エントリー オブ ア マジカルガール;10
マギフラワーは連絡通路の建屋から駐車場の外灯の上に跳び移った。パワードスーツが突っ込んで、外灯を薙ぎ払う。しかし魔法少女は外灯の支柱が折れる直前に跳び上がり、ふわりと宙を舞っていた。
「“アイビーウィップ”!」
魔法少女が叫んで杖を振ると長く伸び、薄ピンク色に光るムチになって巨人に飛びかかった。短く太い首に絡み付き、縛り上げる。
後ろに引っ張られたパワードスーツはバランスを崩して仰け反るが、倒れる前に踏みとどまった。センサーカメラを真後ろに回転させてマギフラワーを捉えると、両手で光るワイヤーを引きちぎった。
「“ブランチロッド”!」
マギフラワーの声にムチが反応して分解し、ピンク色の杖に戻った。
杖を大地に突き立てて着地する。膝を伸ばし、アスファルトに突き刺さった杖を引き抜くと、向き直ったパワードスーツと対面した。
「『杖とムチの使い分けができてるね! その調子だよ!』」
ドットの声がインカムからアマネの耳に入る。
「通信機でもそれなの? それよりさっきのあれ、何だったの? 勝手に体が動いてしゃべって、いきなり後ろが爆発したんだけど……!」
「『あれは“登場演出機能”だね。全身を包んでるナノマシン・スキンが体を動かして、最適なタイミングでポーズと名乗りを決めてくれるんだ! 爆発は立体プロジェクタで映像を投影してるんだよ!』」
「何で、そんなに気合いが入ってるの……」
得意そうに話すドットに、アマネはため息混じりで返す。
「『登場の場面は大事だからね! ……マギフラワー、来るよ!』」
一歩ずつ近づいてきた巨人が、踏み込むと一息に間合いを詰める。
「くっ! ……“アイビーウィップ”!」
巨体を辛うじて避けたマギフラワーがムチを放つ。淡いピンク色の光は長く伸び、巨人の足を引っかけた。
パワードスーツは前のめりになりながらも、両腕を地面に叩きつけるようにして急制動をかけた。アスファルトが砕け、地面を抉りながら立ち止まると、光のムチを再び引きちぎった。
ムチを杖に戻し、マギフラワーはパワードスーツの脚裏を覆う装甲を思い切り殴り付ける。
鈍い音がして、銀色の装甲が軽くへこんだだけだった。魔法少女はすぐさま飛び退いて距離を取る。黒い拳が三角帽子を掠めた。
「全然効かないんだけど!」
「『関節を狙うしかない……けど、パワードスーツが速すぎるんだ! あんなに身軽に動けるスーツ、見たことないよ』」
巨人が赤い目を光らせながら両腕を振り回す。大きく弧を描くように走り、拳の嵐を避けながらアマネが叫んだ。
「どうしよう! 何か、他に武器はないの?」
「『とっておきがある……んだけど、使うまでに時間がかかるんだ。その間、アマネちゃんが無防備になっちゃう! 危なくて、使えないよ!』」
マギフラワーはドットの声を聞きながら横に飛び退いた。パワードスーツの拳が真横に振り下ろされ、砕かれたアスファルトが降りかかる。
「『もう少しで助けがくる、それまで何とか持ちこたえて!』」
「やれるだけ、やってみる!」
魔法少女は杖を構え、一つ目の巨人に向かって駆け出した。
カガミハラ軍警察署の耐核シェルターにつながる連絡通路は、幅広のスロープになって市街地の地下に延びていた。
シェルターの入り口前に黒い大型バイクが停まっている。ライダースーツの男がまたがってキーを回す。バイオマス式と水動力式のツインエンジンが同期して、力強いビートを響かせた。ヘッドライトが、暗い連絡通路の先まで光を投げる。
「お巡りさん、案内してもらってありがとうございます」
ヘルメットのバイザーを上げたレンジが振り返る。シェルターの扉の前に立っていた制服姿の捜査官は敬礼して応えた。
「いえ! 職務でありますから!」
レンジも上背を伸ばし、敬礼を返す。捜査官は武骨な顔をほころばせた。
「……自分の友人は警ら隊に所属しておりまして、暴走するオートマトンと闘う“ストライカー雷電”を間近で見たんだ、と嬉しそうに話しておりました。自分もこうして、レンジさんの助けになれたかと思うと、とても誇らしい気持ちであります」
レンジが赤くなると、捜査官の隣に立っていたアオがヘルメットを大きな両手の中にすっぽりと収めて微笑んだ。
「レンジさん、よかったですね」
「うん。……お巡りさん、ありがとうございます。行ってきます!」
「はい!」
レンジはレバーがついた変身ベルト“ライトニングドライバー”を腰に巻き付けた。
「“変身”!」
叫びながらレバーを引くと、ガチャリと音を立ててバックルにレバーが引き込まれた。
「『OK, Let's get charging!』」
薄暗い地下通路にエレギギターのソロが響き、ベースの重低音が壁を揺らす。刻まれるリズムにのって、ベルトから流れ出る音声がカウントを始めた。
「『ONE!』」
「この道を真っ直ぐ先へ、“K”のサインが見えるまで走ってください」
「『TWO!』」
「出口はエレベーターと非常階段があります。どちらの出口も内側からロックされておりますのでご注意ください」
「『THREE!』」
「わかりました!」
「ご無事で!」
「『……Maximum!』」
レンジの体を黒いインナースーツが包み、鈍い銀色のプロテクターが覆っていく。黒いバイクも同じ色の装甲に包まれた。ヒーローの全身と装甲バイクに、青から金色にグラデーションのかかったラインが走り、雷光のように煌めいた。
「『“STRIKER Rai‐Den”, charged up!』」
“ストライカー雷電”に変身したレンジは、振り返ってアオを見た。
「よし! アオ、乗って」
「はいっ」
軍警察のジャケットとプロテクターに身を包んだアオが、雷電と共に変身した装甲バイク、“サンダーイーグル”の後部座席に跨がってヘルメットを被った。
「行くぞ!」
装甲バイクは全身のラインを輝かせ、光の尾を引きながら連絡通路の奥に向かって走りだした。
マギフラワーが名乗りを上げて、どれほど経っただろうか。駐車場では何本も外灯が折れ、アスファルトにはところどころに大穴が開き、車止めは砕け散っている。
アマネは走り続けていた。パワードスーツの拳が掠めると、魔法少女は吹き飛んだ。
「きゃ!」
「『アマネちゃん!』」
杖をムチに切り換え、離れた外灯に巻き付ける。命綱にしてぶら下がると、するすると地面に降りた。
「大丈夫、かすった腕を蹴って、こっちから距離を取っただけだから……!」
アスファルトを踏み、マギフラワーは再び走り始める。兵士たちは退避を始めていたが、身動きが取れない怪我を負った者が数人、瓦礫の中に取り残されていた。
「まだ走れる!」
避難中の兵士を狙われるわけにはいかない。味方の増援を待つためにも、巨人をショッピングモールの敷地外に出すわけにはいかなかった。
マギフラワーはパワードスーツの足元めがけて走った。残っている負傷兵を狙われるわけにもいかない。狙いをひきつけなければ。
「『アマネちゃん、危ない!』」
「大丈夫、やれる!」
巨人の動きは見えている。脚も動く。驚くほど体が軽い。
「このドレスがあれば……!」
アマネはパワードスーツの足元をすり抜けた。
ーー人前に出る時には、その眼を隠さなければいけないよ。
物心つく頃には、両親の言葉はアマネの血肉に染み込んでいた。
ーーアマネはよく出来た子だ。息子らはいい孫をこさえてくれた。これで“半化け”じゃなければ、婿選びには困らなかったんだが。
いつも黙ってニコニコしている祖父が、酒を呑むたびに顔を赤くして言う。そのたびに両親がぴしゃりと叱り、祖父はしょんぼりして、再び酒を呑むのだった。
ーー失敗作だと思ってきたのは私自身だ。だからこの眼を隠して大学にも行ったし、巡回判事の職に就いた。でも、本当はミュータントの、“半化け”の自分を認めて欲しかったんだ。
振り返った巨人が左腕を叩きつける。マギフラワーは手前で立ち止まると、アスファルトにめり込んだ腕に飛び乗った。
「らああああっ!」
“ブランチロッド”の石突きを叩きつける。腕の継ぎ目、銀色の帯に薄ピンク色の杖が突き刺さった。
「やった! すごいよ、マギフラワー!」
パワードスーツがバランスを崩したのを見て、ドットが跳びはねながらやって来た。
刺さった杖で引き切ろうとしたが、巨大な腕を断つことはできなかった。アマネは杖を刺したまま、巨人の腕から飛び退いた。
インカムの立体プロジェクタは、兵士たちのバイタルサインをアマネの視界に投影している。近くに空いた大穴の中に、逃げ込んだまま動けなくなった兵士がいる。吹き飛び、めくれあがって小山になったアスファルトの瓦礫の裏に、もう一人。
パワードスーツの赤い一つ目は他所に目もくれず、魔法少女を捉えていた。
「そうだ、そのまま着いてこい……!」
アマネは巨人をひきつけようと、真っ直ぐ駆けた。加速をつけると、連絡通路の建屋に行き着いた。コンクリートの分厚い壁が行く手をふさぐ。
「やった……!」
振り返ると、パワードスーツの両手が迫っていた。
「マギフラワー!」
ドットが叫ぶ。黒い巨人はアマネの逃げ道をふさぎ、覆い被さるようにじり、と近づいた。アマネは壁に張り付いた。
「ああ……!」
アマネは体を強ばらせながら、パワードスーツを睨んでいた。巨体が更に迫り、両手で押し込めるようにしてマギフラワーを捕らえようとした時、
鈍い銀色の装甲を纏った大型バイクが飛んできて、パワードスーツのセンサーヘッドに突っ込んだ。
バイクの装甲に走ったラインが電光のように輝く。ボディーを覆うハッチごと、パワードスーツの頭が弾け飛んだ。
(続)