奇跡なんていらない
この短編は「失恋ループから抜け出したいっ!」のシリーズ三作目になります。
私はスカーレット。グランフォード公爵家の長女である。
我が家には古くから伝わる伝説の像があり、それに願うと恋が叶うという。
私の両親はそれで両想いになったと言い、私が聖ロベリア学園に入学する際、その秘密を打ち明けてきた。
三人の子持ちになった今でもバカップ……もとい、ラブラブな二人から、さも重大な秘密のように話されたのだが、正直えええ? となった。
恋が叶うまでやり直すとか、有り得なくない?
他の人まで巻き込んでのやり直しってどうなの?
やり直した末に結ばれたのはいいけど、それって本当の気持ちなの? ロベリア像によって書き換えられた気持ちなんじゃないの?
やり直しまではしなくても、例えば
「彼と両想いになれますように!」
って願うことは、もしかしたら他の女の子を好きだったかもしれない彼の気持ちを変えてしまうんじゃないか。
そんなこと考えてしまうから、私には絶対お願い事なんか出来ない。
こんなにグチグチ言っているのは、私に好きな人が出来たからである。
その好きな人とは一学年上のギルバート。シモンズ侯爵家の次男だ。
彼と私は去年から生徒会の役員として放課後を共に過ごしてきた。と言っても、メンバーは六人いるので二人きりになったことはないけど。
物静かで落ち着いた雰囲気のギルは、副会長として会長のアネットを支えている。アネットはサバサバした姐御肌だ。行動派の会長と頭脳派の副会長のおかげで、私達は過去最高の生徒会として教師からも生徒からも支持されている。
親密な話し方から推察するに、きっと二人は好き合っているんだろうなあ、と私は思っていた。だからギルを好きになっちゃいけないのはわかってた筈なのに。
気がつけばいつも目で追っていた。だからこそ気づいてしまった。
ギルは、アネットをいつも見ているってことを。
アネットはギルをどう思っているのだろう。もし、アネットがギルを振ったら、私は付き合える……?
「いけない! 何考えてるの」
人の不幸を願うなんて。そんなに嫌な人間だったのかしら、私。
ならばロベリア像にお願いしてみたらどうだろう? ギルがアネットと両想いになれますようにって。そうすれば私も諦めがつく。でもアネットは? アネットの気持ちはわからないのに、どうなるの?
「えーい、もう! 神頼みはダメダメ!」
もうこうなったら、行動あるのみ。あと半年でギルが卒業してしまう前に、思い切って当たって砕けてしまおう。
そして私は生徒会終わりのギルを捕まえ、告白した。
「ギルバート、私、あなたが好きです」
ギルはとても驚いた顔をしていた。そして、
「ありがとう、スカーレット。今までそんな風に君のことを見たことがなかったから正直、戸惑っている。少し考えさせてもらってもいいかな」
「あ……はい」
あれ? てっきり、僕には好きな人がいる、と言われると思ってた。どうしよう。当たって砕けるつもりが生殺し状態? どのくらい考えるつもりなんだろ。
この後どうしたらいいのか私は途方に暮れた。
翌日、生徒会の仕事中は相変わらず、ギルはアネットを見つめていた。
でも生徒会が終わると、ギルは私のところへ来て、一緒に帰ることになった。こ、これはいったい。
それからは二人で帰ることが多くなった。たわいのない話をしながら帰るのはとても楽しい。時々、カフェに寄ったりしてデート気分も味わっている。だけど、付き合ってるわけではない。
私のこと可哀想に思ってるのかな。アネットに告白する勇気がないから私でいいやとか思ってるのかな。そんな人だとは思わないけれど。
嬉しいけど苦しい、そんな状況に耐えかねて、ついに私は温室のロベリア像の前に立った。
「ロベリア様。どうかお願いします。ギルバートが自分の気持ちに素直になれますように」
これならきっと、彼の本当の気持ちがわかるはずだ。
そして次の日。
やはり彼はアネットを見つめている。そして生徒会が終わると私のところにやって来た。
「スカーレット、話があるんだ」
いよいよだわ。ギルの本音が聞ける。
夕日を背にして、ギルは咳払いを一つして話し始めた。
「前に君が告白してくれたこと、嬉しかったよ。あれからずっと君について考えていた。一緒に帰ったりするうちに君と過ごす時間がとても楽しくて満ち足りていることに気付いた。今度は僕の方から言うよ。卒業パーティー、僕のパートナーとして出席してくれないか」
「えっ……」
私は言葉に詰まった。まさかこんな風に言われるなんて思ってもいなかった。
「でもギル、あなたはいつもアネットを見つめていたから、私てっきり、あなたはアネットを好きなのだと思っていました」
「ああ、だって、僕は副会長だもの。思いついたことをすぐに行動し始める破天荒な会長を支えるには、常に観察してなきゃならないだろう? ただそれだけだよ」
そうだったんだ……職務として見つめていただけなんだ。
「それにアネットは僕の兄と婚約する予定でね。卒業したらすぐに発表するつもりだし、パーティーにも兄と出るんだよ」
「じゃあ、私、勘違いしていたのね。私、振られるの覚悟であなたに告白したの」
「そうか。でも君が告白してくれたおかげで、僕は君に気が付くことが出来たんだ。勇気を出してくれてありがとう」
ギルは優しく微笑んで私の手を取った。私も微笑んで彼を見つめ返した。
そして卒業パーティー、私はギルのパートナーとして出席した。来年私が卒業するのを待って正式に婚約することになっている。
ロベリア像のおかげかどうか私にはわからないけれど、勇気を出すきっかけになったことは確かだ。
恋を叶えるロベリア像。私は結婚したらグランフォード家を離れるから、私の子供にはこの伝説を伝えられないけれど、こんな奇跡も世の中に残ってていい、今はそう思う。