シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:4
姿を現した「平穏なるこもれびの会」。
その代表・ケイカが一行を迎え入れる。
ミュータント支援を掲げる、その団体の目的とは……?
「それで、その“平穏なるこもれびの会”の皆さんが、何の用です? こんなに雁首揃えて、とても“穏やか”には見えませんがね……」
レンジが言葉を投げると、緑色の腕章をつけたスーツ集団の顔色が変わった。緊張の糸がぴんと張られ、口元を強ばらせていた。眼鏡をかけ、深緑色のスカーフを巻いたやせぎすの男が鋭い目つきで睨んでいる。
剣呑な気配に、レンジは立ち姿を変えぬまま爪先と丹田に力を籠めて戦闘態勢に入っていた。わずかに眼球を動かす。視界の外れで、アマネもジャケットの内ポケットに手を入れている。いつでも巡回判事のIDカードを示せるように、身構えているのだ。
「この……!」
小声ながら、怒気と不満を込めてスカーフ男が唸るような声を漏らす。すわ、一波乱あるか……とレンジが背中に掛けた鞄に手を伸ばした時、
「あら、あらあら?」
周囲の緊張など気にも留めていない素振りのケイカが、ぽかんと開いた口に手を当てた。
「もしかして、わたくし共の申し出が伝わっていなかったのかしら? ……副代表?」
「……はい」
“副代表”と呼ばれたスカーフ男は高慢さすら感じさせる怒り肩をすっかり縮こませ、畏まった苦い顔で答えた。
「チドリさまに、“平穏なるこもれびの会”からの正式な申し出をお送りするように指示していた件は、どうなっていますかしら?」
「はい、ええ、いえ、その……文面を作り、出すように部下に指示したのですが、申し訳ございません、その後の始末までは確認が取れず……」
「そうですか、ミスを責めるべきではないとはいえ、カガミハラからお越しの皆さまに、不要なご心配をおかけしましたね……」
ケイカは小さくため息をつくと、レンジたちに向かって一歩踏み出した。スカートの裾をつまんで、再び深く頭を下げる。
「皆さま、不躾に申し訳ありません。こちらのミスで驚かせてしまい……」
代表が頭を下げると、部下たちは慌てて直立姿勢を取る。副代表は姿勢を正しながらも、不満そうに口角をゆがめていたが。
レンジはチドリとアマネに目くばせすると、自らの戦闘体勢を解いた。チドリがそっと、レンジの手を引いた。
「レンジ君、ここからは私が」
「ああ」
レンジは小さく答えてうなずくと、チドリの後ろに引っ込んだ。カガミハラのミュータント・バー“止まり木”の女主人、今や町中が誇るミュータントの歌姫は、艶やかな黒いドレスを翻しながら“平穏なるこもれびの会”の前に立った。
「それで……皆さんは、私たちにどのようなご用事が?」
「はい、チドリさまが“カガミハラ放送局歌謡祭”に出演なさるとお聞きして、お手伝いをしたいと思いまして」
「手伝い……ですか?」
ケイカは両手を合わせ、上品に微笑んだ。
「はい。チドリさまが出演予定の“オーサカ・コロッセオ遺跡公園”会場は海に近く、危険な海棲モンスターが時折接岸すると聞いています。そのため、わたくし共“平穏なるこもれびの会”のメンバーが同行して皆さんをお守りする、ちからになればと思いまして」
「そんなとこまで行くのか?」
「聞いてないよ、そんな事。“招待状”にも書いてなかったし……」
レンジが小声で尋ねると、マダラはオーサカ・セントラル放送局から送られてきたオファーの写しを取り出して答える。アオとアマネも一緒になって“招待状”をのぞき込むが、チドリは穏やかな表情でケイカに向き合っていた。
「わざわざありがとうございます、ご心配いただいて。……でも、大丈夫ですわ」
「けれど、海棲モンスターは狂暴です。もしも襲われたら……」
「私には頼れる仲間がついてますから、ね?」
レンジとアマネが、チドリの両隣に並び立つ。その後ろにはアオとマダラ。機械仕掛けの銀色の小鳥がレンジの肩にとまり、ぴりり、ぴりりと作動音をさえずった。
ケイカは目を丸くして、目の前の一団を見ている。
「それだけの少人数で……」
「大丈夫です。彼は、ヒーローですから」
副代表の男が噴き出すのをこらえて「ぷっ……」と小さな破裂音を漏らす。
「ヒーロー、だなんて! そんな……!」
「この……っ!」
「アマネ、落ち着け」
アマネは拳を握りしめた。馬鹿にしたような独り言を漏らす副代表に詰め寄ろうとしたのを、レンジが腕を引いて抑える。
スーツ姿の集団もささやくような声量だったが、ざわめきは波紋のように広がっていた。多くは戸惑いの色を帯びていたが、嘲るような微かな笑い声、ニヤニヤと曲がった口元や目つきもあった。
濁った思惑の色が混ざる感情の渦の中、ケイカ代表は困ったように眉を寄せている。
「それでも、人数は多い方が……」
「代表」
わずかにノイズが入ったような人口声帯の声が呼びかける。金属とセラミック素材を組み合わせてつくられた覆面を身につけた護衛兵が、いつの間にかケイカの隣に立っていた。覆面兵は、代表の影に潜んでいたかのように気配を消していたのだった。
「差し出がましいようですが……我々は、必要ありますまい」
「あれは、全身義体……?」
レンジが小さな声で漏らすと、銀色の小鳥が耳元に嘴を寄せる。
「マスター、どうします、マークしますか?」
「……いや、やめておこう。相手も、そのつもりはないようだからな」
フル・サイバネ義体の性能上、こちらの声が聞こえていないとは思えなかった。しかし護衛兵はレンジたちを無視するように、まっすぐケイカ代表に向き合っている。副代表は両手の拳を握りしめ、小刻みに震えていた。
「いきなり何だね君、失礼だぞ……!」
「いえ、副代表、構いませんわ」
ケイカは振り向いて副代表に微笑むと、サイバネ兵に向き直った。
「あなたにはそう見えますか、我々は不要だ、と?」
「はい。足を引っ張ることはあれど……代表の望むような成果は得られないでしょう」
「貴様、ただの護衛の分際で!」
「副代表。わたくしは、この方の見立てを信頼しておりますので」
穏やかな物腰ながら決然とした口調で代表が一喝すると、副代表は歯を食いしばる。
「ぐっ……申し訳ありません、私こそ出過ぎた真似を……!」
「いえ、構いませんわ。心配いただき感謝します。それでは……」
ケイカはレンジたちを一瞥した後、再びサイバネ警備兵に視線を向ける。
「もしも、もしも闘えば、この方々はあなたよりも強い、と?」
「……少なくとも、私は事を構えるつもりはありませんが」
サイバネ兵は相変わらずレンジたちを一瞥することもなく、言葉を濁して返す。ケイカは楽しそうに笑った。
「ふふふ、ごめんなさい、意地悪な質問でした。それでは、あなたの見立てに従うとしましょう。……チドリさま、カガミハラの皆さま、大変失礼いたしました。そして、公演の無事をお祈りしております……では、ごきげんよう」
代表が深々と頭を下げると、腕章をつけた“平穏なるこもれびの会”の構成員たちも慌てて頭を下げた。
ぞろぞろと退散していく灰色のスーツ集団を見送って、チドリが「ふう」とため息をつく。
「とりあえず、何とかなったのかしら?」
「そうみたいだな。ただ、結局連中は無関係だったわけで……」
「どこにいるのかしらね、待ち合わせの相手っての?」
「……あのう」
レンジたちも一緒になって“平穏なるこもれびの会”の後ろ姿を見ていると、か細い声に呼びかけられた。振り返ると白髪交じりの小柄な男が、申し訳なさそうに身を縮めて立っている。
「あの、ナゴヤ・セントラル放送局の者です。すみません、大変お待たせしてしまい……」
二重に巡らされた城壁に守られた環状防壁都市“オーサカ・セントラル・サイト”、その中心部たる第一層、“セントラル・コア”は、いくつかのゲートによって外周部の第二層、“サテライト・ベルト”と連絡していた。
北東部の関門“スイタ・ゲート”、レンジたち一行が停車した“第一ラウンジ”に隣接する予備駐車場スペース“第二ラウンジ”。メインのスペースよりも更に人手の少ないラウンジの、更に奥。普段は封鎖されている緊急用非常口の前のぽっかりとひらけた空間に、威圧感のある集団がたむろしていた。
無煙の合成たばこを咥えた者、わざとらしく粘っこい音を立ててガムを噛む者、うろうろと歩き回る者、壁にもたれて目を閉じている者、携帯端末機を延々と弄り回している者たち……。皆一様に無言だったが、ひりついた空気が漂っている。どこかで、何かしらのトラブルが起こってもおかしくない雰囲気ではあった。
「ふん……」
段ボールの山、雑に積み上げられたベンチ、防火扉……いくつもの障害物の向こうから長い首を伸ばし、タカツキ・コロニーのミュータント・バー“宿り木”の女主人は小さく声を漏らした。
――見た感じ、目立つような武器は持った奴はいないか。“ブラフマー”の関係者、ではないのかもしれない。しかし、こんなにどうしようもなく胸騒ぎがするなんて……あの夜のこと、それにあの子のことを、あたしは相当引きずってるようだね……
「おい、ババア」
小声で声をかけられ、タカツキのママはハッとして首を引っ込めた。
「静かにしな! ……何でついてきたんだい、クソボウズ」
「そりゃ、心配……いや、そうじゃなくてだな」
赤くなって言い淀むコウジの後ろから、アゲハが顔を出した。
「そんなことよりおばさま、何があったんですか?」
ママは頷くと首をもたげ、顎をしゃくって非常口の前を指した。
「どうもキナ臭い連中の気配があったんでね」
「盗み聞きして、何のつもりだよババア」
「どうもしないさ、ババアは噂話が好きなもんだと、決まってるだろう? バレないように、あんたらも静かに……」
コウジとママが言い合っていると、元来た道を気にして振り返っていたアゲハが目を丸くした。
「二人とも、誰か来る!」
三人は慌てて防火扉の奥、ゴミだまりになった物陰に身をひそめる。息を殺していると、樹脂材でコーティングされた床面を踏み鳴らす革靴の音が響いた。
「お客は、どうやら一人かね……」
足音が止まる。たむろしていた荒くれものたちの雑然とした息遣いが、不意に一点に集まった。
「皆さん、お待たせしました!」
もったいぶったような、粘っこい声が響く。やって来た男が、待っていた集団に対して演説を始めたようだった。
ママはするりと長い首を伸ばし、物陰から集会を覗き見る。得意そうにおとがいを逸らして話しているのは緑色のスカーフを巻き、灰色のスーツを着た眼鏡の中年男だった。
「あれが……。雰囲気はカタギっぽいがねぇ……?」
「いやあ、話し合いが難航しましてねえ!」
スカーフ男が軽薄な口ぶりで弁解すると、口をモゴモゴと動かしていた男がガムを足元に吐き捨てた。
「……で、結論は?」
刃のような視線に射抜かれながらも、スカーフ男はもみ手をして笑う。
「えへへへ……ええ、ええ! そうですね、結論から申し上げますと、話し合いは“無事”決裂いたしまして……なので、前契約の通り、皆さんに動いていただきたい、と、そういうことになりましてね」
「なら話が早い。契約料の振り込みが確認次第、やらせてもらおう」
うろうろと歩き回っていた男が足を止め、スカーフ男と話し合っていた仲間を見やる。
「けどよォ、こいつの言う事が信用できんのか?」
「こいつはアレだろ、“こもれび”のナンバー2のはずだ」
携帯端末を見ていた男の一人が立ち上がり、皆に見せびらかすように画面を見せる。緑色の腕章をつけた男が、仲間たちと一緒に納まっている集合写真が映し出されていた。
「それなのにミュータント女を襲わせるだなんてよォ……」
「アレだ、俺たちの方をハメるつもりなんじゃないのか?」
「そうだ、裏切らないって確証がないとな」
「汚れ仕事させるんだ、誠意を見せろよォ、誠意をォ!」
ごろつき達が口々に言いながら詰め寄る。“穏やかなるこもれびの会”の副代表は首をすくめ、大げさな身振りで両手を持ち上げた。
「いや、はや! 痛いところを突かれた! ええ、まあ、皆さんのおっしゃることはごもっともです。……でもねえ、申し上げたでしょう、“話し合いは決裂した”って!」
副代表は眼鏡の奥の両目を大きくむき出し、勢いよく話し始めた。有利な条件を引き出そうと威圧的に構えていた不良傭兵たちは異様な剣幕にぎょっとして、わずかに後ずさる。
「それも、あんな公衆の面前で! 我々のメンツは丸つぶれですよ! これで、あのミュータントたちが何もトラブルなく収録を終えて帰っていったら、どうです? 我々はいいツラの皮だ! だからねえ……ぶち壊してもらいたいんですよ、彼らの収録を! そりゃもう、徹底的にね……!」
(続)