表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/25

第11話「聖女の仕事見学その1」


「まずはシャルム様の所へ行きましょう」

「はい!」


 ヌルに先導してもらってシャルムの部屋を目指した。

 その道すがらマリスはヌルに尋ねた。

 

「シャルムさんはどんな仕事をなさっているんでしょうか?」

「なんでも屋のようなことを」

「な、なんでも屋、ですか……」

「ご覧になればおわかりいただけるかと存じます」


 シャルムの仕事場は宮殿の中層に位置する大きな部屋だった。

 両開きの扉が開け放たれたその部屋をそっと覗き込むと、執務机が等間隔に整然と並び、その上に大量の本と書面が雑然と積み上げられていた。秩序と無秩序が混淆する部屋に大勢の獣人たちが絶え間なく出入りし、駆け回っている。


 そんな彼らの中心にいるのが、シャルムだった。


「シャルム様、開拓地の縄張りの件でオークとゴブリンの揉めごとが!」

「シャルム様、ウースラ鉱山の採掘現場の事故でコボルドに負傷者が!」

「シャルム様、極東との交易路の補修に関して予算委員会から苦情が!」

「シャルム様、迷いの森の森林面積減少について対策実施の陳情書が!」


「順番に伺いますから、いっぺんに喋らないでください。あと、緑地関係はうちの管轄ではないですよ。迷いの森の件はカメリアに振っておくように」


 絶え間なく押し寄せる膨大な量の案件の内容は多岐に渡っており、それをよどみなくテキパキと捌くシャルムの動きはさながら魔法のようですらあった。

 魔界で発生するあらゆる問題を解決に導くのがシャルムの仕事なのだ。


「すごいですね……」


 マリスは知らず知らず感嘆の息を漏らしていた。

 ヌルが「なんでも屋」と評するのも理解できる。シャルムが四天王の地位にあるのも当然と思えた。そして同時に不安になる。果たして自分にシャルムと同じ肩書に見合った働きができるのだろうか、と。


「マリス様、お入りにならないのですか?」

「お、お邪魔になりそうですし……」

「そう仰らずに、さあ」


 ヌルが尻込みするマリスの背を容赦なく突き飛ばした。バランスを崩しながら入室し、前のめりになって膝をつく。立ち上がろうと頭を上げたそこには小首を傾げたシャルムの顔があった。


「おはようございます、マリスさん」

「お、おはようございます! あ、ありがとうございます」


 差し伸べられた手を取って立ち上がる。シャルムは今日も紳士だった。肉球も柔らかい。部屋の隅に申し訳程度に用意された応接用のソファに案内される。対面に坐ったシャルムは目を細めて笑った。


「朝から騒がしくて申し訳ありません。折角足を運んでいただいたのに」

「い、いえ! そんなこと! 私のほうこそお忙しいのに約束もなしに来てしまって……」

「構いませんよ。私にどういった御用ですかにゃ?」

「にゃ?」

「たまに出るのです。お気ににゃさらず。おっと失礼」

「ふふふ」


 マリスの顔に自然と笑みが生まれた。





「あ、あの、四天王のお仕事って何をしたらいいのかわからなくて、シャルムさんのお仕事を見学させていただきにきました」

「そういうことでしたか」


 シャルムは得心したようだった。

 マリスはちらちらと室内で忙しなく働く獣人を見ながら、


「わ、私、お仕事の邪魔してますよね……?」

「平気ですよ。私がいなくても仕事は回ります。というか、そうでなければ困ります」

「困るんです、か?」

「私がいないだけで機能が停止するようでは組織とは言えませんからね。私はここの仕事に一番慣れているだけなのです。私がいた方がいくらか効率的に処理は進むとは思いますけれど、それだけですね」


 シャルムは事も無げにそう言ってのけた。そういうものなのか、とマリスは改めて室内を見回した。たしかにシャルムの言う通り、獣人たちは停滞することなく動き続けている。


「どうされましたか? 険しい顔つきになっていますよ?」

「……あ、あの、私、きっとシャルムさんみたいには、できないと思うん、です」


 途切れ途切れに呟く言葉は力無いものだった。


「できないとは?」

「同じ四天王なのに、シャルムさんと同じようには、その」

「同じことができる必要はありませんよ。魔王様もそのようなことは求めておられないでしょう」


 顔を俯かせるマリスに向けて、シャルムはゆっくり語った。


「元々は私、苦情処理係だったのですよ。それくらいしかできることがなかったのです。その苦情処理係をずっとやり続けていたらなんだか知らないうちに内政全般に携わるようになっていた、というわけでして」

「……あの、質問させていただいてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「あ、ありがとうございます。シャルムさんは、魔王様に命じられてこのお仕事をされているんですか?」

「いいえ。魔王様は特に何も仰いませんよ。私が好きでやっているだけなのです。一番貢献できる領分ですし、好きなようにやらせていただけますしね」


 ウィンクをしてみせる猫人からは確かな自信が感じられた。


「マリスさんもやれること、やりたいことをなさってみてはいかがですか?」 

「私のやれること……」

「急いで結論を出すことはありません。ゆっくりのんびり考えてみてくださいね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ