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パラレル ライン;6(エピローグ)

物語が終わり、新たな路が開く。


祝福の歌が、花の雨のように降り注ぐ……

Epilogue:


Song with you, and Song for you




「Koo、TooO、RiiIII!」


 獣が長い体を伸びあがらせると、勢いよく倒れ込むようにして叩きつけてきた。ことりと雷電が飛びのくと、“ヨシオカ”は周囲の建屋を巻き込みながらバスケットボール・コートにめり込んでいた。


「化け物め……!」


 ことりは機械部品や重機をまとった巨体を睨みつける。ゆらり、と倉庫に埋まっていた下半身が持ち上がった。


「ことり!」


 雷電がことりに飛びつき、抱え上げて飛びのく。先ほどまで二人が立っていたコートに“ヨシオカ”の尾が打ち付けられ、ベンチが粉々に砕けた。


「レンジ君! ありがとう……!」


 雷電はことりを背負い、再び走りはじめる。“ヨシオカ”は顔を上げた。パワードスーツの分厚い装甲で覆った頭部の奥に、赤いセンサーアイが無数に集まって並び、爛々と輝いていた。


「Gaアアあaaaaaあああ! AAAAaaaaああaah!」


 異形の獣は言葉にならない叫び声をあげ、持ち上げた尻尾をむやみやたらに振り回した。壁を崩し、街灯を吹き飛ばす。雷電は建屋の屋上に飛びあがり、”ヨシオカ”の攻勢を避けながら巨体の周囲を走り始めた。


「まだ弾はあるな?」


「うん」


「俺が足代わりになる。……決めてやれ!」


「わかった!」


 振り落とされた尾が屋根を崩す。雷電は機械の獣めがけて飛び、崩れ落ちる屋根から脱出した。頭を上げる“ヨシオカ”の前に飛び出すと、いくつもの赤い視線にさらされた。


「今だ、ことり!」


「わかった……これで!」


 右手にこめた銀弾を弾き出す。ナノマシン弾はまっすぐ飛び、赤い複眼の中央に突き刺さった。獣は軽くのけぞる。


「やった……!」


 ことりは自らのこぶしを握りしめるが、雷電はセンサーアイが赤く光り続けているのを見逃さなかった。


「まだだ、来るぞ!」


「AAあああアアアアアaaahhhh!」


 獣の頭が二人めがけて突っ込んでくる。雷電は獣の頭を蹴って、反動で飛びのいた。


「おい、どうなってるナカツガワの! ナノマシンが全然効かないんだが!」


 雷電が叫ぶと巨体の周りをよろよろと飛んでいたドローンが、隙をついて装甲の上にとりついた。センサーライトがちかちかと点滅し、マダラからの通話回線が開いた。


「『雷電! ことり! あのセンサーはフェイクだ。装甲の中に、本物のセンサーが隠されてるみたいだ!』」


「何だって?」


 異形の機械は全身から生えたオートマトンの手足をうねるように動かし、叫び声をあげながら二人を追いかけはじめる。雷電は屋根から屋根へと飛び移りながら、“ヨシオカ”から逃げて走った。


「気持ち悪い動きだな、ちくしょう!」


 ことりは追いかけてくる“ヨシオカ”を警戒しながらナノマシン弾のケースを振る。重さは随分と心もとなくなってきたが、まだ弾は残っていた。


「マダラ! まだ弾はあるよ。あの目がフェイクだとして……どうしたらいい? どうしたら、アレを倒せる?」


 叫び声をあげ、周囲を突き崩しながら這いずる巨体とつかず、離れずの距離を保って雷電が走る。“ヨシオカ”の表面に貼りついていたドローンがふわり、と浮かび上がると、雷電の隣に飛んできた。


「『あれをとめるには、ナノマシン弾を撃ち込むしかない』」


「さっきはビクともしなかったがな!」


 走りながら雷電が口をはさむ。ひょい、と跳ぶと、足元が“ヨシオカ”の突撃で突き崩された。


「『うん。装甲が分厚過ぎてね。それにあいつら、残った機体が合体して制御回路をボディの奥にしまい込んでるみたいだ。外側からじゃ、攻撃が当たらないよ』」


「それじゃあ、私の持ってる弾で何か、装甲を吹っ飛ばせるようなものはない?」


「『ええと、“閃光弾”に“音響弾”、“発煙弾”に“かんしゃく玉”……ダメだ、ことりの持ってる弾はどれも、威力が出るようなものじゃない……』」


 話を聞いていた雷電が顔を上げた。


「メカヘッド先輩、聞こえてるか!」


「『聞こえてるぞ! どうした、雷電?』」


 スピーカーから声が返ってくる。雷電はことりを背中に乗せたまま、工場建屋の陰に飛び込んだ。獣から姿を隠して、雷電は叫ぶ。


「このボディは特撮ヒーローを元ネタにしてるんだろ? 何かないのかよ、必殺技、みたいな……!」


 “ヨシオカ”は怒り狂って吼え、長い体をのたうたせた。周囲の壁にぶつかる音が響き、工場地帯が揺れる。


「『必殺技なんて言っても、ドクトルからは何も……まあ、あの人なら何か仕込んでてもおかしくないけどなあ……』」


 メカヘッドが共通通話回線に切り替えて答える。


「『それなら、ちょっと調べてみようか?』」


 一緒に話を聞いていたドローンがセンサーライトを点滅させながら、雷電とことりのそばに飛んできた。


「『オートマトンの中のデータに、何か使えるものがあるかもしれない』」


「助かる、頼むよ」


 地面に降りたドローンから細い腕が伸び、雷電のボディにさしこまれた。センサーライトが激しく点滅する。マダラが再び声をあげるまで、1分と経たなかった。


「『……あった! プロテクトがかかってるけど、“必殺技プロトコル”……これだ!』」


  建屋の向こう側から、獣の雄叫びが聞こえてくる。“ヨシオカ”は巨体をいよいよ大きく振り回し、周囲の壁に穴を開けはじめた。


「すぐ使えるか?」


「『いや……プロテクトの解除に、1、2分は……』」


 すぐ隣の建屋が吹き飛び、“ヨシオカ”の長い尾が突き出してきた。獣は尾を振り回して建屋を瓦礫に変えると、体をうねらせて尾を引き抜いた。


「まずいな……辺り一面、更地にするつもりか……? 行くぞ、ことり!」


「『いやいや雷電、ちょっと待って!』」


 立ち上がりかけた雷電を、慌ててマダラがとめた。


「『いくらなんでも、アレから逃げてドローンを飛ばしながらハッキングなんて、無理だって!』」


 雷電は仕方なく、ドローンの横にしゃがみこんだ。


「それはそうか……けど、このままじゃ……!」


 怒り狂う獣がのたうち、地面が揺れる。建屋がまた一つ、崩れ落ちた。


「ここがやられるのも、時間の問題だ!」


「『どうしよう、他に何か方法は……?』」


「私が行く」


 雷電の隣に座っていたことりが立ち上がる。


「『ちょっと待て! ことり、だったか。ヤツの狙いは君だ、危険すぎる!』」


 メカヘッドの言葉に、赤毛の娘はにやりと笑った。


「絶対に追いかけてくるんだから、楽でいいよ」


「ことり……」


 言いかけた雷電に、ことりは力強く笑いかけた。


「今度こそ、私がレンジ君を守るから……!」


「……わかった、無茶はするなよ」


「うん!」


 ことりは答えるなり、工場建屋の陰をつたって走り出した。




「あaaaaアアaaaaa!」


 寄せ集めの装甲を纏った大百足は、叫び声をあげながら建屋にぶつかり、打ち壊し続けていた。




ーー憎い、悔しい……欲しい!




 “ペルソナダビング”によって移植された意識は長くは保たない。遅かれ早かれ実験体は廃人か、あるいは理性を失って吼え、暴れまわる怪物と化す。それは電子頭脳に書き込まれていても同じで、統合された“ヨシオカ”の思考は今や、妄執に突き動かされていた。




ーーナブりたい! コワしたい! ……クらいたい!




「Gdwrrriiiiii!」


 鋼鉄の大百足は月を仰ぎ、スピーカーが割れんばかりに吼えた。




ーーどこにいる? ……どこにいる!




 吼えるのをやめた途端、尾の方向からキーンと響く音が鳴り響いた。……音響弾が炸裂したのだった。


「GwoOO! DwoOOO! WriIIII!」


 獣は素早く振り返って吼えたて、音が鳴った方向に頭から突っ込んだ。建屋に大穴を開けると、激しい爆発音が顔面で響いた。


「GaaaAAAA! GraAAAAAH!」


 ただのかんしゃく玉だ、勿論装甲を砕くには至らない。“ヨシオカ”は怒りに暗い火を燃やしながら鎌首をもたげ、複眼を赤く光らせながら周囲を見回した。


「ここだよ、ヨシオカ!」


 瓦礫の上から叫ぶ声があった。




ーーこの声! この声は……!




「AaAAAAH! AAaaAAAH! GhOO、TwOOOH、WRhiiIII!」


 腕を組み、仁王立ちする赤毛の娘を捉えて、“ヨシオカ”は吼えた。


「これでも……喰らえ!」


 ことりがかんしゃく玉を、連続して射かける。赤い弾丸は次々と顔面に突き刺さり、黒い爆炎が噴き上がった。


 爆発を振り払いながら、“ヨシオカ”は瓦礫の間をすり抜けて走る影を追う。激しく尾を振り回しても、ことりを掠めることはできなかった。


「Grrrrrrrah!」


 多足の獣は手足を蠢かせ、悔しそうに唸る。ことりは物陰を伝って走りながら、時々顔を出してはかんしゃく玉を射かけて“ヨシオカ”を引き付けた。




ーーヤツの視線を、常にこちらに向ける。しかし捉えられない、捕まらないで、走り続ける! 




「『……できたよ、雷電!』」


 マダラが声をあげると、作業アームを外したドローンが飛び上がった。


「ありがとう! ……どうやって使うんだ?」


「『“必殺技発動コード”を言いながら攻撃するんだ! パンチでも、キックでも何でもいいよ!』」


「わかった!」


 建屋の向こうへと飛び出そうとする雷電の前に、ドローンが立ちふさがる。


「『待って、雷電!』」


「何だよ?」


 ドローンは瞬くように、ゆっくりとセンサーライトを点滅させる。


「『その技は、充電している電力の大半を使うんだ。技は撃てて一発、撃ったらほぼ確実に動けなくなる……』」


 雷電は黙って、ドローンを見上げている。


「『……それでも、やるんだね』」


「勿論だ。それに……一撃で充分だ!」




 怪物の尾が、頭が振り回されて突っ込んでくる。ことりが走り抜けると、先ほどまで立っていたところに巨体がめり込み、アスファルトにヒビを入れた。


「くそ!」


 周囲の建屋は多くが崩され、荒れ果てた景色が広がっていた。




ーーどうしよう、隠れるところがなくなってきた……!




 身を潜めた建屋を“ヨシオカ”が凪ぎ払う。ことりは急いで飛び出し、瓦礫の原に弾き出された。赤く光る複眼に見つめられ、ことりは身を強ばらせた。長い体がバネのようにしなり、飛びかかろうと身構える。




ーーああ、これは“やられる”。




 大百足が飛び上がるのが、ゆっくりと見えた。


「UaAAAaaaaah! AAaaaAAAAH!」


 獣は大地を揺らすような叫び声をあげる。無数のセンサーアイが集中した巨大な頭が、赤く妖しい光を放ちながら近づいてくる。ことりはせめて、目を逸らすまい、瞑るまいと睨み返した。


 しかし、いよいよ大百足がことりに食らいつこうとした時、鈍い銀色に輝く稲妻がその頭に直撃した。


「GyaaOOOOooH!」


 “ヨシオカ”は叫び、勢いを削がれて地に伏せる。稲妻はことりをひょい、と抱え上げて走り出した。


「レンジ君!」


 ことりは顔を上げ、自らを抱き抱える鈍い銀色のオートマトンを見た。


「ああ、お待たせ。今度こそやるぞ、ことり!」


「うん!」


「Grrrr……!」


 “ヨシオカ”が唸りながら起き上がろうとしていた。


「この……!」


 ことりはポーチから青い弾丸を取り出して連射する。“煙幕弾”は地面に打ち付けられるともうもうと白い煙をあげた。


「AAaaaaH! GaAAaaAAAAAH!」


 視界が白く塗り潰され、獣は激しくのたうち回る。煙の中で巨体がぶつかる音、建屋が崩れる音が響いた。雷電は煙の塊から逃れ、コンビナートの送電塔を駆け登った。


「……どうするの?」


 雷電の腕の中で、ことりが尋ねる。


「このまま、飛び降りて攻撃する。……ヤツをおびき寄せられないか?」


 ことりはポーチの中から、黄色の弾丸を取り出して指の間につがえた。


「わかった、やれるよ!」


「よし……!」


 するすると雷電は塔を登り続け、とうとう天辺にたどり着いた。足元の濃い煙の中で、巨大な百足がのたうち回っている。その時、まだ冷たい春風がどう、と吹き抜けて鉄塔を揺らした。


「煙が晴れる……今だ!」


「うん……!」


 構えた指を足元に向け、弾丸を弾き飛ばす。煙が消え去った刹那、閃光弾が炸裂して工業地帯に光が溢れた。


「それで……これ!」


 続けざまに撃ち込んだ音響弾が甲高い悲鳴をあげると、目が眩んだ“ヨシオカ”が音を頼りに飛び上がってきた。


 無数のセンサーアイを光らせ、巨大な頭が迫ってくる。雷電はことりを抱えたまま、足元に電光をまとわせて鉄塔から跳び立った。


 ふわりと宙に浮く感覚。空には月、足元では工業地帯のサーチライトが光を発し、ことりと雷電、そして“ヨシオカ”の巨体を照らしている。


 赤い視線の真上で、銀色のオートマトンは赤毛の娘をひょい、と投げ上げた。


「えっ」


「先に行ってる!」


「えっ? ちょっと!」


 オートマトンは“ヨシオカ”めがけて一人で落ちていく。獣の頭めがけて、両足を揃えて突っ込みながら、雷電は教わった“必殺技発動コード”を叫んだ。


「“サンダーストライク”!」


「『Thunder Strike』」


 ボディ内部から人工音声が応える。雷電の全身を電光が包み、各部に走るラインが薄青く輝いた。


「おおおおお!」


「レンジ君!」


 雷電が両足で“ヨシオカ”のセンサーアイを踏みつけると、纏っていた電光が足元に集まった。


「AAAAAAAAAA! GAAAAAAAAAAAA!」


 衝撃と高圧電流に、大百足は悲鳴をあげる。“ヨシオカ”の頭部は爆発を起こし、寄せ集めの装甲が吹き飛んだ。技を放ち、纏っていた電光も消え去った雷電は、そのまま地上に落ちて見えなくなった。


「レンジ君!」


 上空から落ちはじめたことりに、舞い上がって追いついてきたドローンからの映像を見たマダラが叫んだ。


「『ことり、今だ! ボディの中で赤く光ってる、制御回路を狙うんだ!』」


 落下していく足元、砕かれて剥き出しになった大百足の内部に、センサーライトが集まって赤く光る珠のようなものがあった。


「あれかぁああああ!」


 銀色のケースから、ナノマシン弾を取り出して握りこむ。


「これで……終わりだ!」


 パワーアシストグローブをまとう右手に弾丸をつがえると、真下に向かって打ち出した。


「Bwrrrrrrh! Wrrrrrrrrgh!」


 もはや雄叫びも上げず、震えるようなノイズを発していた“ヨシオカ”に銀弾が突き刺さる。


「Ko……tr……」


 ノイズが途切れ、センサーの光も消えて、巨大な機体は完全に機能を停止して立ち往生した。


「よっ……と!」


 ことりは大百足の残骸に着地すると、地上を見下ろした。


「レンジ君!」


 砕けた装甲、崩れた建屋の残骸が散らばる地面に、動くものの気配はなかった。


「レンジ君……?」


 ドローンがことりの真横でホバリングし、センサーライトをチカチカと点滅させる。


「『雷電の必殺技は、充電しているエネルギーの大半を一度に使うものだったんだ。もしかしたら、もう……』」


「そんな……レンジ君……!」


 ことりは歯をくい縛り、拳を握りしめた。


「……おーい、俺はここだよ」


 瓦礫の中から黄色いセンサーアイが、小さな光を発して見上げていた。


「レンジ君!」


「『雷電! 大丈夫だったのか!』


「おかげさまでな。送電塔から電気を吸い上げていたみたいで、何とか保ったよ。……ただ、エネルギーは足りてないみたいで体が動かさないんだ。ちょっと助けてくれないか?」


「うん! ……うん!」


 ことりは目に涙を溜めながら残骸から飛び降りた。タチバナが運転し、助手席にアオが乗った白いバンも、瓦礫の原となっていた工場地帯に乗り込んできた。


 晴れた夜空から満ちゆく月が見下ろしている。ことりは弾けるような笑顔で、雷電に駆け寄るのだった。




 閉鎖されていたサーバーが稼働を再開すると、軍施設の奥に捕まっていたオートマトンは再び“ヨシオカ”の意識をダウンロードしていた。義体が再起動すると、真っ暗な中でセンサーライトが赤く光る。


「何が起こった……? ことりは……何だ、どうなっている……?」


 意識のコピーを潜り込ませた他のオートマトンたちにコンタクトを取ろうとするが、応答はなかった。


「……フン、たがいい。また適当な端末に潜り込めば……ん?」


 ブツブツと漏らしていたヨシオカは、しばらくすると首をひねった。




ーーサーバーに、接続できない?




 意識が自由に動かせず、オートマトンの機体に捕らわれた感覚。


「ちくしょう、この……!」


 立ち上がろうとしたヨシオカの足から力が抜け、尻餅をついて床に座り込んだ。壁に背中をもたれると、全身が固まったように動かなくなっていく。


「どうなっている? ……なぜ動かない!」


 オートマトンの体のうち、ヨシオカが自由に動かせるのは、ついに頭だけになった。ヨシオカは激しく首を振り、後頭部を繰り返し壁に打ち付けた。


 部屋の照明がつき、白い壁に照り返す。入り口が開くと、中央を区切るガラス壁が持ち上がり、天井に収納された。


「……タチバナ先輩? 雷電の回収ありがとうございます。……えっ? 返してくれないんですか? ……ハハハ、勘弁してくださいよ……」


 通信端末片手に陽気な声で通話しながら、気障っぽい足取りで男が室内を歩いてくる。


「……そうそう、マダラ君にもサーバーの処理、ありがとうとお伝えください。ドローンで送ってくれたナノマシン弾もね。……こっちですか? サーバーのログを頼りに、ヨシオカの元データの居場所を割り出してもらいましてね……ああ、いたいた」


 緑色のセンサーライトを光らせながら、 機械頭の男が歩き寄って来る。


「……えっ? ええ、大丈夫ですよ。マダラ君が丁寧に無力化してくれてるんで。それよりタチバナ先輩、事後処理の件、協力よろしくお願いしますよ。雷電からは手を引きますから。……体のいい厄介払い、ですって? ハハハ……」


 男は楽しそうに笑いながら、ヨシオカの前で立ち止まった。


「……ええ、それでは、詳しい話はまた、ということで。はい」


 機械頭の男は通話を切り上げて端末機をポケットに仕舞いこむと、オートマトンを見下ろした。


「さて……」


「何だお前! 何をする気だ?」


 ヨシオカは首を動かして男を見上げ、怯えの混じる声で怒鳴る。メカヘッドはホルスターから銃を抜き出し、オートマトンの額に向けて構えた。


「私はカガミハラ軍警察のお巡りさんでしてね。まあ、早い話が、不具合を起こしてるプログラムを消去しに来たんですよ」


「俺を殺す気か?」


 ヨシオカは震えた声で尋ね、首を左右に振って背後の壁に頭を打ち付けた。


「……嫌だ! “また”死ぬなんて!」


「ヨシオカ、お前はもう死んでるんだ。今のお前は脳波データから再現された、ただの亡霊だ」


 メカヘッドはそう言いながら、銃口をヨシオカの頭に押し付けた。


「ひっ……!」


「元データのメモリチップは回収するから、安心して眠るんだな」


「嫌だ! 嫌だ! やめてくれ、頼む!」


 泣き言を言うヨシオカの額に、メカヘッドはナノマシン弾を撃ち込んだ。


「あ、ヴァァ……」


 短い断末魔を上げて項垂れるオートマトンを見下ろし、メカヘッドはため息をつく。


「……何度でもよみがえって、やられて、最後は憐れなもんだな」


 誰に言うでもなく呟き、制御盤に挿されていたメモリチップを抜き取ったのだった。




「……またかよ! 何度も何度も、勘弁してくれ……」


 端末機の画面を見て、メカヘッドは自らの機械頭をコツコツとつついた。デスクの上に置いていた携帯端末に目をやると、タチバナから着信があったことに気付いた。


 手を伸ばして手早く操作し、履歴の相手を呼び出した。スピーカー通話で回線が開く。


「『もしもし、メカヘッドか?』」


 同僚が皆出払った“一般捜査課”のオフィスに、タチバナの声が響いた。


「はい。タチバナ先輩、こっちに来てるんですね?」


「『おう、ナカツガワの買い出しでな。お前、今どこにいる?』」


「まだ軍警察署にいますよ。野暮用で……」


 メカヘッドは卓上端末の画面を見やった。


「第8地区での一件、報告書が何度も突き返されて来ましてね……」


「降格させられて後処理もさせられて……仕方ないとは言え、貧乏クジを引くなあ、お前」


 タチバナの同情する声を聞き、メカヘッドは「ハハハ……」と笑いながら椅子に背を持たれた。


「まあ、何だかんだ言いましたがね、やっぱりヒラの方が動きやすくていいですよ。報告書も自業自得ですから……タチバナ先輩は、昼メシ済んでますか?」


 通信端末の時刻表示は、既に13時が近づいていた。


「『いや、ちょっと立て込んでてな。お前も一緒に行くか?』」


「そうですねえ……“彼”も来てますか?」


「『ああ。こっちに来る時には連れてくるようにしてるよ』」


 タチバナの言葉を聞き、メカヘッドは「フフ……!」と愉しそうに笑う。


「どうした?」


「いえ、いえ! 大したことでは……タチバナ先輩、いい店がありますよ。案内します……!」




 カガミハラ市街地第4地区、繁華街の片隅にあるミュータント・バー“止まり木”はランチタイムの真っ最中だった。


 女給たちが忙しく動き回っている中、テーブル席についているナカツガワの子どもたちは、お冷やのグラスを前に口を尖らせていた。


「アオ姉! おやつ食べたいよ、ケーキがいい!」


「もう、アキったら……さっきご飯、食べたばかりじゃない」


「だってぇ……」


 犬耳のアキはアオにたしなめられると、耳を垂れて羨ましそうに、近くのテーブルに置かれたパフェを見た。並んで座る鱗肌のリンは一緒にパフェを見つめた後、向かいの席に座るアオを見る。


「おっちゃんたち、まだ戻ってこないの?」


「そうだね、買い出しの用事が終わったら連絡する、って言ってたけど……」


「うん……」


 リンはつまらなそうに、テーブルのグラスに視線を戻した。


「二人とも、もうちょっと、待っててね」


 アオが子どもたちをなだめていると、トン、と音をたてて、テーブルにショートケーキが置かれた。そしてチョコレート・ケーキ、チーズ・ケーキ、モンブランが次々に並べられる。


「わあ……!」


「すごい、美味しそう……!」


「でも、ケーキは注文してないんだけど……」


 子どもたちは目を輝かせる。アオが心配そうな顔でケーキを運んできた女給を見上げると、給仕服姿のことりと目が合った。赤毛の女給は照れくさそうにそっぽをむく。


「……マダラから」


 ボソリ、とことりが言った。


「えっ?」


「ミールジェネレータの調整してもらったんで、チドリ姉さんがお礼する、って言ったんだけど、『いらないよ、子どもたちにいいものを食べさせてやって』とか言うから……」


 ぼそぼそとことりが言うと、子どもたちは口々に「やった!」「わーい!」と歓声をあげてケーキを選び始めた。ことりは「飲み物は、好きにいれてね」と言い、コーヒーと紅茶のサーバーを置いてテーブルを去っていく。


「二人とも……兄さんにお礼を言わなきゃ……」


「マダラ兄、ありがとう!」


「ありがとう!」


 二人は元気よく言って、ショートケーキとチョコレート・ケーキをガツガツと食べ始める。


「もう……!」


「いいよ別に。お礼を言われたくて言ったわけじゃないし」


「兄さん!」


 バックヤードから出てきた作業着姿のマダラが、アオの後ろに立っていた。


「お疲れ様。メンテナンスは終わった?」


「ああ。俺もケーキ、頂くよ」


「はいはい、どうぞ」


 ことりと軽い調子でやり取りを済ませると、マダラもテーブルにつく。アオはケーキを選ぶ順番を兄に譲ると、残ったチーズ・ケーキを食べ始めた。


「おやっさんたちから、まだ連絡来ないの?」


 モンブランをフォークで削りながらマダラがアオに尋ねる。


「はい……どれだけ遅くなっても、そろそろ連絡があるはずなんですけど」


 カラン、とドアベルが乾いた音を立てる。


「はーい!」


 ことりが出迎えに行くと、ドアから顔を出したのはメカヘッドだった。


「げえ……!」


「おいおい、客相手にそれはないだろう!」


 意地悪く笑う機械頭を、ことりはうんざりした顔で睨んだ。


「……お好きな席にどうぞ」


「はーい!」


 ウキウキしながらホールに入っていくメカヘッドの後ろから、二本角のタチバナが顔を出した。


「すまんな、お嬢。邪魔するよ」


「おっさんもか。……いいよ別に。メカ頭と同じテーブルでいい?」


「ああ、俺は構わんが……」


 タチバナは言いかけて後ろを振り向くと、建物の外に向けて声をかける。


「いい加減、入ってこいよ、ほら!」


 促されると恐る恐る、鈍い銀色の顔が店の中にさし入れられた。ことりの顔が瞬く間に明るくなり、声が弾む。


「レンジ君!」


「おう……」


 銀色のオートマトンは短く答えて視線を逸らした。


「どうして、すぐに来てくれなかったの? 約束通り、店で待ってたのに……!」


「ええと……ごめん……」

 正面を向いた後もモジモジと話している雷電の背中をタチバナが叩くと、金属質の音が響いた。


「しっかりしろよお前!」


「はい……! ごめんな、ことり。この体で会いに行くのが、やっぱり不安で……」


「そんな! あの時言ったじゃない! どんな姿でもレンジ君は、レンジ君だって……!」


 ことりは頬を薄紅色に染めて雷電の顔を見上げた。


「ことり姉ちゃん、レンジのこと好きなんだ……!」


「すげー、アツアツじゃん!」


「ちょっと! もう! ……見るな!」


 リンとアキが騒ぎだす。他の客たちの視線も集まり、ことりはすっかり真っ赤になった。


「……どうしたの、ことりちゃん? ……あら!」


 騒ぎを聞きつけて裏にいたチドリが顔を出し、メカヘッドとタチバナ、雷電を見ると、嬉しそうにホールに出て来た。


「タチバナさん、メカヘッドさん! ようこそおいでくださいました! ……そちらの方は?」


「そうですな、ご紹介しましょう……」


 タチバナが目配せすると、鈍い銀色の機体が姿勢を正して隣に並んだ。


「この春からウチで働くことになった、保安官助手の雷電・レンジです。フルサイバネティクスの体なので驚かれたと思いますが……」


 紹介されて、レンジは深く頭を下げた。


「レンジです。よろしくお願いします」


「あらあら! ……もしかして、レンジ君、って……?」


 チドリがニコニコしながら、レンジとことりを見る。ことりは不安そうな、しかし何か期待するような顔でレンジを見た。


 公的な登録では全身義体……ということになっているオートマトンは、二人の視線を受けて背筋を伸ばす。


「はい! ことりさんとお付きあいしていた」


「して“いた”?」


 ことりがレンジにピタリと近づくと、レンジにだけ見えるように射殺さんばかりの視線を向けた。


「……お付きあいさせていただいております」


 腕を回して小さな体を抱きとめると、ことりは「よろしい!」と言ってレンジの胸板に頬を当てた。居合わせた客たちが口々に囃し立て、口笛を鳴らす。


「そう……! よかったわね、ことりちゃん」


 チドリは笑顔で両手を合わせた。


「……でもあなた、レンジ君の居場所は知ってたんでしょ?」


「うっ……!」


 図星をつかれて、ことりは言葉を詰まらせた。チドリはニコニコしたままだが、その柔らかな笑顔には、妙な迫力があった。


「それなのに約束を理由にして自分からは会いに行こうとしないで、レンジ君ばかり責めるのは、どうかしら……?」


「……はい、私もヘタレて、動かなかったのが悪かったです……」


「よろしい! ……ウフフ、お互い様で、めでたしめでたし、ね」


 笑顔のチドリが言うと、ことりとレンジは互いにホッとして、視線を交わすのだった。


「……おーい、女給さん、注文がまだなんですがね」


 テーブルについたメカヘッドが、ひとさし指を天井に向けて立て、ことりを呼んだ。真っ先に動き出したのはチドリだった。


「あら、あら、ごめんなさいね。ことりちゃんは取り込み中なので、私が代わりにお伺いするわ」


「ママが直接注文を聞いてくれるとは恐れ入るなあ! それじゃあ……」


 メカヘッドは手元のランチ・メニューにセンサーを向けた。


「クラブハウス・サンドイッチのセット、飲み物はコーヒーで」


「かしこまりました」


 厨房に向かおうとするチドリに、メカヘッドは「それと、もうひとつ」と声をかけて呼び止めた。


「はい、何でしょう?」


「そちらの女給さんの、歌を一曲」


「はあ?」


 メカヘッドが愉しそうに注文を伝えると、ことりはすっとんきょうな声をあげた。


「私の歌は、もう売りものじゃないの!」


「あらあら……でもメカヘッドさん、ことりちゃんの歌が安売りできないのは本当よ。本人も乗り気じゃないみたいだし……」


 メカヘッドの交渉を見ていたマダラは立ち上がると、テーブルについたタチバナに耳打ちした。


「何だマダラ? ……ほう!」


 そしてタチバナはレンジに小声で一言二言言う。うろたえるオートマトンの胸を軽く叩くと、持っていた手帳にすらすらと数字を書き付け、発言を求めてひとさし指を立てた。


「……ちょっといいですか、チドリさん、ことりさん」


「はい?」


「何?」


 手帳のページをちぎり、テーブルの上に載せる。歌姫二人は紙片を覗きこんだ。


「これは……何かしら?」


 見たこともない桁の数字が、横罫のラインの上に行儀よく並んでいる。


「詳しくは、マダラから説明してもらいましょう」


 タチバナから話を振られて、マダラは小さく咳払いをした。


「ええと……ことりさんに提供して、彼女専用になったパワーアシスト・グローヴと、今回撃ちきったナノマシン弾の代金なんですけど……」


 二人は目を見開いて、穴が開くほど紙片を見つめている。


「旧文明のオーバーテクノロジーは、今の技術じゃ再現するのが難しくて、どうしてもこんな値段になってしまうんです……」


 青ざめる二人を前に、タチバナが悪徳商人よろしく揉み手で笑う。


「ご覧の通りの額にですね、なっておりますが……今日、こうして歌っていただければ、その中のいくらかは返していただけるかな、と……それか、あるいは……ほれ、レンジ!」


 タチバナの肘でつつかれて、レンジがことりの前に出た。


「あーっと……ことり、ナカツガワで、働かないか?」


「はあ?」


「ほら、その、おやっさん……タチバナさんのところで働けば、道具は備品扱いになるからお金なんて気にしなくていいし……」


 レンジがゴニョゴニョと言う。タチバナがにゅっと首を伸ばして口をはさんだ。


「保安官助手の仕事も、副業の酒場の仕事も、愛することりと一緒にやりたいんだ! ことり、俺と一緒に暮らしてくれえ!」


「おやっさん!」


 レンジの代弁とばかりに語りまくるタチバナに、レンジは機体から熱を出さんばかりになって叫ぶ。


「ははは! レンジもウジウジしてたから、どうしてもな!」


「あら! あら! 素敵じゃない!」


「チドリ姉さんまで!」


 満面の笑みを浮かべるチドリに、今度はことりが声をあげた。


「でも、ことりちゃん、願ったり叶ったりなんじゃないの?」


「うう……あう……それは……!」


 チドリの言葉とレンジの視線にことりは真っ赤になってうつむいた後、思いきって顔を上げた。


「タチバナさん! 働かせてください!」


 タチバナはニカリ、と笑った。


「ああ! よろしく頼む。ウチにも歌姫がいればいいのに……と思ってたところなんだ」


「やっぱり歌うのか……いや、いいけど……」


 満足そうなタチバナに、ことりはため息をつく。チドリは店の老ピアニストに声をかけ、楽譜を準備させると手を叩いた。


「さて! それじゃあことりちゃん、一曲歌わない?」


「ええっ! 今から?」


 ピアニストが指慣らしに、ステージ横のアップライト・ピアノを小さな音で鳴らしはじめた。


「だってこれからはお互い、違うお店で歌うことになるでしょう? こうやって一緒に歌えるチャンスだって、少なくなっちゃうわけじゃない。……ねぇ、みんなもことりちゃんと私の歌、聴きたいわよね?」


 客たちも女給たちも拍手を送る。ことりは「ううう……」と唸って、レンジを見やった。


「俺も久しぶりに、ことりの歌が聴きたいな……なんて……」


「レンジ君!」


 ことりは声をあげるが、ピアニストは既に演奏を始め、アドリブを交えて前奏を引き延ばしながら、二人が歌い始めるのを待っていた。


「これは私からの餞別。それと、あなたの歌がどれだけ価値があるか、みんなにも聴かせてあげましょう!」


「もう、チドリ姉さんたら……!」


 二人は手を取り合ってステージに上がった。客たちの拍手、そして最前席に腰かけるのは、鈍く輝く銀色の機体。


 イントロダクションが終わる。軽やかなリズムに合わせて、二人は歌い出した。笑いあうように、競いあうように。重なりあい、響きあう声が、春風に乗って舞い散る花びらのように、客たちにふり注いだ。


(クリムゾン ウィドウ 完)

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