悪役令嬢は断頭台で、生まれて初めて微笑んだ
この作品を書き上げたとき、ふと思いました。
「あれ、『明るく・楽しく』はどこ行った……?」
と。
初めての悪役令嬢(?)もの&異世界ものなので、おかしいところがあるかもしれません……。
ゴーン、ゴーン……。
辺り一帯に教会の鐘が響き渡る。
それまで騒がしかった野次馬達は、慌てて口を閉じた。さっきまで好き放題ミランダに――主に悪評を――語っていた、自身の口を。
「これから、公爵令嬢ミランダ・スコットをギロチンにより処刑する!」
この国の王太子、アラン・ライル様が厳格な口調でそう言った。
金髪碧眼の美男子で、優秀な王太子。
彼の横には、一人の可愛らしい少女が、大きく胸元の開いた豪華なドレスを――彼女の身分には相応しくないほどのフリフリでゴテゴテな大胆なドレスを着て、ぱっと見はお淑やかな微笑みを浮かべている。
さすが、公爵令嬢であるミランダを差し置いて、“聖女“と崇められる存在なだけある。だが、そんな慈悲深い聖女様も、さすがにミランダには慈悲の心を向けることが出来ないようで、ミランダと目が合うと、汚物でも見るかのように醜く顔を歪めて、アランに体を近づけ、何を思ったか、アランに胸を押し付けるようにしてミランダが視界に入らないようにした。アランはそんな聖女様――子爵令嬢、ティナ・リーランドを見て、一瞬だらしなく顔を崩すが、すぐに気を引き締めて、ティナの髪を愛おしそうに撫でている。もうすぐ人が処刑されるというのに、完全に二人だけの世界を作っていた。
一分ほど二人だけの世界を作っていたアランとティナは、教会の最高責任者に肩を叩かれて、ようやく自分達の役目を思い出したようだ。
「公爵令嬢、ミランダ・スコット!最後に何か言い残すことは?」
そんなありきたりな質問をされても、どう言えばいいのかミランダにはわからない。だから、ミランダは、
「特にありません」
とだけ答えて、静かに目を閉じ、今までの自分の人生とこれまでの経緯に思いを馳せた。
ミランダ・スコットは、スコット家の当主――つまりスコット公爵と、その妾の間に産まれた優秀な女児だった。
スィッタ公爵から溺愛されている正妻の嫉妬は想像も出来ないほど強かったらしく、スコット公爵はそんな正妻を溺愛しているだけに、その分夫妻揃ってミランダの母親である妾にひどく当たった。
スコット公爵になぜ妾がいるかというと、その理由は公爵の学生時代の交遊関係の範囲の広さにあった。公爵は女と聞けば手当たり次第に口説き、抱くほどの女遊びのひどい男性で、ミランダの母親も、公爵が囲っていた女性のうちの一人だったとか。一夜の過ちによる妊娠……そしてできた子供が、ミランダだった。
苦しい状況に立たされても、この時のミランダの母親――アンリという――はまだ諦めなかった。女好きで飽き性の公爵には、特定の相手は現れないだろうと思っていたらしかった。
けれど、その希望は今の公爵の正妻――たかが男爵令嬢だった彼女の前に、儚く砕け散った。公爵は現在の正妻に一目惚れし、己の全てを駆使して、見事男爵令嬢を公爵夫人の座に引っ張り上げた。
余所からみると素晴らしい純愛物語なのかもしれない。けれど、巻き込まれた側からするととんだ茶番劇だ。その、『素晴らしい純愛物語』に人生を奪われたのだから。
公爵と夫人の仲の良さとは対照的に――二人の間にはいつまでたっても子を授かる気配が見えなかった。アンリが毒を盛ったのではという噂が流れ、アンリの立場はどんどん脆くて危険なものになる。
母親がひどい扱いを受けているのにその子供だけのうのうと暮らしているということは当然なく、ミランダは義母である正妻と実の父親に、事あるごとに邪険に扱われ、暴言を吐かれ、暴力を振るわれた。
いつからか……実の母親であるアンリさえ、自分の立場を奪ったミランダに暴力を振るうようになれば、家の中にミランダに味方などいるはずがなかった。
幼い頃からそうして邪険に扱われてきたミランダが余所の子供のように純粋に育つことはなく、ミランダは幼いながらに自身にプレッシャーをかけ追い込むようになり、その分優秀に育ち、ミランダが優秀なことを嫌がった正妻がさらに邪険に扱い、ミランダはさらに孤独の殻に閉じこもる――そんな悪循環を繰り返す日々。
そして奇妙なことに、ミランダは生まれてから一度も笑ったことがない子供だった。
そのことも、正妻がミランダのことを邪険に扱う理由になった。
生まれてから一度も笑ったことのない、親から虐げられ続けた、異常なまでに大人びた優秀な公爵令嬢。
そんなミランダに縁談が舞い込んできたのは、三年前、ミランダが十二歳の頃だった。
なんと、相手はこの国の第一王子だったのだ。
結婚すれば王妃の地位は確実で、女性なら誰でも一度はその地位に立つことを夢見るだろう。けれど、ミランダにはそんな地位は不必要なものだった。
そのことを聞いて、正妻は、またさらに、ミランダを疎んだからだ。
『妾の子供がなぜ第一王子と』
『私の子供が王妃になるべきなのよ!』
『第一王子の婚約者……。王妃……。貴女ごときが私の上に立つなんて許せない!』
そんな言葉を幼少期から言われ続ければ、第一王子が何もしていなくても苦手意識を持ってしまうのもまた必然だった。
それでも、どんなに父親や義母、母親から邪険に扱われても、ミランダは心のどこかで、『もっと私が頑張れば、もっと成果をあげれば、私は愛されるかもしれない』という、叶うことのない希望にも似たようなことを思い続けてきた。……いや、そう思わなければ、生きていけなかった。
成績で一番を取れば。
魔力量をあげれば。
人々を救えば。
そうすれば、あの人達は私のことを愛してくれるかもしれない――。そんなことは有り得ないのに、愛されることなんてないのに、ミランダはそう思ってしまう。
いつしか、あげるべき成果も全部達成した時、ミランダはこの国で一番名誉ある職業とされている、たった一人しか就くことのできない役職――”聖女”のことを思い出した。不作を救い、孤児の命を助け、その魔力を国民のために捧げる、どんな職業よりも尊敬される仕事。
そうだ、聖女様になれば、名誉ある職業に就けば、それが一番の成果だ、と、ミランダは思い、その日から、ミランダの目標は、『愛されるために』聖女になることになった。だが、いつしか、半ばやけになって課題をこなし、優秀と褒めはやされるうちに、ミランダの目標は、『聖女になること』に変わった。
そして、聖女になるために一番必要なのは、数百年に一度しか現れないか現れるかくらい珍しいと言われている”聖”の属性だと、それを手に入れなければ、と、ミランダは思った。
聖女になるための、魔力の属性や身分の優先順位の最初は、まず、もちろん”聖”の属性。
これは、数百年に一度持ち主が現れるか現れないかの、非常に確率が低い属性なので、この順位は、「一応」くらいのものだった。
次に、光の属性。
これは、ミランダも持っていた。光も結構珍しい属性なので、この属性を持っている時点で、ミランダの聖女の地位は確実なはずだった。けれど、ミランダは万が一の可能性を考えて、より確実な地位を求めて、聖の属性を授かることを目指して日々努力した。聖の属性は、生まれた時から授かり、一生変わることはないと言われている他の属性とは違い、ほんの少しのきっかけで授かることがあると言われていたからだ。
そして、ここからは同じ実力やほんの少しの実力の違いでも身分順になる。
その次に、実力と魔力量。
この点に関して言えば、ミランダの右に出る者はいなかった。それくらい、ミランダは優秀だったのだ。
他の属性――闇、水、土、火、風は――闇は持っていない方がいいが、基本的に、属性は多い方がよかった。
ミランダは光に加えて、水、火、風の属性を持っていて、しかも公爵令嬢で、さらに実力も非常に優秀だったので、聖女の地位は、『確実』だったのだ。……はずだった、のに。
魔法学園に入学し、常に最良の結果を残しながら、聖の属性を授かるために、ミランダが文字通り血のにじむような努力をしていた傍らで、婚約者の第一王子、アランは可愛らしいと噂の子爵令嬢、ティナ・リーランドと仲良く話していた。でも、それだけなら、まだ良かったのだ。
アランは少しずつミランダから距離を置き、代わりにティナとの距離を詰めていき、アラン王子までミランダのことを邪険に扱いはじめる。
さらに、王族主催のパーティーで彼女と両親が楽しそうに話す、何気ないけれど家族愛溢れる姿を見て、その直後に彼女が聖の属性を持っているということが発覚して、ミランダの中の何かが切れた。
ずっと欲していた聖の属性も、
両親から愛される立場も、
人の婚約者からも愛されてしまうようなそんな性格も、
ミランダが欲していたその全てを持った彼女のことが、
誰にでもに愛される彼女のことが、
本当に、本当に羨ましくて、嫉妬に狂って、ミランダは超えてはいけないラインを超えた。
最初は貴族としての常識を持っていないことを注意するだけだった。公爵令嬢の務めを、果たしていたと言ってもおかしくないレベルだった。
それが、アランからの贈り物を盗るようになり、取り巻きと集団で責めるようになり、教科書を破くようになったのはいつの頃だっただろうか。
彼女は全く抵抗しなかった。ただ下を向いて、静かに耐えているだけだった。そのこともミランダを苛立たせる原因の一つになった。
だが、いつものように贈り物のドレスを破こうとしたときに、彼女の様子は突然変わった。
「アクヤクレイジョウ」「コウリャクタイショウ」「ギャクハールート」「ワタシはヒロイン」「ハメツフラグ」などの言葉を呟くと、頭がおかしくなったかのようにころころと笑い転げた。
さすがに気味が悪くなり、もういじめるのをやめた。
そのまま、ティナ・リーランドは史上最年少の、十八歳という若さで聖女となった。
そこから、卒業パーティーで婚約破棄され、罪を――いじめの罪をしてはだいぶ重いと思われる――それでも聖女様をいじめたから当然らしい――述べられた。ミランダはギロチンで処刑、スコット公爵家はしがない田舎の男爵家に没落。父親と義母は、本当に怒った。ぶたれ、蹴られ、殴られたため、ミランダはボロボロの服で教会に登場した。
結局ミランダは、誰からも愛されずに一生を終えることになったのだ。
過去へと思いを馳せていた、十八歳の誰からも愛されなかった少女は、断頭台で処刑される寸前に、生まれて初めて微笑んだ。
――ああ、自分は、なんて愚かなことをしてしまっていたのだろうか、と。
自嘲とも取れるその微笑みは、本当に美しいものだった。
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