「ここだ。標的になるのは」
ママが受け取った紙片には“オーサカ・コロッセオ遺跡公園”と、ミンチョ・スタイルの黒い文字が書かれていた。その下にはアルファベット混じりの数字の羅列。
「そこら辺のコンソールにエリア・コードを打ち込めば、場所はすぐにわかるはずだ」
サイバネ兵士はそれだけ告げると、物陰の隠れ場所からひょいと顔を出した。
「……よし、行ったな」
「あんた、味方……なのか?」
「ハッ! ハハハ、私が! 味方だって!」
立ち去ろうとする兵士に、ぽかんとした表情のコウジがぎこちなく声を投げかける。それまで無表情だったサイバネ兵は振り返ると、はじめて唇をゆがめて笑った。
「言わせてもらうがね、私は貴様らの味方でもなんでもない。ましてや“ストライカー雷電”の味方だなど……!」
ぎょっとして固まっているコウジに顔を近づけると、再び無表情に戻った全身義体の兵士は刃のような声で言った。
「……じゃあ、こうやって、場所を教えてくれたのは」
自らの胸を押さえ、アゲハが絞り出すように声を放った。全身義体の兵士はコウジから離れて、三人に背を向ける。
「あの連中の計画が失敗したほうが、私の仕事には都合がいい……それだけの話だ」
「なるほど、それなら納得だよ! あたしらも助かるし、あんたにもメリットがある! あの連中の言葉を借りれば、Win-Winってわけだね」
「そういうことだ」
得心がいったとばかりにポンと両手を叩くタカツキのママに、背中を向けたままサイバネ兵は短く返す。
「追いかけるなら、急いだ方がいい」
そう言うと両足に仕込んだスプリングを使い、サイバネ兵は高く跳び上がった。
三人が目で追おうと顔を上げた時には、黒い影は薄暗がりの中をひょうひょうと飛び、あっという間に見えなくなっていた。
気弱そうなオーサカ放送局のディレクターを一行に加え、黒い大型バイクと白いバンはセントラル・コア内を南へ進む。
「あっ、ねえ、ディレクターさん、右手に見えるあの建物は何です? あの、屋根がちょっと丸くなってる……」
「ええと、あれは……」
緩やかなカーブを描く幹線道路の両側には、銀色に輝くビルが規則正しく並ぶ市街地が広がっていた。バンの後部座席に収まったアマネは景色に目を輝かせて、助手席のディレクターに質問を投げまくる……が、それもゲートを出発してしばらくの間までだった。
「あの二つ並んだ同じ形のビルは、オーサカ・セントラル保安局の本部なんですよ。片方がオフイスビルで、もう片方は刑事裁判所や逮捕者の拘置所として使われているそうで……」
セントラル・コアの中央を通り抜ける頃には代わり映えのない景色にすっかり興味を失い、反対側の城門……南西部のスカイスクレイパー・ゲートが近づく頃には、すっかり口を開けて眠りに落ちていた。
「スカイスクレイパー・ゲートというのは、旧文明の頃に高い塔が立てられていたことにちなんでつけられた名前だそうです。もっとも、セントラル・コアの市街地はほとんどすべてが文明崩壊以後に整備されたものなので、旧文明当時の面影はほとんど残っていないんですけどね……巡回判事さん?」
反応がなくなったことに気づいて、ディレクターが後ろを振り向いた。中間の席についていたアオも後ろを見る。
「ディレクターさん、アマネさん、寝ちゃってます」
「ははは、同じような景色が続いてましたからねえ」
「すみません、せっかく説明をお願いしていましたのに」
チドリが謝ると、ディレクターはかえって恐縮した様子で一緒になって頭を下げた。
「いえいえ、こちらも説明しながら自分で楽しくなって、ついつい話し過ぎてしまったのかもしれません。普段、あまりこんな機会はないもので……」
「あら、そうなんですか?」
チドリの相づちに、ディレクターは困ったように眉尻を下げながら小さく微笑む。
「ええ、まあ……正直な話、私ってそんなに仕事を回してもらってないんです。いわゆる窓際族、という奴ですね。今回のお仕事は、久しぶりのチャンスでして……」
「そうなんですね……ディレクターさん、一緒に頑張りましょうね!」
両手を握りこぶしにしてみせるチドリの明るい顔を見て、ディレクターの表情も少し緊張がほぐれたようだった。
「ええ、成功させましょう、絶対に……!」
ディレクターとチドリがうなずき合っていると車載無線機に通話回線が開き、スピーカーがジリ、と音をたてる。
「『こちらレンジ。そろそろゲートに入る。そっちも準備をしておいてくれ』」
「こちらマダラ。了解だよ。アマネは起こさなくていい?」
ハンドルを握るマダラが返すと、レンジは「ははっ」と短く笑った。
「『また寝てるのか。……寝かしといてやってくれよ。まあ、大丈夫だと思うから』」
(続)