スピンオフ;ナゴヤ:バッドカンパニー;14
若き女首領は嗤う。
「"悪の組織の闘い方"というものを見せてやろう」と言わんばかりに……
「フフフ、はっはっは……!」
“トライシグナル”の名のりを受けた女首領は、心底愉しそうに高笑いを浮かべた。
「いいでしょう、こちらも名乗りを返しましょう! ……我らこそは、ナゴヤの闇の中に生きる者! この明けぬ夜の暁に輝く、反逆の凶星!」
“みかぼし”がマントを翻して両手を広げると要塞の壁がところどころ崩れ落ち、内側から黒ずくめのミュータント兵たちがあふれ出す。
「我が名は“みかぼし”! そして我々こそナゴヤを侵略し、ニホン全土に覇を唱えんとする結社、“明けの明星”である!」
黒ずくめの戦闘員たちは雄たけびをあげ、要塞の外に駆けだした。
「『総員、迎え撃て!』」
室長が保安局の通話回線を使って号令をかけると、警ら隊員たちが動き出す。砦を囲んだ盾の壁が整然と陣形を変えながら、ミュータントたちを抑え込もうと包囲網を狭めはじめた。
「『……というわけだヨ。先ほど、ウチの戦闘員たちと警ら隊が衝突をはじめタ。保安局の新兵器というものモ、間もナク工場を出発するだロウ』」
「なるほど、そこまで把握済みというわけか。用意周到というか、なんというか……」
インカムから聴こえてくるズノの説明に相づちを打ちながら、アキヤマ保安官はロッカーの中を漁り、取り出したネクタイを雑にしばった。
「……よし。いずれにせよ、協力感謝するよ、ズノ」
「『それはドーモ。だが、我々の作戦を妨害されては困るヨ』」
朝陽の射さない地区に作られた保安官事務所、第14分署。往来する人々の声や、人の動きに合わせて表示される立体映像コマーシャルの音声が外から聞こえてくる。保安官は鍵をかけていた引き出しからメモリチップを取り出し、デスクトップ端末に差し入れた。
「俺は“お巡りさん”だからな、人を守るのが仕事だ。それ以上のことはしないし、そこは譲るつもりはないよ。……うむ」
アキヤマ保安官は背中を丸めて画面に目を走らせた後に手を伸ばして、壁にかけたソフト帽を手に取った。
「それでは、俺も行くとしよう。……君たちの、無事を祈っている」
「『ありがトウ。そちらも、よろしく頼むヨ』」
旧友の言葉に小さく笑いながら、保安官はソフト帽を目深にかぶった。
「ははっ……悪の怪人が保安官に頼み事とはな。だが、できる限りは、やってみるさ」
アキヤマが身支度を整えた時、事務所の扉が開く。パトロールを終えて戻ってきたキョウが、上司の姿を見て目を丸くしていた。
「ただいま戻りました……あれ、どっか行くの?」
「こら、仕事中は上司だろう。ちゃんと敬った態度を取れ」
あきれ顔の保安官がため息をつきながら注意すると、保安官見習いは慌てて背筋を伸ばした。
「ああ、すみません。珍しいな、と思って……見回り、終わりました」
「ご苦労さん。それじゃあ、俺はちょっと出てくるから……」
キョウの横を通り過ぎて、保安官は出口に向かって歩いていく。
「はい、いってらっしゃい」
アキヤマ保安官は扉に手をかけたところで立ち止まり、息子に振り向いた。
「……そうだ。端末の画面に部外秘の資料を出しっぱなしにしてたんだった。色々都合が悪いから、消しといてくれない?」
「え?」
ぽかんとしているキョウに「じゃあ、よろしく」と気安く頼むと、アキヤマ保安官はさっさと扉を開けて事務所を出て行った。
「なんなんだ、一体……?」
メモリチップがさされたまま、放置された端末の画面が光を放っている。首をひねりながらのぞきこんだキョウは、画面に表示された図面にくぎ付けになっていた。
「何だよ……これ……?」
一重に巡らされた盾の壁が、歩調を揃えてせり出した。輪が狭まるにつれて列はほどけ、警ら隊は二重の壁、三重の壁へと陣形を組み替えながら、包囲網を維持して砦に迫る。
「『いいぞ、抑えこめ!』」
警ら隊の練度に満足しながら室長が叫んだ時、塔の上の“みかぼし”は口の端をゆがめて笑っていた。
「“マインドウェイブ”!」
高らかに声を上げて呼びかけるのを、“トライシグナル”の三人娘は聞き逃さなかった。
「室長、クラッキングです!」
ソラが異変を見逃すまいと、周囲を見回しながら叫ぶ。
「もう、仕掛けられている!」
「『なんだと?』」
凄まじい雄たけびを上げた後、しかし戦闘員たちの動きは鈍かった。盾を構えた警ら隊員たちはそのまま突っ込んでいく。
ミュータントを抑えこもうとした時、防壁の最前列が立ち止まった。ゴーグルに覆われた目に両手を当てて叫ぶ者、固まりついてうめき声をあげる者、盾を杖代わりにして崩れ落ちる者……。
「『何が起きているんだ、これは……?』」
突如目の前に広がるおぞましい光景に、室長が驚いて声を漏らす。
「『ご安心なさい。命に別状はありませんわ』」
通話回線に侵入してきた“みかぼし”が、直接室長に話しかけた。
「『ご説明いたしましょう。彼らのゴーグルとインカムがネットワークに接続されていましたので、こちらからも回線を開いて、フラッシュバン相当の照明音響効果を起こすプログラムを送りこみましたの。ふふふ……』」
「『くそ、行動不能になった者を回収しろ! ネットワーク回線は遮断する。後は各班、マニュアル通りに行動するように!』」
後列に詰めていた隊員たちが動き始めた時、“みかぼし”は再び手をかざして叫んだ。
「トリモチ構え! ……撃て!」
戦闘員たちが手に持つ丸い塊を、次々に放り投げ始める。トリモチ弾は警ら隊員たちの手足や盾に命中するなり、はじけて粘液のしぶきをあげたと思うとすぐさま固形化し、警ら隊員たちのスクラムを盾ごとがっちりと結着させた。
瞬く間に警ら隊員によるバリケードが築き上げられ、攻防戦が始まった。仲間の壁をよじ登って、散発的に攻め入ろうとする警ら隊員たちは、壁から顔をのぞかせるたびに殴り飛ばされた。
「『くそ、えげつない手を……!』」
「『あら、悪の組織にお上品な戦い方を期待していたのかしら?』」
通話回線越しに、“みかぼし”が室長をあざ笑う。シグナルレッドは折りたたみ式の電磁警棒を伸ばし、放電スイッチを起動していた。
「私たちも、介入します!」
「『頼む、このままではラチがあかん!』」
ブルーもイエローも電磁警棒を構えた。弾けるような電光が、起動した警棒を取り巻いて火花を散らす。
「『先ほど新兵器が完成し、こちらに向かっているということだ。それまで何とか、頑張ってほしい!』」
「了解! ”トライシグナル”……行きます!」
3人が砦に向かって走り出した時、砦の頂点から黒いマントをなびかせて、女首領が“トライシグナル”の前に舞い降りた。
「とまりなさい、“トライシグナル”」
「“みかぼし”……!」
レッドは電磁警棒の切っ先を、女首領に向けて突き出す。
「邪魔はさせない!」
「“邪魔”ですって……?」
“みかぼし”は小さく笑う。愉しそうに、しかしどこか不満そうに。二つの瞳は妖しく光りながら、“トライシグナル”に向けられていた。
「勘違いしないことね。あなた方の相手は……このわたくしです」
数人の作業員たちに囲まれ、重厚なしつらえのジュラルミンケースがトラックに積み込まれた。大きな音を立てて荷台の扉が閉まる。
「積み込みヨシ!」
作業員の声に応えるようにヘッドライトが灯り、白い車体がぶるる、と身震いした。目の前のシャッターが開くと、工業プラントが立ち並ぶ地下回廊の景色が広がっている。
「エンジン起動ヨシ! ……出発します!」
トラックが滑るように公道に出ると車載スピーカーが電子音を鳴らし、通話回線が開くことを伝えた。
「『お勤めご苦労様です。こちらナゴヤ保安局です』」
「これは、わざわざすみません。ハーヴェスト・インダストリ運送部です。受注いただきました商品、ただいま発送を開始いたしました」
トラックはスピードをあげながら回廊を走る。ネオンサインと立体映像が次々と現れては、後方に過ぎ去っていった。
「『目的地の変更については、ご了承いただけましたでしょうか?』」
「はい、確認させていただきます……」
空中に浮かぶ案内表示を見ながら運転と通話を続けていたドライバーは、ちらりとフロントガラスの端に貼り付けられたメモに目を落とした。
「ヒサヤ・ブロードウェイ直上の遺跡地区ということで、よろしいでしょうか」
「『はい、結構です。ただ、その……申し訳ないのですが、急ぎの配達をお願いしたいのですが……』」
保安局のオペレーターが申し訳なさそうに切り出す。運転手も困ったような薄笑いを浮かべていた。各部門のプラントで同時多発的にアクシデントが起こったことで納期が遅れに遅れ、更に注文の不備によって起こった材料の不足により、一部隊分注文されていた品物を一機しか作ることができなかったことは、ドライバーにも伝えられていたからだ。
上司を通して社長から、「先方にはくれぐれも、粗相のないように」と厳命されている。保安局からの要請には何をさておいても、全力で応えねばなるまい。
「わかりました。全速力で向かいます。恐らく数分で到着するかと……わあ!」
話し始めたが途中で、ドライバーは急ブレーキを踏んだ。タイヤがきしみ、車体が激しく震える。ハンドルを大きく切って、トラックはドリフトしながら急停車した。
「『どうしました! 何か事故が……?』」
「いえ、大丈夫です、ギリギリでしたけど事故は……けど、これは……」
停まったトラックの数メートル先に、人だかりができていた。路上いっぱいに人々が広がり、野菜や果物を取引している。ざわめく声、笑い声、そして小競り合いの声。
「路上市場です! でも、こんなところで、やるって言ってたか……?」
「『通れますか?』」
トラックがクラクションを鳴らしたが、人々は気にする素振りもなく買い物に興じていた。続けざまに鳴らすクラクションに見向きもしない。道を譲るつもりは全くないようだった。
「……ダメか! くそ、クルマに道を譲らないなんて、それでもナゴヤ市民かよ!」
悪態をつきながらハンドルを殴りつけると、クラクションが「ぶすう」とすかした音を立てる。
「『大丈夫ですか? その、品物は……?』」
「ええと……はい、大丈夫です!」
ドライバーはエンジンをふかし、トラックをバックさせて大きく旋回させた。
「他の道を使いますから! ちょっとロスしましたが、取り返してみせますよ!」
「『ありがたい。是非よろしくお願いします』」
白いトラックがUターンして去って行く。路上市場の人々は遠ざかって行く車体を、じっと見送っていた。帽子やほっかむりの下から、一つ目、三つ目、四つ目……ミュータントたちの視線がトラックに注がれている。
トラックが角を曲がって姿を消すと、リーダー格と思われる年配の女性が携帯端末に話しかけた。
「……こちら5のA班、“瞳ちゃん”です。各班に連絡します、ターゲットのトラックに接触しました。繰り返します、ターゲットのトラックに接触しました。ターゲットは進入を断念して南ブロック、グリーン・エリア方向にむかっています。対象地域の各班は、警戒と連絡を怠らないように願います……!」
(続)