エントリー オブ ア マジカルガール;9
アマネは冷めた目で、オレンジ色の丸いものを見た。
「あなた……マダラでしょ」
ドットと名乗る丸いものが、びくりと身じろぎした。
「いや、ほら、形から入るのって、大事じゃないか!」
「なんでこの状況で“魔法少女”なの! ふざけるのもいい加減にしなさい!」
ドットはぴょんと跳ねて、アマネを見つめる。
「ふざけてるわけじゃないよ! 旧文明のロストテクノロジーで造られた、魔法少女ショー用のアクションスーツ、それを着て闘ってほしいんだ!」
丸いものが一回り大きくなったかと思うと、口からペンライトほどの大きさの、ピンク色の筒を吐き出した。アマネが「うげっ」と声を漏らす。
「魔法少女ショーって、そんなものであれを倒せるの?」
「スーツはメカニックが改良してるからすごいパワーが出せるし、ちょっとやそっとじゃびくともしないさ! それにアマネちゃんなら、魔法少女の力を十分に発揮できる!」
アマネは眉間にしわを寄せて睨む。
「バーの裏で会った時から、これを考えてたのね! ……なんで私なの?」
「それは……」
ドットは丸い体を折り畳むように縮めた。申し訳なさそうに、言いにくそうにしながら話しはじめる。
「えっと……アマネちゃん……ミュータントだろ……だから、」
言いかける前に、アマネは丸いものを掴みあげた。
「どこで知ったの! 誰から聞いた、それを……!」
射殺さんばかりの視線で睨む。アマネの瞳には怒りの中に、悲しみと絶望の色が混じっていた。
「ドローンカメラで見た時に、アプリが反応したからわかったんだ! 誰かがバラしたとか、そういうわけじゃないんだよ!」
必死の声で言うドットを、アマネは地面に置いた。
「……隠していることを、暴きたててごめん」
「いいよ、別に。誰かに言ったら許さないけど。……それで、ミュータントならたくさんいるだろうけど、なんで私なのよ?」
ドットは跳ねながら、ピンク色の筒の横に戻った。
「このスーツ、元々はミュータントじゃない人のために造られたんだけど、ミュータント用に改造したんだ。そうしたら、変異の大きさに反比例してパワーが落ちるようになっちゃって……」
「何それ、失敗作じゃん!」
アマネは冷ややかに笑った。
「でも、このスーツならアマネちゃんも使える! スーツの力を引き出せる! ……今はアマネちゃんだけが頼りなんだ。お願い、力を貸してほしいんだ!」
ドットが地面に貼り付くように倒れ伏す。駐車場では轟音をあげ、パワードスーツが暴れまわっている。巨体が駆けるたびに、大地が揺れた。
「私がやらなきゃいけないことは、よくわかった」
アマネは転がっていたピンク色の筒を取った。金色の装飾が施され、化粧品か美容器具のような外観だが、見た目の印象以上に重い。ドットが跳び跳ねる。
「アマネちゃん……!」
「どうしたらいい?」
「その“マジカルチャーム”を高く掲げて、ボクが言う通りに言うんだ」
アマネは頷く。
「わかった」
「“花咲く春の夢みるドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」
可愛らしい声でドットが唱えるのを、アマネは口をあんぐり開けて聞いていた。
「……言わなきゃダメ?」
「ダメだよ! 音声認証になってるんだから!」
アマネは真っ赤になって震える。「ううう……」と声を出して震えながら、“マジカルチャーム”を高く掲げた。
「……やってやろうじゃない!」
ひとたび叫ぶと、次の言葉は勢いのまま、口から飛び出した。
「“花咲く春の夢みるドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」
“マジカルチャーム”の端についた金色の飾りが、花びらが開くように広がった。華やかな音楽が流れ出す。
「何? なんなの、この音?」
「大丈夫、“マジカルチャーム”の立体音響だよ。さあ、変身だ!」
アマネの全身を、ピンク色の光が包んだ。“マジカルペン”から流れる音楽に合わせて光が集まっていき、淡いピンク色の花びらを思わせる魔女風の衣装を形づくる。ペンライトほどの大きさだった“マジカルチャーム”は長く伸びて、花の飾りがついた杖になった。
アマネの髪が薄いピンク色に染まり、緩やかに波うちながら腰まで伸びる。両目のカラーコンタクトレンズは元の服と一緒に“分子再構成機能”によって分解され、縦長の瞳孔を持つ、金と銀のオッド・アイがあらわになった。
「やった! “マジカルハート・マギフラワー”、変身成功だよ!」
ドットは跳び跳ねて喜ぶが、アマネはソワソワしながら自らの服を見回した。
「何、このフリフリ! 髪も伸びて、色まで変わってるし……!」
「アマネちゃん、似合ってるよ」
「ハタチも過ぎてこんな服が似合ってるなんて言われても、嬉しくない!」
アマネは真っ赤になって叫んだ。
「人に見せられないよ、こんな格好……」
「大丈夫、立体プロジェクタの視角ジャミングとボイスチェンジ機能があるから、マギフラワーの正体がアマネちゃんだってことは、誰にもわからないよ!」
得意そうに話すドットを、マギフラワーは手にした杖でつついた。
「ふみゃ!」
「変身がバレたら、容赦しないんだから! ……行くよ!」
駐車場内に大股で向かうアマネを、ドットは跳び跳ねながら追いかけた。
数人の兵士が殴り飛ばされた後、イレギュラーズたちは駐車場周辺の物影や、軍用連絡ゲートの影に隠れていた。手榴弾をおとりに使ってパワードスーツをひきつけ、集めた小銃で十字砲火を浴びせかけるが、一つ目の巨人は動じなかった。
巨大な腕が振り回される。兵士たちは射撃の後すぐに身を隠したが、それでも一人、二人が殴り飛ばされ、戦列から脱落した。
攻撃を繰り返すたびに、少しずつ兵士たちが減っていく。メカヘッドは緑色に光るセンサーで、会議室のモニター越しに暴れまわるパワードスーツを捉えていた。
「どうしよう、このままじゃ全滅しちゃうんじゃ……!」
「軍に協力要請を出すぞ! “インパルス”のゲートを使えば……!」
イチジョーとクロキがメカヘッドに迫る。
「こちらも切り札を出しましょう。……しかし軍ではありません。戦術が噛み合わない! なんとかなったとして、町や兵員への被害は膨れ上がるでしょうね」
「だとしたらどうするんだい、彼らを見殺しにするのか?」
珍しく語気を強めて、イチジョーが尋ねた。
「いえ! ……副署長」
「何だ?」
急に呼ばれたクロキが、面食らいながら答えた。
「事情聴取の準備という名目で昨日昼から拘束されている、ナカツガワ・コロニーの保安官事務所一行を解放して頂きたいのです」
クロキはきょとん、としてメカヘッドの要請を聞いていた。
「何だって?」
「ご存知ではない?」
「“ドミニオン”のテストがずれ込んだから、事情聴取は延期になったと聞いてるぞ、俺は! ……おい、4、5人くらい来てくれ!」
室内に呼びかけると捜査官が10人余り、席を立ってやって来た。
「よし、人手は多い方がいい……諸君、署内を調べて、拘束されているナカツガワからの客人を探しだしてくれ! 見つけたら……どうすればいい?」
「署内の地下シェルターから、市内につながる連絡口があります。それを使わせてください」
「許可しよう。……諸君らも、シェルターまでの案内も頼むぞ!」
捜査官たちは副署長に敬礼し、駆け足で出口に消えていった。
「やれやれ、これも“ブラフマー”の工作でしょうな。万が一にもヒーローに介入されないように、と考えたのでしょう」
「一ヶ月前にあのパワードスーツを倒した、あのヒーローがいるのかい?」
「ええ」
イチジョーの顔が明るくなる。クロキは疑わしそうに眉をひそめた。
「軍の手に余る敵を、ヒーローとかいうのに任せられるのか?」
「そこは戦術の問題です。あまりに強い相手には、集団よりも、強い個をぶつけた方がいい」
クロキはむすっとしていたが、「そういうものか」と短く答えた。
「……さて、それまで彼らが持ってくれるといいのですが」
画面の中では、相変わらず黒い巨人が暴れていた。建物の影から銃を撃つ兵士たちに突っ込み、逃げ遅れた者を殴り飛ばす。さらに兵士を追いかけようとした時、ピンク色に光るワイヤーのようなものが足に絡み付いた。
パワードスーツが足をとられ、つまずいて地に手をつけると光るワイヤーは消え去った。巨人は体勢を立て直すと、赤く光るセンサーカメラをぐるりと廻らせて、周囲を睨んだ。
「『ここよ!』」
連絡口の建屋の上から、若い女性の声が響いた。
「何だ? ……援軍?」
メカヘッドが携帯端末を操作するとドローンのカメラが高度を上げ、建屋の屋上を捉えた。
花びらのようにひらひらと揺れる、淡いピンク色のドレス。花の飾りがついた杖、そしていかにも魔女が被っていそうなとんがり帽子……
手本のような魔法少女が、太陽を背にして立っていた。顔を上げると、薄ピンク色の長髪が揺れ、ウェーブがかかって流れ出る。前髪の間から、金色と銀色のオッド・アイがパワードスーツを見据えていた。
「何だあれは……?」
「フリフリの、女の子……?」
クロキ本部長もイチジョー課長も、信じられないものを見るような顔で画面に釘付けになっていた。
「『黒雲散らす花の嵐、マジカルハート・マギフラワー!』」
魔法少女がポーズを決めて名乗りを上げると、後ろで爆発が起こり、ピンク色の噴煙が上がった。淡いピンク色の紙吹雪が吹き上げられ、雪のように舞い落ちる。
クロキとイチジョーは言葉を失い、ぽかんと口を開けていた。
「……ハハ! ハハッ、アハハハ……!」
メカヘッドは頭に手を置いて、愉快そうに笑った。
「まったく……毎度毎度、想定以上に想定外のことをやってくれる……!」
「味方なのか?」
戸惑いながらクロキ本部長が尋ねた。
「味方なんでしょう。あの名乗りを見る限り、彼女も正義の味方です」
「頑張れ、マギフラワー、頑張ってくれ!」
イチジョーは画面に向かって、必死に応援しはじめた。
「とにかく、雷電が到着すれまでは彼女だけが頼りです。我々は画面越しに祈るしかありませんね」
「ううむ……」
クロキは渋い顔をして、画面に大きく映される魔法少女の顔を見ていた。
(続)