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第18話「聖女と“裏切り者”」


 魔族、獣人、蜥蜴人(リザードマン)など子供たちの種族は様々だった。共通点はみんなひどく痩せこけていること。

 ヌルは右の掌を彼らに向け、告げた。


「獣人の子が盗んだ財布を返しなさ――」

「裏切り者は帰れ!」


 中央で仁王立ちしている魔族の少年が食い気味に吠えた。


「裏切り者?」

「……マリス様はお気になさらず」


 ヌルは無表情を張り付けた顔で淡々と言った。


「素直に返さないのであれば少々手荒になりますよ」

「うるせえ! みんな、やっちまえ!」


 魔族の少年の号令で子供たちが一斉にヌルへと飛び掛かっていく。


「きゃっ!?」

「マリス様、お下がりを」


 その言葉を残してヌルの姿が掻き消えた。

 子供たちが標的を見失い、地面に転がった。


「き、消えたッ?」

「どこいきやがった!?」

「ここです」


 子供たちの背後。

 一瞬姿を現したヌルは子供の尻をはたき、また消えた。

 現れては消え、消えては現れ、次々に子供たちの尻を叩いていく。

 姿なきお尻ぺんぺんに子供たちは徐々に戦意を喪失していった。


 ただひとり、リーダー格の魔族の少年を除いて。


「この!」


 執拗に捕まえようとするが、ヌルの姿を追うこともできない。

 息切れしはじめた少年の目の前に現れたヌルは少年の顔に掌をすっと近づけた。反射的に目を閉じた少年にデコピンを一発。


 びしぃっ、という聞いているだけで痛い音が響いた。


「痛ぇっ!」


 ヌルは素早く少年の足首を掴むと、片手で無造作に持ち上げ、逆さ吊りにした。そのまま二、三度振ると少年の懐から財布が落ちてきた。

 マリスの財布であることを確認し、ヌルは少年をぽいと投げ捨てた。何事もなかったかのように財布を拾い上げ、


「これは返してもらいます。マリス様、お待たせしました」

「あ、はいっ」


 マリスは財布を受け取ると立ち上がりつつあった少年をちらりと見やった。

 デコピンを受けた額よりも頬が紅潮していた。

 表情も歪んでいる。

 怒り、というよりは憎しみのような感情。

 私に向けられているのかな、とマリスは思ったが、それは違うとすぐに気付いた。


 これは、ヌルに向けられた感情(モノ)だ。


 ヌルは表情ひとつ変えずに自分の財布をスカートのポケットから取り出した。

 そのまま財布を少年に差し出す。


「これでみんなの食――」


 言葉を遮るようにして、少年はヌルの差し出した手を払いのけた。

 地面に落ちた財布をヌルの視線が追った。丁寧に膝を曲げて財布を拾い上げて汚れを払い、ポケットにしまった。


「ガキだと思って馬鹿にすんな。お前なんかの施しは受けねえ!」

「見ず知らずの方の財布を盗むのはよくて、私の財布は受け取れないというのですか。ビートがそれでよくても、他の子は困るでしょう」


 ビートと呼ばれた少年は一層表情を険しいものにした。


「気安く呼ぶんじゃねえよ裏切り者! 財布取り返したんならさっさと帰れ!」


 ヌルは顔に無表情を張り付けたまま、言葉を返さない。

 

「帰れよ!」

「あの……」


 帰れ、と繰り返すビートと無言を貫くヌルの間にマリスは割って入った。


「なんだよねーちゃん」


 刺々しい態度に気圧されつつも、マリスは踏みとどまってビートに尋ねた。


「さっきからあなたが仰っている“裏切り者”ってどういう意味ですか?」

「……ねーちゃんには関係ないだろ」


 若干トーンダウンしたビートの態度に、マリスは少しだけ安堵する。

 

「関係ならありますよ」

「どんな関係だよ」

「ヌルさんは私のお友達ですから」

「……傍付きメイドです、マリス様」


 ヌルの訂正はスルーした。


「お友達ですから」


 マリスはビートを真っ直ぐに見つめて、同じ言葉をもう一度繰り返した。


「ヌルさんのことを“裏切り者”呼ばわりする理由、教えていただけませんか?」

「……」


 ビートは押し黙ってしまった。苦い顔。“裏切り者”という単語を彼自身あまり言いたいわけではないのだ、きっと。そんな彼がヌルを一瞥したことにマリスは気が付いた。


「ヌルさん」

「はい」


 マリスは取り返してもらった財布をヌルに手渡した。


「申し訳ないのですけれど、おつかいを頼まれていただけませんか?」

「承りました」

「ではこの子たちに、食べ物を買ってきてあげてください。なるべくたくさん」

「……」

「駄目ですか?」

「いいえ。行ってまいります。マリス様は――」


 マリスはにっこりと微笑んだ。


「こちらのビートさんと、お話しながら待っていますね」


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