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第12話「聖女の仕事見学その2」


 宮殿の上層中央部から四方に伸びるアーチ状の渡り廊下がある。そのうちのひとつを渡りきった先には、増築に増築を重ねた巨大でいびつなサンルームが威容を誇っている。日当たりの良さは宮殿随一の、ちょっとした屋敷くらいはありそうな空間のほとんどは植物で埋め尽くされており、屋根の一部を突き破った巨木の枝が張り出していた。


 シャルムの仕事場を後にしたマリスとヌルは、サンルームを訪れていた。


「失礼致します」


 平然と中に入っていくヌルについてマリスも後を追いかけていく。

 鉢植えとは思えないほど大きく育った木の幹の合間から、カメリアが顔を出した。


「ヌルちゃ~ん!」


 カメリアはメイドにまっしぐらに駆け寄り熱烈なハグをした。ヌルは無表情。微動だにしない。


「ちょっとヌルちゃ~ん! 抱き返してよ~」

「…………はい」


 催促されてようやく申し訳程度に手をカメリアの細い腰に回すヌル。それで満足したのかカメリアは今度はマリスに狙いを定めた。若干腰が引けているマリスを餌食にするのにはさしたる時間はかからなかった。


「ふたりともおはよ~」

「お、おはようございます」


 抱きしめられながらぎこちない挨拶を返す。顔や胸が近い。同性とはいえ近すぎる。この距離感に、謹厳実直な聖女だったマリスは不慣れだった。


「今日はどしたの~?」

「あ、あの、えっと、その」

「私が説明させていただきます」


 ヌルが事情をあらかた説明してくれた。有能な側仕えには感謝しかない。

 胸中でヌルにありったけの御礼を述べながら、最後だけ、マリスが言葉を繋いだ。


「――それで、カメリアさんのお仕事を見学させていただきたくて」

「マリスちゃんは真面目だね~」


 カメリアは柔らかな笑顔を浮かべてマリスの頭を撫でた。

 マリスは顔を赤くしながら、


「カ、カメリアさんは普段どういったことを?」

「この子たちのお世話かしらね~。魔界の土地は荒れてるから植物が生きていくには厳しい環境なのよね~。だからここでお世話してるの~」


 サンルームの中は見渡す限りの緑だったが、日差しが上手く全ての植物に当たるように綿密に計算されているようだった(一部建物を破壊している木々もあったが)。よく見ると小さな木霊ドライアドが葉や弦で遊んでおり、木々の間を舞う妖精ピクシーの姿も確認できた。


「かわいいでしょう~」

「そうですね……ひっ!?」


 誇らしげに胸を張るカメリアに寄り添うように生えている木が風もないのにざわざわと葉を揺れていて、何かと思えば木人エントだった。木のうろは顔だった。マリスは思わずヌルの袖を掴んでいた。


「びっくりしました……」

「マリス様」

「ご、ごめんなさい。急に掴んでしまって」

「お気の済むまで、どうぞ」


 ヌルの袖の端を摘まんだまま、マリスは木人の顔をまじまじと見つめた。よく見れば愛嬌のある顔をしている。かもしれない、と思った。


「その子は随分顔色よくなったのよ~。ここに来たばっかりの時はもう枯れちゃいそうだったの~」

「か、顔色……ですか」

「潤ってるでしょ~?」

「は、はあ」


 正直言ってよくわからないので、マリスは曖昧に頷いた。

 カメリアは微笑みながらマリスの瞳を真っ直ぐに覗き込んできた。


「マリスちゃんは何かやりたいことあるの~?」

「やりたいこと……」

「私もシャルムもね~、自分がやりたいことをやってるだけなのね~?」

「……」


 マリスのこれまでの人生に「やりたいこと」は特になかった。「やらなければならないこと」「やるべきこと」ならばあったが、自身が望んで「やりたい」と思ったことはなかった。

 聖女として覚醒して以来、やれることをずっとやり続けてきた。癒しの奇跡で人々を癒すことこそが聖女の務めであり、聖女の存在意義だった。


「マリスちゃんもここで見つけられるといいよね~」

「……はい」

「そしたらきっともっと楽しくなるよ~」


 カメリアは文字通り花が咲くように笑って、見送ってくれた。

 マリスはぎこちない笑みを返すことしかできなかった。


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