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スピンオフ;ナゴヤ;バッドカンパニー;9

悪の女首領打倒に執念を燃やす"トライシグナル"の前に、"二面怪人ザナドゥ"が立ち塞がる。


不敵に笑う有角の魔女、その実力は……?

 有角の魔女は踊るように回る。しなやかな尾が弧を描いてしなり、三方から打ちかかる攻め手をいなし、弾き飛ばす。細い両手は一対の双剣が握られ、それが鞭のように振り回される尻尾の乱打に紛れて、トライシグナルたちの鼻先に突き出されるのだ。


「くそ! 届かない……ああっ!」


「ヒヒヒ! 鈍い! 鈍い! どうした、もう限界か?」


 尻尾の一撃でレッドの右手から電磁警棒を打ち落とし、ザナドゥは顔をゆがめて笑う。トライシグナルたちの動きが悪くなり始めたのも確かだった。“トライシグナル”が身に着けているパワードスーツはバッテリー駆動だ。その搭載バッテリーに蓄えられたエネルギーが、底をつきつつあるのだ。


「『間もなく、活動限界。危険です、変身を解除してください。繰り返します、変身を……』」


「ああ、くそ! まだだ!」


 警告音声を発する“変身ブレスレット”を押さえつけて黙らせると、レッドは落としていた警棒を拾い上げた。


「最後まで……あきらめるわけにはいかないんだ!」


 警棒を突きつける。使用者のスーツから供給される電力により、かすれた火花がはじけ飛んだ。ザナドゥは長い尾をしならせ、双剣をレッドに向けて構えた。


「ヒヒ! いい啖呵じゃないか! ……フン!」


 するりと体をしならせると、レーザー光線をすり抜ける。レッドの背中に隠れてレーザーガンを拾いなおしていたブルーが、ザナドゥの動きに目を丸くしていた。


「これを避けるというの……?」


 連射しようとトリガーをガチガチと押し込むが、減圧レーザーガンのエネルギー・カートリッジは既に使い切られていた。


「ええい、この……!」


「下らん、殺気が駄々洩れだ」


「ぎゃっ!」


 艶やかな尾の一閃にブルーが弾き飛ばされる。レッドはザナドゥが言葉を発するや否や、猛然と走り出していた。


「ああああ!」


「正面から来るか! だが……」


 ザナドゥは尾をバネのようにしならせ、軽々と跳び上がった。警棒を振りかぶって突っ込んでいったレッドはふらつきながら走り続け、魔女の背後ににじり寄っていたイエローにぶつかり、もろともに崩れ落ちた。


「きゃあ!」


「ああ、くそ!」


 重なって倒れるレッドとイエローの変身が解除される。二人に駆け寄ったブルーのスーツも走る途中で消え去り、警ら隊の制服に戻っていた。


「ソラ! ヤエ!」


 ザナドゥは塀の上に立ち、冷ややか目でソラたちを見下ろしている。


「武器も、衣装も、全てが限界なのだろう? いい加減、我々に力が及ばぬことを認めるのだな」


「ぐ、ぐぐぐ……!」


 ソラは倒れ伏したまま両手を握りしめ、悔しさのあまりうめき声を漏らしている。キヨノはヤエに目くばせすると、勝ち誇る有角の魔女を見上げた。


「負けを認めたとして……私たちをどうするつもりですか?」


「どうする……?」


 キヨノの問いかけに、ザナドゥは心底どうでもよさそうな声を漏らした。


「私がお前たちを捕まえるとでも、思っているのか?」


「捕虜にするとか、身代金を要求するとか……」


「フン」


 更に食い下がるキヨノを、魔女は鼻で笑う。


「下らん、我々には不要なものだ」


「なんで……?」


「キヨノちゃん!」


 相手の意図を読みかねて混乱するキヨノに、ヤエが呼びかける。


「何度やっても、通信がうまくいかない!」


「何ですって?」


 二人のやりとりを聞いていたザナドゥは冷ややかに笑う。


「ここは既に我々の領域だからな。当然だ。そして、不法侵入した愚か者どもは……即刻、退去してもらおう」


「ふざ……けるな!」


 ソラがアスファルトの床面をつかみ、震えながら起き上がった。


「“明けの明星”……全員、逮捕する!」


「その体たらくで、よく吼えたものだ。……”ニューロウェイブ”!」




 ザナドゥが叫ぶと、街のそこかしこに立体映像が浮かび上がった。他の区域では企業組合による広告映像が表示されるはずの仮設画面には、ガラス質の体と、大きな目玉を持つ小さなミュータントが映し出されていた。


「『聞いていたヨ、“ザナドゥ”。お疲れ様だネ。そして“トライシグナル”のお嬢さん方、我々“明けの明星”は勢力圏の都市ネットワークも支配している。“そこ”で勝手に通信ができると思わないほうがいいヨ』」


「お前は……!」


 ソラが目の前に浮かび上がった映像に手を伸ばそうとすると、ふつりと映像が消える。数歩離れた先に、再び映像が投影された。


「『おっと、自己紹介しヨウ。私は“電脳怪人ニューロウェイブ”。“明けの明星”の都市ネットワークを管理する者だ。そして今や、君たちのデバイスも私の支配下にある、ということだヨ。……こんな風にネ』」


 “ニューロウェイブ”がそう言った途端、三人娘の携帯端末がそれぞれ、けたたましい音量の音楽を流しはじめた。


「なっ! ちょっと……! とまれ! とまって!」


「どうしよう、全然動かないよ!」


「音楽データを、勝手に受信してる……?」


 三人が端末相手に格闘しているのを見て、ニューロウェイブは小さく笑った。


「『ハハ、これはちょっとしたイタズラだがネ。君たちのデバイスから、このエリアに入った後のあらゆるデータを抜かせてもらったヨ。位置情報や録音、心拍、戦闘記録……保安局がどんなデータを利用してくるかわからないからネ、すまないネ』」


 ニューロウェイブが謝った途端に端末から流れていた音楽が消える。真っ黒になった携帯端末の画面に舌打ちをして、ソラはザナドゥと立体映像の画面を睨みつけた。


「ここまでして、何が狙いなの?」


「『それはさっき、ザナドゥも説明しただろウ?』」


 ガラス質のミュータントが映された立体映像が、三人娘の前に浮かび上がった。


「『我々は、君たちにとっととお引き取り願いたいのサ。捕虜にするとか、洗脳するとか……あるいは、殺してしまうとか、そんなことよりも、君たちを帰した方が都合がよい。それが“みかぼし”様のご判断だヨ』」


「よく、わからないけれど……」


「見逃してくれる、ってこと……?」


 キヨノとヤエは困惑しながらも脱力するが、ソラは自棄気味に笑った。


「……それじゃあ、このままあんたたちのアジトに潜入捜査すれば、都合の悪いものを暴くことができる、ってことね!」


 ザナドゥはすっかり返事をする気をなくしてそっぽを向いている。代わりに画面の向こうからニューロウェイブが返した。


「『……本気で言ってるのカ? さっきも言っただろウ、この地域は私の管理下にあるとネ』」


「ニューロウェイブ、頭に血がのぼってるやつの相手は疲れたわ」


 ザナドゥはそう言って、尻尾をしならせながらきびすを返す。


「くそ、お前も逃げるのか!」


「……逃げる?」


 有角の魔女は立ち止まり、振り返って鋭い視線を向ける。


「勝負がついているのは貴様もわかっているだろう。貴様らを足止めして、我々の実力を見せつけるのが私の任務だ。それ以上は付き合う義理もない。後処理は頼んだよ、ニューロウェイブ」


「『ザナドゥ、私は“手”を持っていないんだがネ?』」


 ザナドゥは胸の谷間に仕舞っていた小型端末を取り出して見せた。


「“自警団”の連中にもコンタクトを取って、待機してもらってる。警ら戦隊とやらはもう、ただの小娘だ。エスコートは、彼らにやってもらうさ」


「『なるほど、それなら結構だネ』」


「じゃあ、私は行かせてもらう。……“みかぼし”様の夕飯の支度をしたいと、“ペケ子”がせっついてるからな」


 そう言うなりザナドゥの角がするすると渦を巻く。“二面怪人”はもう一方の人格……“ペケ子”に戻ると三人娘にペコペコと頭を下げ、自らの戦闘コスチュームを恥じるように両手で隠しながら、地下回廊の奥へと向かって駆けていった。


「くそ……!」


 追いかけようとするソラの腕を、慌ててキヨノがつかんだ。


「ソラ! もう、あきらめて!」


「でも……!」


 もう一方の腕をヤエが抱え込む。


「ソラちゃん、私たち、負けちゃったんだよ」


「だって……!」


 駄々っ子のように食い下がるソラを見て、画面の向こうからニューロウェイブがため息をつく。


「『やれやれ……自警団の諸君、もういいヨ。境界までお連れしてくれ』」


 声を合図に、建物の陰という影から、さまざまな背格好の人物が現れた。翼が、副腕が、触覚が、あらゆる変異を持った者たち。あるいは、一見すると変異を起こしていないように見える者たちもいる。もしかしたら、”真人間”も混ざっているのかもしれない。ツナギや背広、Tシャツと、服装も様々、おそらく生業も年齢も様々だと思われる“自警団”たちは獣やオニ・デーモン、イービル・テングといったモチーフを象った面で隠した顔を、三人娘に向けていた。


 覆面の向こうからの視線が突き刺さる。無言のままで男たちが手を伸ばすと、ソラとキヨノは気丈に睨み返した。


「……ひっ!」


 ヤエがおびえてソラに抱きつく。ニューロウェイブは画面越しに、三人娘に群がる男たちを見ていた。


「『そろそろモニターは消すケド、当然私は監視を続けているからネ。諸君、不埒なマネは慎み、紳士的に振る舞いたまえヨ。それと……“トライシグナル”の皆さんには“みかぼし”様からお土産がある。まあ、落ち着いたら中を見てみるといい。……じゃあネ』」


 立体映像が消え去る。固まりつき、アスファルトに座り込んだ三人娘の視界は、無言の面の群れに塗りつぶされた。




 ナゴヤ・セントラル・サイトに暮らすミュータントたちの本拠地、オオス・テンプル・ルインズ。旧文明のままの姿を保った地下寺院の門前に、保安官事務所の青い制服を着た青年が立っていた。


 所々が崩れ、補修された門構えに取り付けられたインターホンのスイッチを睨みつけている。ナゴヤ保安官事務所、中央ブロック第14分署に勤める保安官見習いのキョウは、門の前でかれこれ数分間固まっていたのだった。




――ここまで、いつも通りにミュータントの街を歩いてきたけど、よかったのだろうか……?




 オオス・テンプルの門前町ともいえる周辺の地域は、ミュータントたちが集まって暮らしている。この街は、かつての管轄区域に入っている。“明けの明星”が復活する前には、よく見回りをしていたものだが……当然この地域の住人たちも、“明けの明星”の構成員、あるいはその主張に共感する者たちなのだろう。楽しそうに談笑する女たちの声が耳に入って来て、キョウは思わず街に目を向けた。


 ほんの1か月ほど前には、消えかけのネオンサインにぼんやりと浮かび上がっていた、幽霊のような街だった。しかし“明けの明星”の支配がはじまるとすぐに、淡い黄色の照明灯によって照らし出されるようになっている。ナゴヤ・セントラル名物とも揶揄される騒がしい立体広告のたぐいもなく、住民たちのおしゃべりのみならず、行き来する足音や息遣いまでも聞こえてくることに、キョウは驚いていた。


「あれ、坊ちゃん、まだ中に入ってなかったのかい?」


 ぼんやりと街並みを見ていたキョウに、井戸端会議をしていた主婦の一人が話しかける。ナゴヤ・セントラル政庁の統治下にあった頃から顔なじみの、世話焼きの女性だった。


「はは……どう入ったものかと思って……」


「どうって……いつも通りに行けばいいんじゃないかい? 嬢ちゃんも坊ちゃんが来たなら喜ぶと思うよ!」


 からからと笑う四本角の主婦に「ははは……」とキョウが困った顔で笑っていると、オオス・テンプルの門に備えられたスピーカーから、チリチリと回線が開く音が漏れた。


「『キョウ君? さっきからずっと、聞こえてるんですけど?』」


 涼やかなミカの声が、門の外に呼びかける。主婦は「あらあら、それじゃお二人とも、ごゆっくり……」などと言い、ニヤニヤしながら去って行ってしまった。キョウは頭をかいて、インターホンに顔を近づける。


「ええと、ごめん、その……」


「『どう入ったものか、と思っていたんだって? いつものように入ったらいいのに。……門は開いてるから、どうぞ』」


 特に構える素振りもなく、これまで通りの調子でミカが言うと、ガチャリと音を立てて門が開いた。




 寺院の隔壁を抜けると、吹き抜けの庭園になっている。子どもたちの笑い声が聞こえる。のったりと歩く青年の横を、立方体の頭を持った女の子と粘膜に覆われた皮膚を持つ男の子が弾むような足取りで駆けて行った。オオス寺院の中は近隣の子どもたちにとって、この上ないあそび場なのだ。


 庭の隅にある大木の根元で、給仕服姿のペケ子が子どもたちに絵本を読み聞かせている。少し離れた日向では、“問題行動をおこしました。心から反省しています”と書かれた札を弾力のあるボディにめり込ませてぶら下げたぎんじが、うなだれながら草むしりにいそしんでいる。キョウにとっても通いなれたオオス寺院の、いつも通りの昼下がりの光景だった。


「よっこいしょ……やれやれ」


 ぎんじが大儀そうに体を持ち上げ、内骨格が“あるのならば”腰にあたる部位をさすっている。粘体のボディをぐるりとひねった時、保安官見習いの青年と目が合った。


「お? アキヤマさんところの若、いらっしゃい」


「ああ、邪魔するよ。アキは?」


 キョウが尋ねると、ぎんじはむしっていた草を足元のバケツに放り込んでから答えた。


「お嬢ならいつも通りさ。リビングで待ってると思うよ」


「ありがとう。それじゃ、草むしりがんばって」


「へいへい、ありがとさん」


 互いにひらひらと手を振って男友達と別れると、青年はオオス寺院の奥へ、奥へと歩いていった。


(続)

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