表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/248

パラレル ライン;5

彼らの旅路の果て、月天下の邂逅……

chapter:5


the goal of journeys, or moon dance with you (2/2)


 VIPルームで一晩を明かしたマダラは、明け方になるとソファに埋まるように眠り込んでいた。目が覚めた時にはすっかり陽が登り、部屋の外からあわただしく行き来する女給たちの声や足音が聞こえてきた。


「……おはようございます」


 ホールに繋がる扉を開けると、給仕服姿の背の高い女給がやってきた。


「おはようございます兄さん」


「おはよう……アオさん? 何してるの?」


 “止まり木”の給仕服を着たアオは床掃除のモップを手にしている。


「兄さんはメカニックの仕事があるけど、私は何もしないで泊めてもらうわけにはいかないでしょう? 少しでもお店の手伝いをしようと思って。兄さんのモーニングは取っておいてあるから、カウンターでもらってくださいね。


 アオに促され、マダラは重い頭を抱えながらカウンター席に腰かけた。


「すいません、モーニング一つ……」


「はいよ、お疲れさん」


 聞き慣れた声に目を丸くして顔を上げると、バーテンダー姿のタチバナがニヤリとして、コーヒーを差し出してきた。


「おやっさんまで……!」


「俺もちょっとでも手伝いをしようと思ってな。まずはコーヒーでも飲んで、目を覚ませ」


「ありがとうございます……」


 受け取ったコーヒーをすすり、マダラは目を白黒させた。


「あちぃ!」


「ハハハ……」


 タチバナは笑いながら、モーニングのプレートを並べていく。マダラはふうふうとカップの中に息を吹き入れた。


「お陰で目が覚めましたよ。……ことりはどうしました?」


 タチバナは「ほれ」と言ってホールの奥にあるステージを指さした。


「お前さんが起きてくるずっと前から、チドリさんと一緒にボイストレーニングしているよ。……いや、二人とも大したもんだ。ただの発声練習のはずなのに心が動くとはな!」


「へえ……」


 ステージに目を向けると、二人は既に発声練習を終え、ピアノの前でおしゃべりしていた。チドリが気づいて小さく手を振る。歌姫二人は並んで、カウンター席の前にやって来た。


「マダラさん、おはようございます。昨日はお疲れ様でした」


「おはよう」


 ドレス姿のチドリはにっこり、フーディーとショートパンツのことりはあっさり、カエル男に挨拶する。


「おはようございます。チドリさん、あの後大丈夫でしたか?」


「ええ、ありがとうございます。アオちゃんに一緒にいてもらって……その後で寝る前には、ことりちゃんが来てくれたから、安心して眠れました。今朝は早くからことりちゃんがボイトレに付き合ってくれて、とても楽しく過ごせましたわ」


 居心地悪そうにモジモジすることりを見て、マダラは笑いたいのをこらえて小さく震えた。


「……ぷ、ふふ……!」


「笑うな!」


 真っ赤になって吼えることりを見て、チドリがクスクスと笑う。


「あらあら、ことりちゃんたら!」


「ごめん、ごめん、本当は優しいのに、必死に隠そうとしてるのが面白くて……」


「そうなんです、本当にいい娘なんです!」


 チドリが母親のように話すのを聞き、ことりはますます顔を赤くする。


「もう!」


 タチバナが二人の前に模造麦茶のグラスを置いた。


「ハハハ、二人ともお疲れ様」


「タチバナさん、ありがとうございます。……ふふ、マスターがよくお似合いですわ」


「いやまあ、ナカツガワでは酒場をやってますからな。……すいません、自分の店でもないのに」


 チドリは「いえ、いえ!」と言って笑う。


「私、ママの真似事なんてしていますけど、本当はお店の事は人に任せて、歌に専念したいと思っていたんです」


「そうですか! じゃあ、仕事を引退したらこの店でお世話になろうかな……」


「あら、あら! それは素敵!」


 二人が笑いあっていると、ことりが音をたててグラスを置いた。


「……それで、どうなったのか教えてくれる、マダラ? 雷電たちの行き先が分かるかも、って言ってたよね」


「あ、ああ……」


 にこやかだが目が笑っていないことりに圧倒されて、マダラは食べかけのトーストを皿に戻した。


「昨日の夜、オートマトンが回収される前に発信機をしかけておいたんだ。信号を追いかけていって、実際の地図とも見比べて軍警察の拠点がありそうな場所にアタリをつけたよ」


「抜かりないな。それじゃあ……」


 タチバナの目くばせに、ことりはうなずいた。


「うん、今夜乗り込む」


「こんなにすぐに?」


 機材やオペレーションの準備にかかる時間を気にして、マダラが声を上げた。


「お前も心配してたろう、“ペルソナダビング”のデータがどうなっているか。それに発信機のことも、バレてないとは限らんからな」




 城壁に囲まれたカガミハラ“市街地”の中でも町の外れに位置し、人通りもほとんどない第8地区、“工業プラント”地域。周辺の遺跡から回収した技術により復元された工場群は限りなく無人に近い環境下で、昼夜となく稼働を続けていた。


 空には満月に近い月が浮かび、地上では防犯サーチライト、警告灯や計器につけられたセンサーライトの光がまばらに点滅して、灰色のプラントを照らしている。ビルの狭間に区切られた四角い空間に、銀色の人影が並び立っていた。


「『こちらメカヘッド。雷電、調子はどうだ』」


 立ち並ぶオートマトンのうち、起動している一体に通話回線が開かれた。


「はい、こちら雷電。ネット回線の接続にもずいぶん慣れてきました」


 センサーアイから黄色い光を発しながら、サイバー雷電が答える。


「『それは結構だ。……なあ、ところでお前さん、本当に何も覚えてないのか?』」


「どういうことです?」


 雷電は愛想なく返した。


「『ほら、赤い髪の娘のことだよ。お前さん、必死になって助けに行ったが……』」


「監視カメラの映像を見ちゃっただけですよ。……放っておけなかった、ってだけです」


 銀色のオートマトンは黙り込む。メカヘッドも沈黙に付き合った後、「あーっと……」と、かける言葉を探すように声を出しかけた。雷電は相変わらず黙っている。


「『ええと……スピーカーに切り替えるぞ』」


 結局言葉に困ったメカヘッドはそう言って、会話回線の窓口をオートマトンに内臓された通信装置から、場内スピーカーに切り替えた。


「『それじゃそろそろ、電子指揮機能の起動訓練を始めよう。観測班も準備いいか?』」


メカヘッドの問いかけに、「問題ありません」と数人が答えた。


「サイバー雷電も、いつでもいけます」


「『よし。機体のセッティングは済ませているから、マニュアル通りにやってみるんだ』」


 メカヘッドの声を聞き、雷電は先ほどから目の前を飛び交っている情報の奔流に意識をむけた。



――誰かがネットを検索している。映像を見ている。音楽の配信、信用取引、電子決済、監視カメラからの映像、公開通話回線……



 データの嵐の中、静かに意識の“手”を伸ばす。操り人形の糸に、“指”を一つずつかけていく。“手”がちぎれないように、“指”が萎えないように、そして糸が“指”から離れていかないように……


 意識が糸の先、操り人形の手先まで繋がり、伸び、満ちていく。


「――これだ」


糸を軽く引くと、人形たちは動き出した。


雷電の周囲に並んでいた銀色のオートマトンたちが、センサーアイに黄色の光を宿して動き出す。


「『やったな! “雷電トループ”、起動完了だ!』」


 嬉しそうなメカヘッドの声を聞き、雷電はもはや吐き出すことのない息をついた。


「ふう……では引き続き、電子制御訓練に入ります」




 赤いドレスをはためかせながら、ことりは黒い大型バイクを駆る。ここまでずっとメインストリートを走り続けてきたがすでに人通りは消え、オレンジ色の街灯も広く間隔をあけて、アスファルトの路面を照らしていた。周囲の建物は消え、かと思うと“工事中”と書かれた囲いが並び、更に進んだ今では殺風景な工場建屋や灰色の塀が並ぶようになっていた。


「『そろそろ第8地区だ。バイクを置いて、徒歩に切り替えて』」


 オペレーションをするマダラの声が、ヘルメットの奥で呼びかける。ことりは「了解」と短く言ってバイクを停めた。荷台からゆらゆらと、オペレーション用のドローンが飛び立ってことりの真横に浮かぶ。


「それで、ここからはどうやって行く?」


「『それぞれの企業は監視カメラを置いてるからね。そこから向こうに情報が行ったらまずい……カメラの場所は、こっちで頑張って特定する。ことりの視界にマッピングするから、そこを避けて。急がなくていい、慎重に進むんだ』」


「了解」


「『よし……』」


 マダラの声が途切れる。すぐにインカムに内蔵された立体プロジェクタによって、ことりの視界に赤色の帯が浮かび上がった。


「『投影完了だ。気持ち悪くなったり、異常はない?』」


「うん、大丈夫」


「『それなら、3D酔いも問題なさそうかな。じゃあ、赤い場所を避けて歩いていくんだ。今のところ、一番軍警察の施設がある可能性が高いところもマークしておくから』」


 そう言うや否や、進行方向の建物の向こうにオレンジ色の矢印が浮かび上がった。


「今のところ、一番可能性があるのはここだよ。他に情報が入って修正するかもしれないけど、とりあえずここを目指してみてほしい」


「了解。……それじゃ、サポートとナビ、よろしく」


 ことりが珍しく殊勝な言葉をかけたことに、マダラは驚いた。


「『……うん! 任せといて』」


 人とすれ違うこともなく、深紅のドレスをまとった娘は工場の隙間を縫って歩く。広くなったり狭くなったりする、足元の赤い帯を避けながら。


「『よし、この建物の向こうが目的地だ』」


「“向こう”って……どうやって行ったらいいの、これ?」


 目の前には一面にプラントの外壁が立ちふさがり、周囲は真っ赤な帯が取り巻いている。監視カメラの視界に晒されていないのは、わずかに目の前にある数メートル幅の壁と、その足元のアスファルトだけだった。


「『登るしかないかな……』」


 ことりは黒い空に向かって伸びる、のっぺりとした灰色の壁を見上げた。


「……これを?」


「『そうだね』」


「私、木登りもしたことないんだけど……壁?」


「『そうか、木登りもしたことないのか……いや、でも大丈夫だよ。そのグローブにはパワーアシストだけじゃなくて、クライミングやアクロバットをサポートする機能もついてるんだ』」


「ええ……?」


 壁にそっと手を当てる。吸い付くように、手のひらが貼り付いた。


「わっ!」


「『ブーツにもアシスト機能は仕込んであるよ。“外そう”って思って引っ張ったら取れるから、そのまま、登ってみて』」


「分かった、やってみる……!」


 ことりはヤモリのように壁に貼り付くと、するすると登っていった。


「よい……しょっと」


 壁を乗り越え、プラント建屋の屋上に上がる。視界に投影される矢印を頼りに進むと、忘れようのない人工音声が聞こえてきた。


「これは……!」


「『うん、雷電の声だ。……でも、何やってるんだ? なんだか叫んでるみたいだけど?』」


 建屋の向こうから「よし行け!」「そうだ、その調子!」「……あー、また上手くいかなかったか……」などと、雷電が一人で声をあげているのだった。


「何やってんの、のんきそうに……!」


 建屋の反対側の端が近づいてくると、ことりは大股でずんずんと進んでいった。


「『ことり、気を付けて!』」


「こんな間抜けな声のどこに気をつけろって……」


 屋根が途切れる。ことりはそっと、矢印が指す建屋の反対側に顔を出した。


「……なにやってんの、あれ?」




 工場の谷間にある四角い広場には、雷電によく似たデザインの銀色のオートマトンが10体ほど集まっていた。それが白色と赤色のハチマキをしめた二つのチームに分かれ、バスケットボールをしているのだった。


 グラウンドの中央にはレフェリーよろしくサイバー雷電が立ち、両チームを見回している。審判をしているようには見えないが、先ほどから両チームに、必死に声をかけているのだった。


「よし、よし、もうちょっと……いけるぞ!」


 白いハチマキの一機がドリブルしながら、赤いハチマキの集団をすり抜けていく。ぶつかってくる機体をよけ、突き出される手をかわし、敵陣の奥に切り込んでいった。


「よし、そこだ……!」


 ボールを持つ機体が立ち止まり、壁につけられたゴールを見やった。スリーポイントシュート圏内、というところか。周囲を赤ハチマキたちが取り囲む。ゴールまでの射線を遮るように、数体の手が上げられた。


「やれる……! シュッ!」


 白ハチマキが跳び上がると、流れるような手つきでボールを放った。放物線を描いて飛んでいくボールは敵陣のディフェンスを越え、吸い込まれるようにゴールに入っていった。見ていた雷電がガッツポーズをする。


「やった!」


「『お疲れさまだな、雷電』」


 広場に取り付けられたスピーカーから、メカヘッドの声が響く。


「『セミオートで敵チームを動かす、なんてよく考え付いたな!』」


 オートマトンたちが雷電の前に集まり、ずらりと整列した。都市通信回線を使い、雷電が遠隔操作しているのだった。


 雷電は顔を上げてスピーカーの方向を見やる。


「何となく、“動け”って思ったら動いた……ってだけですよ。細かい指示も効かないですし……」


「『そうだろうな、モニターしていた研究員の話では、限りなく無意識に近い領域を使っているらしい。その素質も、君が選ばれた理由かもしれんな。……ドクトルは、詳しく教えてくれなかったがね』」


「そんな“素質”、有っても……」


 そう言いかけて、雷電は黙った。


「『だが、選ばれなければ君は蘇ることはなかった。……彼女に再び逢うことだって、な。まあ、それが君にとって望ましいことかどうかは、俺には何とも言うことはできんがね』」


「俺は……!」


 雷電が言葉を返そうとした時、工場建屋の各所に取り付けられた警報装置がブザーを鳴らしはじめた。“雷電トループ”たちがそわそわと動き、どこを見るわけでもない視線を周囲に向ける。


「何だ?」


「『侵入者だ! くそ、センサーの隙をついて、ここまで近づいてくるとはな! 不審者の位置は拡張現実レイヤーに投影されているはずだ』」


 雷電の視野に、赤い矢印が表示される。建屋の陰、矢印の先にあるもの。


「あいつ……!」


 深紅のドレスをまとった歌姫が物陰から立ち上がると、燃えるような瞳を雷電に向けているのだった。


「『捕まえろ!』」


 メカヘッドの声を待たずに“雷電トループ”たちが動き出す。銀色の義体たちは一目散に、ことりに向かって走り出した。




 無数の銀色の手が伸びるが、狙いが甘い。ことりはセミオートで襲い掛かってくるオートマトンたちをすり抜け、建屋の屋根を伝いながら敵陣へと突っ込んだ。


「違う、お前らじゃない!」


 次々と迫る機体を蹴り飛ばし、殴りつけ、更に奥へ。目指すのはただ一機……


 トループたちの群れの中からハチマキのない機体が飛び出し、まっしぐらに向かってきた。黄色いセンサーライトが光る。ことりは避けなかった。正面からぶつかり合い、抱き合い、もみ合う形になって一人と一機は建屋の屋根から落ちていった。


「『ことり!』」


 マダラのドローンが急いで追いかけた。ことりと雷電はビルの谷間のバスケットボール・コートの中に落ちていた。


「……私は、大丈夫」


 ことりがインカムに返す。落ちる途中で雷電が体勢を変えてことりの下に入って、落下の衝撃からかばったのだった。


「相変わらず、無茶なことをするなあ」


 雷電は仰向けの姿勢でことりを柔らかく抱きしめていた。


「ありがとう、レンジ君」


「……だから、俺はレンジじゃない」


 視線をそらすように、オートマトンは顔をそむける。


「ねえ、“雷電”……そんなに否定するのは、自分が機械の身体だから?」


「……ああ。最初に会った時に忘れていた、ってのは本当だけどな」


 ことりに尋ねられ、雷電は視線を戻して答えた。


「俺は死んでるんだよ、ことり。この体は機械、意識は生体パーツのエラーだ」


「それでも……!」


 ことりは雷電のボディをだきしめて、黄色く光るセンサーアイを見つめる。


「それでも、あなたはレンジ君だよ! あなたがどれだけ否定しても、隠れても、私は絶対にあきらめない。取り戻してみせる、絶対に!」


「はは……ことりらしいな」


 運動場のスピーカーが、ザリザリと音を立てる。


「『……ええと、お二方、悪いがこちらにも事情があってな』」


 メカヘッドが言いにくそうに、二人に話しかけてきたのだった。


「何だよヤボ天! いいところで!」


「『すまないねお嬢さん。だがその……状況ってもんがあってな? 特に雷電……レンジ君は軍事作戦の最中なんでね、ちょっと真面目にやってくれませんかね』」


「イヤだなあメカヘッド先輩、俺はいつでも真面目ですよ?」


 雷電はことりを抱きしめたまま返す。


「『どの口が言うか……』」


「だって、オーダー通りですよ、“侵入者を拘束”って、ほら?」


 ことりはがっちりと雷電に抱きしめられ、身動きが取れなくなっていた。周囲からぞろぞろと、トループの機体たちが集まってくる。


「あっ? ちょっと、レンジ君、そろそろ放してよ!」


 じたばたと手足を動かすが、雷電はことりをしっかりと抱きしめたままだった。オートマトンたちに囲まれた中でひょいと立ち上がる。ことりはすっぽりと腕の中に収まっていた。


「ははは、すまないことり、ちょっとついてきてもらうぞ」


「私があなたを、取り戻しに来たんですけど!」


「ほら、俺も今お仕事中だから。でも、ことりには随分心配かけちゃったし、ちょっと近くで待っててもらおうと思って。あとほんの少しで試験が終わるみたいなんだよ」


 レンジの言葉に、捕まったことりはまんざらでもない様子で頬を染めた。


「『すまないな奥さん。彼には毎日面会の時間を作るから、鉄格子のある部屋だけど、我慢してもらえないだろうか?』」


「ブタ箱じゃん!」


 メカヘッドの言葉に、ことりは顔を上げて怒鳴った。


「ごめん、ことり、不法侵入者の扱いについては、俺からは何にも言えないなあ……」


 ドローンが雷電の頭上をふらふらと飛び回る。


「『……とりあえず、ことりの問題はこれで解決かなぁ』」


「ちょっと? 私が逮捕されて終わりなの?」


「ははは……ん?」


 ことりとドローンが言い合っているのを笑いながら見ていた雷電は、ぞくり、と身震いした


「レンジ君……?」


 都市回線に接続した領域、情報の奔流に違和感を覚える。光る流れに広がる、ノイズのような汚れのような、ひずんだ領域。


「“通信回線遮断”!」


 カメラの視界に重なるように見えていた通信回線のレイヤーが消え去った。雷電はため息をつくように胸を撫で下ろす。


「『どうした雷電? 何があった?』」


 スピーカーからメカヘッドが尋ねる。雷電は顔を上げ、監視カメラの先のメカヘッドを見た。


「都市回線を切って下さい!」


「『何?』」


 接続を切る前に見えた“ひずみ”。おぞましい気配を持ったものは、都市回線のサーバーが納められた建屋から立ち込めていた。


「この地区のサーバーを封鎖してください、とにかく、早く!」


 “雷電トループ”たちが固まりついたように動きをとめる。センサーライトの光が消えると、再び赤く、妖しく光り始めた。




「何だ、これは!」


 VIPルームのモニターの前でマダラが叫ぶ。画面には「ERROR」「CAUTION」「DANGER」などと、物々しい文字が次々に表示された。タチバナも一緒に画面を覗きこむ。


「何が起きてるんだ……?」


「都市回線を通して、何かが侵入してきてるんです!」


 マダラは端末機を操作しながら、振り向かずに返した。


「今のところ、何とかファイアウォールで防いでます! ……でも雷電が言った通り、早く回線を何とかしないと!」


 タチバナは通信端末を取りだし、素早く回線を開いていた。


「……メカヘッドか?」


「『タチバナ先輩? やっぱり関わってたんですね』」


「詫びるつもりはないぞ。それより、ここからの話だ」


 すぐに通話に応じたメカヘッドに、タチバナはすっぱりと言って話を続けた。


「雷電が言っていた通り、第8地区のサーバーをネットから遮断するんだ。俺も一緒に頭を下げるから、早く!」


「『わかりました!』」


 メカヘッドはすぐに応え、受話器の外に指示を飛ばし始めた。


「それと、軍警察の回線を使いたい。ゲスト認証コードを頼む」


「『了解です!』」




 第8地区のバスケットボール・コートでは雷電と雷電の腕から降りたことりが、静止したオートマトンに囲まれて立ち尽くしていた。


「何が起きてるの……?」


「わからない、けど、ネット回線に何か……」


 オートマトンたちのセンサーライトはいよいよ強く、赤く光りだした。


「それにオートマトンも、おかしくなってる……!」


「『雷電!』」


 スピーカーからメカヘッドの声が響いた。


「『君の言う通り、第8地区のサーバーをネットから遮断したぞ!』」


「ありがとうございます!」


「『それで、何が起きたんだ?』」


 オートマトンが痙攣を起こしたようにガタガタと震えだした。一機、また一機と震えが伝わっていく。


「わかりません! それにまだ、終わってない、これは……!」


「Ahaッ! あハハははハハハhahahhhaaaaaaああああ!」


 赤い目のオートマトンたちがフェイスパーツの下顎部を開くと、壊れたように笑い始めた。


「『計測班、“雷電トループ”に何が起きてる? これは一体……?』」


 オートマトンたちが歩調を揃え、ことりと雷電に向かってゆらり、と一歩踏み出した。


「Yaットぬケ出seたゼ、ことりィィぃ! ……あァ?」


 全ての機体から、同時に人工音声が放たれる。赤い目のオートマトンたちは一様に首を振り、周囲を見回した。


「……アハ! は! なンだコレ! 俺、おreガいいいっパイいruううウうぅゥゥぅ!」


 ことりはオートマトンたちを睨みつける。


「……ヨシオカああああ!」


「うヒ! アハ! あハははhahahahあハはは!」


 “ヨシオカ”たちはゲタゲタと笑いながら、雷電とことりに群がった。再起動したドローンが踏み潰されまいと飛び上がる。


「『ことり!』」


「『雷電!』」


 殺到したオートマトンの塊の中に、マダラとメカヘッドが呼びかけた。


「……こっちだ!」


 銀色の義体の群れの真上に影が浮かぶ。ことりを抱えて跳び上がった雷電だった。


「『雷電、無事か!』」


 黄色い電光をまとうオートマトンは建屋の上に着地すると、足元からワラワラと這い上がってくる“ヨシオカ”たちを見下ろした。


「何とかな! ……しかし、こいつらみんなヨシオカかよ! どうなってるんだ!」


 壁をよじ登ってきた義体が、足を掴もうと手を伸ばしてくる。雷電は“ヨシオカ”の一機を蹴り落とすと、次々と溢れだすように赤い目のオートマトンたちが這い上がってくる。


「くそ!」


 雷電はことりを乗せたまま、屋根を伝って走り出した。脳内に通話回線が開く感覚があった。


「『ことり! それに、雷電? ……こちらはことりのオペレーションをしている、ナカツガワ・コロニーの者だ』」


「そうか、はじめまして!」


 会話を続けながら“ヨシオカ”を蹴り落とし、雷電は更に走った。


「だが今はそちらが何者でも構わん。この状況を何とかするための助けになるならな!」


「『話が早い! あいつらを倒せる武器を用意したんだ。ドローンに積んでいるから、受け取って!』」


 雷電は走りながら、周囲を見回す。


「ドローン、って言っても……」


「……あれ!」


 雷電の背中によじ登っていたことりが指をさす。その先の空中に、センサーライトをチカチカと点滅させた作業用ドローンが浮かんでいた。


「おう!」


 屋根を走り回る雷電に並走するようにドローンが寄ってくる。機体に固定されていた小さなコンテナが取り外されて落ち始めた。


「おっ、と……!」


 ことりが身を乗り出して手を伸ばし、コンテナを受け止めた。


「やった、とった!」


「よし……ウラァ!」


 雷電は脚を大きく旋回させて“ヨシオカ”たちを蹴り落とす。ことりは手の中に収まったコンテナを軽く振った。大きさの割に重さのある、ミンツ・ケース様の直方体はシャカシャカと音をたてた。


「マダラ、これはどう使うの?」


「『それは特製のナノマシンペレットだ。“ヨシオカ”の脳波を再現する電気信号だけを阻害するプログラムを組み込んだ』」


「つまり、撃ち込めば“ヨシオカ”をとめることができる、ってことでいいの?」


「『まあ、ざっくり言えばね』」


 雷電が立ち止まる。“ヨシオカ”たちが周囲を取り囲んだのを見回すと、近くに組まれたやぐらの上、冷却水のタンクに飛び乗った。オートマトンたちが群がり、やぐらを這い上がってくる。


「よし、ことり、一機ずつ撃ち落とせ!」


「任せて!」


 ことりは鈍い銀色の背中に乗ったまま、ナノマシン弾を右手のひらに握りしめた。


「『センサーが露出しているところを狙うんだ! あの、赤く光ってるとこ!』」


「了解!」


 短く、深く呼吸すると、ことりは銀色の弾丸を指先から放った。


 最も近づいていた一機の額に弾丸が突き刺さると、撃たれた“ヨシオカ”は途端に動きをとめた。


「……あ? ヴVaaアああウォオオオoo……」


 銀弾が砕け、ナノマシンが吸い込まれていく。声にならない音声の断末魔をあげて、機体が崩れ落ちた。


「死ンだァ……? おreガぁぁ……!」


 周囲の“ヨシオカ”が、動かなくなったオートマトンに動揺して声をあげる。その間にも銀弾は一機、また一機と“ヨシオカ”を射貫き、機能を停止させていった。


「あガあaaaah!」


「ああアあアアア!」


 おぞましい悲鳴をあげながら、機体が崩れ落ちていく。残った“ヨシオカ”たちは後ずさりをはじめた。


「しヌ! やラレたra死ぬぞ!」


「Nnnnnナんだあreハ!」


「いヤだ! 死ニたくnaイィィぃ!」


 ことりが次の銀弾を装填して身構えたのを見るや、“ヨシオカ”の群れは一目散に逃げ出した。


「あっ! 待て!」


「追うぞ、掴まってろよ!」


 “ヨシオカ”たちは屋根から飛び降りると、近くの倉庫に押し入っていく。


「くそ!」


「『待て雷電! 何かおかしい……』」


 メカヘッドが静止すると、地上に飛び降りたばかりの雷電はたたらを踏んだ。背中のことりが大きく跳ねる。


「きゃっ!」


「メカヘッド先輩、どうした?」


 倉庫の扉がみしり、と動いた。


「あそこには、何が?」


「『あれは警備会社の備品倉庫だ。あいつら、一体何を……?』」


 倉庫の建屋が大きく揺れる。


「何が起きてるんだ……?」


「レンジ君……何か、来る!」


 内側から叩きつけるような衝撃が響く。扉の揺れは激しさを増し、ついに周囲の枠ごと弾け飛んだ。


「わっ!」


「くそ! 何が……!」


 内側からバラバラになった倉庫建屋から無数の腕が生え出す。ムカデのような長い体が、瓦礫の中から立ち上がった。


「『あれは……雷電トループ? ……解析班、分析急げ!』」


「『こっちでもできる限り、調べてみる……ことりも雷電も、無茶はしないでね!』」


 ドローンが異形の周囲を旋回して高く飛び上がる。


 4階建の建屋よりも尚高く伸び上がった機体は無数の赤いセンサーアイを光らせる。鎌首をもたげてことりと雷電を見下ろすと、ひずみ、きしんだ悲鳴のような叫び声をあげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ