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第8話「聖女と魔王と四天王」


 たっぷりゆっくりな朝食を終えて、マリスはヌルの先導で魔王の宮殿内を進んでいた。外観から広いのは重々承知していたが、部屋を出てからもうどれくらい歩いたか分からないほどだ。ひとりでは部屋に戻ることもできないだろう。


 長い廊下を歩いている間、すれ違う者たちは皆一様に好意的な笑顔や丁寧な挨拶をくれた。その都度立ち止まって「おはようございます」と返していたこともあり、随分時間がかかってしまった。


「遅刻しちゃいますか?」

「いえ、余裕を見ておりますので、問題ございません」

「ご、ごめんなさいヌルさん」

「問題ございません」


 同じ言葉を繰り返すヌルの表情はあまりに起伏が乏しいため、怒っているのかどうかマリスには判断できなかった。


 階段を上がって、上がって、かなりの高層階まで移動して、ヌルはようやく足を止めた。目の前のドアをノックして「マリス様をお連れ致しました」と声をかけると、中から魔王の「入ってくれ」という声がした。


 ヌルが開けてくれたくれたドアをくぐる。

 

「失礼します」


 部屋はこぢんまりとしており、やや窮屈な印象だった。マリスにあてがわれた部屋の方が広いくらいだ。部屋の真ん中には円卓がひとつ。奥の席に魔王の姿があった。


「御苦労。空いている席に座ってくれ」


 空席を探すと見知った顔に気付いた。

 かっちりとした服に身を包んだ小柄な獣人。

 マリスを魔界へと導いた猫人ワーキャットだ。


「――シャルムさん?」

「おはようございます、マリスさん」

「シャルムさんって、もしかして」


 事態を飲み込みつつあるマリスに猫人の紳士は悪戯っぽくウィンクをしてみせた。


「おや。言っておりませんでしたか。私は四天王のひとり、獣人のシャルムです。改めましてよろしくお願いします」

「私もいるわよ~」


 シャルムの隣で、これまた見覚えのあるアルラウネの美女が手を振っていた。

 豊かな髪。同性から見ても色気たっぷりの体型。花弁と弦でできた下半身。

 名前はたしか――


「カメリアさん?」

「せいか~い。昨日はおつかれさま~」

「お、おつかれさまです! あの、私、マリス・ミゼットです!」

「知ってます~。私も四天王で~す」

「カメリアよ、既にマリスと顔見知りか。いつの間に」


 訝しむ魔王にカメリアは嫣然と微笑んだ。


「オンナノコには秘密がいっぱいなんですよ~」

「む。そうか」

「うふふ~」


 魔王とカメリアのやりとりを好ましく思いつつ、マリスは空いている席につこうとした。そして気付く。空席の隣の席に包帯まみれの男が座っていることに。


「っ!?」


 全く気配を感じなかった。視界に収めている今も、その男の存在感は酷く希薄だった。極東風のゆったりとした衣服を纏ってはいたが、肌は見えない。腕も顔も全て包帯に覆われているからだ。


「そこに居るのが残るひとりの四天王だ」

「……」


 包帯の男は無言だった。

 代わりに魔王が男の名を教えてくれる。


「名はジュウベイと言う。仲良くしてやってくれ」

「は、はい! マリス・ミゼットです!」

「……」


 包帯の男――ジュウベイはコクリと僅かに頭を動かした。会釈とも言えない程度の挨拶。気に障ることでもしてしまったろうかとオロオロしていると、カメリアが「不愛想なコだから気にしないでね~」と言ってくれた。カメリアとシャルムが非常に友好的なのでギャップに焦ってしまったが、そういう性格であるなら、とマリスは納得し胸を撫でおろした。




 簡単な挨拶を終えて全員が席に着いたのを確認して魔王は満足げに頷いた。


「長らく空席だった我が四天王第四位もめでたく埋まった」

「よかったですね~」


 とカメリアがパチパチと拍手した。マリスも追従して手を叩いた。魔王はひどく嬉しそうに相好を崩した。


「とりあえず、マリスの就任記念パーティをしようと思う」

「また宴ですか……」


 口元の髭を下方向に垂れ下げさせて、げんなり顔をするのはシャルムだった。


「不満か」

「誰がそのパーティの段取りをするとお思いなのですか」

「シャルムだろう? 他に誰がいるというのだ?」

「そうですね! 他にいませんからね! 私、宴会担当ではないのですよ?」


 シャルムが抗議の声を上げるも、魔王は意図的に無視して取り合おうとしない。


「宴を催せばマリスも喜ぶぞ。なあ、マリスよ」

「えっと、あの」


 急に話の矛先を向けられてマリスは口篭もった。

 シャルムは更に言い募る。


「マリスさんをダシにしないでください! 魔王様が宴会をしたいだけでしょう」

「ずっっっとベッドの上で寝ておったからな。賑やかなのが恋しいのだ」

「……そういう言い方はズルいですよ、魔王様」


 シャルムは半眼で主人を睨みつけた。

 これ以上の抵抗を諦め、渋々妥協案を提示する。


「我々四天王と他数名くらいの食事会でよろしければ、手配します」

「よし、それだ。それでいこう」


 魔王は今度は笑顔で応じた。即決だった。

 猫人がこっそりと溜息を吐いているのをマリスは目撃してしまった。

 大変そうだなあ、と思う。でもどこか楽しんでいるようでもある。


「やった~。お酒だ~」

「マリスさんも良かったらお付き合いくださいね」

「主役だからな! 当然出席だ!」

「強制は駄目ですよ、魔王様」

「むむむ」

「あ、あの! 是非ご一緒させてください」

「よしよし! マリスはできた娘だな! どうだシャルム、儂の人徳だぞ」

「単にマリスさんが優しいだけですよ」


 カメリアが吹き出したのをきっかけにみんな――ジュウベイだけが下を向き俯いていたが――声を上げて笑った。


「さて、宴会の段取りがついたところで、マリスよ」

「はっ、はい!」


 魔王はやおら立ち上がると、マリスの前に進み出た。

 マリスも慌てて席を立った。


「これは、四天王の任命証だ。受け取ってくれ」


 手渡されたのはペンダントだった。細い鎖に対してペンダントトップの意匠はゴツい。四つの直剣が宝玉を囲んで絡み合っているデザインは若干の禍々しさがあった。


「若い娘に渡すには少々無骨ですまんが」

「私たちとおそろいよ~」


 自身のペンダントを見せてくれるカメリアの横でシャルムも頷いている。

 四天王でおそろいのようだった。それだけのことでもマリスは嬉しかった。


「それからもうひとつ」


 と、魔王が新たにもう一つ、細長いリング状のものを差し出した。


「これは儂からの感謝の印だ」


 腕輪だった。細かな紋様がびっしりと刻まれている。紋様が意味するところはマリスの知識では判読できなかったが、稀少なものだろうということは想像に難くない。


「命を救ってくれて感謝する。ありがとう。本当に助かった」

「御礼なら昨日、言って頂きました」

「何度でも言うぞ。ありがとう、マリスよ」


 真っ直ぐな視線と言葉にマリスは照れてしまった。胸の奥がじんとなり、温かいものが広がっていく。当たり前に認めてくれる存在の有難さを噛みしめた。


「私の方こそ――、ありがとうございます」


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