シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:3
草むした遺跡平原"コロニー・ベルト"を抜け、一行は銀色の城へ。
それは環状防壁都市の中枢"セントラル・サイト"。
潔癖なほど浄化された町で、一行を待つものとは……?
打ち棄てられた遺跡を樹々やツタが覆い、緑色に塗りつぶしている。一見のどかな林野の風景が広がる“コロニー・ベルト”を街道に沿って突っ走ると、つるりとした銀色の壁が近づいてきた。
「『見えてきたぞ』」
「あれが、“セントラル・コア”……」
車内無線から響くレンジの声を聞いて、チドリが呟くように返す。銀色の防壁は視界の果てまで途切れることなく伸び、目の前にそびえ立っていた。壁の上からは透き通るような高層ビル群が突き出し、天に伸びている。車内から見上げても、その天辺まで見通すことはできなかった。
「『チドリ義姉さん、大丈夫?』」
「えっ?」
長く“コロニー・ベルト”、 銀色の壁が常に視界に入る世界で暮らしていても伝聞でしか知らない、二重防壁の内側……チドリはずいぶんと、遠くまでやってきたように感じていた。
「……ええ、ごめんなさい、考え事をしていて。ええっと、“招待状”と通行許可IDは持ってるけど、ここからはどうやって中に入ったらいいのかしら?」
「『IDや書類を準備しといて。俺は入り方“は”わかるから、アオはそのまま、ついてきてきて欲しい』」
「了解です!」
バンのハンドルを握るアオが、緊張した声で応えた。
「『それと……アマネ』」
「えっ、私?」
後部座席でチドリの横に座り、ウトウトしていたアマネがびくりと跳ねる。
「『手続きのやり方は伝えるから、君がチドリ義姉さんと一緒に受付と話をつけてくれ。……ナゴヤ・セントラルのオフィサーがいるってだけで、話の通りはいいはずだからな』」
視界を覆いつくすほどに、銀色の壁が近づいてきた。黒い大型バイクと白いバンは、壁の根元に設けられたトンネルに吸い込まれるようにして“セントラル・コア”の中に入っていった。
オレンジ色のライトに照らされたトンネルを抜けると、二台は無機質な入管ゲートにたどり着いた。
「“セントラル・コア”出身の方ー、あるいはお住まいの方はIDの提示をお願いしまーす」
仏頂面の入管職員が事務的に、投げやりな口調でアナウンスを垂れ流している。レンジがニヤリとしてして出生照明カードを示すと、職員は慌てて居住まいをただした。
IDカードの電子チップに、読み取り機の赤い光が当たる。短い電子音が鳴ると、職員は手元の端末機を検めた。
「失礼しました、クニシバ・レンジ様ですね! IDカードを確認しました。どうぞお通りください。残りの方は、ええと……」
職員は再びめんどくさそうな態度に戻ると、胡散臭いものを見るような視線をミュータントの若者たちに向けた。
「えー、“セントラル・コア”通行のための書類などがあればご提示ください。審査には“ある程度”のお時間をいただきますが……」
時間がかかると言わんばかりの含みを持った声を聞き、アマネが胸を張って入管デスクの前に出る。
「ナゴヤ・セントラル保安局から参った者ですが」
職員は「ひょっ……」と口笛のような声を漏らす。アマネは穏やかな態度を崩さず、チドリから受け取った通行許可IDと“招待状”……オーサカ・セントラル放送局から届いた歌謡祭への参加オファー・メッセージを、固まっている職員に突きつけた。
「彼女はオーサカ・セントラルの放送局から招待を受けた歌手であり、私たちはその付き添いです。なるべく早く入管審査を済ませて、昼までに放送局の担当の方と打ち合わせを済ませたいのですが……」
「え、ええと、少々お待ちください、書類を拝見……」
パネルの隙間から手を伸ばし、職員は青い顔で書類に目を通している。
「はい、はい……ええ、内容に不備は見られません、はい……」
縮こまって“招待状”と通行許可IDを返してくる入管職員を見て、アマネはにっこりとほほ笑んだ。
「それでは、ゲートを通っても?」
「はっ、はい、大丈夫です! このままお通りください……」
ゲートをくぐったバイクとバンがトンネルを抜け、地上に出ると天井の高い建物の中だった。
壁は透明な素材で作られ、昼前の穏やかな陽光が室内に射しこんでくる。行き交う人の出は多かったが皆声を抑え、静かに歩いていた。音量を抑えた背景音楽の、起伏のないメロディもよく聴こえるほどだ。
「『ここはゲート前ラウンジ……待合所みたいなもんだな。駐車場があるから、まずは車を停めよう』」
そう言いながらレンジが手を伸ばす。指さした先には建物の中だというのに、広々としたパーキング・スペースが作られているのが見えた。
「ああ、疲れた! それに、やな感じだった!」
バンから降りるなり、アマネが伸びをしながら声を上げる。レンジが小声で「おい……」と注意した。
「声が響くから、もうちょっと静かにしてくれ」
「けどさあレンジ君、あんなに態度が悪いなんて、聞いてないんですけど」
「言った通りだろ、ナゴヤのオフィサーがいた方が、話の通りがいいって」
アマネが口をとがらせて不満を言うと、レンジは首をすくめた。
「話の通りとか、そういうハナシじゃないじゃない! 私がID出さなかったら、あの職員、どんな態度だったか……!」
「その時には、俺が話をするよ。……といっても俺の出生地証明だけだと、同行者を何人も連れてセントラルの中に入るのはちょっと厳しいんだけどな。だから、アマネがついてきてくれてよかったよ。ありがとう」
急に礼を言われたアマネは、満面に浮かべていた不満も吹っ飛んで目を丸くしていた。
「どういたしまして……って言うか、そういう事じゃなくって!」
「そうじゃないのか?」
「違う、私が言いたいのは、あの職員の態度! なんなの、まるで私たちの事を……!」
アマネはしゃべりながら更に腹を立て、ついに言葉に詰まって小刻みに震えはじめた。レンジはアマネの表情をちらりと見ると、目を合わせずにぼそりと呟く。
「マトモな人間として、扱ってない」
「そう!」
レンジを指さし、アマネは怒りに満ちた声で同意する。レンジは「はあ……」と深くため息をつき、巡回判事をまっすぐに見た。
「“セントラル・コア”の人間にとって、よそ者なんてそんなもんだ。その上ミュータントだったら、余計露骨になる。連中にとって全く見慣れない、異常なニンゲンだとしか思えないからな。……“壁”の内側は、そんな場所だ」
「そんな……それじゃ、いくらなんでも!」
「アマネちゃん」
更にレンジに食ってかかろうとするアマネの肩に、チドリがそっと手を置いた。
「ありがとう、私たちのために怒ってくれて。……でも、私は大丈夫だから。レンジ君の言う通り、“オーサカ・セントラル”はそんな町だって分かってるから、ね」
「チドリさん……」
「オレたちだって、覚悟はしてたから大丈夫だよ」
「ええ。けど、やっぱりミュータントは目立つみたいですから……」
マダラとアオの兄妹は、チドリの両隣を守るように立っている。アオの声にハッとしたアマネが周囲を見回すと、じっとチドリたちの様子をうかがっていた周囲の人々と目が合った。通行人たちは慌てて目を逸らし、そしらぬ風を装って散らばっていく。
「ほんっとうに、感じ悪い!」
「だが、これがこの町の“普通”だ。生まれてから一度も、ミュータントを見たことがない人間の方が多いくらいだからな」
「まあ、じろじろ見られる分には怖くないよ。それより早くコウジ君たちや、待ち合わせの相手っていうのに会おうよ。怖くはないけど、落ち着かないからさぁ……」
まだ視線を感じるようで、マダラがもぞもぞと体を動かす。レンジもうなずいて、放送局から届いた手紙のコピーを取り出して書面に目を落とした。
「そうだな。待ち合わせ場所はパーキングの近く、時間もそろそろ……のはずなんだが」
「レンジさん」
緊張を含んだ固い声でアオが短く告げると、顔を上げたレンジもうなずいた。
「ああ……」
先ほどまで周囲を歩いていた人々の姿が、いつの間にか消えていた。……いや、消えたのではなかった。ラウンジを利用する客たちたちの多くは駐車場の周囲から距離を取り、部屋の隅からこちらの様子をうかがっているのだ。
人々の視線はチドリたち一行と……隊列を組むように並び駐車場に向かってくる、スーツ姿の一団に向けられているのだった。
「あれは……?」
男女入り混じった灰色のスーツを着た集団は、皆一様に緑色の腕章を身につけている。一団は明らかにチドリをめがけて、まっすぐに歩いてきた。レンジがチドリをかばうように前に立つ。機械仕掛けの小鳥がバイクから飛び立ち、レンジの頭上を守るように旋回しはじめた。
「あなた方が、オーサカ・セントラル放送局の……?」
レンジが呼びかけると、スーツの一団は足をとめた。先頭に立つ白いワンピースの少女が、にこやかに微笑んだ。
「お初にお目にかかります、チドリさま、カガミハラからお越しの皆さま。わたくしはケイカと申します」
ケイカは長いスカートのすそを持つと、恭しく頭を下げた。
「オーサカ・セントラル・サイトを中心に、ミュータントの皆さまの権利を守る活動をする“平穏なるこもれびの会”の代表を務めております。どうぞ、お見知りおきを……」
「ちくしょう、戻るのに時間がかかったせいで、兄さんたちと合流するタイミングを逃しちまったなあ!」
地下トンネルを抜けて、ピカピカの白いバイクが“セントラル・コア”のゲート前ラウンジに入ってくる。バイクをゆっくりと走らせながら、白いライダースーツの青年が不満タラタラにこぼした。
「仕方ないでしょう? レンジ義兄さんのお知り合いが困ってたんだから。一緒に入管処理を済ませるくらい、当然のことよ」
後ろに乗る黒いライダースーツの女性が、子どもを咎めるような口調で言う。青年は「ううう……!」と不満そうに唸った。
「そうなんだけどさあ……」
白いバイクの後ろから、旧式の小型スクーターが現れた。スクーターのハンドルを握る首の長いミュータントは、「やれやれ……」とあからさまな声を漏らしてため息をつく。
「なんだい、“人助けをするんなら相手に恩に着せるようなことは言わないで、最後まで感じよくしなさい”って、お兄ちゃんから教わってこなかったのかいこの子は。感じ悪いったらないよ、全く……」
「うっせえんだよ、ババア!」
「コウジ! ごめんなさい、おばさま」
黒いライダースーツの娘が振り向いて、恐縮して頭を下げる。首の長い女ミュータントは気にも留めない様子で、白い歯を見せて笑った。
「いいんだよアゲハちゃん、若い子とこれだけ元気におしゃべりできると、あたしも若返った気持ちだよ」
「口が減らねえのな、このババア」
「これでおまんま食ってんのさ。まだまだ若いモンには負けないよ。ミルクでも飲んで出直して来な!」
愉快そうにコウジに言い放つと、“宿り木”のママは長い首をきょろきょろと動かす。
「さて、それでチドリやレンジは、この辺りにいるんだって?」
大型駐車場の端に、バイクとスクーターが停まった。ヘルメットを脱いだアゲハは首を振って長い黒髪をふわりと流し、一緒に周囲を見回す。
「そのはず、なんですけどねえ。ねえコウジ、待ち合わせ場所はラウンジの駐車場で合ってるよね?」
「ああ。……けど、駐車場ってそれぞれのゲートの横にあるからなあ。俺たちはババアの入管処理をしたせいで臨時ゲートを使ったから、ババアの入管処理に付き合ったせいで!」
「しつこいよボウズ」
「まったく同意します。コウジ、晩飯抜き!」
女性陣二人から責められ、青年は「ぐぐぐ……」と歯ぎしりする。
「すんませーん、反省してまーす。……とにかく、ここは多分待ち合わせ場所じゃないんだ。俺も初めて来るところだから、まずはいつもの駐車場を見つけなきゃ」
「そっかあ、よく似てるから気づかなかった! それじゃあ、ここがどこか確認しなきゃいけないね。地図とか案内図とか、ないかしら……?」
コウジとアゲハが話をしていた時、首を伸ばしていた“宿り木”のママは視界の端に、剣呑な空気を纏った一団を捉えていた。
「おや……」
潔癖感すら漂う真っ白いラウンジの中に一点、どす黒い染みのような不穏な気配。
――これは、身に覚えがある。あの夜の、あの男……性根の腐りきったデッカー野郎が漂わせていた、何とも嫌な感じだ。間違いない。連中、何か“やらかす”……!
「悪いねアゲハちゃん、クソボウズ。ちょっと野暮用ができた!」
「えっ、おばさま?」
首の長いミュータントの女主人は、スクーターから降りるなりドスドスと足音を立てて走っていく。白いライダースーツの青年……クニシバ・コウジもヘルメットを脱ぐと、バイクから飛び降りた。
「コウジ?」
「行くぞアゲハ、ババアを追いかける」
「えっ?」
「あの感じ、“何かある”ぞ! ……早く!」
「うっ、うん……!」
白と黒のライダースーツを着た男女は、慌てて“宿り木”のママを追って走り出した。
(続)