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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
最終章「北方蒙古襲来」
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第80話「宝船」

 イスラフィールを撃破した時光達は、速やかにイシカリの集落に待機していたイスラフィールの部下達を捕縛し、敵の重要拠点を奪取した。更に、近くに停泊していた大型の船も小舟で乗り付けて確保した。ぼやぼやしていたら異変を感じ取った敵に逃げられていたかもしれない。


 集落に居たイスラフィールの部下達は、船乗りや人足ばかりで非戦闘員だったため、イスラフィールの首を松明で照らして見せたら簡単に降伏した。ただ、非戦闘員とは言え彼らは肉体労働で鍛えられているため、イスラフィールによる暗殺が成功していたら、その混乱に乗じて時光達を撃破する事位は可能だったはずだ。イスラフィールを返り討ちに出来たのは僥倖であった。


「エコリアチ、俺の方は捕虜への尋問が終わったが、そっちはどうだ?」


「こちらも作業は終了している。負傷者も到着して休んでいるところだ」


 集落の制圧が終了してからいくらか経ったところで、集落の長の家で時光とエコリアチは落ち合い、互いの状況を確認した。エコリアチはイシカリの集落の次期族長なので、この家はエコリアチの実家である。そして、当然イシカリの集落について詳しいので、残敵掃討や負傷者の回収でエコリアチは活躍したのだ。


 また、時光達は激流を下る事によりカムイコタンの敵陣を回避してイシカリまで到達したのだが、自然の猛威はそれを熟知したアイヌ達にとっても厳しいものだった。出発時は三百人いたのだが、五体満足にたどり着けたのは二百人程度であった。残りは全員が死んだわけではないのだが、激流で岩場に叩きつけられるなどの事故により、全身のあちこちに骨折や打ち身等の負傷を負っており、すぐに戦える状態ではない。


「捕虜から聞き出した事だが、停泊していた船は明日の朝には出港予定だったらしい」


「金を積んでか?」


「そうだ。あれを使って大陸で手勢を集め、増援を呼ばれていたら完全に負けだった。この幸運を神仏に感謝しなくてはならんな」


 蝦夷ヶ島では各地で大量の金を産出する。


 このことが原因で、蝦夷ヶ島に送り込まれたモンゴル帝国皇帝フビライの尖兵が、日本の有力な御家人と組んでアイヌを強制的に使役する事件があった。この時、時光の活躍により入り込んでいたモンゴルの尖兵は全て殺害したのだが、共に戦った西洋の商人であるニコーロ=ポーロ達はプレスター・ジョンの協力者であった。なのでプレスター・ジョンの軍勢にとって、蝦夷ヶ島の金の算出場所などは調査済みだったのだろう。


「しかし解せぬな。プレスター・ジョン達がこの島にたどり着いてからまだ数週間だ。あれだけ多くの金を採掘出来るものだろうか? 予想よりも多くの人夫が入り込み、各地で金を掘っているのだったら今後の戦略を考えねばならんぞ」


 船に積まれていた金は時光が直接確認したが、それは以前アイヌが駆り出されて掘り出した物とは比べ物にならないほど大量だった。宝船と呼んでも差し支えないほどだ。これだけの量を短期間で掘り出せる労働力は戦においても脅威となる。それが非戦闘員であったとしても、陣地の構築や輸送においてその貢献は大なのだ。


 また、プレスター・ジョンの連れて来た人夫達は決して単なる雇われ者ではない。大陸東部地域で少数派であるキリスト教徒達なのだ。彼らはキリスト教徒の君主で救い主たるプレスター・ジョンがモンゴル帝国を簒奪することによって、彼らの信仰が守られることを期待しているのだ。現在のモンゴル帝国皇帝のフビライは、決してキリスト教徒を弾圧するような事はしていない。信仰には寛容なのがモンゴル人の伝統である。しかし、現在のモンゴル帝国、特にフビライが支配する大陸東部の元王朝地域においてキリスト教徒の立場は微妙である。


 元王朝支配地域における宗教は、現地における土着の民間信仰の集合体である道教やインドから伝わった仏教が主流である。特に仏教はチベット仏教の高僧であるパスパが、フビライに請われて文字を作成するなど接近は著しい。また、西方のモンゴル帝国支配地域からやって来たイスラム教徒達も勢力を急激に伸ばしている。彼らはその優れた学問や技術を買われ、帝国の高位に就く者も数多くいる。宰相になる者もいる程だ。


 それに比して大陸東部のキリスト教徒の勢力は弱小である。もともとこの地に伝わったキリスト教は、ネストリウス派という西洋では異端扱いの傍系である。そのため西洋のキリスト教徒達にとっては東の果てにこの様な存在がいるとは知る由もない。また、知っていたとしても異端であるため、仲間とは言い難い。つまり彼らは孤立した状況にあるのだ。


 しかし、プレスター・ジョンは偶然にも先祖代々のネストリウス派である。そして西洋にもその名を知られる伝説的なキリスト教徒の君主なため、その名を慕って本流のキリスト教徒の騎士等が集っている。しかもモンゴル帝国の創始者であるチンギス・ハーンの血を引いているため、フビライにとって代わることすら可能だ。


 つまり、プレスター・ジョンの連れて来た人夫達は、全員が使命感を持ち、明日を懸けて協力しているのだ。これはかなりの脅威である。


「そこまで多く労働力が入り込んでいるとは思わんな。あれくらいの金は、元々掘り出してあったものと同じくらいだ」


「本当か?」


 エコリアチの意見に、時光は疑問の声を上げる。


 金の採掘作業は川や山を汚すことに繋がる。これは獣や魚によって生活をたてるアイヌにとって死活問題だ。それを嫌ってこの地のアイヌの長は金や石炭の採掘を禁じていたはずだ。そしてその事はその長の息子であるエコリアチが知らぬわけはない。


「金があれば、和人からたくさんの交易品が手に入るからな。集落の若いのを連れてこっそり掘ってたんだが、結構溜まってな。集落の近くに隠してあったんだが奴らに見つかってしまったようだな。ははっ。持ち去られる前に取り戻せてよかったよ」


「ははっ。じゃねぇぞ。そのせいで敵が短期間で金を手に入れたせいで、危うく負けかけただろうが」


「ぬう。すまんな」


「まったく……」


 自然を愛し、自然と共に生きるアイヌだが、交易の民としての一面もある。特にエコリアチは若い時から交易に携わって生きて来たため、普通のアイヌよりも物欲が強いようだ。ただ、だからこそエコリアチは柔軟かつ広い視野を持っているので、蝦夷ヶ島各地のアイヌ諸部族が連携するこの戦で活躍しているのだが。


「話を変えよう。捕虜はどうするんだ? 俺達の人数で管理し続けるのは難しいぞ」


「だろうな。明日にでも解放するとしよう」


「いいのか? 敵の本隊に合流されるかもしれないぞ」


「構わん。それが狙いだ」


 時光達は敵の包囲の裏側進出に成功したといっても、現在戦闘可能なのは二百人規模である。一万を超えるプレスター・ジョンの軍勢の背後から攻撃してもあっさりやられてしまうだろう。


 しかし、その規模が明らかではない状態で、敵が自らの背後に回り込まれたことを知ったとしたらどうするか。警戒し、疑心暗鬼になるだろう。


 包囲を解いて、陣地を再編成するかも知れないし、別働隊を編成して攻撃してくるかもしれない。どちらにしても時光達が残してきた本隊への包囲の圧力は弱まるのだ。


 特に金を奪われたとあっては気が気でないだろう。何せ金を持ち帰るだけでもある程度の目的は達成できるのだから。


「明日からは今よりも忙しくなるぞ。何せ敵がどんな手を出してきたとしても、それに合わせて対応しなければならないからな。休めるうちに休んでおくぞ」


 そう言い終えた時光は、すぐに寝息をたて始めた。

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