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パラレル ライン;3

女賞金稼ぎは夜のカガミハラを行く。


街をうろつく影は、過去の亡霊か……?

chapter: 3


wandering shadow, or ghost of the past




 深夜のカガミハラ市街地第6地区、再開発エリア。“サイバー雷電”のコンテナが運び込まれていた廃工場では、作業員に偽装した軍警察官たちが荷物を運び出していた。


「……やれやれ、これだけ設営したのに、すぐにまたお引っ越しとはな」


 段ボール箱を抱えた警官が、大型計器を持ち上げようとしゃがみこんだ同僚にぼやく。


「仕方ないさ、雷電のことがバレちまったんだから……うおっ! 重い!」


 男一人の力では持ち上がらなかった荷物に銀色の手が添えられると、軽々と浮き上がった。


「俺が持ちますよ」


 そう言って荷物を肩にかつぎ上げたのは、サイバー雷電だった。


「雷電……すまん。けど、外に出て大丈夫か?」


「出てすぐのところに、台車があるんですよね? 載せたらすぐに引っ込むから、大丈夫でしょ」


「そうか。なら、頼んだよ」


 雷電は「はい」と返事をすると、さっさと出口に向かって歩いていった。男たちは鈍い銀色に光る背中を見送っていた。


「相変わらず、やりとりは人間そのものだな……」


「ああ、あいつの為にも、まずは試験を成功させてやらないと……いかん、いかん! 俺たちもさっさと動かなきゃな」


「そうだな、俺も次の荷物を……あれ?」


 手ぶらで室内を見回していた警官が、部屋の隅に置かれたコンテナに目を止めた。


「なあ、あれ……」


「ああ、雷電の“脳髄回路”と一緒にタカツキから送られてきたコンテナだな。中身はよく分からない、って話だったが……」


 棺桶を思わせるようなコンテナ上面の蓋が開き、中はがらんどうだった。


「何が、入っていたんだろう……?」


「さあ……?」


 二人が思い出したのは、仲間内で鑑賞会を開いた旧文明期のホラー・ショー・プログラムだった。棺桶に納められ、安置されていた死体が突然動き出して人々を襲う……という趣向の。


「“レヴナント”……」


 段ボールを持った男が、タイトルをポツリと呟く。


「おいバカ! ……やめろよ!」


 手ぶらの男は思わずムキになって叫んだ。


「あ、ああ、すまん……」


「おう……」


 二人は黙るが、背筋にはゾワゾワと、幾つも脚を持った虫が這い回るような不快感があった。


 空っぽのコンテナから目が離せない。




ーー何か、とんでもないモノを逃がしてしまったのではないか……




「……どうしました、二人とも?」


 固まりついた二人の背中に、人工音声が話しかけた。


「わあ!」


「ひい!」


 二人が叫び声をあげる。飛び上がった段ボールを雷電がキャッチした。


「大丈夫ですか? 荷物、置いてきましたけど……」


「あっ、ああ! ありがとう……!」


「すまん、すまん! 俺たちも続きをやるよ!」


 男たちが慌ただしく歩き去っていくのを、今度は銀色のオートマトンが黙って見送っていた。




 カガミハラ市街地第4地区、歓楽街の片隅にあるミュータント・バー“宿り木”の店の奥、薄暗い廊下の先にあるVIPルームには、上品な調度とは不釣り合いな、無骨な機材が並べられていた。


 大きな機材に次々とプラグを挿していたアオが顔を上げた。


「兄さん、全部繋ぎました」


「うん、ありがとう……」


 青く光る端末機の画面に照らされて、オレンジ色の肌の蛙男と、赤い肌をした男の顔が浮かび上がる。


「……よし、いける! おやっさん、設営終わりました」


「おう、二人ともお疲れさん。これで後は、お嬢のお色直しが終わるのを待つだけだな」


 マダラはぎしり、と背もたれに寄りかかる。


「女の人って、何であんなに時間がかかるんですかね? 装備の性能には影響ないんでしょう?」


 迂闊なことを呟き、妹に白い目を向けられて、蛙男は「ぐっ……」と言葉を詰まらせた。


「タワケか!」


 タチバナが一喝すると、マダラは小さくなる。


「すいません……」


 アオが呆れ顔でため息をついた。


「兄さん、機能とか関係なくて、気持ちの問題なんです。それに気持ちが、一番大事なんだから」


「そんなもんですか……」 


 コツコツと扉がノックされた。タチバナが振り向く。


「はい、どうぞ」


「失礼しますね」


 扉が開いて入ってきたのは、シックな黒いドレスに身を包んだチドリだった。部屋に入るなり、女主人は丁寧に頭を下げる。


「皆さん、準備お疲れ様です」


「いえ! こちらこそ協力頂き、ありがとうございます」


 そう言って深く頭を下げるタチバナとそれにならうアオ、慌てて立ち上がり、一緒に頭を下げるマダラを見て、顔を上げたチドリは小さく笑った。


「いえ、いえ! 構いません、ことりちゃんの為ですもの。……ああ、申し訳ないです、ことりちゃんの準備ができました。入ってもらいますね」


 チドリに促されて、真っ赤になったことりが入ってくる。櫛けずった艶やかな赤毛にベールを被り、深い赤色のドレスと丈の短い外套を纏った姿に、アオは「わあ!」と声をあげ、タチバナは「ほう……!」と感心した声をもらした。


「何だよ! ジロジロ見るなよ!」


「いやお前さん、見違えたじゃないか」


「うん! ことりさん、とっても似合っていて、可愛いですよ!」


 不満そうに口を「へ」の字に曲げることりの横で、チドリが嬉しそうに頷く。


「それはもちろん、素材がいいんだもの! 上品さと動きやすさを両立させて、ことりちゃんの趣味に合いそうなコーディネートになるように、頑張りました!」


「確かに、こういう服は好きだけど……」


 ことりは赤くなって目を反らす。チドリはクスクスと笑っていた。


「もう! チドリ姉さん!」


「うふふ……」


 二人のやりとりを見ていたタチバナが咳払いする。


「ええと……すみません、最近のカガミハラ市街地の状況を教えて頂けるということでしたが……」


「あら、あら! いけない、そうでした。ただ、申し訳ありません。色々なお客様から話を聞かせてもらいましたが、レンジ君やメカヘッドさんを見た、という話はありませんでした」


「そうか……いえ、おかまいなく。あの性格の悪いメカヘッドのことです。居場所が割れないように、さっさと手を打ったんでしょう」


「ごめんなさい、お役に立てなくて。……ただ、その……」


 チドリは言いにくそうに言葉を濁す。


「他に何かありましたか? 何でもいい、お聞かせ願いますか?」


 タチバナに促され、チドリはホッとした顔で頷いた。


「この数日間、真夜中に怪しい人影を見た、という話をよく聞くんです。……それも、ミュータントの女の子を追いかけているみたいで、見回りをしてくれていたうちの子たちも後をつけられた、って……」


 話を聞いていたマダラが眉をひそめた。


「……それって、実証試験や軍警察の作戦じゃないような気がするんだけど」


「そうだな……でも他に気になる情報もないし、協力者の助けになることも大事だろう?」


「まあ、それはそうですね……」


 タチバナの言葉に、マダラも納得したようだった。話が終わったと判断し、真っ先に動き出したのはことりだった。


「それじゃ、まずはその不審者が出たところに行ってみる」


「ことりちゃん……いいの? 多分、レンジ君とは関係ないことだけど……」


「いいよ、これくらい。チドリ姉さんの手伝いができるなら……じゃあ、行ってくる」


 戸口に出かけたことりは振り返ってそう言うなり、返事を聞かずにさっさと出て行った。


「もう、あの娘ったら……」


「優しい方なんですな」


「ええ」


 並んで見送るタチバナに、チドリが頷く。


 マダラはため息をついて椅子に腰かけた。


「もうちょい素直にならないもんかね……」


「それより兄さん……ドローンは大丈夫ですか?」


「えっ……ああっ!」


 アオから睨まれ、マダラは慌てて端末機を操作する。


 テーブルの上に載せられていたドローンが舞い上がり、開いたままの戸口からことりを追いかけていったのを見て、タチバナはため息をついた。


「……やれやれ」




 数分前、“止まり木”の奥の従業員部屋では、着替えを終えたことりが鏡の前に立っていた。


「どう? ことりちゃん」


「うん、可愛いよ。ありがとう、チドリ姉さん。……でも、こんな服着なくてもいいんじゃない?」


「あら? せっかく“レンジ君”に会いに行くんでしょ、目一杯可愛い格好で行かないと!」


 そう言うと、チドリは畳んだことりの服を片付けに行った。


「そっか、そうだね……!」


 ワードローブに服を仕舞ったチドリが、ことりの前に戻ってくる。


「さて、それじゃあ、お待たせしているナカツガワの皆さんのところに行かなくちゃね!」


「……ねえ、チドリ姉さん」


 部屋を出ようとしたチドリに、ことりが声をかけた。


「あら、どうかした?」


「チドリ姉さんは、どうしてこの町でお店をしているの?」


 チドリは半開きだった扉を閉めて、ことりに向かい合った。


「……あっ、ごめん、話しにくいことだったら、いいんだけど、“ミュータントの町”……ナカツガワにいるものだと思っていたから……」


 チドリは椅子に腰かけ、ことりにも座るように促す。


「いえ、いいの。あなたへの手紙では誤魔化してしまっていて、ごめんなさいね」


「そんな、謝らなくても……」


「タカツキを出る前に言っていた通り、私は“ミュータントの町”で、ミュータントの為だけに歌いたい、と思って、ナカツガワを目指してこの町まで来たわ。……でも、この町にしばらく留まっている間に、町にいるミュータントのことが見えてくるようになったの」


「カガミハラの、ミュータント?」


「ええ。この町には、あまりミュータントはいないわ。だからコミュニティも作られなかった。けど、“普通の人”の中にもミュータントの居場所はないわ。だから元気な人、若い人は、他の町に行ってしまう。ナゴヤか、近くのサテライトに……そうしたらどんな仕事につくことになるか、あなたもよくわかるでしょう?」


「うん……」


 タカツキ・コロニーでの自身やチドリの境遇、そしてバーでクダを巻くミュータントの男たちを思い出し、ことりは頷いた。


「だから、姉さんはこの町でお店を……?」


「そう。この町で、ミュータントが働ける、ミュータントの為の場所を作りたかったの。……なんて、かっこよく言ってみたけど、私は結局、自分の夢を追いかけることを諦めただけ。だから恥ずかしくてつい、あなたにも本当のことが言えないで、誤魔化してしまっていたの。ごめんなさいね」


「そんな……」


 ことりはぎゅっと拳を握りしめた。


「チドリ姉さんは、恥ずかしくなんかないよ! 私は……」


 そう言いかけて俯くことりを見て、チドリは静かに微笑んだ。


「ありがとう、ことりちゃん……さあ、随分お待たせしているから、早く行きましょう!」




 深紅の未亡人はオレンジ色の街灯に照されながら夜道を行く。タイル敷きの歩道を歩きながらチドリとの会話を思い出していると、耳の中でインカムに呼び出し音を鳴らした。


「はい、もしもし?」


「『こちらマダラ。すまん、出遅れた』」


 追いかけてきたドローンがことりに並び、空中に留まった。インジケータがチカチカと点滅している。


「『声は大丈夫? 聞こえてる?』」


「うん、問題ない」


 答えたことりが再び歩き始めると、ドローンもフラフラと飛んでついてきた。


「『不審者が出た場所って、ことりは知ってるの?』」


 繁華街から町の外れに向かう大通りを行くと、行き交う人の姿は少しずつ減っていった。


「店の女の子たちが話してたのが聞こえたから。第6地区の、あの廃工場でしょ?」


「『そうだね。でもチドリさんの話を聞いて、数日間で少しずつ場所が変わっていることが分かったんだ。始めは廃工場、そこから段々、人の多い地区に向かって移動をはじめているんだ。大通り沿いにね』」


 店並みも途切れ、人通りがぷつりと途絶えた。街灯の明かりが妙に寒々しく街を照らす。空にはあと数日で満ちるだろう月が、雲間からのぞいていた。春の風が耳をかすめて吹き抜けていく。


「つまり、この道か……」


「『そうだ。これまでのペースを見ると、そろそろ第6地区の外に』」


「待って」


 ことりが小さく手をあげてマダラの言葉を遮る。視線の先に冬物の軍用コートを着込み、軍帽を目深に被った人影が歩いていた。


「『あれが……?』」


 ことりは小さく頷く。随分暖かくなってきたとはいえ、まだ気温の低い山間部の町ではコート姿は決して不自然ではない。まして軍基地の町だ。退役した軍人や予備役が市街地を歩いていてもおかしくはない。


 しかし、ことりの耳は金属製の関節がきしむ音を聞き取っていた。


「来る……!」


 大股で歩いていた人影は、ことりに近づくにつれて歩幅を狭めた。


「『見られてる……?』」


 街灯の下でことりは足を止めるが、少しずつ、両者の距離が狭まっていく。


 コート姿の人物が1つ隣の街灯の下に立った時、軍帽の下でカメラ・アイが赤く光った。ことりは元来た道を引き返して走り出す。


「『追いかけてきた!』」


「でしょうね! 距離は?」


 マダラはドローン越しに距離を測って、ことりのインカムに返した。


「『今は……だいたい、60メートル! でもどんどん、近づいてくるよ……!』」


「くそ!」


 ポーチに手を突っ込んだことりは振り返り、素早く右手に籠めたリベット弾を弾き出した。弾は正確に軍帽を撃ち抜いて吹き飛ばす。


「『おい、これはどういうことだ……?』」


 思わず漏らしたタチバナの声がマイクに拾われた。軍帽の下から黒い装甲に覆われた頭部があらわになっていた。


「『オートマトン……!』」


 マダラがぼそりと呟く。


「逢いタカったぞォ……こトりィィィィ!」


 黒い装甲のオートマトンは赤毛の娘と目が合うった瞬間に身構え、すぐさま駆けだしてことりに襲いかかってきた。




「『ネットワーク同期試験、開始まで5、4、3……』」


 アナウンスされるカウントが0になった瞬間、無数の声が、文字列が、画像が動画が音声が、視界に上書きされるように広がった。可視化された都市内ネットワークの情報は止めどなく、洪水のように流れて現れては消えていく。


 データの海に溺れるような錯覚から、サイバー雷電は頭を抱えた。モニタールームで観察していたメカヘッドが、通信機越しに話しかける。


「『大丈夫か、雷電?』」


 雷電は両腕を下ろして顔を上げた。


「……ええ、ちょっと目眩がしただけです」


「『そうか……ドクトル無玄の話だと、君はネットに接続することで、自在に通信網を行き来し、ネットワーク端末を操作することができるようになる……という話だが』」


 雷電は目の前を行き来するデータの嵐に立ち往生していた。


「あまりに情報が多すぎて、何をしたらいいかわかりません……!」


「『雷電、人間の脳には“切り捨てる”、“慣れる”能力があるそうだ』」


「はあ……?」


 急に話し出したメカヘッドに、雷電は返答に困った。


「『君の聴覚センサーは人間よりもはるかに優れている。でも起動してから、うるさくて動けなくなったことは?』」


「……ない、ですね」


「『そうだろう。それは君の脳が、“不要な騒音”だと判断した音を無視しているからだ』」


「……じゃあ、この情報の洪水も、不要なデータを無視できるようになる、と……?」


「『ドクトルの説明ではな。そして、脳が情報を選別する元になるものは“経験”だ』」


「経験……」


 メカヘッドは「そう。これもドクトルからの受け売りだがね」と断りを入れて説明を続ける。


「『君の聴覚だって、君がこれまで経験してきたものをベースにして“何を聞き取り、無視するか”を決めているんだ。いわば“慣れ”だ』」


「……この感覚にも、そのうち慣れる、と?」


「『そうだ。……実も蓋もなく言えばそれぐらいしかやり方がない。辛いだろうが、頑張ってほしい』」


 雷電はメカヘッドの言葉にため息をついた。


「……わかりました。やってみます……」


 ベンチに腰かけると、目まぐるしく入れ替わり、流れ続ける情報の大河の中に沈んでいった。もがかない、しかし目を閉ざさない、耳を塞がない。


 溢れるデータの嵐の中で少しずつ視界が拓け、雑音が消えていくのを感じた。すると雷電の意識は無意識のうちに、市街地の監視カメラ映像を手繰り寄せていた。


 赤いドレスの女が、軍用コートの男と向かい合っている。男の帽子が飛ぶと、黒いオートマトンの頭部があらわになった。


 オートマトンが歪んだ人工音声で「ことり!」と叫び、女を追いかけ始めたのを見て、雷電は立ち上がった。


「……メカヘッド先輩、俺、急用ができました」


「『はあ? 急用だ?』」


 戸惑うメカヘッドを尻目に雷電は立ち上がると、さっさと実験室の外に出た。


「『おい! 待て!』」


「 何だ、用事って! 生きてた頃の事は、何も憶えてないんじゃなかったのか?」


 監視室のマイクに向かってメカヘッドが叫ぶ。


「『すいません、すぐ戻ります!』」


「……おい!」


 雷電からの返答はなかった。メカヘッドの制止も聞かず、研究施設を飛び出していったらしかった。


「あいつめ……!」


「どうします、係長?」


 隣でモニターを見ていた研究者が尋ねる。メカヘッドはコツコツと自らの頭をつついた。


「ただの人間なら、多少の気分転換くらい多目にみたんだがな……。厄介な相手がうろついているんだ、見つかる訳にもいかん。発信器はついているだろう? 追いかけるぞ!」

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