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スピンオフ;ナゴヤ:バッドカンパニー;15

女首領"みかぼし"の策略が、"トライシグナル"達保安局を苦しめる。


一方てベテラン保安官も、独自に行動を始めていた……!

「『……なに? それは……! ……いいな、くれぐれも……』」


 インカムの向こうで、室長が誰かに指示を飛ばしていた。


「『……すまん、トライシグナル! 荷物を積んだトラックがそろそろ着くはずなんだが……行く先々でトラブルに遭って、到着が遅れているんだ!』」


「うふふふ」


 トライシグナルと向かい合う女首領が、にやりと口の端を持ち上げる。通信回線を傍受していることに驚くこともなく、シグナルレッドは電磁警棒の切っ先を向けた。


「……お前たちの仕業か!」


「あら、確認するまでもないでしょう。私たちのやり方はもう、よくわかっているのではなくて? それよりも、そろそろクラッキング対策をしたほうがよいと思うのだけれど……」


「『ぐうっ、この……!』」


 レッド達のインカムの向こうで、室長が悔しそうに歯噛みする。


「室長、落ち着いてください。“みかぼし”の挑発です」


 臨戦態勢をとりながらも冷静なレッドの声に、室長はわざとらしく咳払いをした。


「『おほん! そうだな、相手のペースに飲まれず、落ち着いて行動するべきだろう……』」


「それはそれとして、セキュリティ対策はちゃんとやってくださいね」


「『う、ううむ……』」


 ばつが悪そうに室長が返すと、“みかぼし”は愉しそうに小さく笑う。その背中に、砦を取り囲んでいた隊員の一人が銃口を向けていた。


「今のうちだ、奴を……!」


 照準の中央に、女首領の背中をとらえる。ゴム弾とはいえ、この距離から背中を撃てば、ひとたまりもない……


「ぎゃっ!」


 引き金に指をかけた時、悲鳴をあげたのは警ら隊員だった。「撃たれた」と思った瞬間、目の前を白いしぶきが覆う。生ぬるい液体に包まれたかと思うと、全身にまとわりついて固まりはじめた。トリモチ弾だ!


「ああああ!」


 撃たれた男がもがくと、周囲の者たちもトリモチに絡みつきはじめてスクラムが崩れる。ミュータントたちは包囲網にほころびが生じたのを見るや、もがく者たちの頭上から更にトリモチを雨のように降らせた。


更に厚みを増した生ける防壁の向こう、崩れ落ちた遺跡の断崖に、異様に大口径の銃を構えたアオオニの姿があった。隊員を狙撃したトリモチ弾は、彼の持つ銃から放たれたもののようだった。


「不意打ちしてでも勝とうという気迫は褒めて差し上げます。……けれども、仕留めきらなければ却って隙を晒すことになる。覚えておくことね」


 “みかぼし”がひらひらと手を振ると、アオオニは一礼して廃墟の街並みに姿を消した。


「『くそ、新兵器が届けば……!』」


 室長が悔しそうな声を漏らす。レッドは電磁警棒の切っ先を女首領に向けたまま、じり、と一歩踏み出した。


「室長、“みかぼし”は私たちがやります!」


「ふふふ……!」


 “みかぼし”の目が一層妖しく、薄ピンク色の光を放つ。余裕のある小さな笑みが高揚した熱を帯びていく。ついに白い歯がこぼれ、女首領は大きく腕を広げた。


「そうです、あなた方の戦いぶりを、見せてごらんなさい……!」


「行くよ、二人とも! ……やああ!」


 “トライシグナル”は叫びながら、電磁警棒を振りかぶって駆けだした。





 “作戦の命運を握る秘密兵器”の輸送を任されたトラックは、ナゴヤ・セントラルの南部地域を迷走し続けていた。


「何で、どこも……ああ!」


 地下回廊の角を曲がると、黒と黄色の縞模様が目に入ってきた。三角コーンとバリケードが並び、“工事中”の看板や、迂回を促す矢印が道をふさいでいる。安全帽と作業服の従業員たちが、慌ただしく行き来していた。


 保安局のオペレーターは、運転手のつぶやきを聞き取っていた。車載無線を通してドライバーに話しかける。


「『大丈夫ですか?』」


「いや、またダメです! 工事現場に行き当たってしまった! ……迂回します!」


 トラックは大きく旋回して、元来た道を走り出す。ドライバーはオペレーターと話しながら、車内の時計に目をやった。到着予定時刻を、大幅に超えている。


「申し訳ない、まだかかりそうです……!」


「『大変な状況だということは、十分理解しています。ただ……急かしてしまって、申し訳ないのですが……』」


 申し訳なさそうにしながら、しかし困り果てたオペレーターの声。ドライバーは自らの歯をぎり、とかみしめてアクセルを強く踏み込んだ。


「いえ、申し訳ないのはこちらです! 何とか、何とか急いで参りますので!」


 必死の形相になりながらハンドルを握り、猛スピードで直線道路を駆ける。





――さっきから、このやりとりの繰り返しだ!





 曲がり角の向こうで出くわす人垣、イヴェント、車両トラブル……そして工事現場。トラックはそのたびに迂回し、南部地域から脱出するための道を探していた。





――しばらく走るたびに邪魔される、そして回り道。同じところをぐるぐる回っているような……あれ……?





 地下回廊の中空に浮かんだ、青色の地名看板。真下を潜り抜けた時、表示された地名が目に留まった。


「クソ、ここはさっき通ったところだ! どうなってんだ……?」


 そう思うと、周囲の景色にも見覚えがある。工場を出て、しばらく続く直線道路。このまま走れば、そこに……!


 トラックが曲がり角を抜ける。そこは、先ほどまで路上市場が開かれていた路地だった。





「やっぱりか! タワケどもが!」


運転手は“ハメられている”ことを確信して叫んだ。トラックが急ブレーキをかけて停まる。道幅いっぱいに子どもたちが広がり、ドッヂ・ボールに興じているのだ。


「ガキども、どけ!」


 クラクションを鳴らしながら、運転席から顔を出してドライバーが叫んだ。子どもたちは気にする素振りもなく、ボールを追いかけまわして歓声をあげている。


「ふざけんな! ひき殺すぞ!」


 声を荒げてクラクションを乱打すると、子どもたちが立ち止まり、一斉に振り向いた。


「……ひっ!」


 ドライバーは思わず声を上げた。遊んでいた子らは、全てミュータントだった。獣顔の子ども、外骨格に覆われた子ども、多眼の子ども、顔のない子ども……ミュータントの子どもたちはトラックの、運転席に収まっているドライバーをまっすぐ見つめている。


「仕事の邪魔すんじゃねえ!」


 一瞬ひるんだ後、運転手は怒り狂ってエンジンをふかした。


「バケモンのガキども! こっちは保安局の仕事でやってんだ、わかるか? ……てめえらぶっ殺しても、俺たちは捕まらねえってことだよ!」


 エンジンの音が激しさを増していく。立ちはだかった子どもたちは一人、また一人と逃げ出し、物陰に身をひそめていった。その中でただ一人、道路の真ん中に立ち尽くしている子どもがいた。立方体の頭を持つ少女……“みかぼし”たちに助けられた娘だった。


「どけ! 殺すぞガキが!」


 少女は両手を大きく広げたまま、目のない立方体の頭をトラックに向けている。小さな体は、細かく震えていた。


「……イヤ! 行っちゃダメ!」


 エンジンの音に負けないように、少女は声を張り上げる。


「“みかぼし”様も、みんなも、殺させちゃダメなんだから!」


「調子に乗んな! テメエがまず死ねや!」


 ドライバーは罵声をあげながらブレーキから足を外し、アクセルを踏み込んだ。しかしトラックが動き出す直前、アスファルトをこすりつけるタイヤの音が響いた。


 トラックが突っ込むが、少女ははね飛ばされる寸前に、突っ込んできたバイクの男に抱えられてその場を離れていた。横切ったバイクの影に、トラックは急ブレーキを踏む。


「今度は、何だよ……?」


 運転手が振りむくと、白いバイクが道端に停まっている。車上の男は抱えていた少女をバイクの後部座席に乗せると、パトライトを車体に取り付けた。


「やれやれ、危険運転は減点対象ですよ」


 ヘルメットを脱ぎ、ソフト帽をかぶりなおしたアキヤマ保安官は、胸ポケットについた保安官バッジをトラックに見せつけるように上背を伸ばした。仕事中にはお気に入りのソフト帽を被るのが、彼のこだわりだった。


「まあ、進路妨害があったことも問題でしょう。気を付けるように、子どもたちにはしっかり注意をしておきますから」


 ドライバーは慌ててトラックから飛び降りると、保安官にペコペコと頭を下げる。殺人未遂で現行犯逮捕されてもおかしくない状況だ。減点で済むのなら、それに越したことはない。


「すみません、急ぎの仕事で気が立っていて、脅かそうと思ったのがやり過ぎてしまいまして……」


 ポケットからIDカードを取り出して保安官に渡す。アキヤマは携帯端末を取り出し、IDカードの登録番号を手早くスキャンした。違反切符の処理は、これで完了だ。


「子ども相手にムキになるのはいただけませんな。ですがまあ、事情もあるようですし……お気を付けて」


「すみません、ありがとうございます」


 IDカードを返されたドライバーは再びペコペコと頭を下げ、小走りでトラックに戻っていく。アキヤマ保安官は女の子をバイクから降ろすと、車体に貼り付けたパトライトも片付けた。


「さて……」


 トラックが遠ざかっていく。物陰に隠れていた子どもたちも出てきて、心配そうにトラックと、保安官を見ていた。


「君たち、よく頑張ったな。ここからは、私が何とかする。だから安心して、オオスに帰りなさい」


 アキヤマは子どもたち一人ひとりの顔を見ながら声をかけると、ヘルメットをかぶり直した。


 耳元のスイッチを押し、インカムの通話回線を開くのを確かめてバイクを走らせ始める。


「オオス住民の諸君、保安官のアキヤマだ」


 マイクに話しかけるとインカムの向こうから、トラックを妨害していた人々の返答が飛んでくる。


「悪いがこちらも取り込み中でね、一人ひとりに対応することはできない。一方的にしゃべることを許してほしい」


 アキヤマ保安官は人々の声を聞きながら地下回廊を駆け、遥か先に小さく光るトラックのテールライトを追いかけていた。


「諸君らがハーヴェスト・インダストリのトラックを追跡してきた上で交わしていたやりとり、会話の内容……こちらでも利用させてもらった。皆、ご苦労様。……その上で、すまないがそろそろ、この件からは身を引いてもらおう」


 オオス住民たちから怒りの声が噴きあがる。


「申し訳ない、だが話を続けさせてもらおう。諸君らはよくやった、やりすぎた。……そのために追いつめられたドライバーが、かなり強引な手に出始めている。具体的に言うと、進路妨害した子どもたちをひき殺そうとした。これ以上は、諸君らの身が危なくなるだろう」


 インカムからの声は少しずつ怒りの色を失い、戸惑いと恐れの色が増していった。


 当然だ。彼らは“明けの明星”と命運を共にする覚悟を持ち、“みかぼし”らを敬愛してやまないものの、闘う力など持たない人々なのだから。


「そこで、ここからはこの一件、私が預かろう。諸君らの身の安全も、もちろん“明けの明星”の首領以下、戦闘員たちが無事に帰還できるように、全力を尽くそう。……だから、すまない、諸君。私からの通達は以上だ」


 アキヤマはオオス住民たちからの声を振り切るように通話回線を閉じた。標的のトラックはヘッドライトを光らせながらヒサヤ・ブロードウェイ目指して、視線の遥か先を爆走している。


 保安官は再びパトランプを車体に取り付け、サイレンを鳴らして加速させ始めた。そしてハンドルに取り付けた携帯端末を操作すると、拡声器機能を起動させた。ヘルメット内部のマイクに向かって声を張り上げる。


「『……そこのトラック! スピード違反だ、とまりなさい!』」


(続)

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