シンギング バーズ バック トゥ オールド ネスト:1
新章開始!
舞台は"環状防壁都市"、オーサカ・セントラル・サイト。
歌姫、故郷に舞い降りる……!
壁面に作られたスリットにカード・キーをさし込むと、すぐにキーの高いブザー音が鳴り響いた。
「『通行許可IDを受理しました。開門いたしますので、ゲートから離れてお待ちください』」
続いて、壁の上から人工音声が響く。重く軋む音とともに、目の前の壁が持ち上がっていった。分厚い壁はゆっくりと天井に吸い込まれていき、全てが収納されると再び、耳に突き刺さるようなブザー音が鳴り響いた。
「『お待たせしました。気を付けてお通りください。尚、当ゲートは皆さまのご通行を感知した後、自動的に閉門いたします。下りるシャッターに巻き込まれぬよう、ご注意ください。この先はオーサカ・セントラル・サイト第二層、“コロニー・ベルト”となっております。オーサカ・セントラル保安局が全面的な警察権ならびに司法権を保持しており……』」
人工音声のアナウンスが、自動的に注意事項を並べ立てていく。カード・キーを手元に戻した有翼の女性は、ぽっかりと開いたゲートの前で突っ立っていた。
城門の先には舗装がひび割れた街道がまっすぐ伸び、獣の姿も見えないのどかな野原が広がっている。若草が伸び出した原っぱには所々に旧文明の建物跡が打ち捨てられて風化し、ツタに纏わりつかれていた。
朝のさわやかな空気をまとった風が門を吹き抜け、街道の向こうへと走っていく。青い草原は波打つように、風を受けて揺れる。アナウンスは既に終わり、ささやくような葉擦れの音が響いていた。
「どうしたの、チドリ義姉さん?」
呼びかけられると有翼の女性はハッとして、風にあおられた髪を手で押さえながら振り返った。大型バイクにまたがった青年と目が合うと、柔らかく微笑む。
「ごめんなさい、ちょっとボーっとしちゃって。久しぶりだから、かしらね……行きましょうか」
「もういいのか?」
「ええ。まだまだ先は長いし、ね」
チドリはスカートをなびかせながら、バイクの横に停まっていたバンに乗り込んだ。ドアが閉まると点滅していたハザードランプが消え、運転席の窓からオレンジ色のカエル頭が顔を出す。
「レンジ、車は準備できたよ!」
「了解! それじゃ、行きますか……」
バイクとバンは連なって、重厚なゲートの中に入っていく。二台が通り過ぎると重いシャッターがゆっくりと降り、地響きを立てながら門を塞いだ。
二つの城壁によって区切られた“環状防壁都市”、オーサカ・セントラル・サイト。その外層地帯“コロニー・ベルト”に延びる街道を、黒い大型バイクと白いバンが並んで走っていた。
路面のひび割れや凹みを踏むたび、バイクとバンが跳ねる。遺跡草原の中央を突っきる街道にはすれ違う車輛も、人の姿もなかった。
「『ふわああ……』」
レンジが被ったヘルメットに内蔵されたスピーカーから、大きなあくびの声が響く。
「アマネ、あくびの声がでかすぎて、マイクに拾われてるぞ」
レンジがインカムに呼びかけると、バンの車内からかすかな笑い声が返ってきた。助手席に乗るチドリが、たまらず笑い声を漏らしてしまったようだった。あくびした滝アマネは、「何よう……!」と不満そうに声をあげる。
「『オーサカって大都市って聞いてたけど、何もないんだもん。ずっと座ったままってのも退屈になっちゃって……ねえ、ちょっとでいいからさあ、私にも運転させてよ』」
「『絶対ダメ! チドリさんに何かあったらどうするんだよ!』」
「『マダラ、どういうこと? そりゃあ、確かに私の運転は、ちょっと荒っぽいかもしれないけどさあ……』」
「『“ちょっと”どころじゃないだろ! けが人が出るよ! 運転はオレとアオが交代でやるから……』」
「『その言い方! バカにしないでよ、私だって運転ぐらい……!』」
アマネとマダラが言い合う声がしばらく続くと、チドリが「まあ、まあ……」と割って入った。
「『アマネちゃんが退屈するのもよくわかるわ。大都市のオーサカは、中心地の“セントラル・コア”だけですもの。その周りにある“コロニー・ベルト”は片田舎もいいところよ。モンスターがうろついてないだけで、治安もあんまりよくないし……』」
「『そうなんですねえ! 私、オーサカは初めてで、よく知らなくて……』」
「『おやっさんも、メカヘッド先輩も留守番で、巡回判事殿が護衛チームの要なんだからしっかりしてくれよ! ……まあ、オレもオーサカは初めてだから、アマネの事ばかり言ってられないけどさあ』」
「『うふふ、私もセントラル・コアには入ったことがないから、アマネちゃんたちと変わらないわ。それなのにセントラルの放送局からオファーが来て、びっくりしてるくらいだもの』」
草原の向こうに、壁に囲まれた小さな集落がぽつり、ぽつりと見える。その向こうには森や丘が広がり、更に先には巨大な城壁が、ぼんやりと霞みながら立っていた。
「去年の自治祭で歌った映像を、コウジに送ったんだっけ?」
「『うん。“ストライカー雷電”の映像と一緒にね』」
こうしてオーサカ在住のレンジの弟、コウジに渡ったチドリのライブ映像は彼の友人からその友人へと広がり、ついにセントラル放送局関係者の知るところとなったのだった。
「『軽い気持ちでOKを出したけど、とんとん拍子で話が進んじゃうなんて、まだちょっと信じられないわね』」
「『でも、それだけチドリさんの歌が認められた、ってことですよね!』」
「『チドリさんの歌なら、当然よ』」
困ったように笑いながら言うチドリを、励ますようにアオが言う。なぜかアマネは得意そうに、「ふふん……」と鼻を鳴らして言った。
「『もう、アマネちゃんたら……』」
「そうだな。チドリ義姉さんの歌なら当然だろう。けど……」
「『どうしたの、レンジ?』」
考え込んでいたレンジが、呟くように声を漏らす。含みのある独り言を聞きつけて、マダラが声をあげた。
「『何か、気になることが……?』」
「ああ、いや、なんでもない」
マダラから尋ねられて、レンジもハッとして答える。
バイクのハンドルにとまっていた機械仕掛けの小鳥が首を傾げ、ぴりり、と動作音をあげた。
「マスター、間もなく登録された地点に到着します」
「ああ、ありがとうナイチンゲール。……それじゃあ皆、ちょっと休憩しよう。まだ、“セントラル・コア”まで先は長いからな」
街道の向こうから、ナカツガワに比べれば飾り程度の防壁に囲まれた集落が見えてきた。少しずつ近づいてくる集落の入り口には、“タカツキ・サテライト・コロニー”とかすれた文字で書かれた看板が立てられていた。
「『ここは……』」
「どこかで休憩するとして、俺が知ってる中では一番信頼できる店があるからな。……チドリ義姉さん?」
チドリが固い声でつぶやいたのを聴きとって、レンジが話しかける。
「ごめん、勝手に決めて」
「『いえ、大丈夫。ちょうどいい機会ですもの。……着いたわね』」
サテライト・コロニーの街中を走っていた二台は路地裏に入り、レンガ造りの古い建物の前に停まった。小さな店には“ミュータント・バー 宿り木”と彫り込まれた金属製の看板が提げられている。入り口の扉には“Closed”の札がぶら下がっていた。まだランチタイム営業がはじまる前の時間だった。
「こんにちはー……」
レンジはドアを開けると、小声で言いながら首を戸口に突っ込んだ。店の中で一人、給仕服姿の女給がノロノロとした動きで床にモップをかけていたが、乾いたドアベルの音に気付いて頭を上げる。
「ああ? まだ開店前だっつうの! 目ェ付いてんのか、テメェ……!」
耳の長い女給が、赤い両目で戸口を睨む。目が合ったレンジは気にしない風で「よっ」と片手をあげた。
「うーちゃん、お仕事お疲れさま」
「レンジにいさん! えっ、どうしたの、急に?」
ころりと態度が変わった女給はモップを放り捨てると、目を丸くしながら玄関口に駆けてきた。
「いや、色々あってな。ちょっと、入らせてもらっていいか?」
「へええ、セントラルで歌謡ショーに参加するヒトの護衛をしてるんすか!」
先ほどよりもてきぱきとモップをかけながら、女給の“うーちゃん”がレンジの話に相づちを打つ。
「この店の先輩にあたる人なんだけど……うーちゃんは知らないか」
テーブルを拭きながらレンジが言うと、“うーちゃん”は顔を上げた。キーボードの鍵盤を丁寧に拭いているチドリと目が合う。歌姫が会釈して微笑むと、耳の長い女給も「あはは……」と笑って、ぎこちなく会釈を返した。
「ごめんなさい、分かんないっす。ウチが入ったのは、レンジ兄さんより後だし……」
「それもそうか……」
「何より、レンジ兄さんが無事でよかったっす! 一昨年、最後にあった時にはこのまま死んじゃうんじゃないかな……ってくらいだったから」
“うーちゃん”の言葉に、レンジは頭をぽりぽりと掻く。
「そんなだったかぁ……うーむ、確かにそうかもしれないけど……」
「おーい、レンジ、厨房は、終わったぞう!」
店の奥に続く扉から、マダラが顔を出した。アマネも続いてホールに戻ってくる。
「おう、おつかれさん。それじゃあ、ホールの掃除もこんなもんかな」
「まあ、掃除はアオとアマネにやってもらって、オレはミール・ジェネレータのメンテナンスをしてただけなんだけどな。……アオはまだ気になるところがあるって、厨房に残ってるけど。あの調子だと、満足するまで戻って来ないんじゃないか?」
チドリとナカツガワの一行は店の掃除を手伝うことと引き換えに、ランチタイムが始まるまでホールで休憩させてもらうことになったのだった。女給は慌てて頭を下げる。
「いえいえ、ありがとうございます! ジェネレータのメンテってなかなかできないんで、ママも困ってたところで……」
「辺鄙なコロニーの、ミュータントの店ならそんなもんだろうなあ。……ところで、ママはどうしたんだ? これぐらいの時間なら、もうカウンターの中で準備をはじめてるもんだと思ってたけど」
勝手知ったる様子で布巾を片付けると、レンジは店の壁に掛けられた時計を見上げる。“うーちゃん”もモップを掃除用具入れに戻すと、レンジに並んで時計を見上げた。
「何でも、隣のコロニーにお使いに行ったコがトラブルに巻き込まれたから、応援に行くって言ってました。それでウチが店番してた、ってワケで」
「なるほど、そのトラブルのせいで時間がかかってるのか」
「そうみたいっすね。デンワやメールは来てないから、そこまで大変じゃないとは思うんっすけど」
「うわあ、すごーい!」
レンジと耳の長い女給が話をしていると、部屋の隅からアマネの歓声があがった。
「コンサートステージだ! さっきまで、荷物に埋まってて気づかなかった!」
乱雑に放置されていたミール・ジェネレータ用の栄養素ペレットやビール瓶のケースはすっかり片付けられ、きれいに拭き上げられたステージが、艶やかな光を放っている。掃除のために外していたストールを再び身につけると、チドリは誇らしそうに胸を張った。
「うふふ、放っておくのも忍びなかったので、きれいにしちゃいました」
「すごくきれいです! 何だか、“止まり木”のステージによく似てますね!」
「そうね、“止まり木”のステージは、この店のをモデルにして設計してもらったから……」
チドリは目を細めて、ステージとその横に置かれたキーボードを見やった。アマネはステージの中央に立って周囲をくるり、と見回した後、目を輝かせてチドリに振り向いた。
「ねえ、折角だから、きれいになったステージで一曲、歌ってもらえませんか?」
「えっ、でも、ママに勝手に、そんな……」
チドリが困ったように微笑んで言葉を濁していると、耳の長い女給が顔をだす。
「大丈夫っすよ、ママにはウチから言っておきますから。それに、思い出したんすけど……姐さん、ママに手紙と歌のデータを送ってたチドリさん、っすよね? 姐さんの歌、ウチも聴かせてもらったけどマジすごかったっす! ……だからできれば、ウチもナマウタで聴きたいなあ、って……えへへ」
「ええっ? ええっと、どうしよう……」
チドリが顔を赤くして目を泳がせていると、マイク代わりにスプーンを持ったアマネがステージの真ん中に立っていた。
「それならまず私が歌うから、次にチドリさんが歌ってくださいね!」
「アマネが歌いたいだけだろ。カラオケじゃないんだぞ、それ……」
マダラから白い目で見られるがアマネは気にせず、意気揚々と歌い始めた。……彼女の運転並みに壊滅的な音程と、割れるような大音声で。チドリは目を白黒させ、マダラと女給は思わず耳を塞いだ。
「こ、これは……!」
「何があったんですか、レンジさん、兄さん!」
「いや、アマネが歌ってるだけだよ」
厨房の掃除に熱中していたはずのアオが、慌ててホールに飛び込んでくる。レンジは困ったように笑った。
(続)