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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
最終章「北方蒙古襲来」
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第90話「殺戮の巷」

 プレスター・ジョンが配下を引き連れてフラヌ平原を立ち去ってから数日後のことである。時光はイシカリへの道を進んでいた。


 様々な後片付けや今後の方針などを定めた後、アイヌやニヴフの連合を解散し、それぞれの集落へ戻ることになったのだ。カラプトに戻るニヴフ達は海を渡る為にヤムワッカナイに向かい、アイヌの戦士団の代表格であったサケノンクルは故郷のウペペサンケのある東へ帰って行った。


 イシカリに向かうのはイシカリ方面に居住する数百のアイヌ達と、鎌倉へ一時帰還するために立ち寄る時光とその部下の丑松、時光と一族ぐるみの付き合いがあり奥州に戻るオピポー、そしてドミニコ会の修道士であるグリエルモである。


「ぬう……頭が痛い。それにさっきからこいつらうるさい」


「何がだ? トキミツ」


 馬上で頭を振りながら機嫌が悪そうに呟く時光に対して、陸奥国(むつのくに)蝦夷(えみし)であるオピポーが怪訝そうに話しかけた。


 時光は昨晩戦の終結を祝う宴会で飲み過ぎたせいか、顔色が非常に悪い。


「いやさ。さっきから小人がぎゃいぎゃいうるさくて敵わん。まだ頭が痛いんで、黙らせてくれ」


「トキミツ……それはただのコロポックルだ。気にするな、と言うよりお前は二日酔いなんだ」


 コロポックルとは、アイヌに言い伝えられている妖精の類で、その名前は「蕗の葉の下の人」という意味である。


 もちろん、実在しない。


「しかし何だな。あいつらはイシカリに停泊している船から大陸に戻るから、出航する前に追いついてしまうかもしれんな」


 時光はオピポーの言葉を聞き流し、独り言を呟いた。プレスター・ジョンの軍勢には負傷者も多く含まれており、その進軍速度はあまり速くない。また、イシカリに到着してから黄金や水、食料などを船に積載するのにはそれなりに時間がかかるはずだ。


「おや? やはり誘われた通りプレスター・ジョン殿に大陸まで着いて行くのですかな? ああ失礼、誘ったのはプレスター・ジョン殿ではなくガウリイル殿でしたなあ」


 丑松が独り言を聞き逃さず、からかう様な口調で言った。確かにその通りであり、うら若い女性に誘われて嬉しい面もあるのだが、素直に頷くのには抵抗がある。時光は素直に答えなかった。


「いや、やはり鎌倉に行って時宗様に報告するのが最優先だろう。これまでの戦いの褒美を貰わねばならんし、細かく報告もしたい。それに、フビライの西国への侵攻が迫っているのなら、そこに赴いて戦いたいとも思う。鎌倉に到着するまでに考えるとするさ」


 時光が誤魔化すように言った内容は、一応真実を含んでいる。モンゴルの軍勢と直接戦った経験のある日本人は、現在のところ時光と丑松だけである。その経験と対策についてはこれまでも鎌倉に報告しているのだが、震天雷の様な爆発する武器は日本の武士にとっては想像もつかないだろうし、投石機の飛距離も想像を絶するはずだ。やはり現場で敵と相対する西国の武士たちに直接情報共有をする方が確実だろう。


「言っておきますが。鎌倉までは共に行きますが、その後は一人でも蝦夷ヶ島に戻りますからな」


「分かってるよ。家族がいるんだ。仕方がない」


 丑松は時光の実家である撓気氏に仕える身であるが、かつて戦で土地を失うまではそれなりの勢力を持つ一族の生まれである。また、執権の命により蝦夷ヶ島探索を命じられた時光に同行する代わりに、褒美として家門の再興が許される約束であった。そして、蝦夷ヶ島の地においてアイヌの女性と家庭を持ち、子どもをもうけている。丑松としてはこの地で安寧を得る事が今の最大の望みなのである。


「私としては、正しき神の教えを広めるために、プレスター・ジョンに着いていくか、時光殿に着いていくか迷うところですな」


 グリエルモが会話に加わってそう言った。プレスター・ジョンの配下モンゴル人は、古来に東方へ落ち延びたキリスト教ネストリウス派の者が多い。ネストリウス派はいわゆる異端として扱われることが多い宗派だ。また、ガウリイルやその養父であるミハイルが率いる騎士達は正教会を信じる者が大半だ。カトリックのグリエルモにとっては皆異端であり、回心させるべき存在なのだ。ある意味傲慢極まりないが、滅ぼそうとしないだけましな考えの持ち主とも言える。もっとも、ネストリウス派の者達はあまり宗派にこだわっている様子は見受けられない。たまたま伝わっていた教えを信じているだけなのだ。ならば、グリエルモの情熱があれば布教は成功する可能性がある。


 だが、鎌倉に着いて行った場合は上手くいくかどうか分からない。キリスト教は日本には全く知られていないのだ。また、この時代古くから伝わる仏教だけでなく、念仏や禅、法華経等の新しい教えが広まり鎬を削っている。その中に割り込んでいくのは難儀な事だろう。特に、法華経を広める日蓮とグリエルモが対峙したなら血を見るような事態に発展する気がする。


「お? ヤムワッカナイから知らせが来たぞ。ミハイルが到着したそうだ」


「そうか。今着いたのか。もう少し早く来られていたら負けていたな」


 イシカリに向かうアイヌの代表格であるエコリアチが、飛んできたフクロウから筒を受け取り、中に入っていた手紙を一読すると中身を伝えた。


 ミハイルはプレスター・ジョンの配下でも最強の武将である。彼の率いる騎士団は精鋭揃いであるし、長い戦陣生活によって培われたその戦略眼は確かなものであり、時光は以前の戦いにおいて敗北したままだ。もしももっと早く到着されていたならば、その率いる兵力だけでなく将としての指揮能力は脅威になっていただろう。


「それで、ヤムワッカナイの長老はもう講和が成ったことを教えたんだが、そうしたらイシカリに来るそうだ。プレスター・ジョンと合流するんだそうな」


 講和が成立したすぐ後に、伝書フクロウにより蝦夷ヶ島北端に位置するヤムワッカナイに状況を知らせておいたおかげで、ミハイルは素直に友好的な態度を取ってくれたようだ。彼は高潔な騎士であり、戦闘員の残っていないヤムワッカナイ等の集落に非道な振る舞いをするとは思い難いが、同じ民間人でも敵対勢力に対するものと、講和済みの勢力に対するものとではやはり違うだろう。


「しかし、もしもミハイル殿がプレスター・ジョン殿と合流した後、和平を反故にして再度戦いを挑んできたならば、勝ち目はありませんな」


 丑松は怖い事を言った。講和時に一万程あった時光達の勢力も、現在では故郷に帰るために解散しているため数百名単位である。ミハイルの軍事的能力なら各個撃破する事は容易いだろう。


「まああの御仁ならそんなことはしないだろう。賭けても良いぞ」


「そうですな。ガウリイル殿の義父でもありますからな」


 丑松の茶化すような物言いに、時光は沈黙で答えた。




 時光達がフラヌ平原を出発して数日後のことである。そろそろイシカリの集落に到着しようという所まで差し掛かった。もう少し進めば海が見え、プレスター・ジョンの船団も視界に入るだろう。


「待て。何だこの臭いは」


 先頭を行くオピポーが歩みを止め、緊張した声で言った。何故緊張しているのか、時光にもすぐに理解できた。


「これは……血だ。血の臭いだ」


 蝦夷ヶ島もは様々な野生動物が生息し、中には熊や狼等の肉食動物も存在する。当然彼らの狩りの現場では血の臭いが立ち込めるのだが、今時光達が嗅いでいるのは野生動物によるものとは一線を画している。これは、優れた狩人であり野生動物に詳しい他のアイヌの戦士達も同じ意見のようだ。


 そして、肉食動物によるものではないこの血の臭いは、最近よく嗅ぎなれたものなのだ。


「見つけてたぞ。こっちだ」


 オピポーが臭いの発生源をすぐに発見した。既に警戒態勢に入っているので、大声を出すことなく静けさを保ちながらの行動だ。オピポーが指し示すその場所には、予想通り人間の死体が放置されていた。


「この服装は……モンゴルの戦士か。ん? この顔はアラムダルじゃないか」


 アラムダルはプレスター・ジョンの配下として、モンゴル人の部隊を率いる将軍だ。モンゴルの民としては底辺の血筋ながらその実力でのし上がってきた人物で、その優れた能力はこれまで時光達を苦しめてきた。そして、この蝦夷ヶ島の戦いにおいても最後まで生き残り、プレスター・ジョンと共に大陸に帰還しようとしていたはずである。


 その彼が何故この場で変わり果てた姿になっているのか。


「イシカリの状況が気になる。何があるか分からないから、半分以上は後から状況を見計らって来てくれ」


 嫌な予感がした時光は、もしもの時にための指示をして先に進むことにした。


 そして、イシカリの集落に到着した時、信じられないものを目にした。


 プレスター・ジョン達が捕縛され、その周囲を武装した集団が取り囲んでいる。その武装集団は、様々な彩の金属や皮の小片を繋ぎ合わせた鎧を身に纏い、湾曲した長剣を腰に佩き、上長下短の特徴的な長弓により武装した騎兵達―—日本の武士であった。


 その数は徒歩の者を含めて千を優に超えている。プレスター・ジョンの部下達は捕縛されているのだが、先ほどのアラムダルと同様に血を流して倒れている者も多い。


「何故こんなところにこんな奴らがいるんだ? 何故こんなことになっている?」


「ん? 何だこのエミシどもは、この村の奴らか? おおっ! 何と武者まで混じっているじゃないか。そうか、お前が撓気時光とかいう若僧だな? そうかそうか」


 胴間声を張り上げながら、一騎の武士が前に進み出て来た。一際煌びやかな大鎧を身に付けた偉丈夫で、それに相応しい巨馬に騎乗している。時光には見覚えがない人物だが、何故か相手は時光の事を知っているようだ。


「ああ! 俺が誰だか分からないって? そうだろうそうだろう。そりゃあ初対面だからな。教えてやろう。戦利品が手に入って俺は今日機嫌がいいんだ。俺の名は安藤五郎。先代の安藤五郎が世話になったそうだな?」


 安藤五郎と名乗る男の言葉を聞いて、時光は全身に衝撃が走るのを感じた。

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