スピンオフ;ナゴヤ:バッドカンパニー;12
悪の組織を攻めるため、保安局が動き出す……!
テーブルの上に置いていた携帯端末が呼び出し音を鳴らす。画面には「非通知」と大きく表示されていた。
デスクトップの画面と向き合っていたアキヤマ保安官は、一度目の呼び出しが終わる前に端末機を手に取った。保安官見習いのキョウが帰った後の中央管区、第14分署のオフィスに詰めているのはアキヤマ保安官だけだ。通信回線を開こうとしている相手も事情をよくわかっていて、決まってこの時間にコンタクトを取ってくるのだ。
「はい、アキヤマです」
「『アキヤマのおじさま、今回も協力ありがとうございました』」
名乗りも、事情の説明もなく、ミカの涼やかな声が返ってくる。
「さて、何のことやら。まあしかし、うまくいったようで何よりですな」
互いの立場上仕方のない、本題の周りをふらふらと漂うようなやりとり。しかし保安官は親友夫婦の娘の明るい声に、よい結果が得られたことを確信していた。
「『ええ。“トライシグナル”ともタイミングよくすれ違うことができましたので、想定していた以上の成果です』」
アキヤマは空いている手でデスクトップ端末の操作を続けていながら通話を続けた。
「それはよかった。私はせいぜい、昔馴染みとおしゃべりしているだけですからね」
「『うふふ、それがよいのです。私たちミュータントの伝手は少ないですから。ナゴヤ・セントラルの中で活動を続けるために、とても助かっていますわ』」
すっかり機能が回復した“ナゴヤ・ニュース・ネットワーク”のサイト画面では、“サカエ・ストリートに狂暴なミュータント現る。トライシグナルにより御用”。“背後には反政府組織か 組織側は関与を否定”といった見出しが、大きな文字で踊っている。
保安官はため息をついてニュース・サイトのアプリを閉じた。
「親友の娘さんが頑張っているのに、それくらいしかできることがないというのが申し訳ないんだが……」
「『あらあら、保安官がそんなことを言って、大丈夫なんですか?』」
「はは、それは確かに、よろしくないかもしれないが……うん?」
アキヤマの目はディスプレイに釘付けになっていた。
「『おじさま、どうしました?』」
活躍を続ける“トライシグナル”に新たな装備品を支給することを発表する、保安局の内部向け広報。そしてテストを終えた新製品を発表する、重化学工業最王手“ハーヴェスト・インダストリ”のプレス・リリース……それぞれ別のウインドウに表示されていた情報が、保安官の脳内で結びついていた。
「これはもしかすると、大変なものなんじゃないか……?」
「諸君、サカエ・ストリートの反政府暴動鎮圧、ご苦労様。特にトライシグナルの三人は見事な連携により犯人逮捕に多大な貢献を果たしたことは、極めて喜ばしい」
カンファレンス・ルームの上座についた室長があいさつ代わりに皆をねぎらう。隣に控えた秘書官が資料の準備を始め、会議を進行しようとしていた時、参加者の一人が手を挙げた。
「失礼ですが、室長、発言を」
周囲の視線が、発言を求めるソラに集まる。議題に入る前に動き出したソラをとがめるような色が強い中、キヨノとヤエは心配そうにソラを見つめていた。室長は苛立つ様子もなく「ふむ……」と言って、まっすぐな視線を向けてくる部下の顔を見た。
「発言を許可しよう、赤池君」
「ありがとうございます……お言葉ながら、先のサカエ・ストリート襲撃事件の容疑者は反政府組織の構成員ではありません。訂正させていただきたく思います」
参加者たちのうんざりした内心が、空気ににじみ出した。「何を言っているんだ」という非難、若輩者への侮り……室長は黙って、話を聞いている。
「容疑者は反政府組織“明けの明星”の名を騙っていただけで、組織とは無関係です。“明けの明星”が声明を出し、容疑者本人も取り調べの中で事実を認めていますが」
室長は秘書官から資料を受け取り、素早く目を通した。
「うむ……なるほど、赤池君の発言の通りだな。だが、それでもこの容疑者がテロ活動を行ったことは変わらないのではないかね?」
「容疑者は取り調べの中で、“長年不当な待遇の雇用契約を押し付けてきた挙句、一方的に契約を切ってきた警備会社への怒りと、今後の生活への不安”を動機として挙げています。これを反政府暴動と呼ぶことには問題があるのではないかと思いますが……」
参加者たちからざわめきの声が上がり始める。室長は「静粛に」と皆に呼びかけた。
「赤池君の発言内容は全て事実だ。彼女の発言に責めるべき問題点がないことを、まずことわっておこう……そしてその上で、私の見解を答えよう。赤池君」
「は、はい……!」
室長の反応を想定していなかったソラは、思わずびくりとして返した。
「私は容疑者の所属や主義、主張が問題なのではないと思っている。容疑者は反政府組織の名を名乗り、暴動を起こしたことでナゴヤ市民を恐怖に陥れた……それは事実だろう?」
「それは……そうですが……」
返答に困ったソラがうつむくと、室長は小さく笑った。
「そして君たちトライシグナルが容疑者を逮捕したことにより、反政府テロに負けない保安局の姿勢を、市民に示すことができた。我々中央管制室にとっては、これが第一に評価するべきポイントなのだよ。今回の会議は、その上で我々の次の作戦を示したいと考えている。……本題に戻って、よろしいかな?」
「はい……お時間、失礼いたしました。皆さんも、お待たせしました」
声の力を失ったソラが皆に謝って席につくと、室長は改めて皆を見回した。
「さて諸君、今話した通り、我々の活動は順調だと言っていい……のだが、相変わらず反政府組織“明けの明星”は勢力を維持し、ナゴヤ・セントラル市域に強固に根付いている。……新型装備がトライシグナルに支給される予定になっていることを、知っている者もいると思う」
室長は言葉を区切り、深呼吸してから決断的に宣言した。
「……今回、我々はこの新兵器を主軸として、“明けの明星”への侵攻作戦を決行する」
同時刻のオオス寺院遺跡、“明けの明星”の本堂には、ミュータントたちが集まっていた。二本角の女給があわただしく動き回り、居並ぶ“明けの明星”の構成員たちのコップに模造麦茶を注いで回っている。銀色の流体ミュータントは黒服の実働部隊“戦闘員”たちとのおしゃべりに花を咲かせていた。
がらり、と戸が開く。糊の効いたシャツにスーツベストを着こんだ青い外骨格の紳士が入ってくると、一同は姿勢を正して静まり返る。
「うむ、皆集まっているようだな。“シルバースライム”も時間通りに着いているならば、他の者も問題ないだろう」
“明けの明星”のナンバーツー、癖だらけの部下たちを束ねる最年長の紳士は、一人ひとりの顔を見回して言った。構成員たちがどっと笑う。
「勘弁してくださいよ!」
“流体怪人シルバースライム”のコードネームを与えられたぎんじは居心地悪そうに体表をぶるぶると波打たせるが、アオオニは気にせず声を張った。
「それでは、会議を始める! 首領、どうぞこちらに!」
丈の長いマントを羽織った“みかぼし”が本堂に姿を見せると、構成員たちはうやうやしく頭を垂れた。女首領は大股で戦闘員の列を通り抜けると、最上座に設けられたトコノマ・スローンに腰かける。
「皆さん、忙しいところ、よく集まってくれました。顔を上げてください」
ミュータントたちが顔を上げる。“みかぼし”は燃える目で皆の視線を真っ向から受け止めながら、集まった部下たちを見た。
「今回集まってもらったのは、緊急の事態に対応するためです。……“ニューロウェイブ”、ここに!」
「『かしこまりましタ。少々お待ちクダさい……』」
“電脳怪人ニューロウェイブ”がスピーカーから答えると、本堂の中央に立体映像が浮かび上がり、ゆっくりと回転する。バズーカ砲のような、あるいは大砲のような大型の筒状銃器だった。
「それでは“ニューロウェイブ”、引き続き説明を」
「『承知しましタ。……皆サン、今映し出しているものは、ハーヴェスト・インダストリ製の新兵器“サナダ砲”でス。これは射線上にあるものを発火・爆破する、強力な兵器デスネ』」
参加者たちから低く、ざわめく声が漏れだす。“シルバースライム”のぬるりとした手が挙がった。
「はい、“ニューロウェイブ”さん、それって、火炎放射器と何が違うんです?」
「『いい質問だネ。この“サナダ砲”は熱線や炎を直接吹き出して相手を燃やす訳ではナイ。射線上に強力な電磁波を放って、生物を内側から強烈に加熱するのだヨ。詳しい情報は後で公開するガ、まだカタログスペックに過ぎないからネ。今後の状況によっては修正が加えられるかもしれナイ。まあ参考に、ってとこだネ』」
「なるほど、ありがとうございます」
説明を聞いた“シルバースライム”が座りなおす。“みかぼし”は皆の反応が落ち着くのを待ってから、再び口を開いた。
「他の者は、質問などは……ないようですね。それでは、ここからが本題です。“ニューロウェイブ”、次の資料を」
「『かしこまりまシタ』」
映像が切り替わると、ナゴヤ・セントラル市内の立体地図が表示される。
「これは……この辺りの、地図ですか?」
映し出されたのはオオス地下寺院とその周囲、“明けの明星”の勢力範囲だった。灰色の板で描かれた地図のそこかしこに、青色や赤色の矢印が表示されている。
「そう、私たちの勢力範囲を表した地図ね。……そしてこれは、“ニューロウェイブ”が保安局のデータベースをハッキングして手に入れたデータです」
構成員たちが再びざわめきはじめる。
「質問があるのなら構いませんが……まずはこのデータを説明しましょう。かまいませんね」
“みかぼし”が一段声量を上げて呼びかけると、騒ぎ始めた部下たちはすぐに静まり返った。
「よろしい。これは保安局が、“明けの明星”に全面攻勢をかけるために作成した地図だとみられます。一緒に手に入れた作戦資料によると、この矢印に沿って攻め入り、最終的にはオオス遺跡全土を制圧することが目標のようです」
「本当に、やる気なのかな……?」
「これまで、連中はオオスまで攻めてこなかったけど……」
説明を聞いていた構成員たちが不安そうな声をあげる。女首領は部下たちを見回しながら、話を続けた。
「これまで保安局の警ら隊や防衛軍がオオスに攻めてこなかったのは、ナゴヤ・セントラルの遺跡を破壊するような、大規模な作戦を取ることができなかったからです。しかし、先ほど見せた新兵器が配備されると……」
「遺跡を壊さずに、俺たちだけを丸焼きにしよう、ってことか!」
“シルバースライム”がハッとして声をあげた。
「その通り。実際に、“サナダ砲”が保安局に配備されるという情報も得ています。彼らが打って出るとすれば、当然使ってくるでしょう。そうなったら、私たちも、住人の皆さんもどうなるかわからない……そこで、我々も迎え撃つ作戦に出ます」
女首領の瞳が燃える。部下たちは固唾をのんで、“みかぼし”の話に聞き入っていた。
「悪の組織の恐ろしさを、連中に見せつけてやりましょう……!」
(続)